推し悪役令嬢と王子をくっつける、モブ男側近の大作戦!
俺はある日、乙女ゲームの世界に転生してしまった。
登校中トラックにはねられ、気が付くとカバンに入れっぱだったゲームの世界に、モブキャラとして転生していたのだ。
そう、悪役令嬢の側近に!
「モーヴ!早く用意いたしなさい!」
「はいお嬢様ー!」
でも全く苦じゃない、俺はこの悪役令嬢--アークをガチ推ししていたから!
俺は男でありながら、このゲームをアニメから知り、かませわき役の彼女にすっかり魅了されてしまったのだ。
メインヒーロー・ケダル王子の婚約者として登場し、主人公を苛め抜くこの美しい彼女に!
デザインがとにかく強く美しく可愛かったし、性格も強気でありながら、王子に直接アプローチするのは恥ずかしくてできない。主人公はその分苛めるとはいえ…知れば知るほど、俺は彼女を好きになっていったのだ。
だが---彼女は、なんとゲーム終盤で死んでしまう運命なのである。
それもこれも、理由は---
「あっ!ケダル王子!!」
「………」
この、廊下を歩いてちょうど通りすがっていくメインヒーロー---ケダルのせいなのである!
屋敷の使用人たちが、男も女も顔を赤らめほうっと息をつく。
「ああ…今日も麗しいわ」
「歩いてるだけで絵になるよ…」
確かに奴は美しい。気だるげな表情、薄いヒスイのような色の瞳は、見ていると吸い込まれそうだ。
淡い紫色の髪は、さらさらと手触りがよさそうで、その四肢は驚くほどバランスがいい。
「ああっ…ケダル王子…!」
俺の後ろで、アークが顔を赤らめている。なんてかわいいんだ!
そう思ってると、後ろ頭を彼女の羽根のついた扇子でぱしんとはたかれる。
「もう!何してるのモーヴ!わたくしが王子と話せるよう、きっかけを作りなさい!いつものように!」
俺はうなずく。「任せてくださいお嬢様!!」
そう。俺は、彼女のためにケダルとの仲を取り持とうと今、必死である。
それもこれも、ゲームの展開のせいなのだ。
このゲームでは、主人公がケダルを攻略してしまうと、あるイベントが終盤で発生する。
「婚約破棄イベント」だ。
その名の通り、悪役令嬢・アークが、結婚間近で王子に婚約を解消され、主人公と結婚するという展開を見せられる、そんなイベント。
このイベントでアークは、可哀想なことに家も追われ(後ろ盾を失った彼女を誰も庇わなかった。日頃の行い…)、ほうぼうを彷徨い、最後は野垂れ死ぬ…そんな終わりを迎える。悪役令嬢に相応しい最後?俺はそんなこと言わない。
アークは、誰よりも可愛いキャラだっていうのに!
あの婚約破棄ヤロウのせいで!ちくしょう顔が良いからって!ちくしょう!
俺はそんな未来を変えるべく、アークとケダルが婚約を続けてくれるよう、二人の仲を取り持とうと全力であたっている。多分そのために転生したのだ、違いない。
転生前、いつもいつもアークの無残な最期に憤慨してた俺は、強くそう思っていた。
そしてこのケダルとかいうヒーロー、作中最も美しくにんきの高いキャラなのだが、とにかく分かりづらい男だ。このように。
「ケダル王子!ご機嫌麗しゅう!あの!貴方の婚約者様が!」
「………」
「聞いてます!?アーク様が、屋敷をこのように訪ねているんです!ご一緒に紅茶などいかがですか!」
「………」
聴いているのだか聞いていないのだか分からないこの態度。全く変わらない無表情。
ゲームでもこの態度は一貫しており、フラグが上がってるんだかいないんだか、終盤を迎えないと分からない。
が、正攻法はガンガンヒロインが攻めることで、これによりケダルの「婚約者より主人公の方と結婚したい」という気持ちを高めるのである。ふざけるな婚約を続けろ。
俺はとにかく主人公の邪魔を積極的にし、アークとの接点を増やさせようと毎日のように王子に話しかけているが、果たしてアークと王子のフラグはたっているのかよく心配になる。が…。
こくん。王子が、俺を見てわずかに頷く。
「!やった!」俺はガッツポーズをする。
分かりにくい王子だが、このように反応を引き出せれば結構勝算はあるとみていいだろう!
「アーク様!王子が紅茶をご一緒してくれるようですよ!!」
「!…そ、そう!どうしてもって言うなら、仕方ないですわ!準備して、モーヴ!」
「はいっ!」
ああ可愛いアーク。分かりやすいアーク。
俺はアークに夢中で、王子の視線には気づいていなかった。
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アークはとにかく、素直じゃない娘だ。
いくら見守っても、王子にガチ恋するあまり(彼女は面食いなのだ。そこもわかりやすくてかわいい)自分からはなかなか話しかけられない。
「…お、王子、あの…」
「………」
「な、なんでもありませんわ!」
ぼんっと音を立て真っ赤になるアーク。王子の顔を見ただけで。
まあ、ちょっとは分かる。
ぼーっとしてるだけなのだろう王子は、長いまつげが顔に影をつくり、芸術品のような憂い顔に見える。
俺は転生前と同じような容姿だけど、モブもモブっていった容姿だから、あこがれないわけではない。
転生し、アークの側近になってから三か月。
毎日のように俺は王子とアークの間に入り、王子に代わりに話しかけまくり、主人公はしりぞけ(とにかく主人公を見かけたら、不敬ながら王子をぐいぐい押して「行きましょう!」と何も反応しないのをいいことに他の場所へ追いやった)、アークが主人公に意地悪しようとしてるのを見ればたしなめた(意地悪をやめさせられたのは、見てる間のほんの三割程度だが。いつも見てないとこでおっぱじめるから…)。
王子と初めて対面した、忘れもしない三か月前のあの日。
「王子!俺はアーク様の側近となりました、モーヴです!少しお時間よろしいでしょうか!」
ケダルは裏庭でぼんやりしていた。木漏れ日にたたずむ姿が、とっても絵になっていた。
目だけできょろりとこっちを向かれた時、ハッキリ言って美しさに圧倒されかけた。
でも、俺はぐっと耐え、アークの未来のためだと決意した。
「アーク様の良い所について、1時間ほど語らせてください!それを聞けばあなたは、きっとアーク様を手放そうとか!婚約破棄しようとか!そういったことは考えなくなると保証します!!!」
「………」
ケダルは表情を変えなかったが、なんとなく俺の勢いにいささかきょとんとしてるようにも見えた。
俺は構わず、つづけた。
「では!いきます!まず第一に、彼女はとても可愛く---」
俺の高説は、結局アークが刺繍の先生から帰ってくるまでの二時間余りに延長されたが、ケダルは居眠りすることもなく、黙って俺の話を聞き続けていた。
ひょっとすると反応も何もなかったからぼうっとしてただけかもだけど、目はずっと俺を見ている---ように見えた。
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俺のこの三か月間の努力は、多岐にわたっている。
例えばあれは、二か月前のことだ。
「お、王子…わたくし…わたくし…、」
アークが、作ったクッキーを持ってプルプル震えている。真っ赤だ。可愛い。
目の前の王子は、彼女に声もかけずぼーっと立っている。
美しい瞳が注がれるのに耐えきれなくなったのか、アークは「無理ですわ~!」とか叫びつつ逃げ去っていった。
「おわ!」彼女が落としたクッキーはすんでのところでキャッチした。そのせいで追いかけられなかったが。(ああ~!せっかく好感度アップのチャンスなのに…!)
「ケダル王子~!」
びくっ!俺の耳が反応する。
こ、この声は…!
ふわふわした金髪に、レースのついたかわいらしい平民服の、天真爛漫な少女。
主人公のロインが、ぱたぱたとあざとく寄ってきていた。
「これ、今日作ったの。ねえ、食べてみて!」
小首をかしげ、差し出すのはクッキー。
流石に今割って入る訳にはいかず、俺はぐぬぬと震えていた。
「………」
ケダルは差し出されるままクッキーをぱくりと口に入れる。
食べ方まで美しい。
「美味しい?うまくできてるかしら?」
「………」
ケダルは黙っていたが、やがて、こくんと頷いた。頷いた!
ロインの顔がぱああっと明るく笑顔になり、逆に俺は深く沈んだ渋い顔になった。
(反応を返した!これは好感度が上がってる証拠だ!!)
主人公が「良かったあ!」とかなんとか言って去っていくのを見送って、俺は(このままじゃだめだ!)ときびすを返す王子を見て思った。
そして王子の前に回り込む。この間わずか0.54秒。
「王子っ!!アーク様のクッキーも、食べてくださいっ!!!」
クッキーを眼前に差し出す。
「………」
王子は何も言わない。ただ俺を見ている。呆けているのだろう。
業を煮やした俺は、今思うと結構大胆なことをした。
なんと彼のわずかに開いた口にクッキーを袋から出し押し当て、「ささ、どうぞどうぞっ!」と押し込もうとしたのだ。「……」黙っている王子の歯が邪魔で、うまくいかなかったけど。
ふと(これはあまりに失礼では!?)と我に返った俺が手を緩めると、王子の口が開き、クッキーをさく、と齧った。
「!」食べた!と思って、クッキーを差し出した体制のまま、固まる。
王子はいつもの何考えてるか分からない無表情でさく、さく、さくとクッキーを食べていく。俺の手ずから、というのはいささかいいのかよと思ったが、我ながら。
食べた。王子が食べた!
クララが立ったみたいに感動してると、最後、俺の指に残ったカケラを、何かがぬるりと舐めた。
「ぎゃーっ!」飛びあがると、王子がぺろりと舌を出していた。「…」
動物か、こいつ!…いや、我を忘れて、最後の方まで指を離さなかった俺が悪いか。食べづらかったことだろう。
王子は舌をしまった。相変わらず表情が読めない。恐らく何も考えていないのだろうけど。
「し、失礼しました…!あの、お味はどうでしたか、王子!!!」
俺は気を取り直して王子に聞いた。「アーク様のクッキー!美味しかったですか!?」
「………」王子は少し黙って、こくん、と頷いた。さっきしたみたいに。
「------!や……ったあ!!!」
俺は飛び上がった。主人公とアーク様はまだ互角だ!
いやむしろ、指を舐めるまでに味わったのだから、アークの方が上では!?
「報告だ!報告しなきゃ!!あっ、引き留めてすいませんでした、王子ー!!!」
俺は王子を取り残し、走り去ったのであった。
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そんなことを繰り返し、ゲームの終盤くらいまでの月日---三か月がたった。
今日は、ゲームで言えば「婚約破棄イベント」になるかどうかの瀬戸際、王子の気持ちが分かる日だ。
ロインが王子を落としていれば、今日、アークは婚約破棄を皆の前で言い渡される。
でも。俺は勝算があった。闘志に朝から燃えていた。ゴオオ。
最近は、俺が邪魔しまくるせいでろくにロインは王子に会えてないし、王子には毎日のようにアークの良い所を聞かせ、なるべく二人が一緒にいるよう傍で見守っている!
これは、絶対絶対いけるはず!!!!!
駄目押しとばかりに、今日も裏庭で休んでいた王子に、アークのお茶会中に会いに行く。
そして滔滔と「アーク様は!アーク様で!アーク様が!」と語った。
「………」目はじっと注いでくるが、相変わらず聞いてるかどうか分からない態度だ。
まあいい。この三か月間の努力も無駄ではないだろう。
「じゃ、俺そろそろ行きますね!お邪魔しました!」
「モーヴ」
「えっ?」
耳を疑った。王子が喋った!
いつも最低限の反応しか返さないくせに。
「アーク令嬢のことが好きなの?」
低いが、落ち着いた美しい声だ。ゲームでもそう思ってたけど、しばらく転生してからは聞いてない声だったので、ビックリした。
(…いや、これもしかして、アークのこと気になり始めてる!?まさかまさか…!側近の俺に、嫉妬してる…!??)
顔だけじゃ分からない。けれどあまりに珍しい事態なのだ。俺は心臓がバクバクしだした。
「好きです!」
断言する。けど、フォローをすぐ入れた。
「でもどうにかなりたいとかそういうのではこれっぽっちもないのでご安心を!俺はただ彼女の幸せを願っているだけです!!彼女が追い出されず、ここで暮らしていく姿を見たいだけなのです!!」
「好きなのにどうにかなりたくなかったの?」
「安心してください!俺の『好き』は尊い憧れへの好きで、汚らわしい邪なアレじゃありません!(いやまあはまりたての頃はそんな目でも見てたけど!)」
「あんなに尽くしているのに?」
「尽くしたいから尽くしてるだけです!報われようなんてこれっぽちもありません!!大体彼女は面食いなので、間違っても俺のようなモブになど恋愛的興味のひとっかけらも持たないと断言いたしましょう!!!!!」
ぜー、ぜー。
俺は言い切って肩で息をした。
「…………」
王子はじっと俺を見ている。唇が動く。
「ふぅん、報われないのに、実に健気だね…。」
…。なんだか、とっても馬鹿にされなかったか?今。
俺は初めてそう思った。
王子が呆然とする俺を置いて去っていくのを見ながら、俺は、イレギュラーなことの連続に呆けていた。
なんだあの態度。結構ペラペラしゃべってたぞ今。
ゲームでもそんなん、エピローグくらいでしかちゃんと話さなかったくせに。
あいつ、嫌味を言ったよな、今。
分かりにくい王子だが、言葉に含みがあるのが、今の会話ではありあり伝わって来た。
せ、せ、せ、性格、ワル!!!
「~~っっっ!!!!」
声にならない憤慨は、空高く昇って行った。
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使用人、ヒロイン、そしてアークと俺が大きな執務室に呼び集められた。
王子が大事な話をするのだという。
(こ、この流れ、婚約破棄のときと一緒だ…まさか。いや、)
「僕とアーク令嬢は、婚約を破棄する」
ざわっ!!!!!
周囲がどよめいた。
俺は血の気が引く思いがした。
「ど…どうしてですの!王子!!」
「………」泣きすがるアークに答えない王子。なんてことだ。ゲームと同じだ…。
主人公---ロインは、「えっ?そんな…」とおどおどした様子で口に手を当てている。こっちの位置だと、笑ってるの見えてるぞ。
そんなこと言ってられる時じゃない。俺はこの三か月、なんのために…。ガラガラと足元が崩れるような錯覚を受けていた。
「僕は、」
紫の瞳が、ちろりと俺に向けられた。
「モーヴと結婚するから」
…しーん。
時が、止まった。
「…は?」沈黙を破ったのは、ヒロインだった。
「は?」俺も一歩遅れて、何も考えられてないけどそれだけ発した。
「え?モーヴ?モーヴって…」アークも使用人たちも、混乱している。
「アーク令嬢の側近のモーヴ」
落ち着いたまま、無表情で言い放つ。
「はあああああ!??おまっ、ふざっけんなよ!!!」
俺はやっと叫んだ。
「お、王子、おかしい冗談ね」
ロインがやっと混乱から立ち直り、冷汗をたらしつつ笑った。「彼は男よ!」
「知ってる」
「………」
俺はまたも叫んだ。
「お前!ひどい奴だな!!」そして糾弾するかのごとく指をさした。
後ろではアークが、本心状態で「モーブと…モーヴ…」と呟いている。
「お前、破棄したいからってそんな質の悪い冗談言いやがって!俺がアーク様に献身的なことへの当てこすりかよ!!!」
「………初めて会った時、変な側近だなって思った。令嬢の良い所を二時間も語ってくるなんて」
「う…!」
「語ってる時の顔は、輝いていて幸せそうだった」
「…!」
「毎日幸せそうに話してくるモーヴに、僕は段々惹かれていったんだ」
「な…!」
知らない。こんな展開知らない。
だって王子は無気力で、こんなにペラペラ饒舌じゃなくって、自分から感情を吐露するなんてこと、ゲームの主人公エンドでさえなかったじゃないか…!!
王子が近づいてくる。俺を真っすぐ見据えて。
その美しく射抜いてくる視線にあとずさりすれど、俺の背中はすぐ棚にぶつかった。
王子はそのまま、俺の身体をすっぽり抱きしめるように腕を回してくる。「ひいっ…!?」俺の悲鳴も気にしてない。
「う…嘘よ!嘘よ嘘よ嘘よッ!!」ロインが頭を抱えて叫ぶ。「いやあああああ!!!」
そのまま駆け出していく。
「そ…そう!夢ですわ!夢っ!!」狂気的な笑顔でそんな結論を自分に言い聞かせ、愛しのアークも夢ですわーっと去っていく。
「お嬢様!」使用人も、その背を追って駆け出す。
「モーヴはいつも令嬢のことばかりだったから。まだ待とうと思ってたんだけど、君が、『報われる気はない』なんて言うから。押してもいいのかなって」
落ち着いた声音でそんなこと言いながら、俺の腰を撫でる手。「ぎゃああ!」
何人か残された使用人たちも、こんな空間に取り残されてはたまったもんじゃないと、何とも言えない空気の執務室を、すぐさま皆の後を追って逃げ出した。
「ちょっと、待って…」俺は虚空に手を伸ばすも届かない。そもそもがっちりホールドされてるし。
ドアの方へ身体をねじった俺のくびすじに、形の良い顔がうずめられるのを感じた。柔らかい唇が敏感なうなじに落ちて、ビクッとする。「ヒイ!」
「モーヴ」
耳元で、声がささやく。
「モーヴは令嬢が追い出されることを一番恐れてたよね」
声は、落ち着いているが、いつもの無気力さだけじゃない。明らかに、脅すような調子を含んでいる。
ぎくっと身体がこわばった。
「僕の好意を受け入れるなら、婚約破棄はすれど、令嬢をここに残しておいてあげる。どう?」
俺は心臓を握られたかのような心地で、見ない方が良いと分かりつつも、ゆっくり振り向いてしまう。
王子は笑っていた。
いつもの何を考えているか分からない表情じゃなく。
美しい唇は弧を描き、俺を射抜く瞳は、欲をはらんでいる。
…知らない、知らない、俺はこんなの知らない!
こいつ、無気力天然な王子じゃないのかよ。こんな、脅すような囲い方。
だってゲームでもこんな表情にセリフ、どのルートでも、一度も---。
「う…う…う…」
俺は、何かとんでもないことをしてしまったのでは?
いや、これはこれで、アークを守れたから成功なのか?
んな訳ない。んな訳あるか!俺の貞操、俺の貞操は…っ!
「うぎゃああああーーーーーっ!!!」
俺の悲鳴は、誰に救われるでもなく、むなしく屋敷にこだまするのであった。