自分の武器(ディタから見たユウリ/9話時点)
「あ、ディタさーん、いい所に!ちょっと時間もらってもいい?」
今日の訓練を終えて部屋に戻ろうとしたところ、名前を呼ばれ、振り返るとユリアン様が自室から手招きをしていた。
私は今、領主様の別荘に滞在している。
目的の1つは、マリエット様襲撃の真相を掴み、次こそは敵に報いを受けさせることが出来るだけの、力を蓄えるため。
領主様が手配してくださった指導役の下、エドアルトと一緒に訓練に励む日々だ。
そして、目的のもう1つが、このユリアン様の特殊な境遇に対処できるように、新学期までに慣れておくための顔合わせだ。
ユリアン様は、何でも「異世界」という、こことは異なる場所から不思議な力によってやって来たそうだ。
地図にも乗っていない、馬車や船などでは辿りつけない場所とのことだが、私はコリネアからも出た事がないので、いまいち想像が出来ない。
言葉は基本的には通じるそうで、入学に備えた基本的な知識は、目下詰め込み授業中だと聞いている。
「はい。何かありましたか?」
私はユリアン様の手招きに応じ、ユリアン様の部屋に入った。
「今日、貴族の公の場での挨拶を習って、フォルカーさんに見本は見せてもらったんだけど、やっぱり女性から見本を見せてもらいたいなと思って。ディタさんにお願いしてもいい?」
形式が決まっている挨拶にはいろいろあるが、学院に通うにあたっては、公的行事での挨拶、その略式バージョン、対騎士用バージョン、宗教行事での挨拶、別れの挨拶、この辺を押さえておけばいいだろう。
貴族の子が公の場に出るのは学院に入学する年齢からだが、場慣れしておく目的などから、だいたい7歳くらいから親に連れられて内輪の集まる場に参加をさせられるのが一般的だ。
入学する歳には皆、自然に出来て当たり前になっているので、その中に入るユリアン様にとってはなかなか大変だろう。
「私でよければ。あと、私の事はディタと呼び捨てていただいて構いません。」
「ふふ、ありがとう。ではディタ、お願いします!」
そう言ってフワッと微笑んだユリアン様は、とても可愛らしい。
マリエット様の代わりとして私と一緒に入学をする事になるが、本当は17歳だと聞いている。
しかし、こういった無邪気な表情を見ると、同じ年齢だと言われても十分通じると思う。
「ニホンジンは幼く見えるのよね。」
そんな風に言っていたが、表情によって印象の変わる、不思議な魅力のある方だ。
「ディタの動作、体の先まで神経が行き渡っている感じで、すごくキレイ!」
私が一通り挨拶の動作を終えると、ユリアン様がそんな感想を述べた。
「いえ、そんな事はないと思いますけど…。」
「ううん、本当に。人の体ってよく出来ているから、部位の一つ一つに命令系統が繋がっているのよね。だから逆に、命令が行き届いてないと、ほら、例えば手を動かす時でも、意識していない指先は自然な向きにだらんとしているだけなのよね。ディタの動きはちゃんと指先までスーッと美しいポジションに伸びていたもの。」
ユリアン様は右手を動かし、左手でその指先を指しながら説明をしている。
「あまり意識はしていないですけど…。」
「そうね、ディタ、ちょっと挙手してみて?」
「??はい…」
言われるままに右手を挙げてみる。
「ほら。手を挙げるっていう動作でいう"手"って、"腕"が上にあがっていればいいものだけど、ディタは指先まで綺麗に伸びているでしょ?きっと普段から剣の稽古をしているから、意識しなくても、手=指先までっていうのが感覚として定着しているんでしょうね。」
「ああ、確かに。普段、剣の素振りをする時に、振り下ろした剣の先までが自分の手だという感覚でいるので、その途中にある指は、確かに手の一部ですね。」
「やっぱり。ディタにお願いしてよかったわ。すごく参考になった。ありがとう!はい、どうぞ。」
ユリアン様が紅茶とお菓子を出してくれた。
「あ、おいしい…」
「やっぱり領主のお宅で飲まれるお茶だから、良い茶葉なんでしょうね。」
「あ、いえ、いれ方が上手だなって。」
「あら、そう?」
「はい。紅茶をご自分でいれられるのも珍しいですし、メイドがいれてくれるものと比べても遜色ないので驚きました。」
「そっか、貴族は自分ではいれないのね。」
「趣味でやっている者もいますけど、珍しいかなと思います。」
「そうなのね。私の国では、色々なお茶が流通していて、簡単にいれられるタイプのものなんかもあったんだけど、私は息抜きにもなるから、茶葉からいれるのが好きだったの。こちらでも入れ方は基本的に同じみたいだから、自分でやらせてもらっているの。」
「そうでしたか。ユリアン様は、新しい環境に慣れるのが早いですね。」
「うーん、どうだろう。私のいた世界とは色々と違うから結構動揺はしているのよ。でも、会話が普通に出来るからよかったかな。言葉だけ通じても、感覚が全く違う世界ならやばかったんだろうけど。」
動揺をしていると言いながらも、私には、自分に馴染むやり方を、立派に確立しているように見える。
私はこちらにお世話になるだけでも、慣れた実家との違いに最初は戸惑ったのだ。
「異世界」とやらについては詳しくはわからないけれど、私が少しの違いだけで感じた戸惑いとは比べ物にならないはずだ。
特に不器用な私には、それはとても凄い事だとわかる。
「ユリアン様の世界には、騎士はいないのでしたっけ?」
「うん。治安を守るために働く組織はあるけどね。まあ、私の国では元々、ディタの使うような剣ではなく、カタナという武器が使われていたのよ。」
「カタナですか?」
「うん。剣のような双刃じゃなくて、こう片側だけが刃になっていて、ちょっと曲線になっているの。で、こんな感じで引いて切るの。」
ユリアン様はジェスチャーをしながらカタナの説明をしてくれた。
「他国にそのような特徴の武器があると聞いた事がありますが、それと近いのかな。」
「あとはね、ニンジャっていう隠密任務に長けた人達もいてね、その人達は、手裏剣ていう投げ武器とか、手甲釣ていう尖った爪みたいな武器を手にはめて使うとか、いろいろな武器を使っていたそうよ。」
「へえ。ユリアン様、詳しいんですね。」
「あ、はは、私は小さい頃、その、オギンさんに、憧れていたからね。」
意味はよくわからないが、何故か照れてゴニョゴニョとつぶやいているユリアン様だ。
「ディタが使うのはロングソードだけなの?」
「はい、そうですね。私の家は騎士の家系で、祖父も父も兄達もみんな騎士なんです。私は女だからなる必要はないと言われていたんですが、父に稽古を付けてもらう兄達が羨ましくて、物心ついた頃には私も騎士を目指していました。兄達とは年齢差もあるんですが、体格差もあるし、どうしても兄達から一本が取れなくて。だから、他の武器にまで手を回す時間はないので、私はロングソードだけです。」
私がそう答えると、ユリアン様はキョトンとした顔をしていた。
しまった…、ユリアン様は素朴な疑問を口にしただけなんだから、アッサリとした回答をすればよかった。
「すみません、つい力説してしまいました。」
「あ、ううん、違うの。お兄さんに勝ちたいのなら、何でロングソードにこだわるのかなって思っただけなの。」
「それは、他の武器にも稽古の時間を割いたら、ロングソードの訓練時間が減って、上達が遅くなってしまうからで。」
「あ、そうじゃなくて。イリス様の護衛で違う武器を持っている人を見た事があるから、騎士ってロングソードじゃなきゃいけないわけじゃないでしょう?
体の大きなお兄さんにはロングソードが合っているのでしょうけど、ディタには他の武器の方が合っているかもしれないじゃない?わざわざ相手の土俵で戦う必要はないんじゃないのかなあって。」
「!!!!」
盲点だった。兄達がロングソードを使っているから、私もそれが当然だと思っていた。
「確かにそうですね。…そうだな、短剣もあるし、隠しナイフなんかも試してみてもいいかもな。」
うん、子供の頃に父に最初に買ってもらった子供用のロングソードも使えるかもしれない。
良い物だけど、大きくなってからは使わなくなってしまったからな。
「……あ!!!すみません、ユリアン様からいただいた指摘で、いろいろ試してみたい事を思いついて、つい一人で考え事をしてしまいました。」
私は、ユリアン様が出してくださった美味しいお菓子をいただきながら、一人で考え事をしてしまっていた。
たぶん2〜3分くらい、たまにぶつぶつ声にも出ていたかもしれない。
「あ、全然気にしないで。何か思いついた時は、その考えにいったん集中するのも大切だと思うから。」
そう言ったユリアン様は、何故か私の後頭部あたりを見てニコニコしていた。
次の日からは、さっそく新しい武器を試しはじめた。
ロングソードは、重さ自体はそれ程ないから私でも振るのに問題はない。
長さも、私が使用しているのは80センチくらいの物だが、振る分には基本的には問題ない。
しかし、実力が私と同等以上の者を相手にする時、身長が女性の平均並(より少し低め)の私には、ほんの少しだけ長いのだ。
剣を戻す時の軌道が、体からほんの少しだけ、最短より遠くなる。
そうすると、その分だけほんの少し遅くなる。
格上相手にこの「ほんの少し」は、競って打撃を重ねただけ、積み重なっていき、そして決定的な遅さになる。
私はこれまで、兄達との差を埋めるためには、もっと速く剣を振れるようにならなければいけないと思っていた。
欠点を補うために訓練あるのみというのも間違いではないけれど、利点を活かした戦い方を身につけ、それを伸ばしていく方が正解に思える。
求めている強さに近づきたい。
「あ、ディタ〜、いい所に!ちょっと時間もらってもいい?」
今日の訓練を終えて部屋に戻ろうとしたところ、名前を呼ばれ、既視感を覚えつつ振り返ると、やはりユリアン様が自室から手招きをしていた。
「はい。何かありましたか?」
私はユリアン様の手招きに応じ、ユリアン様の部屋に入った。
「今日は久しぶりに午後がオフだったから、クッキーを焼いてみたの。
ちょうど焼けたところだから、食べていかない?」
ユリアン様の部屋にはお菓子の甘い香がしていた。
誰にも話してはいないが、実は、私は甘いものが好きだ。
「ユリアン様が作られたのですか?それでは、お言葉に甘えていただきます。」
「よかった!甘いもの好きでしょう?」
「えっ!何故それを?」
「えっ?…と、同世代の子は、だいたい甘いもの好きでしょう?」
ああ、そういう事か。驚いた。
先日、挨拶の所作の手本を頼まれた時くらいしか長く話した事がないのに、もう見抜かれたのかと思った。
不思議と鋭い方だから、そんなこともあるのかと思ってしまう。
「そ。だからね、せっかく作ったから、一緒に食べたいなと思って。」
そこには様々な形のクッキーが並べられていた。
「ユリアン様は器用ですね。売り物みたいに綺麗です。」
「ありがとう。クッキーは、材料さえあれば意外と簡単に出来るのよ。それにね、手作りするメリットは、焼きたてが食べられるって事なのよね〜。どうぞ。」
私は手前にあるシンプルな丸い形のものからいただいてみた。
「あ、柔らかい。」
「でしょう?冷めるとクッキーらしいサクサクした食感になるけど、この食感は焼きたてならでわなのよね〜。」
「おいしいです。」
「よかった!」
ユリアン様は、何故かまた私の後頭部の方を見て、満足そうに何度もうなづいていた。
「あ、そうそう、この前に見本を見せてもらった挨拶、フォルカーさんから合格もらえたの。
ディタのおかげで、イメージをしっかり作れたから練習もしやすかったの。ありがとう。」
「それなら私の方こそ。ユリアン様が与えてくれたヒントのおかげで、自分の戦いのスタイルが掴めそうです。」
「それは何より!でも、こういうのって、きっかけは違っても、行き着く先は同じだと思うから、私のおかげというよりは、ディタが剣と向き合ってきた時間の賜物だけどね。」
「それでも、ユリアン様が指摘してくださらなかったらいつまでも同じ訓練を続けていたと思います。だからありがとうございます。」
「ふふ、では、どういたしまして。剣を2本差しているけど、ひょっとしてニトウリュウ?」
「ニトウリュウ、それは左右に剣を持った剣技ですか?」
「うん。私の国ではそう呼ばれていたわ。」
「そうですか。短い剣で、より効果的な形はないかと考えて、2本使いに行き着いたんですが、剣技として実在するのであればあながち間違っていないかもしれないなと自信が持てました。」
「え!オリジナルで生み出したの!?
……すごいわ!私は、既存の中で他にも目を向けてみたらというつもりで言ったんだけど、見事にその先を越えて来たわね…!」
何故か涙目になったユリアン様は、立ち上がり、私に対して、騎士向けの礼をしてきた。
突然のユリアン様の礼に驚いたが、何かとても誇らしい気持ちになった。
ユリアン様は、私のない視点を与えてくれるだけでなく、騎士の誇りも授けてくださるのか。
兄達に届かないだけでなく、主も守れなかった私に、自分のスタイルという自信を与えてくれた。
この方に付いていけば、もっと誇れる自分になれるだろうかーー。
「この作戦、絶対に成功させましょうね!」
そうユリアン様は、力強い瞳で微笑んだ。
ユリアン様が私に礼をした理由はよくわからなかったけれど、覚えたばかりのはずのユリアン様の礼は、完璧で、とても美しかった。
前回のエドアルト視点の回と同様、時間軸でいえば、本編6話時点くらいのお話しです。
ディタの初登場に合わせて、タイトルは9話時点としています。