異世界からきた娘(イリスから見たユウリ/6話時点)
「イリス様、そろそろ、魔物の出没が報告されたエリアに入ります。」
「よし。全員、ここで馬を木に繋ぐぞ!」
今日は、我が領地の西の森に、魔物が出没したとの報告を受け、調査に来ていた。
西の森は広大な森だが滅多に魔物が出ず、山菜や果実が豊富なため、多くの民の生活を支える重要な場所だ。
早急に対処すべく、精鋭6名ほどの騎士を連れてきていた。
「5メートル間隔に広がって進む。十分に注意しろ!」
広範囲をカバー出来るように隊列を横に広げ、出発の合図を出す。
今回魔物の出没が報告されていたこの森の中心近くは、少し不思議な地帯で、周囲とは空気が異なる。
周りにはまだちらほらと雪が残っているのに、この地帯だけは雪もなく、木が周囲より高く伸びている。気温も年中穏やかだ。
民たちは「森の主の棲む場所」と呼び、滅多に立ち入らない場所だ。
今回の報告も、獣の鳴き声が聞こえたため気になって様子を見に来た住民が、双眼鏡でこの地帯に魔物を確認したと言う報告で、実際に中に入って確認したものではない。
「イリス様!いました!」
魔物に気付かれないよう連絡手段として各自が耳に装備している、テレパス機を通し、報告が上がってくる。
「よし、他にもいるかもしれん。全員いったん周囲を警戒しながらその場で待機!」
隊に指示を出し、オレは報告者の所へ向かう。
「あちらです!」
指差された方を見ると、ガルヴという一匹の凶暴な魔物がいた。
「一匹か…?」
ガルヴは、通常は数匹の群れで行動していることが多いと言われている。
近くにまだ仲間がいるかもしれないと周囲をぐるりと見回してみる。
「な!?…まさか!!!」
ガルヴの正面の方向、80メートルくらい先に、人の姿があった。
少女…なのか?
その者は、場違いな社交界でもなかなか見ないような光沢のある真っ白なドレスを着ていた。
周りに共の者も付けず、一人きりのようだ。
ガルヴが近づいて来た事に気付き、驚愕の表情をしていた。
それはそうだろう。土地にもよるが、騎士でもない令嬢であれば魔物に遭遇した経験がない者のほうがほとんどだ。
パニックになられて叫ばれでもしたら、ガルヴの仲間が気づいて囲まれてしまうかもしれない。
ガルヴが今にも少女に飛びかかりそうな様子のため、魔法を発動しようとした時だ。
少女が下に転がっていた枝を拾いあげ、剣のように構えた。
「この西園寺 侑梨に手出しをするのであれば、少なくとも相討ちになることは覚悟なさい!!」
遠いせいか、何を言っているのかはわからなかったが、何だあれは?
普通の少女が、ガルヴに対峙して迫力負けしないなんて事があるのか?
「どこを狙っているのかしら」
ガルヴが雷魔法を放ち、少女からは大きく外すと、少女がまた何かを言い、笑みを浮かべ迫力を増していた。
そして、少女が何をしたのかはわからなかったが、ガルヴは少女から逃げるようにジリジリと後退し、森の奥へと下がっていった。
♪森の主の棲む場所
入ってはいけぬ
入ると妖精が現れて
人も獣も消し去ってしまうぞ
この地の民謡が、急に思い浮かび、頭の中で響いた。
詩の挿絵に描かれる、この地にいると信じられている、美しい姿をした人や獣を惑わし喰らう妖精。
いやいや、まさかな。
つい見とれて馬鹿な事を考えていた間にも、状況は変わり、いったん退却したガルヴが仲間を連れて再び少女の前に現れていた。
しまった!いかん!
「魔を燃やしつくせファイヤーウァール!!」
慌てて発動の準備をしてあった魔法を放つと、無事、少女が襲われる前に魔物を消し去ることが出来た。
「大丈夫か?」
火の残熱を避け、少女の後ろ側に周りこみ声をかけると、安心したのか、その場にへたり込んでしまった。
先ほどまで見ていた妖艶な姿が幻だったかのように、普通の少女の姿がそこにはあった。
森の入口にある別荘に戻った。
そして、フォルカー以外は人払いをして少女に質問を開始すると、彼女は次々と信じられない事を言ってきた。
身分は平民であり、ドレスは結婚衣装…だと?
あんなのは、この国の結婚衣装じゃないぞ。
…他国の者か?
確かにユウリと言う名の発音も、あまり馴染みがないものだ。
警戒しつつ、次の質問をすると、魔物を追い払ったのは魔法ではなく、エンギ?というものだと言う。
エンギとは何か聞くと、ユウリは目の前に見えない壁を出現させた。
驚いて触ってみようとしたらオレの手は、壁をすり抜けた。
エンギとは、実際にはない物をあるように見せたり、自分とは違う人物になったりすることらしい。
……ん?
つまりは、ただの棒切れを拾ってガルヴと対峙して、更には撃退までしたってことか?!
ガルヴの性質からして、背を向けて逃げていたら、すぐに噛み付かれて喰い殺されていただろう。我先に逃げた貴族が殺されたという話はたまに聞く。
逃げたら死ぬとわかっての選択だろうが、戦う術もない者が、逃げる以外の選択が出来るものだろうか。
……信じられん、何て言う度胸だ。
実際には、腰を抜かして一人で動けなくなるくらい怖がっていたのに、このオレが伝承の妖精かと見紛うくらいの迫力だったんだぞ?
「わはははは、面白い!!」
まだ不審な点はあるが、オレはユウリが気に入った。
仮に他国のスパイならば、手元に置いておく方がいいしな。
「ユウリよ。そなた、私の元で働いてみないか?」
オレの誘いを聞いて、間抜けな顔で驚いていた後、ユウリは更なる驚くべき話しをしてきた。
……異世界。
かつての戦乱より前の時代に、この国に異世界人が来ていた事が記録に残っていると聞いた事がある。
ユウリは、魂になるエンギだとか、訳の分からない方法で、消えた夫を追ってこの国にやってきたらしい。
夫はどこにいるのかも分からず、同じ場所に来れるのかもわからないのに、こちらにやって来たそうだ。
…コイツはあれだな。こうと決めたら曲げないタイプのヤツだな。
この短時間の会話の中からも、頭の回転がかなり早いと分かるが、出たとこ勝負をするヤツだよな。
どこぞの王も、似たタイプだったな。
何だかんだと振り回されるが、オレはこのタイプが嫌いじゃなかったりする。
ブレない信念の持ち主は、いざという時に強い。その強さは信頼できる。
オレがユウリに与えた任務は、我が娘マリエットの代わりにフィーユとして学院に入学することだ。
1か月半の期間、フォルカーに教師役を任せ、必要な知識を身に付けさせる。
学院は全寮制だ。エンギが通用しないと、異質だとすぐバレるだろう。
ユウリは、外見は少し幼いものの、話す印象は17歳という実年齢より大人びているように感じる。
普通にしていたら13歳を迎える年齢にはとても見えない。
1ヶ月半の期間で、貴族の振る舞いを覚えたユウリが、どう化けるか。
「光の道を正しく進み、訪れた出会いに感謝を申し上げます
ーーお帰りなさいませ、お父様。予定よりずいぶんお早いお戻りでしたのね!」
現れた少女は、可愛らしい幼さを見せながらも、淑女としての礼もしっかりと忘れない、貴族の子供らしい姿だった。
「お父ちゃま、大ちゅき」
幼い頃にお土産を渡したら大喜びしたマリエットを思い出した。
いかん、いかん。今は感傷に浸っている場合じゃない。
……完璧だな。これなら、違和感なく学院に解け込めるだろう。
「あらありがとうございますイリス様。ということは、合格ですか?」
そう言ってあっという間に、別人の顔、元のユウリ戻った。
……コイツ、やっぱり本当は、西の森の妖精なんじゃないのか?
こうしてオレは、最強の味方を手に入れたのだった。