最強の生徒(フォルカーから見たユウリ/6話時点)
私がユウリ様と出会ったのは、西の森に現れた魔物の調査に向かうイリス様にお供して、西の森の別荘にやって来た時のことでした。
調査に出かけていたイリス様が森で保護したという1人の少女を連れて帰ってきました。
少し聞き慣れない発音の「ユウリ」と名乗った少女は、美しい衣を纏っていましたが、あちこち土で汚れ、素足で歩いたのでしょうか、足も汚れていました。
貴族の令嬢が、このようなドレス姿で森に一人きりでいるなど、ただ事ではありません。
何か事件に巻き込まれたか、あるいは供の者はすでに魔物に…。
「ユウリ様、少し水を使います。不躾で申し訳ございません。」
ユウリ様をお綺麗にする必要があると判断した私は、ユウリ様に洗浄の水魔物を使いました。
「いえ、こちらこそお手間をおかけしてしまい申し訳ありません。…これは、魔法ですか?」
ユウリ様は、目を瞬かせ尋ねてきました。
魔法は、使える者が側にいない場合には、珍しいでしょう。
気を紛らわせていただければと、私は魔法について説明をし、ユウリ様も興味深そうに聞いて、質問をしてきました。
魔物に遭遇し、大変な目に遭われたと聞いていましたが、お心のお強い方です。
風魔法で水を飛ばし仕上げ、ユウリ様をイリス様の元へお連れすると、人払いがなされ、事情聴取が行われました。
そこでユウリ様から語られた話しの数々は、まるで絵空事のような事ばかりでした。
そのような話は、通常の貴族であれば切って捨てていたかもしれないでしょう。
イリス様は、領主として磨いていらっしゃった、嘘を見分ける目をお持ちです。そのイリス様が、本当のことと判断したのですから、本当なのでしょう。
…もっとも、私の目にも、ユウリ様は嘘を言っているようには見えませんでしたが。
それにしても、この嘘のような話しを、イリス様にならお話ししても大丈夫だと判断したユウリ様の観る目は、なかなかのものとお見受けいたします。
それから私は、ユウリ様の教育を任されました。
イリス坊っちゃま以来、教育係は専門の者に任せてきましたので、久しぶりに腕が鳴ります。
期限は1ヶ月半。
常識や風習の違う世界の方に、貴族院に入学する学生さんと同じ振舞いができるように知識を身につけていただく。
しかもフィーユとしてのお立場です。
これは生半可な授業では成し得ないでしょう。
私は、教えるべき事を並べ、スケジュールを計算してみて、修羅のごときカリキュラムを決意いたしました。
ユウリ様の世界は、私達とは違う言語、文字が使われていた世界だったそうですが、不思議なことに、会話に問題はなく、読み書きにも問題ないとのことでした。
言語をお教えする時間などとてもありませんでしたから幸いなことでした。
とは言っても、貴族特有の言い回しをマスターしていただくだけでも大変な量ですから、喜んでばかりもいられないのですが。
驚くべきは、ユウリ様の集中力と吸収力です。
知らない知識を、ご自分の世界の知識に照らし合わせて理解を深めているのでしょう。きっかけとなる考え方を伝えるだけで、応用にまで行き着くのですから、一を聞いて十を知るとはまさにこの事かと感じたものです。
それが、授業時間を終えると、途端にダランとして根を上げたような事を言うのですから、面白い方です。
そのギャップは、ユウリ様の魅力の一つのように思いました。
ユウリ様は、「あ〜疲れた〜」「もう動けな〜い」などとジタバタとして一通り言い尽くすと、のそのそと立ち上がって自室に戻られます。
そして、文字でびっしりと埋まった分厚い本を開き、知識を深めていらっしゃるのですから、驚きの精神力です。
私には美味しいお茶を淹れるくらいしかお手伝い出来ませんが、共にお付き合いさせていただきます。
ふと、ユウリ様の姿が若き日のイリス坊っちゃまの姿に重なりました。
坊っちゃまは、いつもは本気で勉強から逃げ回っていらっしゃいましたが、やり遂げなければならない重要な役目の時には、決して逃げずに全うしていらっしゃいました。
教師役として、とても誇らしく思ったものです。お懐かしゅうございます。
まさか、再びこの気持ちにさせていただけるとは…!
私の執事人生の中で最後の生徒となるかもしれません。必ずや、フィーユになっていただきましょう。
1ヶ月半。
知識を学ぶとしてはあまりに短いこの期間の中で、ユウリ様は多くを学び、身につけられました。
貴族学院に入っても遅れを取ることなど全くないと、自信を持って太鼓判を押させていただきましょう。
今、目の前のユウリ様は、希望に満ち溢れた13歳の少女として笑っていらっしゃいます。
最愛のマリエット様を毒に奪われ、人知れず悲しみの炎を燃やし続けているイリス様に、そしてマリエット様にも、この少女が太陽のように明るい暖かさを届けてくれる存在になってくれるのではないか。
そんな予感が、私の中に確かにあるのを感じ、思わず頬が緩んでしまいました。