異端審問官①
「これより、第27回日本国立神奈川審問学校卒業証書授与式を執り行います。一同、起立。」
司会に従い教員20名、卒業生126名、在校生約750名、そして卒業生の保護者が立つ。
卒業式が行われているのは体育館ではなく、学校の敷地内に建てられた約1000人は収容できようかというホールである。
卒業生に対して在校生の数が圧倒的に多いのは、自分たちの次の代から募集人数が増えたのではなく、単に卒業できなかったもの、また授業についてこれずに辞めていったものがいるからだ。
冴は壇上に立つ校長をぼんやりと見ながら、これから長い話が始まるから少し寝ておこうかなと思った。
壇上に立つ校長が喋り始める。
「諸君、卒業おめでとう。諸君らはそれぞれの勤務地へと向かい、これから異端審問官として人々を守り、魔女を裁くために働かなくてはならない。」
「無事、今日の日を日本で2番目にい審問学校であり最も評価の高いこの場所で迎えた諸君ならば新天地でもその力を遺憾なく発揮できるだろう。」
「人類に大きな損害を与え、今なお世界のどこかに現れる魔女に対して我々異端審問官は唯一抗える存在である。」
「我々人類の開発した対魔女用兵器を始め、今では3人にひとりは使える魔法等の活躍もあり、魔女に決して対抗できない時代は既に終わりつつある。」
「しかし、未だに異端審問官の殉職率は高くその数は年間800人を超える。そのため我々は諸君らを現場ですぐに働けるレベルまで育てるために、学生期間中に魔女との戦闘を実際に審問官と経験してもらう等厳しい課題も設けた。」
「だからこそここに残った126名はこれからのこの国と人々を守り、魔女を裁くことのできるもの達だと信じている。」
本日は本当におめでとう、と締めくくり校長の挨拶が終わった。
自分のとなりで千世は本当に寝てしまっている。次は卒業生が呼ばれ、返事をしなければならないので仕方なく肘を千世の脇腹にぶつける。
ビクンとして肩が跳ねたので多分起きただろう。
「続いて、卒業生最終順位発表および卒業証書授与。」
アナウンスのその言葉に続いて、卒業生の名前と順位が最下位から順に呼ばれていく。
全国の審問学校では、それぞれより強く成績の良い生徒を選出しより大きな都市に置かれた支部や京都にある協会本部へと送るため、武術や魔法学だけでなく、数学や理科等の科目全てを総合したポイント制のランキングをつけている。
特に各校上位10人は即戦力として魔女が多く現れる傾向にある都市や、協会本部に配属される。
ただし、例外として自らが志願することで別の支部等に配属されることも可能だ。
証書の授与が始まって10分は経ったあたりでやっと上位10名の名前が呼び始められる。
この10人は学校の顔として、現場に出て行くもの達でありその名前が呼ばれるたびにざわめきや歓声があがる。
「10位、鹿久居 まひろ」
「はい。」
片目を髪で隠した、自信なさげな女子が返事をする。
「9位、岡部 剛」
「はい!」
眼鏡をかけた、真面目そうな男子が返事をする。
「8位、仁位 辰也」
「ハイ」
身長の高い男子が返事をする。
「7位、牧野 和也」
「…はい」
物静かな男子が返事をする。
「6位、乾 桃」
「はい」
綺麗な黒髪の女子が返事をする。
「5位、三郷 夏」
「はい」
すこし天然のはいった柔らかな髪質の女子が挨拶をする。
「4位、須藤 大洋」
「はい。」
ガタイの良い男子が返事をする。
とうとう、上位3名となりざわめきよりも歓声の方がより大きくなる。
「3位、佐藤 みほ」
「はーい」
身長の低い、元気の良さげな女子が返事をする。
「2位、楠 千世」
「はい。」
先ほどまでとはまるで別人のような、お嬢様然ーこちらが本来の態度だと思われるーとした千世が返事をする。
「1位、瀬賀 冴」
「はい」
最後に、やる気なさげに冴が返事をする。上位3人のうち自分にだけざわめきが多かったような気がするが気にしないでおく。
「以上126名。代表、瀬賀 冴。」
「あれが、魔法も使えないのに魔法学以外全てで1位をとって主席の瀬賀か。」
「目つき悪っ!」
というような在校生たちの囁きをききながら、アナウンスに従い壇上に上がる。
証書を校長から受け取り、元の席へと戻る。
先ほどのような好奇の目や声は幾度も聞いた。
何より1番の原因は自分以外の同期で魔法を使えないものはほぼいないということだ。
皆、何かしらの魔法を扱える。千世との剣術の試合だって本来ならば彼女は魔法の使用も可能なのだがこちらに遠慮しているのか、もしくは単に彼女が負けず嫌いなのか一度も使ってきたことはない。
しかし、そんな声は気にしするだけ無駄だ。
彼らは魔法を使えることが異端審問官の最低条件とでも考えているのだろうか。
否、結局のところは戦闘力に依存することになる。
手の表面から謎の汁を出す魔法が使えたところで何の役に立つのか、今現在魔法を2種類以上使うことのできる人間はいない。
つまり魔法とは結局のところその人の長所のひとつというだけであり、それで全てが決まるのではない。
だからこそ、私は小さな頃から剣道や柔道等の様々な武道を習うとともに勉学にだって励んだ。
全ては努力の結果であり、なにも恥じることはない。
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卒業式も終わり、早速下校しようかと準備をしているとやはり千世が話しかけてきた。
「冴!もう武道場は使えないから、今までの決着はまたそれぞれ力をつけてからやりましょう。」
「そうね、協会の合同訓練の時にで
と千世が言いかけたところで割って入る。
「楠確か君は京都本部へ行くんだったな。」
「そ、そうよ。あなたは首都の大阪支部でしょ?推薦で。」
「あー、いやこれは先生と須藤しか知らないことなんだが私は大阪を辞退したよ。須藤に譲ってね。」
「え!?なんでよ!」
そのキリッとした目をまん丸にしながら千世は驚く。
「じゃ、じゃあどこに行くの!?」
「旧東京支部。」
「へ?」
間抜けな声を千世があがるが、無理もない。
旧東京支部。
かつて【ワルプルギス】と呼ばれた1体の魔女により壊滅した、日本の首都だった場所だ。
被害はあまりにも大きく。
死者数約2000万人
行方不明者数約2万5000人
当時の政権ーというより政府そのものーはもちろん機能停止し、日本審問協会と国連加盟国ー主にアメリカーの援助を受け、5.6年ほどかけようやく首都を大阪とし暫定政権を成立させた。
その被害の中心となった東京は今でも大きなクレーターのようにくぼみがあり、その中心部に小都市があるにすぎない。
当時は東京を再び大都市にしようと多くの人と資材を投入して、住宅街やビルを建てたが今ではそれも廃れてしまっている。
そこにあるのが異端審問協会旧東京支部である。
「なんてこと…それじゃあ試合どころか会うことすらままならないじゃない。」
驚愕とは別になにか悲しげな雰囲気もある千世がブツブツと言っている。
「当時私はあの場所に居たんだ。そしてワルプルギスをこの目で見た。」
この目に焼き付いた魔女の禍々(まがまが)しい姿を思い出しながら続ける。
「だからこそ言える。あの時あの場所にはワルプルギス以外の魔女がいた。」
「な、なによそれ…」
先ほどから驚いてばかりの千世は息を飲む。
「だいたい、それがなん…
千世が言いかけた瞬間頭に響くような重低音な警報音が鳴り響く。
「魔女出現を知らせる警報ね。」
冴は落ち着いて判断する。
今鳴り響いているものは仕組みは謎だが、魔女の出現が予測された時に鳴るもので、協会本部が各支部に知らせ、審問官が到着するまでになるべく被害を軽減させるために一般市民に警告する意味でも使われる。
そして、警報が鳴るのは魔女の出現の可能性が最も高いと判断された場所から半径10kmの範囲内だ。
「嘘…この学校の敷地どんだけ広いと思ってんの。」
そう、千世の言うとおりこの学校の敷地は広い。
その学校がある範囲内で警報がなっているということは近く、もしくは敷地内で魔女が出現する可能性が極めて高いということだ。
周囲を警戒していると校内放送がかかる。
「緊急事態発生のため、卒業生序列1位から20位まで、また2年序列1位から10位までの生徒は至急第一校舎屋上に戦闘準備を整えて集まりなさい。繰り返す。」
「「ーーー屋上?」」
屋上に集まれという限定的な指示に同時に疑問を持ったが、やるべきことをやるしかないのですぐさま準備に移る。
「楠、また後で会おう。」
「ええ、死ぬんじゃないわよ。」