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君へフォーカス(脚本)

作者: ヒト

〇 カメラのファインダー内の映像

  タングステン色にライティングされた部

屋の一角。

ベッドに座って見つめ合うメイドコス

プレ姿の桃子(36)と柏木(44)。

桃子「あなたと出会えなかったら、私、生き

ることなんて諦めてたかも」

柏木「そんな事言うな。嬉しいようで、悲し

いじゃないか」

桃子「ふふふ。鬱陶しいかな。こんな私」

柏木「いや」

桃子「もう死ぬなんて言わない」

柏木「……桃子」

桃子「ん?」

柏木「僕は君だけの主人でありたい」

桃子「弘樹……」

柏木「(優しく)ご主人様。だろ」

  見つめ合う桃子と柏木。

  キスしようとする桃子と柏木。

  突然、ぶっ倒れるようにしてフレームに

映り込んでくるフォーカスマンの柿谷

康太(35)。

監督の三木谷(30)の声「カット!」

フレームが乱れて、照明器具やスタッフ

が映り込む。


〇 撮影スタジオ・部屋セット

  床に情けなく転がっている柿谷。

  カメラマンの清家博也(28)、柿谷の元へ。

柿谷「す、す、すいませんっ。三脚に躓いち

ゃって……」

  フッと笑う清家。

  その笑いに呼応するように笑ってみる柿

  谷。

清家「(柿谷の尻を思いっきり蹴って)うお

い!」

柿谷「すいません! すいません!」

  メイク直しをされながら気まずそうに視

線を反らす桃子と柏木。

  

〇 柿谷のアパート・表・道(深夜)

  トボトボと歩いてくる大きな撮影バッグ

を背負った柿谷。

月が追ってくるよう。

柿谷、足を止めて部屋の方を見る。

壁が剥がれ落ちているアパート、柿谷の

部屋にのみ灯。


〇 同・居間(深夜)

  入って来る柿谷。

  ソファで小さくなって目を閉じている柿

谷琴美(31)。

机に酒の空き缶が一本と錠剤のゴミ。

机にはラップに包まれたオムライス、ケ

チャップでポップな顔が描かれている。

撮影バッグをそっと降ろして、琴美に落

ちている毛布を掛け直そうとする柿谷。

琴美「(目をあけて)わっ」

  ハッとする柿谷。

琴美「(手で四角のフレームをつくって)ぱし

ゃっ」

柿谷「起きてたの」

琴美「可愛い表情、もらいました」

  ふと笑って琴美に毛布を掛け直す柿谷。

柿谷「(錠剤のゴミを見て)風邪?」

琴美「ぶっぶー」

柿谷「……寒くない?」

  毛布を乱暴に取っ払って、柿谷に抱き着

く琴美。

琴美「幸せ。幸せ。幸せマンボ!」

柿谷「えっ」

  琴美、柿谷の頬を両手で伸ばして、

琴美「今日はねえ。みーちゃん、テレビの猫

さん見て笑ったの。猫がぴょーんって飛び

跳ねるの。きゅうりみて」


〇 同・別室(深夜)

  すやすやと眠っている柿谷美佳(3)。


〇 同・居間(深夜)

柿谷「きゅうり?」

琴美「うん。こうちゃんみたいにとぼけた顔

して。ぴょーんって。ふふふ」

柿谷「へー……オムライス、いただいてもい

いかな」

琴美「えー今から? 太っちゃうよ?」

柿谷「体力つけなきゃ。明日も早いから」

琴美「何時」

柿谷「5時には出ないと」

琴美「(柿谷に再び抱きついて)うううううう

ううう」

琴美の頭を優しくなでる柿谷。


〇 同・寝室(早朝)

  敷布団で横になって眠っている柿谷、目

を覚ます。

  隣で大胆な態勢で爆睡している琴美。

  琴美に布団をかけ直してそーっと出てい

く柿谷。


〇 道(早朝)

  まだ、薄暗い。

  歩いていく柿谷。

  猫がこっちを睨んでいる。


〇 バス停(早朝)

  ポツンと一人待っている柿谷、

  寒そうに手に息を吹きかけている。

  向こうの方から走って来る半袖半パン・

ランニング格好の老人・秀夫(66)、

全身ピンク色の格好……

秀夫「ほっほっほっほっほっほ」

  端に寄って道を譲る柿谷。

  しかし、柿谷の前で駆け足をしながら止

まる秀夫、柿谷を見つめる。

柿谷「……」

秀夫「ほっほっほっほ」

柿谷「……どうぞ、お通り下さい」

  秀夫、おもむろにリュックから袋詰めさ

れたキュウリの一本漬けを差し出して

秀夫「ほい」

柿谷「(のけ反って)わっ」

秀夫「(袋からキュウリをとりだして)今日の

獲物じゃ」

柿谷「い、いやあ、僕は大丈夫です」

  柿谷に見せつけるようにキュウリをスコ

ッとかじって、去っていく秀夫。

秀夫「ほっほっほっほっほっほ」

  怪しげな表情で秀夫の後ろ姿を見つめる

柿谷。

着信。

スマフォを耳にあてる柿谷。

柿谷「はい、もしもし」

清家の声「あー柿谷か」

柿谷「おはようございます」


〇 清家のアパート(早朝)

  ベッドで寝転んでいるTシャツ姿の清家、

耳にスマフォをあてている。

隣には下着姿の美女(20)。

清家「(隣にいる美女のパンツの紐を引っ張り

 ながら)今日のさあ、ナイト撮影。レール

使う予定だったけど、やっぱりなしで。ついたら下に降ろしといて」


〇 バス停(早朝)

  スマフォを耳にあてて立っている柿

谷。

やってくるバス。

清家の声「あ、あと、俺若干風邪気味だから。

コンビニで薬と2リットルの―(バスのエ

ンジン音が重なって聞こえない)」

柿谷「あっえっ」

清家の声「あと、靴下」

柿谷「靴下?」


〇 清家のアパート(早朝)

  寝ころんでスマフォを耳にあてている清

家。

清家「じゃ(切る)」

  隣にいる美女の尻を荒々しく揉んで、

清家「さむっ」

  毛布にくるまって目を閉じる清家。


〇 バス停(早朝)

  スマフォを見つめている柿谷。

  閉まるバスの扉。

柿谷「あ、乗ります! 乗ります!」

  運転手、真っ直ぐ進行方向を見ている。

  行ってしまうバス。

  取り残される柿谷。


〇 撮影現場付近・階段(朝)

  六十段ぐらいの階段、木々に囲まれてい

る。

  二リットルの水や薬の入ったコンビニの

袋を持って急いで階段を駆け上がる柿

谷。

  ×  ×  ×

レールを脇に抱えて、降りて来る柿谷。

  ×  ×  ×

(レールに乗せる為の)台車を抱えて、

降りてくる柿谷。

再び走って登っていく柿谷。


〇 撮影現場・古民家・一室(朝)

  荒っぽく積んで置かれた撮影機材。

  何かを探す柿谷。

柿谷「うっ」

  柿谷、ジュラルミンケースで足をぶつけ

て、足をさする。

  ×  ×  ×

カメラを三脚にセッティングする柿谷。

  メディアを差し込んで、フォーマット処

理する柿谷。

  ホワイトボードに「R-15」とロールナン

バーを書いて、録画する柿谷。

そこへ、ジャージ姿の清家。

柿谷「あっおはようございます」

清家「遅くない?」

柿谷「す、すいませんっバス一本逃しちゃい

まして」

清家「コーラ」

柿谷「コーラ? ……水じゃなくて?」

清家「朝言ったやつ」

柿谷「あっえっ、すいません勘違いしてまし

た! てっきり水かと……」

清家「……あ、そう」

  柿谷、慌てて薬等の入ったビニール袋を

拾って清家に渡す。

清家「はい。どうも」

柿谷「すいません。あ、あとこれ」

  別の袋を清家に渡す柿谷。

柿谷「靴下……」

  黙って受け取る清家、中身を出す。

  真っ白な靴下。

清家「くそだせえじゃん。お前、センスやべ

えな」

柿谷「あ、すいません」

清家「薬は」

柿谷「え」

清家「お前、俺に死ねって言ってんのかよ」

柿谷「いや……」

  清家、舌打ちをしてポケットからくしゃ

くしゃになった千円札を柿谷に渡す。

柿谷「す、すいません……」

部屋を出ていこうとする清家。

柿谷「あ、お釣り」

ジュラルミンケースに足をぶつける清

家。

舌打ちをして、柿谷の撮影バッグを思い」っきり蹴る清家、そのまま出ていく。

柿谷「……」


〇 同・和室(朝)

  映画撮影が行われている。

  ファインダーを覗く清家。

  フォーカスを送る柿谷。

清家「(三木谷に)すいません。カットで」

三木谷「カット!」

清家「(柿谷に)お前さ。ここフォーカス手前

につけるだろ。普通」

柿谷「あっ」

  舌打ちをする清家。

  助監督の山本(31)、

山本「はい、じゃあもう一度いきますよー」

  柿谷、フォーカスを確認しながら清家の

顔をみる。

    ×  ×  ×

清家「この辺」

  カメラを乗せたまま清家に指定された場

所に三脚を運んで置く柿谷。

柿谷、腰をさすっている。

清家「ドン下げ」

  ロックを外して、三脚の足をいっぱいま

で縮める柿谷、少し手間取る。

清家「早く」

  焦った柿谷、三脚の伸縮部分に手を挟め

る。

慌てて、手を引っ込める柿谷。

バランスを崩して倒れかけるカメラ。

清家「おいっ!」

傍にいた山本が身体を張ってカメラを

おさえる。

  指を痛がっている柿谷。

  柿谷の背中を思いっきり蹴る清家。

清家「使えねえな! このじじい」

  清家を睨む柿谷。


〇 同・撮影機材が置かれている一室(夜)

  隅で座っている柿谷。

  柿谷、腫れた指をみている。

  やってくる山本。

山本「はいこれ、明日の日スケになります」

柿谷「ありがとうございます」

  日スケを受け取る柿谷。

山本「(周囲を確認してから小声で)大丈夫で

すか」

柿谷「はい」

山本「俺だったら余裕でバックれてますよ。

 理不尽は敵です。今の時代にあんな人いる

んですね」

 軽くお辞儀する柿谷。


〇 道(深夜)

  人気のない住宅街。

トボトボと歩く柿谷。

  降り始める雨。

  走り出す柿谷。


〇 柿谷のアパート・表(深夜)

  ずぶ濡れになった柿谷、鍵をあけて入っ

ていく。


〇 同・玄関(深夜)

  入ってくる柿谷。

  体操座りで座っている琴美。

  琴美の尻の下に敷かれた座布団。

柿谷「起きてなくていいのに」

琴美「ワンワンッ。ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」

  ニコッとして撮影バッグを下ろそうとす

る柿谷。

  撮影バッグを受け取ろうとする琴美。

柿谷「大丈夫?」

琴美「まかせろワン」

  琴美、撮影バッグを柿谷から受け取って

ヨタヨタと居間に向かう。

琴美「(振り返って)お風呂、あっためといた

ワン。すぐ入るワン。あ」

  撮影バッグを置いてせかせかとトイレに

駆け込んでいく琴美。

柿谷「あ、ありがとう」


〇 居間(深夜)

  ソファで眠る琴美。

  机に置かれた酒の空き缶が数本といくら

かの駄菓子。

  タオルで頭を拭きながら歩いてくる柿谷。

琴美「笑顔。笑顔」

柿谷「……寝言ですか?」

琴美「そうです」

  笑う柿谷。

琴美「笑った」

  琴美の隣に座ろうとする柿谷。

が、琴美の足が邪魔で座れない。

柿谷「いいかな?」

琴美「(片手を差し出して)駐車券をお取りく

ださい」

柿谷「駐車券……?」

琴美「駐車券をお取りください」

  柿谷、琴美の掌から何かを受け取る仕草。

琴美「(足をあげて)ご利用ありがとうござい

ました」

柿谷「どうも(座る)」

琴美「どーん!(足を柿谷の太ももの上に乗

せる) アハハ」

  琴美、目を閉じたまま楽しそう。

柿谷「(酒の空き缶をチラッと見て)結構飲ん

じゃった?」

琴美「うう」

柿谷「ごめん」

琴美「(陽気に)いいよー」

柿谷「……」

琴美「何で謝ったの」

柿谷「え、いやあ。だから、僕お酒も飲めな

いし、なんか」

琴美「てんぱってる! てんぱりボーイだ」

柿谷「……今日はどうだった?」

琴美「(起き上がって)どうだったってー?」

柿谷「や……みーちゃん」

琴美「ごはんもうんちもねんねもばっちし」

柿谷「そか」

琴美「(柿谷の腫れた指を見て)あーっ! (心

配そうに)どうしたのこれ?」

柿谷「ちょっと仕事で」

琴美「痛そうー」

  琴美、立ち上がって台所へ。

  琴美を目で追うも、欠伸をしてウトウト

する柿谷。

  シップの箱を持って戻ってくる琴美。

琴美「シップで大丈夫かな。病院行った方が

良いよね」

  柿谷、琴美の手を取って抱きしめる。

  落ちるシップの箱。

琴美「うううう。こーちゃん」

  柿谷、もう一度琴美をぎゅっと抱きしめ

直して目を閉じる。

テーブルに置かれた柿谷のスマフォ、着

信。

琴美「誰だ誰だー」

柿谷「(ハッとして)ちょ、ごめん」

スマフォを手にとる柿谷。

柿谷「はい、……あっお疲れ様です」

清家の声「来週の撮影に、レンタルしといて

欲しいものがあるんだけど」

柿谷「あ、はい」

  琴美に『書くもの取ってきて』と合図。

清家の声「ミニジブ、ブリッジプレートbp

8、ロッドの19mmと―」

  急いで紙切れとボールペンを持ってくる

琴美。

必死にメモっている柿谷。

心配そうに柿谷を見つめる琴美、太もも

の裏辺りをつねっている。


〇 柿谷の夢・撮影現場

  古民家が燃えている。

  佇んでボーっと見ている柿谷。

  焦って逃げてくる三木谷や山本の姿。

山本「中にまだ清家さんが!」

  柿谷、変に笑えてくる。


〇 柿谷のアパート・寝室(早朝)

柿谷「ハハッハハハハハハハ」

  隣で目を覚ます琴美

  目を覚ます柿谷。

琴美「笑ってたよ……」


〇 同・玄関(朝)

  靴紐を結ぶ柿谷、後ろに立つ琴美。

琴美「今日は帰ってこれない日だよね」

柿谷「うん、ごめんね」

  琴美、柿谷の肩を揉む。

琴美「晴れるといいね、撮影」

柿谷「大丈夫。室内だから」

琴美「そっか」

  立ち上がって琴美の方に向き合う柿谷。

柿谷「じゃあ。行ってきます」

  寂しそうな顔をする琴美。

琴美「(満面の笑みをつくって)いひひー。行

ってらっしゃい」

  

〇 バス停(早朝)

  寒そうに足踏みする柿谷。

  向こうの方から半袖半パン、全身ピンク

 の秀夫の姿。

  柿谷、目を合わせないよう背を向ける。

秀夫「ほっほっほっほっほっほっほ」

  秀夫、柿谷の前で止まる。

  やや沈黙。

秀夫「おはよう」

柿谷「おはようございます……」

  秀夫、リュックから缶チューハイを取り

出して

秀夫「飲むか」

柿谷「(何も見ないように)いいです」

秀夫「温かくなるぞ」

柿谷「いいですよ」

秀夫「安心するがいい。俺は悪党じゃ。天下

 無敵の悪党じゃ。ぶっとばしたいやつはぶ

っとばしてきた。やりたい女とはやってき

た」

柿谷「……」

  柿谷の手に強引に缶チューハイを握らせ

る秀夫。

柿谷「いや」

秀夫「持って行かないなら、お前を殺す!」

柿谷「……」

  やってくるバス。

柿谷「(缶チューハイを秀夫に差し出して)返します」

秀夫「ああ? 殺されたいか」

  溜息をつく柿谷。

  秀夫を遮って、バスに乗り込む柿谷。

秀夫「来るならかかってこい。地獄の底で待

っている。お前が思うほど地獄は甘くねえ

んだ」

 閉じるバスの扉。

 小さくなる秀夫の声。

秀夫の声「今世紀最大の憎しみを、今世紀

最強と言われしヒーローにぶつけるん

だ。そして、永遠に―」

  発車するバス。

  真っすぐ呆然と前を見ている柿谷。

  柿谷の手には缶チューハイ。


〇 撮影現場付近・階段(朝)

  見上げる柿谷。

  いつもより段数が多く見える。

  

〇 撮影現場・撮影機材が置かれた一室(朝)

  整理をしている柿谷。

    ×  ×  ×

  レンズケースからレンズを取り出して、

ガーゼで一本ずつ拭いていく柿谷、眠そ

う。

柿谷、レンズを一本床に落とす。

慌てて拾い上げ、周りを見渡す柿谷。


〇 撮影現場・洋室(夕)

  向かい合う桃子と柏木。

桃子「私と仕事どっちが大事なのよ!」

柏木「そういうことじゃないだろ」

桃子「私はもうあなたのメイドじゃなくて妻

なの! 分かる?」

柏木「だから何だよ」

桃子「もっと一緒にいてよ」

  桃子にカメラを向ける清家。

  フォーカスを調整する柿谷。

柏木「俺は行く。会えなくてもちゃんとお前

の事は想ってるから」

  去っていく柏木。

  泣き崩れるようにその場にかがみこむ桃

子。

  フォーカスモニター越しに桃子を見つめる柿谷。

  フラッシュ―「寂しそうな表情の琴美」

  柿谷、無意識にフォーカスをはずしてし

まう。

三木谷「カット! フォーカス!」

  ハッとする柿谷。

柿谷「すいません……」

  柿谷を蹴り飛ばす清家。

清家「ほんと。使えねえな」

  転がったまま背中をさする柿谷。


〇 実景

  満月に黒い影。

  猫が何かに怯えて逃げる。


〇 撮影現場・洋室(夜)

  ワイワイ弁当を食べているスタッフ陣。

  隅の方で一人、からあげ弁当を食べてい

る柿谷。

  お茶を飲みながらやってくる桃子。

桃子「お疲れ様です」

柿谷「あっお疲れ様です」

桃子「大丈夫ですか? いろいろと」

柿谷「ご迷惑おかけしました」

桃子「はい。さすがに、泣きの時はきついっ

す。結構、私苦手分野なんで。一回泣くの

に体力使うんですよ。まあ、私の力量不足

かもしんないですけど、ま、頑張りましょ。

後半も」

  やってくる清家。

  逃げるように去っていく桃子。

清家「借りれた?」

柿谷「……何をですか?」

清家「何をじゃねえよ」

柿谷「……」

清家「バカ。機材だよ」

柿谷「あっ! まだです!」

清家「死ねよ」

柿谷「今すぐ、電話してきます!」

  食べかけの弁当を置いて走り去る柿谷。


〇 同・撮影機材が置かれた一室(夜)

  撮影機材に囲まれる中、しゃがんでスマ

フォを耳にあてている柿谷。

機械の声「ただいま営業時間外となっており

ます。またのお電話お待ちしております」

 電話を切る柿谷、その手が震えている。

 再び電話をかける柿谷、しかしやはり、

機械の声「ただいま―」

  呆然とする柿谷。

山本の声「そろそろ再開しまーす」

  乱雑に置かれた撮影機材がどんどん増え

て柿谷の頭上を越えていく。

  撮影機材で天井が見えなくなりそう。

  呼吸が荒くなる柿谷。

山本の声「柿谷さん。そろそろですよ」

  素に戻って、扉の方を見る柿谷。

  立っている山本。

山本「(ニコッとして)呼んでますよ。鬼が」

柿谷「はい……」

  手を差し伸べる山本。

山本「柿谷さん。映画はね。世の中に対する

アンチテーゼなんですよ。柿谷さんはタバ

コも吸わないし、人の悪口も言わない。も

ったいない。誰かを殺すつもりでいきましょうよ」

柿谷「……」

  微笑んでいる山本。

  ゆっくり山本の手を掴んで立ち上がる柿

谷。

山本「じゃ、もういっちょ、いきましょうよ」

  出ていく山本。

  開いた撮影バッグから覗く缶チューハイ。

  缶チューハイを手に取る柿谷。

  おもむろに缶を開けて、一気に飲み始め

る柿谷。

柿谷の口元からあふれ出た酒が零れ落

ちる。

柿谷、飲む、飲む、飲む。

零れ落ちた酒が機材を濡らす。

空になった缶を握り潰す柿谷の手元。


〇 同・洋室(夜)

  メイクをされている桃子、衣装替えをし

  ている柏木、照明をたてる照明部、マイ

クの準備をする録音部、小道具を整えて

いる美術部、シーバーをつけて話してい

る山本、台本を読み込んでいる三木谷。

  その間をズンズンと歩いていく柿谷。

  柿谷の向かう先にカメラのファインダー

を覗いている清家の姿。

足取りが早くなっていく柿谷。

柿谷に気が付く清家。

清家「遅いぞ!」

柿谷「(あっけらかんとして)どうもすんませ

ん!」

清家「あ?」

柿谷「カメポジこれでオッケーですか?」

清家「まだ段取りも見てね―から分かんねえだろうが。くそ」

柿谷「レンズは? レンズは何ミリにします?」

  柿谷の胸倉を掴む清家。

  柿谷を投げ飛ばす清家。

三木谷「(駆けつけて)清家」

  立ち上がる柿谷。

柿谷「清家さんのつくったフレーム、全部くそだせえっすよ。ずっと思ってました」

清家「あ?」

柿谷「さようなら」

柿谷、助走をつけて、

柿谷「うおー!」

カメラにドロップキックをする柿谷。

ぶっ倒れるカメラ。

唖然とする清家。

  なおもカメラを殴り続ける柿谷。

  柿谷、剛腕の照明部にその腕を掴まれ、取り抑えられる。

  山本、笑っている。

  柿谷、めいいっぱい暴れる。

柿谷の声「自分の人生もちゃんと生きられな

いのに、人の人生を撮るなんて、そんなの。おかしいじゃないか。そんな場合じゃない。知らないことが多すぎるし、できないこと

が多すぎる。こんな年にもなって。情けな

い。怖い。


〇 公園(深夜)

  ベンチにぐったり座っている柿谷。

  柿谷の隣には猫が一匹くつろいでいる。

柿谷「僕、もう呼ばれないね」

猫「……」

柿谷「どうしよっか」

猫「……」

柿谷「琴美になんて言おうか」

猫「……」

  溜息をつく柿谷。

柿谷「僕を助けてくれないかな。僕は、男だ

し、おじさんだけど。助けてくれよ。生

きることに向いてないんだ」

  何かに気が付くように去っていく猫。

    ×  ×  ×

  ブランコに乗って揺られる柿谷。

    ×  ×  ×

  滑り台を滑る柿谷。

    ×  ×  ×

  砂場で山をつくる柿谷。

  手に猫の糞がつく。

  嫌そうに手を振り払って、去っていく柿

谷。


〇 柿谷家・アパート・表の道(深夜)

  月が雲に隠れる。

  フラフラになって歩いてくる柿谷。

  立ち止まって部屋の方を見る柿谷。

部屋、真っ暗。


〇 同・玄関(深夜)

  入ってくる柿谷、電気はつけず恐る恐る

居間に向かう。

  

〇 同・居間(深夜)

  暗い部屋。

  そっと荷物を置く柿谷。


〇 同・寝室(深夜)

  襖の隙間から覗く柿谷。

  美佳を抱いて眠っている琴美。

  そっと襖を閉める柿谷。


〇 同・居間(深夜)

  呆然と立っている柿谷。

  スマフォの着信音。

  慌ててトイレに駆け込む。


〇 同・トイレ(深夜)

  便座に座ってスマフォを見つめる柿谷。

  スマフォ画面『あなたの人生占います。

30秒で無料診断』

画面をスワイプする柿谷。

スマフォ画面『仕事運:好調です。周り

の人からの信頼が増し、ますます軌道に

のっていくでしょう』

スマフォを棚に置いて、頭を抱え込む柿

谷。


〇 同・居間(朝)

  ソファで眠っている柿谷。

  美佳の笑い声。

  目を覚ます柿谷。

  テレビアニメを見てはしゃいでいる美佳。

  目玉焼きとトーストが乗った皿を机に運

ぶエプロン姿の琴美。

琴美「おはよ」

  目をこする柿谷。

琴美「帰ってたんだね」

柿谷「ここは……?」

琴美「おうち」

柿谷「……そっか」

琴美「(柿谷に抱きついて)おうちいー」

  フラッシュ―「騒然とする役者とスタ

ッフ達」

ハッとして起き上がる柿谷。

  力無くソファにもたれかかる柿谷。

琴美「こーちゃん?」

柿谷「なにも」

琴美「よく頑張りました」

柿谷「……」

琴美「何にもないということは何かあるって

こと。人生は裏と表だ」

柿谷「へ?」

琴美「すごいでしょ」

柿谷「……」

琴美「私が考えたの」

  美佳、柿谷と琴美を見ている。

琴美「もうちょっとだ。康太。行くんだどこ

までも。いひひー」

  インサート―冷蔵庫に貼られたカレン

ダー

『11月1日~11月12日まで矢印が書かれている。

12日に「こーちゃんクランクアップ! め

でたし!」と書かれている。猫のマグネッ

トが9日の枠につけられている』

柿谷「……うん」

  無邪気に笑う琴美。

琴美「ん」

  柿谷にキスをねだる琴美。

琴美「誓いのキスを」

  柿谷、琴美にキスを試みるが、

美佳「パパ。でんま」

琴美「でんわ。だよ。みーちゃん」

  トイレの方からうっすら聞こえる着信音。

美佳「でんま。でんま」

柿谷「ちょ、ごめん」

琴美「よいしょ(柿谷から離れる)」

  柿谷、さっと起き上がりトイレに駆けこ

む。


〇 同・トイレ(朝)

  棚に置かれた着信音の鳴っているスマフ

ォ。

入ってスマフォを手に取る柿谷。

  スマフォ画面『清家さん』

  硬直する柿谷。

  おそるおそるスマフォに出る柿谷。

清家の声「あ。もしもし、追加でレンタルし

て欲しい機材があんだけど。アイソレータ

ーの二軸と三軸、17インチのモニター、あと

BNC―」

  思わず切ってしまう柿谷。

  呼吸を乱している柿谷。

  急いで、スマフォを操作する柿谷。

  スマフォ画面『清家さん 着信拒否』


〇 同・廊下(朝)

  トイレから出てくる柿谷。

  居間の方で美佳にご飯を食べさせている

琴美の姿。

  玄関の方にトボトボと向かう柿谷。

  琴美、柿谷に気が付いてやってくる。

琴美「もういく?」

柿谷「や、……うん」

琴美「ちょっと待ってて」

  居間に戻っていく琴美。

  所在無さげに玄関へ向かう柿谷。


〇 同・玄関(朝)

  靴を履いている柿谷。

  戻って来る琴美。

琴美「はいこれ」

  弁当箱を柿谷に手渡す琴美。

柿谷「え」

琴美「今日は、バレ飯の日でしょ」

柿谷「……よくそんな言葉覚えたね」

琴美「こーちゃんの好きなきんぴらごぼう山

盛りいれといた。ほめて」

柿谷「(笑顔をつくって)ありがと」

  琴美の頭を撫でる柿谷。

琴美「いひひー」

  立ち上がって出ていこうとする柿谷。

琴美「今日は、それ、いらないの?」

  振り返る柿谷。

  琴美の指さす先には雑にたてかけられた

撮影バッグ。

柿谷「や、そうだ」

  慌てるように撮影バッグを手に取って、

柿谷「行ってきます」

出ていく柿谷。

琴美「ファイト!」

  閉まる玄関扉。

琴美「……」

  扉に手をかけて外を覗こうとする琴美。

  泣き始める美佳。

  居間の方へ戻っていく琴美。

  琴美、やはり太ももの裏辺りをつねっ

ている。


〇 バス停(朝)

  歩いてくる柿谷。

  到着するバス。

  互いにすれ違っていくバスと柿谷。

 

〇 道(朝)

  うつむいて歩く柿谷。

秀夫の声「ほっほっほっほっほっほっほ」

  柿谷の後方からやってきた秀夫、隣でか

けあしをする。

秀夫、半袖半パン、全身ピンク色。

柿谷「関わらないでもらって良いですか」

秀夫「悪で生きることは楽に思うじゃろ」

柿谷「迷惑です。あなた」

秀夫「地獄は甘くないぞ。地獄をよろしくじ

ゃあ」

柿谷「迷惑だっていってんでしょ! 全部あ

なたのせいです! 警察呼びますよ!」

  ダッシュで逃げる柿谷。

  その場かけあしのまま、去っていく柿谷

を見つめる秀夫、ポカンとしている。


〇 線路沿いの道(朝)

  走っている柿谷。

    ×  ×  ×

  歩いている柿谷。

  柿谷の目の前にゴミ捨て場。

  ゴミ捨て場に撮影バッグを置く柿谷。

  再び歩き出す柿谷。

  振り返る柿谷。

  ポツンと寂しそうな撮影バッグ。

  撮影バッグをとりに戻る柿谷。

  再び歩き出す柿谷。

    ×  ×  ×

  線路沿いのフェンスにもたれかかって弁

当箱を手にしている柿谷。

柿谷、弁当箱をゆっくり開く。

弁当の中身『溢れ出るほどのきんぴらご

ぼう』

  柿谷の傍に止まる車。

  車、マリリン・モンローのシールが大胆

に貼られている。

  運転席の窓が開いて、短髪黒髪の花井保

志(34)の姿。

花井「柿谷さんっじゃないっすか!」

柿谷「え」

花井「いや、えってひどいっすよ。俺ですよ

俺」

柿谷「(弁当箱の蓋を閉じて)花井君!」

花井「撮影ですか?」

柿谷「いや……まあ」


〇 車内

  運転席に花井、助手席に柿谷。

  後部座席に撮影バッグ。

花井「映画ですか?」

柿谷「まあ」

花井「ほんと尊敬します。しぶとく業界に残

ってんのは柿谷さんぐらいじゃないっす

か? 棚橋のやつなんて、渋谷でゲイバー 開いてんの。それはそれで、すげえ事かもしんないですけど」

柿谷「花井君は?」

花井「花井で良いですよ」

柿谷「花井は」

花井「何かむかつきますね」

柿谷「ええ」

花井「ハハハ。久しぶりですねこの感じ」

  苦笑いをする柿谷。

花井「俺は学校出て、助監督を二年ぽっちや

りました。寝れないわ、怒鳴られるわ、金

もらえないわ。ほんと人間として扱われま

せんでしたね」

  柿谷、花井を気にするように見る。

花井「思い切って逃げてやりましたよ。俺は

もう業界から足あらったんすよ。今は適当

に兄貴から紹介してもらったハウスクリ

ーニングの仕事やってます。ポンコツ野郎

です。楽ですよ。夢は怖いです」

柿谷「……そうだよね」

花井「柿谷さんは違うっしょ。 映画監督やるんでしょ。俺は柿谷さんの熱いとこ知ってますよ」

柿谷「監督なんて、とんでもない」

花井「(バックミラーで後部座席の撮影バッグ

を見て)カメラマンですか?」

柿谷「……まあ。助手だけれど」

花井「監督やると思ってました。ってか、

監督っしょ。柿谷さんは監督になるんです

よ」

柿谷「え」

花井「俺には分かります。柿谷さんみたいな

人が監督になるべきなんです。良いですね。

技術部出身の監督。その辺の自分の妄想を

垂れ流すだけの、まるで王様気分のゴミク

ズ監督とは違いますよ」

柿谷「……どうしたの」

花井「ほんと頼んますよ」

柿谷「……」

花井「あれ。どこまで行けば良いんでしたっ

け」

柿谷「花井君。ごめん」

花井「どうしました」

柿谷「俺も、逃げちゃったんだ」


〇 居酒屋

  テーブルで向かい合う柿谷と花井。

  花井の前にビール、柿谷の前に烏龍茶。

  大爆笑をする花井。

花井「この歳んなってよくそんな元気ありま

すね」

柿谷「もう呼ばれないと思ったんだけど、次

の日、清家さんから普通に機材発注の仕事

頼まれて怖くなってしまって……」

花井「清家ってあの清家ですか」

柿谷「知ってるの」

花井「ハハハ。史上最年少で撮影賞とったや

つでしょ。そいつのカメラぶっとばしたん

すか。最高っすね」

柿谷「最低だよ」

花井「いや、最高です。柿谷さんは幸せにな

るべき人です」

  横に首をふる柿谷。

花井「奥さんにはなんて言ったんすか」

柿谷「……なにも」

  ビールをグイッと飲んで、

花井「仕事分けてあげますよ」

柿谷「……」

花井「何も、ずっとじゃありませんよ。色々

と整理つくまで時間かかるでしょうよ」

柿谷「いや、そんな」

花井「その代わり」

柿谷「?」

花井「監督になるって誓って下さい」

柿谷「なんでそればっかり」

花井「俺はね。何かができることが偉いとは

思わないんですよ。人間はいつか死ぬじゃ

ないですか。なのに、できるやつができな

いやつを罵倒するじゃないですか。裏口叩

くじゃないですか。馬鹿にするじゃないで

すか。柿谷さんはできない側でしょ?」

柿谷「……」

花井「柿谷さんはできないんですよ! でき

るやつができることに己惚れる映画にな

んて飽き飽きしたんですよ、もう。ワンカ

ットワンカットがほら映画ですよって己

惚れてんすよ。反吐が出そうだ。そんな映

画。生きる事を舐めるなって言いたいんで

すよ。ほんとに。柿谷さん、何か撮りたい

もんないんすか」

柿谷「……僕帰るね」

  机に三千円を置く柿谷。

花井「どこに」

柿谷「分からない。でもなんか疲れちゃった

から」

  立ち上がって、机の三千円を強引に柿谷

のポケットに押し込む花井。

花井「俺は会えてよかったです。(柿谷に鍵を

握らせて)鞄忘れずに。鍵は適当にボック

スにでもいれといてください。俺、もうち

ょい飲んでいきますんで」

柿谷「でも」

花井「つまんねえ世の中ですから、誰も盗みやしませんよ」


〇 駐車場(夕)

  花井の車の前に立つ柿谷、ロックを解除

して後部座席のドアを開ける。

  撮影バッグを取り出す柿谷。

  運転席の扉を開けて、コンソールボック

スを開く柿谷。

ぐしゃぐしゃになったレシートや紙な

どでいっぱいになっている。

おもむろに一枚の紙を広げてみる柿谷。

紙『新人監督発掘コンテスト』

  少し眺めた後、紙を再び丸めて鍵と一緒

にボックスに入れる柿谷。


〇 線路沿いの道(夜)

  来た道とは逆にトボトボ歩いていく柿谷。


〇 柿谷のアパート・表(夜)

  立ちどまる柿谷、一歩が踏み出せない。

  突然、忍者のコスプレをした町田(16)が

柿谷の前を通り過ぎる。

  町田の後を追うカメラを構えた高崎(17)

と守谷(17)。

守谷「ちょっとカット!」

  立ち止まって振り返る町田。

高崎「おっちゃんバレた」

町田「んだよ」

守谷「(柿谷に向かって)すいません、そこ映

っちゃうんでどいてもらっても良いです

か?」

柿谷「はいっ」

  戸惑いながらも部屋に向かう柿谷。

  振り返る柿谷。

  同じように走る町田、後を追う高崎、守

屋。


〇 同・玄関(夜)

  入って来る柿谷。

  電気をつける柿谷。

  真っ暗。

柿谷「……琴美?」


〇 同・居間(夜)

  電気をつける柿谷。

  誰も居ない。

柿谷「琴美、みーちゃん」


〇 同・寝室(夜)

  襖を強めに開く柿谷。

  綺麗に畳まれた布団。

  呆然とする柿谷。


〇 同・居間(夜)

  彷徨う柿谷。

柿谷「ああ、あああああ」

  柿谷、ふとテーブルの上に置手紙を見つ

ける。

  さっと手紙を手にとる柿谷。

  手紙『愛しのこーちゃんへ お仕事忙し

そうだからお手紙でお話させて下さい。

わたくし、柿谷琴美はついにカラオケ屋

さんのアルバイトの内定をゲットしま

した! ぱちぱちぱちぱちっ みーち

ゃんの明るい将来のためにわたくしも

立ち上がることにしました。だから、夜

勤が増えちゃいます! こーちゃんも

たまにはお仕事休んでね。柿谷家の柱は

共に支えようぞ! PS:みーちゃんは

大好きなおばあちゃんのとこでぐーす

かぴーです』

  ゆっくり手紙を机に置き直す柿谷。

柿谷「助けて」  


〇 同・キッチン(夜)

  おもむろに冷蔵庫を漁る柿谷。

  かにかまぼこを手に取る。

  冷蔵庫を閉めて去る柿谷。

  床に落ちている猫のマグネット。


〇 公園(夜)

  小さな皿に並べられたかにかまぼこが地

面に置かれている。

辺りをキョロキョロしている、ベンチに

腰掛けた柿谷。

  何もいない。

柿谷「にゃあ」

  静かな公園。

  立ち上がって彷徨い始める柿谷。

柿谷「……にゃおおう。んにゃおおおおおん

……」

  着信音。

  慌てて、ポケットからスマフォを取り出

す柿谷。

  スマフォ画面『花井くん』

  柿谷、耳にスマフォをあてて

柿谷「もしもし」

花井の声「あっ柿谷さん、やっべえっす。ハ

ハハハハハハハハハ」

柿谷「なに、どうしたの」

花井の声「ガチでパクられましたよ。ハハハ

ハハ」

柿谷「え、なに」

花井の声「あー笑い止まんね。ハハ。俺の車、

というか社用車なんすけど」

柿谷「ええっ!」

  公園に乗り込んでくる一台の車。

  車、マリリン・モンローのシールが大胆

に貼られている。

花井の声「まじ最高傑作っすね。ハハ」

  呆気にとられる柿谷。

花井の声「ハハ。あれ。柿谷さん? 柿谷さん?」

 柿谷の前に停車する車。

 車の窓が開く。

 そこには全身ピンクの秀夫の姿。

秀夫「地獄まで、一緒にどうです?」

  柿谷、スマフォを地面に落として、

柿谷「……これは映画ですか」

秀夫「そうじゃ。お見事」

柿谷「……」

  車の運転席を強引に開いて、秀夫を引き

ずり出す柿谷。

秀夫「ぎゃあハハハハハ。やめるな。殺せ、

真の悪はそれでも這い上がってくる。楽し

めえ。イヤッハハハハハ」

  秀夫にのしかかって、取り押さえる秀夫。

  こっそりかまぼこを食べている猫。


〇 警察署・表(夜)

  出てくる柿谷と花井。

花井「(振り返って)おっさん、またな!」

  警察署の中、警官に手錠をかけられた秀

夫の姿。

秀夫、満面の笑み。

柿谷「知ってるの? あの人」

花井「知らないっすよ。あんな変態。子供の

顔が見てみたいっすよ。ハハ」

  怪訝な表情で花井を見る柿谷。


〇 ゲイバー・表(深夜)

  派手なイルミネーションで飾られている。


〇 同・店内(深夜)

  カウンターに並ぶ柿谷と花井。

  奥に数人の客。

  カウンター越しに酒をつくる棚橋三郎

(34)。

  棚橋、髭がダンディー。

棚橋「いやあ。柿谷さんに会えるなんて思っ

てなかったっすよー」

  気まずそうにする柿谷。

花井「柿谷さん、こいつがゲイだったって知

ってました?」

柿谷「い、いやあ」

棚橋「俺は別に隠してるつもりはなかったけ

どね」

  花井の目に酒を置く棚橋。

  酒、歪な色。

棚橋「はい。スペシャルダンディーマーガレット二号」

花井「何入ってんの」

棚橋「危ないもの以外全部」

  怪訝な顔で酒を見つめる花井。

棚橋「そっか。柿谷さん映画やってんすかー。そっかそっかあ」

柿谷「そんな大したアレじゃないよ」

棚橋「そっか嬉しいなあ、俺達学生時代はお

互い『切磋琢磨するライバル』って感じだ

ったのにねえ。柿谷さんの一人勝ちかあ」

柿谷「そんな」

花井「(柿谷に肩を組んで棚橋に)柿谷さん今

は傷心中なんだってえ。その話はまた今度。(柿谷に)ねえ」

棚橋「あらそう。柿谷さんはお酒飲めないん

ですよね。歌でも歌いますか?」

柿谷「いや―」

棚橋「かしこまりましたああ。では、ピピピ

ピっとお願いします」

  柿谷の前にカラオケのデンモクを置く棚

橋。

柿谷「ええっ」

  花井、デンモクをとって、

花井「俺が温めてやりますよ」

    ×  ×  ×

  マイクを手に取って、ノリノリでBzの

『イチブトゼンブ』を歌う花井。

花井と肩を組む棚橋。

手拍子をする数人の客。

手拍子を合わせる柿谷。

    ×  ×  ×

  関ジャニの『ズッコケ男道』を歌う棚橋。

  肩を組んでいる花井と柿谷と棚橋。

  棚橋、どさくさにまぎれて柿谷の尻を触

っている。

    ×  ×  ×

  中島みゆきの『地上の星』のイントロが

流れる。

  マイクを握るのは柿谷。

  柿谷、直立不動。

  柿谷を見つめる花井、棚橋。

柿谷「風の中のすーばるー―」

  歌い始める柿谷、かなりのクオリティ。

  盛り上がる店内。

  惚れ惚れと柿谷を見つめる棚橋。

 

〇 同・表(深夜)

  出て来る柿谷と花井。

  見送る棚橋。

棚橋「今日はありがとう」

花井「こちらこそ」

棚橋「柿谷さん、また来てくださいね」

花井「お前、柿谷さんの事好きだな」

棚橋「好きだよ? 悪い? あ、そうだ。は

いこれ」

  胸元から名刺を取り出して柿谷に手渡す

棚橋。

名刺『ピンク色 名前:たなぴー』

柿谷「あ、ありがとう」

  ニコッとする棚橋。

柿谷「棚橋君も頑張って」

棚橋「あたりまえでしょ。有名なったら、僕

にディナー奢ってくださいね。(小声で)お

尻柔らかかったよ。ここは大事にしてね」

柿谷「……どうも」


〇 バス停付近(深夜)

  止まるタクシー。

  降りて来る柿谷。

  手をあげる後部座席の花井。

花井「(酔っぱらった様子で)おつかれーっす。

また歌いましょうね」

  去っていくタクシー。

  歩き始める柿谷。


〇 道(深夜)

  淡々と歩く柿谷。

  空を見上げる柿谷。

  見つめれば見つめるほど増える星の数。

  突然、後ろから誰かに抱きつかれる柿谷。

琴美「運命発見!」

柿谷「琴美!」

  柿谷と手をつなぐ琴美。

琴美「イヒヒ。こんなのいつぶりかなー」

柿谷「……お仕事行ってたの」

琴美「あ……うん。偉いでしょ」

柿谷「……どんなことしたの」

琴美「まだ、電気の付け方とか掃除の仕方と

かだよん。あと合唱なんかも覚えなくっち

ゃ」

柿谷「……合唱?」

琴美「お客様に対して私達は清潔で新鮮な場

を提供し、なんとかかんとかなんとかかん

とかーって。イヒヒ」

柿谷「……そか」

  しばらく沈黙で歩く柿谷と琴美。

柿谷「ごめん」

琴美「いいよ」

柿谷「……」

琴美「また謝ったなー?」

  足を止める柿谷、つられて止まる琴美。

  琴美から手を離す柿谷。

柿谷「(琴美の方を見て)撮影の仕事で、やっ

ちゃいけないことしちゃった。今日は花井

君と棚橋君と一緒にいた。撮影行ってない」

琴美「うん」

柿谷「……」

琴美「一緒に歩こ? ほら」

  手を指し伸ばす琴美。

  その手を恐る恐る握る柿谷。

  歩き始める琴美と柿谷。

  泣けてくる柿谷。

琴美「鞄持ってあげよっか」

  柿谷、首を横に振る。

  琴美、優し気な表情で歩む。

  琴美、立ち止まって苦悶の表情を浮かべ

る。

柿谷「琴美?」

琴美「何か、お腹痛くなっちゃった」

柿谷「大丈夫?」

  鞄を降ろして、しゃがむ柿谷。

琴美「うう。ごめん」

  柿谷の背中に乗る琴美。

  鞄を拾う柿谷。

  歩き始める柿谷。

柿谷「僕はこんなことしかできないけどお」

  柿谷、また泣いている。

  琴美、普通に痛そう。


〇 柿谷アパート・キッチン(朝)

  生卵を3つフライパンで焼いている柿谷。

  隣にやってくるパジャマ姿の琴美。

柿谷「お腹、大丈夫?」

琴美「うん!」

  琴美、嬉しそうに柿谷の手元を覗いてい

る。

  居間の方で、テレビを見ている美佳。

美佳「(飛び跳ねて)かわいい! かわいい!」

  ふとテレビを見る柿谷。

  テレビ『全身のピンク色の格好をした秀

夫がピースしている アナウンス:谷容

疑者は他にも数多くの酒やタバコなど

の嗜好品を盗んでいたことを認めまし

た。谷容疑者は我々報道陣に対し、「お前

らも俺も同じだ。生半可な悪党どもめ」

と笑顔を見せたという事です』

  呆然とテレビを観ている柿谷。

琴美「あ、お父さん……」

柿谷「えっ」

  卵、焦げていく。

花井の声「整理すると、柿谷さんの奥さんの

離婚したお父さんが俺の車を盗んで、柿谷

さんに捕まえらえたっていうことですか」


〇 アパート

  薄暗く、ほこりがまう。

  壁紙を張り替える花井と柿谷。

花井「なんか、下手なシナリオライターが行

 き当たりばったりに書いたシナリオって感

じっすね」

柿谷「怖いよ」

花井「柿谷さんの奥さんも出会い系で知り合

ったていう設定でしょ?」

柿谷「設定って」

花井「出会い系で知り合う人なんてキャラク

ター的にそもそもろくな人はいませんよ。

柿谷さんは本当に奥さんの事分かってるんですか? 二面性はつくるでしょ。どんなに下手なシナリオライターでも」

柿谷「……映画みたいに言わないでよ」

花井「人生は映画でしょ? 映画は人生です

よ」

柿谷「そんなこと言わないでよ」

花井「柿谷さん。柿谷さんは自分の人生を監

督できていないんです。それがどういうこ

とか分かりますか?」

 べりべりべりっと剝がしてはいけない

部分まで剥がしてしまう柿谷。

柿谷「……もう駄目だ。僕」

花井「駄目なんかじゃありません。いや、駄

目なのかもしれませんけど」

  柿谷の元にやってきて、剥がれた部分

を見つめる花井。

花井「しかしそれは同時に大きな可能性を持

っているという事です。知らないから、で

きないから、この世はロマンで輝いて見え

るのです。柿谷さんにしか見えない世界が

あります。俺はそれに期待してるんです」

  剥がれた壁をさらに剥がしていく花井。

花井、外までつながった穴を発見する。

花井、柿谷に穴を覗くように促す。

穴を覗く柿谷。

穴『子猫が一匹愛くるしく鳴いている』

花井「いつでもこんな仕事、ばっくれて下さ

いね」


〇 美千代のマンション・美千代の部屋・表

(夕)

  チャイムを鳴らす柿谷。

  出てくる、立石美千代(71)。

美千代「あら。康太さん、お久しぶりね」

  美千代の隣にやってくる美佳。

柿谷「美佳がお世話になっています」

美千代「いえ、独り身のおばあちゃんですか

ら寂しさもまぎれますわ」

柿谷「あ、ありがとうございます。みーちゃ

ん、かえろっか」

  逃げるように奥へいってしまう美佳。

美千代「少しばかり、お茶でもどうですか」

柿谷「いえ、そんな」


〇 同・居間(夕)

  アンティークな家具で整った部屋。

  絵本をめくっている美佳。

  椅子に直立不動で座る柿谷。

  柿谷の元にお盆に乗せたグラスを運んで

くる美千代。

飲み物、緑色で白い泡が立っている。

柿谷「これは……」

美千代「クリームメロンソーダーです」

柿谷「あ、なるほど」

美千代「お気に召さないかしら」

柿谷「い、いえ、好きな方です」

美千代「良かった。あと宜しければ、これおつまみに」

  テーブルに皿を置く美千代。

柿谷「はっ……」

  皿、揚げられたイナゴが数十匹乗ってい

る。

    ×  ×  ×

  イナゴをバリバリ食べている美千代。

  メロンソーダーを流し込むように飲む美

千代、ゲップをこらえる。

  美千代の様子を伺いながらメロンソーダ

―をちびちび飲む柿谷。

美千代「琴美とうまくやってますか」

柿谷「いえ……僕の稼ぎが少ないせいで。今

日は朝帰りのアルバイトに行ってしまい

まして」

美代子「そうですか」

柿谷「情けないです」

美千代「一億円差し上げましょうか?」

柿谷「えっ」

美千代「一億円」

柿谷「えっ」

美千代「一億円」

柿谷「大丈夫です」

美千代「アハハ。やっぱり、康太さんと琴美

はお似合だわ。あの子にも即答で断られま

したの」

柿谷「一億円って……なんですか」

美千代「宝くじで三億円あたったんです。六十の時に。そっから別れた主人もおかしくなってしまって。真面目に働いた四十年を返せって。そんなお金使い切る体力も無かったですし、全部寄付にまわそうかと思ったんですが、何かのために置いておこうと思ってしまい、結局何も起こらないままです」

  柿谷、口が開いたまま。

柿谷「三億……」

美千代「強いて言うなら、あの人が刑務所

にお世話になったことくらいかしら。アハ

ハ」

柿谷「……あはは」

美千代「ねえ、康太さん」

柿谷「三億……」

美千代「琴美ってどんな子?」

柿谷「三億……あ、はい」

美千代「私の事何か言ってたりしないかし

ら?」

柿谷「……いえ。僕にも、分かりません」

美千代「そう」

 寂しそうにイナゴの足を手に取って

眺めている美千代。


〇 同・玄関(夜)

  美佳と手をつないで立っている柿谷。

  向かい合う美千代。

柿谷「お邪魔しました」

美千代「いつでも言ってね。一億円」

柿谷「ありがとうございます。僕はその話、

信じていませんし、忘れることにします」

美千代「はい。嘘ですよ」

柿谷「嘘なんですか!」

美千代「琴美も私も嘘つきですから。アハハ」

柿谷「本当に嘘ですか」

美千代「ほんとにもらう覚悟ができたら教え

てあげましょう」

美佳「(飛び跳ねて)いちおくえん! いちお

くえん!」

柿谷「こら」

美千代「みーちゃんが大きくなったらあげち

ゃおうかなー」

柿谷「こら! あ、すいません」

美千代「アハハハハ。康太さん。康太さんは

ロマンでいっぱいですよ」

柿谷「はあ」

  微笑んでいる美千代。

美佳「ばいばい」

美千代「ばいばいー」

  頭を下げる柿谷。


〇 道(夜)

  美佳と手をつないで歩く柿谷。

  美佳、カードを柿谷に見せて

美佳「パパ、いちおくえん」

柿谷「忘れなさい。(カードを二度見して)ん?」

  美佳からカードを取り上げる柿谷。

  カード『ピンク色 たなぴー(棚橋から

もらった名刺)』

柿谷「これ、どこで拾ったの?」

美佳「いちおくえん。いちおくえん」

  しゃがんで美佳の目線に合わせる柿谷。

柿谷「これ。どこで。拾ったの?」

美佳「ママにもらった」

柿谷「……そか(美佳の頭を撫でる)」


〇 柿谷のアパート。風呂(夜)

  貪るようにシャワーを浴びる柿谷。

    ×  ×  ×

  湯船に浸かる柿谷。

柿谷「いちおくえん。いちおくえん。いちお

くえん……」

 湯船に頭まで沈んでいく柿谷。


〇 同・居間(夜)

  ソファに座る柿谷。

  スマフォを見ている。

  スマフォ画面『検索欄:優しすぎる嫁 裏

側 消して、検索欄:嫁 本音 消して、 

検索欄:出会い系 結婚』


〇 実景(深夜)

  流れ星が一つ。


〇 同・寝室(深夜)

  美佳を抱いて眠っている柿谷。


〇 同・居間(朝)

  起きてくる柿谷。

  ガチャンと玄関扉が閉まる音。

  入ってくる琴美。

  柿谷に思いっきり抱きつく琴美。

柿谷「遅かったね」

琴美「今日は、ドリンクバー作った」

  柿谷、琴美を素直に抱けず直立する。

柿谷「……お疲れ様」

琴美「賄いでね、ドリンクバー飲んで良いの。

一番好きなのは、メロンソーダー。あまあ

まぷしゅーっだよ」

柿谷「……そか」

琴美「あ、そうだ。お洗濯する時、こーちゃ

んの服のポケットにね、やらしいーカード

入ってたから美佳にあげちゃったよ」

柿谷「えっ」

琴美「ごまかしてもだめでーす」

柿谷「や、あれは、僕の友達がゲイバーをや

っていて、そこの店長というか、友達の名

刺で」

琴美「(飛び跳ねて)ゲイバー! 凄いね! 

行ってみたい! あ、でも女の子は駄目な

のかな」

柿谷「……いや」

琴美「良いの! 今度連れてって」

柿谷「良いけど」

琴美「やった」

  柿谷に再び抱きつく琴美。

  琴美、軽やかに跳ねている。


〇 同・寝室(朝)

  指を咥えて眠っている美佳。

  隣には絵本が数冊置かれている。


〇 同・居間(朝)

琴美「ちゃんと抱きしめて」

  柿谷、ゆっくりと琴美の身体に腕を回す。

琴美「幸せ。幸せマンボ」

柿谷「……琴美」

琴美「なーに?」

柿谷「琴美はそんなに働かなくて良いよ。僕

が頑張るから」

琴美「男女平等さんきゃく、あれ男女平等さ

んかくか……あれ、男女平等なんとかでし

ょ」

柿谷「琴美はもう少しみーちゃんといてあげ

て欲しいんだ。お金も大事だけれど、一緒

にいてあげる方がもっと大事だと思うん

だ」

琴美「……」

柿谷「琴美?」

琴美「(満面の笑みで)うん、わかった」


〇 洋風の一軒家・表

  豪華な外見。

  駐車スペースに車を止める柿谷。

  車、マリリン・モンローのシール。

  トランクから掃除用具の入った鞄を一式

降ろす柿谷。


〇 同・玄関

  ドアを開く柿谷。

  奥の居間、うっすら明るい。

  怪訝な表情になる柿谷。

  ドアをそっとしめる柿谷。


〇 同・居間に続く廊下

  かすかに聞こえてくる女性のうめき声。

  呼吸が荒くなる柿谷。

  居間の扉の前で立ち止まる柿谷。

  たしかに聞こえて来る女性のうめき声。

  おそるおそるドアを開いて覗く柿谷。

  ロープで椅子に縛られ、口にはガムテー

プを貼られてもがいているセーラー服

姿の山下亜由(17)。

慌てて入っていく柿谷。


〇 同・居間

  亜由の元に駆けつけて、ロープをほどく

柿谷。

自由になる亜由の足、柿谷を蹴飛ばす。

柿谷「え」

  後ろに視線を感じる柿谷。

  カメラを覗いている高崎、手持ちLED

を持っている守谷、忍者の格好をした町

田の姿。

高崎「やっべ」

  ベランダから急いで逃げていく、高崎、

森谷、町田。

呆然とする柿谷。

亜由「んんんんんんんんん」

  ゆっくりガムテープをとってやる柿谷。

亜由「台無しじゃん!」

柿谷「(思わず)す、すいません!」

亜由「ほどいてくれる」

柿谷「はい」

亜由「早く」

柿谷「はい!」

  亜由の縛られた手をふりほどく柿谷。

亜由「おっちゃん、怒らないんだ。良い人だ

ね。(スマフォを取り出して構えて)こっち

向いてー」

 スマフォ画面『亜由と柿谷が画角におさ

まる 亜由の指に押されるシャッター

ボタン』

亜由「学校にちくったらこの写真ばらまくか

ら」

柿谷「え」

亜由「じゃ」

  走ってベランダから出ていく亜由。

  固まっている柿谷。

  柿谷、置き忘れられた一眼レフカメラを

見つける。


〇 道(夜)

  交番の前に車を止める柿谷。

  助手席には一眼レフカメラ。

  一眼レフカメラを手にとる柿谷。

  フラッシュ―「亜由『学校にちくったら

この写真ばらまくから』」

一眼レフカメラを置き直す柿谷。


〇 柿谷家のアパート・居間(夜)

  食卓を囲んで談笑する柿谷、琴美、美佳。

  テーブルの上には鍋、牛肉や野菜がゆで

られている。

美佳「おにくう!」

  笑っている琴美を見つめる柿谷。


〇 同・居間(深夜)

  真っ暗な中、パソコンをひらく柿谷。

  机に置かれた一眼レフカメラを手に取る

柿谷。

  SDカードを取り出してパソコンに入れ

る柿谷。

  パソコン画面『開かれるファイル、縛ら

れた亜由が映る』

  パソコンから突然流れる亜由のうめき声。

  慌てて、ファイルを閉じる柿谷。

  辺りを気にする。

  再びパソコンに向かう柿谷。

  パソコン画面「忍者姿の町田が街を駆け

抜ける 映り込む柿谷」

  次々とファイルを開く柿谷。

  編集ソフトを立ち上げる柿谷。

  パソコン画面『走る町田 町田の顔のク

ローズアップをつなぐ』

    ×  ×  ×

  夢中で編集作業をしている柿谷。

  パソコン画面『沢山のカットがつながれ

ている』

欠伸をしながらも作業を続ける柿谷。


〇 同(朝)

  机に伏せて眠っている柿谷。

  ハッとして起きる柿谷。

  開いたままのパソコン。

  パソコン画面『編集途中 椅子に縛られ

た亜由が映っている』

柿谷、肩にかけられた毛布に気が付く。

  周りを見渡す柿谷。

  だれもいない。

  机に置かれた紙。

  紙『遅くまでお仕事お疲れ様。美佳とお

買い物に行ってきます。朝ごはんは

冷蔵庫だよお。今日もおしごとふぁ

いとだワン(猫の顔)』

  紙を手に取る柿谷。

柿谷「ああ、あああ」

  頭を掻き毟る柿谷。


〇 道(朝)

  カメラを首にぶら下げたままキョロキョ

ロする柿谷。

並んで歩く三人の男子高校生の後ろ姿。

走って追い付く柿谷。

柿谷、顔を覗き込む。

高校生の顔、見たことがない。

高校生A「こわっ なに」

柿谷「友達で映画撮ってる人いませんか」

高校生B「いませんよ。ってか誰」

柿谷「そうですか」

  通り過ぎていく高校生達。

  佇む柿谷。


〇 公園(朝)

  ベンチでくつろぐ猫。

  隣に座る柿谷。

柿谷「僕は一体何がしたいんだ」

猫「……」

柿谷「なあ」

猫「映画監督だろ」

柿谷「えっ?」

  固まる柿谷。

柿谷「……喋った?」

猫「文句あるか」

柿谷「っ!」

猫「お前、わけえ頃ずっと俺に言ってきたじ

ゃねえかよ。映画監督になるんだって。何

だよ、辛気臭え顔しやがって。俺はもうす

ぐ死ぬ。至極当然のことだ。俺も年をとっ

た。はあ。だいたい映画監督ってなんだ?」

柿谷「……僕も分かんないけど」

猫「死ぬ前に言っといてやるよ。お前が見て

いるのは夢じゃねえ。猫も喋るんだよ。教

えといてやるよ。世界のヒントをよ。あとは自分で見つけやがれ。このポンコツ野郎」

 ハッと目を覚ます柿谷。

 公園のベンチに一人座っていた柿谷。

 遠くに猫の後ろ姿。

 歩いていく猫の姿。

柿谷「待って!」

  首にかけたカメラを猫に向ける柿谷。

  猫、振り向きもせず去っていく。

  その向こうで、美佳と手をつないでいる

買い物袋を持った琴美の姿。

  柿谷、琴美の姿を見つめる。

  柿谷、再びカメラを構え直して琴美の後

を追い始める。


〇 大和胃腸クリニック・表

  入っていく琴美と美佳。

  隠れてカメラを向けている柿谷。

  柿谷、スマフォを取り出して耳にあてる。

柿谷「あ、花井君。撮りたいものが見つかっ

たかもしれない」

花井の声「お、まじっすか! ハハハハやりましたね。頑張ってください」

柿谷「今日はバックれても良いかな」

花井の声「はははは。言ったらバックレにならないでしょうよ」

柿谷「あ、ごめんね」

花井の声「ハハハ、できあがったら見せてくださいね。作品」

  柿谷、スマフォをポケットにしまう。

  カメラを構える柿谷。

  受付をする琴美の姿。

  美佳、慣れたように絵本を手に取って腰

掛に座る。

怪訝な表情になる柿谷。

      ×  ×  ×

  物陰に隠れている柿谷。

  受付に向かう琴美の姿。

  再び、カメラを回す柿谷。

  薬を受け取る琴美。

  薬にズームするが、ズームが足りず、薬

の表記は見えない。

琴美と手をつなぐ美佳。

  自動扉を出て来る琴美と美佳。

  隠れながらもカメラを回し続ける柿谷。


〇 商店街・駄菓子屋

  カメラを構えている柿谷。

  駄菓子を選んでいる美佳。

  駄菓子屋の老婆と楽しそうに会話してい

る琴美。

老婆「あら、ほんと! おめでとうございま

すう!」

  それ以外、何を言っているのか聞こえて

こない。


〇 線路沿いの道

  歩いていく楽しそうな琴美と美佳。

  追っていく柿谷。

  前方から自転車に乗った亜由、急いでい

る様子。

亜由「おっちゃん!」

  急ブレーキをかけて柿谷の前で止まる亜

由。

驚いて立ち止まる柿谷。

亜由「それ、うちらのカメラじゃん」

  楽しそうに歩いていく琴美と美佳の後ろ

姿、小さくなっていく。

柿谷「すすすすすいません。返そうと思って

ましたよ」

亜由「(ニヤッとして)へー」

  柿谷からカメラを奪い取る亜由。

  データを確認する亜由。

亜由「こんなの撮ってどうすんの」

柿谷「いや」

亜由「警察いく?」

柿谷「僕の妻です」

亜由「なになに。なんの言い訳」

柿谷「本当です」

亜由「チャリ飛ばして見せてきて良い?」

柿谷「それは勘弁してください。まだ途中な

んで」

 琴美と美佳の方を気にしている柿谷。

亜由「は? じゃあいくら」

柿谷「一億円で」

亜由「は?」

柿谷「あ、いや」

  琴美と美佳の後ろ姿を見ている柿谷。

  角を曲がっていく琴美と美佳。

  焦るように鞄からノートパソコンを取り

出す柿谷。

亜由にパソコン画面をみせる柿谷。

パソコン画面『うまくつながっている亜

由たちの作品』

柿谷「こう見えても、映像の仕事やってまし

た。このデータ渡すので、本当に今日だけ

カメラ貸してください。同じカメラじゃな

いと統一感が無くなってしまうんです。本

当に今日だけです。お願いします!」

亜由「あんた何言ってんの? まじ、意味分

かんないんだけど。別にうち、映像とかま

じどうでも良いんだよね、金で協力してあ

げただけだし」

柿谷「(希望が見えたように)じゃあ」

亜由「三万」

柿谷「持ち合わせそんなにないです」

亜由「じゃ身分証かして。それと引き換え」

  柿谷、何の抵抗もなく財布から免許証を

取り出して亜由に渡す柿谷。

  柿谷にカメラを渡す亜由。

柿谷「ありがとうございます!」

  ダッシュで去っていく柿谷。

亜由「返して欲しかったら、明日の午後十時 

 に前の家の前に三万―」

  振り向きもせず小さくなっていく柿谷の

後ろ姿。

亜由「バカなの」


〇 美千代のマンション・表

  エントランスに入っていく美佳と琴美。

  後ろでカメラを構える柿谷、息があがっ

ている。

  美千代の部屋で待っている美佳と琴美。

  見上げるようにカメラを向けている柿谷。

  琴美と抱き合う美千代、その後美佳とも

抱き合う。

突然、カメラ目線になる美佳。

慌てて物陰に隠れる柿谷。

美佳「パパ!」

美千代「どこ?」

美佳「パパ。いた」

琴美「中入ろっか」

  ふーっとため息をついて再び見上げる柿

谷。

  琴美、こっちをボーっと見ている。

  固まる柿谷。

  降りてくる琴美。

  柿谷、慌てて物陰に隠れて呼吸を乱す。

  エントランスを出て来る琴美。

  柿谷の横を何の疑いもなく通り過ぎてい

く琴美。

  歩いていく琴美の後ろ姿。

  怪訝な表情になる柿谷。

  カメラを構え直して、琴美の後ろを追い

始める柿谷。


〇 山に囲まれた道

  歩いていく琴美。

  カメラを構えてついていく柿谷。


〇 山道・入口

  ふと立ち止まって山に入っていく琴美。

  後を追う柿谷。


〇 同・道(夕)

  登っていく琴美、後を追う柿谷。

  だんだん駆け足になる琴美。

  思わず、後を走って追う柿谷。

  ブレブレの画角に映り続ける琴美の後ろ

姿、フォーカスも合わない。

二人、走る、走る、走る・

木々が開いて景色が見渡せる丘に出る

琴美、足を止める。

ゆっくり近づいていく柿谷。

笑い始める琴美。

  琴美、大爆笑。

琴美「(笑い終えて背を向けたまま)走れるっ

て最高」

柿谷「……」

  カメラのスクリーン『琴美の背中にゆっ

くりピントが合っていく』

琴美「(振り向いて)これからもずっとずっと、

私と走ってくれると誓いますか?」

  柿谷、カメラを回したままこくりと頷く。

  琴美の頬を伝う涙。

琴美「私ね。私……」

  こくりと息をのむ柿谷。

琴美「いぼ痔だったの!」

  琴美の頬を伝う大量の涙。

琴美「カラオケ屋なんて嘘なの。病院に行っ

てた。帰らなかった日は手術の日だったの。

今日で病院も終わったよ」

  柿谷、カメラを構えたまま涙が頬を伝っ

ていく。

琴美「ずっと。黙ってた。こーちゃんに嫌わ

れるのが怖かった」

  横に首を振って泣いている柿谷。

琴美「私、人が怖いの。何にもできないから、何にも知らないから、私なんか生きてて迷惑なんじゃないかって。思っちゃうの。私なんかと一緒にいてくれるこーちゃんの事も。ずっとずっと怖いの! 私のこと知られるのが怖かった! ずっとこーちゃんから逃げてた!」

柿谷「……」

琴美「私、なーんにもないよ! (両手を広げて)ほら! なーんにも!」

  カメラを置いて、琴美の両手に飛び込む

柿谷。

柿谷「ごめん」

琴美「(泣いている)……何で謝るの」

柿谷「何にも知れなかった」

琴美「私も」

柿谷「不満一つ言わない琴美の事が怖かった」

琴美「私の目見て」

  琴美と見つめ合う柿谷。

  琴美、柿谷にキスをする。

  再び見つめ合う柿谷と琴美。

柿谷「僕は琴美を幸せにしてあげたい。でも自信が足りない」

 頷く琴美。

琴美「一緒につくろ。みーちゃんと三人で。

幸せマンボ」

  琴美に優しくキスを返す柿谷。

  微笑む琴美。

琴美「私、ここで竜を見たことがあるの」

柿谷「竜?」

琴美「信じる?」

柿谷「うん」

琴美「小さい頃、お母さんとよくここに来て、

シャボン玉を飛ばしてたの。そしたらお空

に白い竜が浮かんでたの」

柿谷「まるでこの世界みたいだ」

琴美「うん。まるでこの世界みたいだった」

  丘から見える雄大な景色。

柿谷「みーちゃんは将来どんな人になると思

う?」

琴美「なんだろう」

柿谷「なんだろうね」

琴美「ふふ」

柿谷「僕たちの知っている精一杯を教えてあげよう。この世界の輝きをできるだけたくさん」

琴美「うんっ!」

  夕日が抱き合う二人をシルエットにする。

柿谷「お尻、もう大丈夫?」

琴美「うん。もうないよ。なあんにも」

柿谷「はは」

琴美「笑うなー。痛かったんだからあ」

  カメラに映った二人の姿。

  画角がスクリーンに変わっていく。


〇 映画祭・会場

  拍手の音。

  大勢の観客達。

その中に、琴美と美佳の姿。

  舞台に立ってお辞儀をする柿谷、照れく

さそう。

  『新人監督コンテスト』の垂れ幕。

インタビュアー「観客賞という事ですが今の

お気持ちをお聞かせ下さい」

  柿谷にマイクを渡すインタビュアー。

柿谷「あ、あの、えっと」

花井の声「柿谷さん! 面白かったですよ!」

  観客席で立ち上がって手を振っている花

井と投げキッスをしている棚橋の姿。

柿谷「(ほっとして)この映画は、映画と言っ

ていいのかわかりませんが、本当のドラマ

は映画の外にあるのかもしれないと思っ

たことがキッカケです。光はみようとしな

ければみえない。この世はもっともっとロ

マンで溢れています。僕自身もそう教えら

れたようなそんな気がします」

 ニコニコしている琴美、美佳の手をとっ

て手を振らせる。


〇 同・表

  笑い合う柿谷と琴美と美佳。

  ふと、山本と三木谷、そして清家の姿に

気が付く柿谷。

深呼吸をする柿谷。

柿谷「ちょっとここにいて」

  琴美と美佳をおいて、清家らの方に向か

っていく柿谷。

清家の前に立つ柿谷。

清家「おお」

  柿谷、膝間づいて、頭を下げる。

柿谷「本当に本当にすいませんでした!」

山本「柿谷さん、頭あげてください。こんな

ことよくあることですから」

  頭をあげる柿谷。

  そっぽを向いている清家。

山本「だから助手がつかないんですよ、清家

さんも。今まで何人に逃げられたことか」

清家「うるさいっすよ」

山本「柿谷さんは今までの中で一番ガッツあ

りましたよ。カメラにキックなんて。また

一緒に映画やりましょうよ」

柿谷「え」

清家「調子に乗ってたらぶち殺しますよ」

山本「はいはい黙ります」

清家「おい、立てよ」

  ゆっくり立ち上がる柿谷。

清家「何、お前監督やるのか」

柿谷「はい」

清家「あ、そう」

柿谷「……はい」

清家「あのな。俺、香川行った時、意味わか

らねえぐらいでっけえツチノコ見つけた

んだよ。(精一杯手を広げて)こんぐらい

の。映画にならないか」

  ポカンとする三木谷、山本。

柿谷「なると思います!」

清家「そうか」

柿谷「はい」

清家「撮りに行くぞ」

柿谷「お、お願いします!」

清家「じゃ。明日、朝7時発な」

柿谷「明日!?」

清家「ぼーっとしてる間に、香川から逃げら

れたらどうすんだよ」

柿谷「そうっすね……」

  クスクスと笑っている山本と三木谷。


〇 刑務所・面会所

  ガラス窓越しに秀夫と向き合う美千代。

美千代「お久しぶりですね」

  嬉しそうな表情になる秀夫。

美千代「あほ」

秀夫「……お前に会いたかった」

美千代「未練はそうやって解消するもんじゃ

ねえよ。二度と康太さんに近付くんじゃな

いよ」

秀夫「俺はお前とまだやり直せるか」

美千代「せいぜい死ぬまで夢みてろ。じじい」

  立ち上がる美千代。

秀夫「そんな」

美千代「夢は自分の手で叶えるもんだろ」

  秀夫、パッと顔が明るくなる。


〇 柿谷家・アパート(夜)

  ソファで絵本を美佳に読み聞かせている

琴美。

柿谷、スマフォを耳にあてながら微笑ま

しく二人を見ている。

柿谷「あ、すいません、明日使う機材のレン

タルをお願いしたいんですけど」

機材屋の声「はい、身分証のコピーをFAX

で送って頂けますか?」

柿谷「はい。(ハッとして)身分証!」


〇 海(夜)

  海沿いでキスをしている高崎と亜由の姿。

  海に浮かんでいる柿谷の免許証。

  免許証、月に照らされている。

  免許証、どこまでもどこまでも果てしな

く流されていく。

終わり


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