魔女裁判①
痛い痛いと悲痛に歪む声や助けを呼ぶ声が聞こえる。
目を開けることすら面倒くさいと思えるほど、棒のようにも感じる体を無理やり曲げ起こす。
「痛たた。」
冴が自分の体を確認したところ、目立った外傷は見受けられない。
「これは。不幸中の幸いか。」
4階建の西洋建築風の校舎は見る影も無く崩壊しているが、どうやら懸念した爆発等ではなく純粋に魔女が落下した衝撃での崩壊のようだ。
「うう…」
近くからうめき声が聞こえ、その方向を見ると生活指導の高田が瓦礫に挟まれている。
「先生、今助けます。」
駆け寄った冴に高田は直ぐに、指示を出す。
「私は、助かりません…生徒を…助けなさい。」
見ると瓦礫の間から多量の血が流れている。
「…わかりました。」
目を開けたまま、すぐに動かなくなった高田から目を離しまた周囲を見渡す。
「しっかりしろ!」
「痛い…痛いよお」
「母さん…父さん…」
見たことが無いので二年生だと思われる生徒が数名けが人の手当てをしているのが見える。
冴は一番近くにいた手当を施している男子生徒に話しかける。
「君たち、無事か。」
「瀬賀先輩…血が血が止まりません…どうしたら。」
「やめなさい。君は他の生徒を助けに行きなさい。」
男子生徒は必死に女子生徒の傷口を抑えて止血しようとしていたが、もはや無駄だと思われたため指示を出す。
男子生徒は一瞬冴を睨みつけたが、すぐに力なく立ち上がり他の生徒の方へ向かう。
「安らかに眠りなさい。」
冴は足元に転がる、顔の半分を失った女子生徒を見下ろしながら言う。
その時冴の後方、高田の死体がある方向でガラガラと瓦礫の崩れる音がした。
冴は腰に下げた日本刀に手をかけゆっくり振り向く。
異端審問官の主要な武器は銃火器である。それはある時期を境に異端審問協会が開発した、魔女の外殻を加工して作った銃弾等を使用した武器であり冴の持つ日本刀もその技術が使われている。
ガタガタと音を立て、瓦礫の中から姿を現したソレを確認し冴は周囲に叫ぶ。
「魔女を確認。これより魔女裁判を開廷する!負傷者を安全な場所へ!戦えるものは援護せよ」
急な指示に生徒たちはオロオロすることしかできない様子だった。
「実戦経験の少ない二年ではしょうがないか。」
異端審問官とともに魔女を実際に討伐するというのは確かに二年次より含まれるカリキュラムではあるが、そもそも魔女が自分が出向いた場所に現れる確率などほとんどないといえる。
「…ひとりでやるしかないか。」
見たところ落ちた衝撃か瓦礫に埋もれたことが原因かは判断できないが、魔女の外殻はヒビだらけでありいたるところから青い血のようなものが流れ出ている。
心なしか身体も少し小さくなっているようにも見える。
冴は刀を抜き、構える。
本来、異端審問官がひとりで魔女と戦闘することはほとんどない。
そんなことができるのは異端審問協会のランキング上位の中でもほんの一握り、10人程度に限られるだろう。
しかし、弱ったヤツ程度なら自分ひとりでも戦えるかもしれない。戦わねば、後ろの生徒たちと共に殺されるだけだ。
「全く、こんなところで死ねるか。」
そう言って、冴は全身の力を抜き
全力で踏み込む。
一瞬のうちに魔女との間合いを詰めその悲痛を浮かべた顔に切りかー
「がっ」
何が起こったのかわかったのは、壁に打ち付けられた後だった。
魔女の腰あたりから生えた、二本の長く細いが巨大な腕。
その腕に弾き飛ばされたのだ。
あまり行儀が良いとは言えないが、冴は刀を杖代わりになんとか立ち上がる。
「やっぱ最初は守りを崩すか。」
そういえば、こいつが最初現れた時は夕暮れ時だったがもうだいぶ暗いな。今何時だ?
などと考えながら、意識を左右の腕に集中させる。
あの長さを考えると、腕として使うよりは鞭のようなものと考えた方が良いだろうか?
もう一度、全身から力を抜き深く集中する。
刀は常に腰より少し低い位置に構える。
見方によればただ刀を持っているだけに見えるかもしれない。
様々な剣術を習ったが、この構えが一番しっくりきた。剣術には流派などといったものが存在するものもあるが、これは完全に自己流だった。
「ふんっ」
息を止めるのとほぼ同時に踏み込み距離を詰める。
目は魔女の腕を凝視したまま、走る。
魔女の腕が振り上げられ、スピードを伴って叩きつけるように急降下する。
足が地面についた瞬間重心を傾けながら蹴り、叩きつけられる腕を回避する。
衝撃により瓦礫の破片が飛んでくるがそれを回避する余裕はなく、頭だけは刀を持たない左腕で守る。
ゴリッと音にならない音を立て、太腿と脇腹あたりに激痛が走るが堪える。
ブレーキをかけるように踵地面に擦りながらスピードを緩め次の瞬間には、その場からまた飛ぶように移動する。
魔女の振り下ろされたままの腕に対して横から切りつける形で冴は刀を構え、そして振り抜く。
「キャアァァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎」
絶叫が響く。
「うるさいな。」
耳を塞ぎたくなる気持ちを抑え、距離を取りながら再び魔女を捉える。
片腕をなくし、バランスを崩した魔女は顔面を叩きつけそうな勢いで倒れる。
この距離で観察してようやく気づいたが蟻のように肥大化していた下半身はかなり萎んでおり、核だと思われていた紅い玉も無くなっている。
「あれは核じゃ無かった?なら。」
魔女の核があるとすればあの人型の上半身か萎んだとはいえ、未だに巨大な下半身のどちらかだろう。
冴は少し口角を上げて呟く。
「まずはその首から上斬りとばす。」