前編 「朽ちかけた少年時代の残滓」
1枚目の挿絵の画像を作成する際には「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
2枚目の画像を生成する際には「Ainova AI」を使用させて頂きました。
私こと白庭登美江、女子大生とメイドの二足の草鞋にも、今では大分慣れてきたという実感が御座います。
在籍する鹿鳴館大学が夏休みに入った事で、奉公先である生駒様の御屋敷に泊まり込む機会が増え、生駒家の方々とも、より親密なお付き合いをさせて頂けている次第です。
特に御長女の英里奈御嬢様に於かれましては、私を実の姉のようにお慕い下さるのが、本当に喜ばしい限りで御座いますよ。
「ああっ…あの、登美江さん…自由研究の宿題なのですが、今年は天体観測を試みようと思い立ちまして…」
弱々しいソプラノの御声に振り向きますと、そこには今年の九月に誕生日を迎えられる小学四年生の御嬢様が、遠慮がちに佇んでいらっしゃいました。
エメラルドグリーンの円らな瞳が自己主張をされている端正な御顔に、腰まで延ばされたライトブラウンの御髪との対比で殊更に小さく見える華奢な肢体。
幼いながらも気品ある美貌に恵まれた英里奈御嬢様の御姿を拝見致しますと、生命を吹き込まれた西洋人形を連想してしまいます。
とは言え、その内気でオドオドした振る舞いと遠慮がちな慎み深さが、却って人間らしさに繋がっているのが、何とも皮肉で御労しい限りなのですが。
「登美江さんと御一緒に鑑賞致しました、ソフィア堺でのプラネタリウム。その『夏の大三角』のプログラムが印象的で御座いましたので…」
語尾を曖昧にされた英里奈御嬢様の、幼くも端正な美貌が微かに色付き、美しい口元に控え目な笑みが浮かぶのです。
この登美江を伴って鑑賞されたプラネタリウムが、英里奈御嬢様の良き思い出となりましたなら、奉公人冥利に尽きる光栄で御座いますよ。
「天体観測…それは良う御座いますね、英里奈御嬢様!御館様が御幼少の砌に御使いだった天体望遠鏡が、確か物置に御座いましたよ。」
ここで私が申し上げた「御館様」とは、生駒家の現当主にして、英里奈御嬢様の御父上でも在らせる竜太郎様の事で御座います。
今でこそ厳格な当主でいらっしゃる御館様ですが、望遠鏡で大宇宙のロマンに思いを馳せる少年時代も御座いましたのですね。
戦国武将として名高い家宗公の末裔にして華族で在らせる生駒様の御屋敷には、珍しい品々が数多く御座います。
それらの片付けられている土蔵や物置へ立ち入りますと、時間を忘れてしまう程に楽しいのですよ。
「以前に幻灯機を見つけ出した土蔵も見応えが御座いましたが、こちらの物置はより現代に近い品々が収められているのですね…」
「祖父や父の若い頃の品々や、母の嫁入り道具などが収められておりますからね、登美江さん…」
御一緒頂いた英里奈御嬢様も、物珍しそうに見回していらっしゃいますよ。
古びたテニスラケットに、お役御免となった鯉幟。
そうした品々が並ぶ棚を眺めておりますと、私が御仕えする以前の生駒様の御家の歴史に触れられるようで、ついつい胸が弾んでしまうのです。
「御覧下さい、登美江さん!あれは何でしょう?」
英里奈御嬢様が指し示された先では、刺々しくて角張った物々しい品物が、棚の上で鎮座していたのでした。
「組み立て済みのプラモデルですね、英里奈御嬢様。見た所、戦車か装甲車のようですが…」
私が手にした戦車のプラモデルは、実在兵器を再現したミリタリーモデルではなく、アニメや特撮のメカニックを再現した物のようでした。
主砲の代わりに据えられた巨大なドリルが、如何にも男の子好みですね。
「しかし、随分とボロボロに…」
英里奈御嬢様が仰るように、私が手にしたプラモデルのコンディションは、お世辞にも良好とは言えませんでした。
デカールは劣化して剥がれ落ち、補助兵装と思わしき機関銃は右側が欠損。
単三電池とモーターで動くらしい無限軌道は、ゴムが腐って断裂している有り様です。
そのまま捨てられてもおかしくないような、古びたプラモデル。
しかしながら、私と英里奈御嬢様は、そのプラモデルを見過ごす事が出来なかったのです。
ネットで検索してみると、あのプラモデルは巨大ヒーロー番組「アルティメマン」に登場する正義の組織が所有していた地底戦車だったようです。
「初代アルティメマンが放送されていた当時は、御館様は小学生ですからね。地底戦車のプラモデルを組み立て、怪獣のソフビ人形と戦わせて遊んでいても、何ら不思議ではありません。」
「あの厳格な父にも、今の私と同様に小学校へ通う時代があったとは…何とも不思議な心持ちです。」
テーブルに敷いた古新聞の上で鎮座するドリル戦車を、英里奈御嬢様は物珍しそうに眺めていらっしゃいます。
天体観測への興味は、何処かへ吹き飛んで仕舞われたようでした。
「このプラモデルが往時の輝きを取り戻した姿…御興味は御座いませんか、英里奈御嬢様?」
「自由研究のテーマとしても面白そうですね。万一の時は一緒に父に叱られましょう、登美江さん!」
かくして一蓮托生となった私と英里奈御嬢様ですが、古株の執事である私の父や、御嬢様の御母堂で在らせる奥方様への根回しは、決して怠らないのでした。
本当にお叱りを受けるのは、流石に勘弁願いたいですからね。