プロローグ
母と弟が燃える。
同じ夢を何度も見る。
赤というよりはオレンジの、炎の壁に囲まれる風景をあの時に目にしたそのままを、今でもハッキリと思い出す。
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眠りから覚め、体を起こす。
寝巻きとシーツが汗でじっとり濡れており、不快感があるが不思議と目覚めはいい。
「またか…」
最初は夜も眠れないほどうなされた。
どちらかといえば家族が燃える光景というのは悪夢の部類のはずだが、何度も見るうちに恐怖よりも別の感情が優った。
「準備しないと…」
ふとベッド横にある机の上の時計を確認すると、ちょうど朝6時ごろだった。
少し登校するには早すぎるかもしれないが、ゆっくりと人の少ない校内を見て回るのもまた良いかもしれない。
今日は3年過ごした学校を旅立つ日なのだから。
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黒を基調とした制服ーというよりは軍服に近いーを着用し、胸に瀬賀 冴と刻まれた銀製のネームプレートを着ける。
肩よりも高い位置で切り揃えられた髪を小さくまとめ、メガネをかける。
鏡に映る自らの姿を見て、改めて私はこれほど目つきが悪いのかと思うがこれは生まれつきなのでこれ以上気にしないことにする。
一通りの準備もできたので学校から徒歩5分、3年間過ごした寮を出る。
すでに就職先が決まっており、そちらに明日には行かねばならないとはいえ自分の部屋から引越し業者が持ち出したものといえば、タンスにしまっていた衣服類と昔のアルバムぐらいのものだ。
「食器や家具が備え付けとはいえ、流石に少なすぎたか。」
わざわざ業者に頼むほどのことでもなかった。
今でも「え?これだけ?」と言わんばかりの顔が目に浮かぶ。
そんなくだらないことを考えながら、冴は学校へと続くレンガ敷きの道を歩く。
歩きながら、学校に着いたらまず何をして暇を潰そうか考える。見て回ろうと思っていたが、よく考えればそれほど思い入れのある場所があるわけでもなかった。
「うん、時間もあるし武道場に行こう。」
学校には武道場があった。敷地面積がやけに広い学校のため、武道場もそれなりの広さで、授業では体術や剣術なども習った。
心を落ち着かせる意味も含めて、最後に素振りでもしようかと思いたち武道場へと向かう。
寮から5分、なかなかに長い塀に沿って歩いているとやっと校門が見えてきた。
【日本国立神奈川審問学校】と書かれた銘板を飾った煉瓦造りの校門を通過し、並木道へと進む。
「相変わらずでかい学校ね。」とぼやきながら体育館を挟んで校舎東側にある武道場へとまっすぐ向かう。
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武道場についてから、支給されている道着に着替え木刀を手に持つ。
広い武道場の中央で息を吐き精神統一していたら声をかけてくるものがいた。
「やっぱり来てたわね!」
腰程度まで伸びたサラサラとした髪とキリッとした目が特徴的な彼女は、楠千世という名の生徒だ。ちなみに私と同じ3年である。
「別に、どこに居ようが私の勝手だろう?」
ぶっきらぼうな喋り方で冴が返す。
「なによ、私との勝負勝ち越したまま逃げる気なの?」
勝負とは、木刀を使った剣の試合のことである。
この学校では1年次から様々な武術と【魔法学】を中心としたカリキュラムをこなし、2年次からは剣術や体術等それぞれにあったものを選択するという方針をとっている。
魔法学とは、初めて魔女が観測されたとする約80年前から、人類の3分の1が謎の能力【魔法】を使うようになった今日までの歴史と魔女を裁き、殺すために進化した化学について学ぶ授業だ。
「ちょっと、聞いてるの!?」
少し怒ったような口調で千世が言う。
「いや、互いに明日から魔女を裁く審問官となるのだから今日ぐらい勘弁してくれた思っただけだ。」
「ふん!そんなこと言って、負けるのが怖いんでしょ?あと1勝で同点だもんね。」
「むう、卒業式の後ではダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃない!卒業式終わったら自由に武道場が使えなくなっちゃうし!」
ああ、そうか確か卒業した瞬間からこの学校の設備は使えなくなるのか。
「とにかく!今!ここで!最後に試合するわよ!」
と、千世が言いきったところで後方のドアが勢い良く開かれる。
「あなた達!ここに居たのですか!全く、あなた達には他の生徒よりも早くに集合して、会場の準備を手伝ってくださいと連絡したはずですよ!」
そう言って生活指導担当の…確か高田だったか?が慌てたように入ってきた。
「げったかだ!…先生…」
高田が苦手なのか何か詰まったような言い方で千世が呟く。
そういえば、そんなことを先日言われた気もしなくもない。
「こんなことでは立派な異端審問官になれるか心配です!あなた達以外の8名は既に集まって居ますから、さあ早く行きますよ。」
「仕方ないわ。いつか必ずこの続きをやるから!それまで覚悟しときなさいよ!」
観念したように千世が高田について去っていく。
「私も、着替えて向かうか。」