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もう振り返ることはしません  作者: 無位無冠
1/2

前編

2/18 ご指摘により誤字を修正しました。

 せっかく良い天気であるというのに、外を眺めることしか出来ない。夢見が悪く、どうも気落ちしてしまって、何をするにも手につかない。


 やらなければならないことがあれば良かった。人の目があれば気が紛らわされるのだが、こんな日に限って何もない。


 ちらりと机の上に目をやると、勉強のための本がうず高く積まれている。それらを読んでおいたほうが良いのは理解している。しかし、気乗りしないと読んでも頭に入ってこない上に、読んだ気になるのは危険だ。自分には後がないのだから、醜態を晒してしまう訳にはいかない。


 静かな室内に、ノックの音が響く。音もなく入室してきたのは、父によってつけられた侍女だ。


「お手紙が届いております」


 侍女が報告してきたが、気分が乗らなかったのでうなずいただけで返事をしない。彼女は、自分の部屋を離れに移されてからつけられた侍女なので、なかなか機微を察してくれないので面倒だった。

 昔からの侍女であったなら、こんな煩わしい思いをしなくて済んだのに。

 

「ヴィルマお嬢様?」


「聞こえています。手紙なら後で読むから、そこに置いておきなさい」


 無遠慮な侍女に腹が立ったが、ここで叱っても仕方がない。我慢をして机に置くように指示する。


「エリザベートお嬢様からのお手紙ですが、よろしいのでしょうか?」


 どうして先にそれを言わないのか、この女は!


 苛立つ心をおさえて、侍女が差し出している手紙を受け取る。そして、虫を払うように退室を促した。


 侍女が出ていってから、封を見て本当に姉からのものか確認する。封じている蝋には、エリザベートが使う紋が押されていた。確かにエリザベートからのものである。


 さっきまでと打って変わって気持ちが乗り、小走りで机に向かう。そして、ナイフで丁寧に手紙を開封する。


 偶に届く姉エリザベートからの手紙は、離れでの軟禁生活を慰めてくれる数少ないものだ。自分の一族とのやり取りは、どんなものでも全て目を通されてしまっている。

 だが、エリザベートの手紙は届く前に開封されていることはない。それは自分が出すエリザベートへの返事でも同様だ。生活を監視されているなかで、そうではない物があることは救いだった。


 手紙の内容は、大抵が他愛もないことばかりだ。でも、外に出るお誘いの場合もあるので、待ち遠しくしている。

 残念ながら、今回はただの近況報告だった。でも、いそいそと返事の準備を整える。


 エリザベートの侍女ヘレーネが暗殺されてから、生活は一変してしまった。ウィケッド一族の多くから、王太子ラディスラウム殿下から暗殺の指示を受けたと疑われ、兄のことで憔悴していた母にも問いただされてしまい、悲しかった。

 父には、殿下とお会いしたときに同席しなかったことを詫びられ、すまなそうに部屋を移す旨を告げられた。叔父や従兄弟などの母方の親族たちからも離され、守ってくれたのはヘレーネの葬儀を終えた姉エリザベートだけ。人伝に聞いただけだが、両親や一族に無罪を訴えてくれたらしい。


 ドワルド討伐の祝勝会にも、姉がお父様にお願いして一緒に連れて行ってくれた。従兄弟のエスコートで会場にいたら、不躾な視線や内緒話に晒されてしまった。そこでも守ってくれたのはエリザベートだ。そして、ウィケッド一族の重鎮や派閥の主だった者たち、ドワルドに味方しなかった中立派に、終いには主戦派の貴族にも挨拶させられてしまった。

 終わってからは、うっとうしい貴族を追い払えなかったことを注意され、自分を疑う者や敵対派閥に臆しなかったのは褒められた。


「お姉さま、またどこかへ連れて行ってくださらないかしら」


 もうエリザベートを姉と呼ぶことに違和感はない。兄が失脚したときは、姉として接してきたエリザベートを警戒した。でも、今は失脚する前の兄と並ぶくらい頼りにしている。


 軟禁されてからも、エリザベートが離れから連れ出してくれなかったら、自分はもっと塞ぎ込んでいただろう。


 兄ウィリアムとはもう会うことは叶わない。それに、一族を守るためとは言え、自分の命令によって暴行が加えられたのだ。きっと、薄情な妹だと恨んでいるに違いない。

 考えないようにしていたが、離れに移ってからは他にやりようがあったのではないかと思いを巡らしてしまう。


 手紙を書き終え、封筒にしまう。そして、封に蜜蝋を垂らして乾く前に判を押した。しっかり封が出来たかを確認し、侍女を呼ぶために鈴を鳴らす。


「お呼びでしょうか」


「これをお姉様に」


 侍女が手紙をうやうやしく受け取る。


「お預かりいたします。何かエリザベートお嬢様に言伝(ことづて)はございますか?」


 どこかへ連れて行って欲しい。そう思ったが、さすがに口に出しはしない。小さな子供のようで、さすがに恥ずかしいからだ。


 黙って首を振ると、侍女は一礼して出ていく。


 ため息をついて椅子に腰掛ける。疑いが晴れるまでここにいなければならない。その鍵となる暗殺犯は、一族が総出となって探してくれている。そのために、反乱討伐という出世や忠誠を示す機会を棒に振ってくれてた。


 自分が彼らを守っているつもりだった。だが、守られているのは自分の方だ。情けないと思いつつも、待つしかできない。


 だから、今できることをやらないといけない。


 机に置いていた指南書を手に取る。


 祝勝会の翌日、お父様と奥様にスフォルツァ伯爵家へ連れて行かれた。同い年の男の子マクシミリアンを紹介され、伯爵家の方々と食事を楽しんだ。帰ってきたら姉から、勉強しておくようにと様々な本が届けられたので、やはりお見合いなのだろう。

 まだ一回しか会っていないし、軟禁状態の自分がどうなるかわからない。でも、姉に指示されたことをやっていれば間違いはない。姉から贈られた虫の音に耳を澄ませながら、本に目を通していった。









 居室が離れに移されたとしても、家庭教師による指導が行われることには変わりがない。ただ、屋敷にいるころと違って、かつてエリザベートを教えていた教師に教わることになった。非常に厳しく、少しの油断でひどく叱責されたこともある。

 

 お見合いがあってから指導はさらに厳しくなり、授業についていくのに必死であった。


 そんな時、ノックがしたと思えばすぐさまドアが開けられる。やってきたのは、姉エリザベート専属の侍女、シュパニエン男爵家の長女ヨハンナ。


「ヴィルマ様、お出かけのご用意をなさってください」


「突然なんですか?」


「すでにエリザベート様は準備を始めております。お急ぎください」


「お姉さまが?」


 ヨハンナの言葉に理解が追いつかない。まごまごとしている間に、取り囲んできた侍女たちに着替えさせられ、用意を整えられていく。


気がついたら馬車に乗せられてしまっていた。すでに姉が座席に座っているので、ヴィルマはおずおずと頭を下げる。


「お待たせして申し訳ありません」


「座りなさい。少し急ぐわ」


 エリザベートの言う通りに対面に座る。すると、待っていたかのように馬車が動き始めた。


 ヴィルマはエリザベートをちらりと見る。外に視線を向けているエリザベート。機嫌が悪いようには見えないが、良くも見えない。そのため、ヴィルマは慎重に問いかけた。


「あの、お姉さま……」


「……何?」


「どちらへ行かれるのでしょう? 何も聞いていないもので……」


 エリザベートは視線を動かさない。


「あなたのところの騎士が、ヘレーネを殺した女を捕まえたわ」


「え?」


 自分が一日でも早く叶って欲しいと思っていたことが、淡々と告げられた。


「ついに捕らえたのですか!」


「そうよ」


「――良かった。ようやく、疑いが晴れるのですね……」


 胸を両手でおさえ、喜びを噛みしめる。


 これでようやく解放される。自分だけでなく、一族の皆が後ろ指を刺されないようになるだろう。まだこの一連の騒動の発端ともなった兄の汚名も残っているが、それは長い時間をかけてそそいでいくものだ


「だといいのだけれどね」


「どういうことでしょう。他に何があったのですか?」


「詳しい経緯は聞いていないけれど、一緒にいた家名のない男が問題なのよ」


 家名がないとういうのは平民を指す。


 エリザベートが物憂げに息を漏らす。

 

「一緒にいた……男?」


「そのせいで面倒なことになってしまった。どうしてこう上手くいかないのかしら」


 平民の男のせいで面倒なことになった。ヴィルマには信じられないことだ。弱小貴族ならともかく、ある程度以上の貴族なら平民に有無を言わせない力はあるのだから。


「あの女だけなら、殿下もご自分の疑いが晴れるのですもの、こちらへ引き渡してくれたはず。でも、もう一人と一緒にとなると……許してはくれない。人が自分から片腕を切り離さないようにね」


「殿下の片腕……まさか……」


 とても喜んでいたのを覚えている。お土産とともに急いで帰ってきて、殿下が自分を片腕と言ってくれたと。


「そんな、どうして……」


 最後に見たのは、這いつくばりながら、自分へ手を伸ばす姿。叔父から貴族街の外に連れ出したと聞いていた。その後どうなったかは知らないし、できるだけ考えないようにしていた。


「暗殺犯と一緒にいたというのですか。そんなの……嘘に決まっています」


 ヴィルマ自身でも、嘘だと言うのはありえないことだとわかっている。それでも、これ以上事態を悪化して欲しくはなかった。


 エリザベートと目を合わせているのが怖くなり、顔をうつむかせる。だが、すぐに指先でおでこを押し上げるようにして顔を上げさせられる。


「どんなに苦しくても、顔を背けるのはいけないわ。弱点を晒してしまっている。帰ったら、先生に叱ってもらわないといけないわね」


 エリザベートは笑みを浮かべている。しかし、いつもの優しい笑みではない。捕食される獲物のように、体が動かなくなってしまうような笑み。


「残念だけれども、本当のことなの。さあ、ヴィルマ。どうして、ウィリアムが一緒なのかしらね」


 否否(いやいや)と、涙を流しそうになりながら、ただ首を振ることしかできなかった。

スランプに陥ったために大変時間がかかってしまいました。それも、かなり短めです。

どうかお許し下さい。後編は鋭意執筆中です。

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