2、狼より弱い。
強大な存在を前にしたユウトの思考は、常に刹那で単純だ。
──このままでは村に危険が及ぶだろう。それだけは避けなければならない。
結論とそれに要した緒論の全てがこの一行だ。
彼はたったそれだけで、銀色の毛並みを持つバケモノを止める判断を下した。
「させぬぞ!」
彼は近くに落ちていた小石を拾い、着地したバケモノに向かって投げた。
小石はバケモノの柔らかい腹部に命中し、狼は一瞬顔を歪める。
飛躍をやめて、狼はユウトの目の前に軽い身のこなしで移動してきた。
「ガァ゛ァァ゛ァ゛!」
叫び声と共に、狼はギラリとユウトの方を睨んだ。
先程より一層大きく見えるその瞳はまるで、子羊を殺して食わんとする狼の視線だとユウトは感じた。
となると自分は、怯えて食われるのを待つ子羊か?
──笑わせる。
彼は狼の群れニ十匹と戦い、勝利した経験があった。
狼ニ十匹と目の前のバケモノ一匹は、果たしてどちらの方が強いだろうか?
狼が初めに動いた。鋭い爪を以てユウトを引っ掻き、切り刻まんとする。
ユウトは易々と後方に飛びのいて攻撃を躱し、にやりと笑って叫んだ。
「外見よりも動きが遅いな、犬ころよ! さぁ、こっちに来い!」
彼は手招きをした。
当然バケモノは逆上し、彼の挑発に乗る。
「ガァ゛ァァ゛ァ゛ア゛ア゛!」
耳を劈く咆哮と、ユウトに飛び掛かるバケモノ。
しかし、ユウトの視界にバケモノはかなり遅く映っていた。
恐怖も慢心も無い。
だが嗚呼、残念だと思った。
こいつはきっと、俺より弱い。
彼はゆっくりと拳を握りしめ、スッと横に移動する。
「見切った」
「ガウ!?」
狼は彼の動きに反応できず、『殴ってください』と言わんばかりに無防備な横腹をユウトに晒した。よく見るとそこには、さっき投げた小石の傷が残っている。
無論、ユウトはこの隙を逃さない。
「終わりだ」
彼は握りしめた拳を、無情に叩きつけた。
ドゴンと空間の歪む音がしたかと思うと衝撃波がこの村中に響き渡り、砂埃と共にバケモノは地面に倒れ込む。
その際に生じたすさまじい痛みと血の飛び散る不快感が、その狼にとって最期の感覚となった。
「……フゥ」
彼はゆっくりと息を吐き出した。ゴキゴキと首・手の関節を鳴らす。
勝者ユウトは、倒れ込んだバケモノを見つめてしばし考えた。
俺より強いかとも思ったが、案外弱かったな。戦力的には前に戦った狼と同等か……いやしかし、賢い狼ならば単体で襲ってくることは無いだろう。ならば知力と武力を鑑みて──
彼はバケモノを冷静に見定め、結局『狼より弱い』と言う結論を叩き出した。
不思議な事に彼は、『どうしてこんなバケモノが存在するのか』という思考には至らない。
というか最早、彼の目にバケモノは映っていなかった。
彼が考えるのは、『強いかどうか』だけ。
強くなければ興味は無いのである。
「あのう、すいません……?」
そんな彼に向かって一人、声をかける人物がいた。