傷心自殺
僕は悲鳴にならないような悲鳴をあげていた。
髪の毛から皮膚、肉、骨に至るまで、僕の全てが途轍もない速度で燃焼している。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああッ──!」
自分が燃える事なんて未だかつて想像した事もなかったが、それでも「想像を遥かに絶する」ような苦痛が、激痛が僕を襲う。
身に携えた『鉄血』が熱に耐えかねて溶解していく。
刀を失って、そして──。
「!!」
目が覚めた。時計が秒針を刻むカチカチという小気味の良い音が、今ではやけに不気味に感じた。
「──夢か。」
荒い呼吸を落ち着かせながら、携帯を見やると、それは午前10時を指している。
睡眠時間的におよそ6時間。
よし。目覚めの悪い朝ではあったけれど、1度睡眠をとったんだし、しばらくはまた活動が出来るだろう。
僕は布団から身を起こし、洗面台へと顔を洗いに向かった。
しかし、そこには。
僕の見たくないもの──というより、見てはいけないものがあった。
「おはよ、カズくん」
「え……」
寝ぼけ眼だったためか、即座にリアクション出来なかったのだが、そこには確かに、咲がいた。
一糸纏わぬ、裸で。
浴室の電気が点いている。どうやらシャワーを使用したらしい。たしかに彼女の綺麗な髪からは、シャンプーの良い匂いがした。
結局僕は洗顔を終えてから、改めて咲と顔を合わせる。僕には聞くべきことが色々あった。
『第壱問目』
「なんでシャワー浴びてるの、お前…。」
「うん?今日学校休みだし、カズくんのとこに顔出しに行ってあげようとしたんだけど、転んで汚れちゃってさー。」
たはは、と笑いながら咲は言った。
「あれ、今日休みだっけ──?」
「そうだよ、開校記念日。」
長い間学校に行くことの無かったせいで、そういった感覚がどうやら麻痺しているらしい。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
『第弐問目』
頭の中で思考を切り替える。
「ちょっとは隠すぐらいしろよ、女子高生だろ」
「え?でも部屋にはカズくんしかいないじゃん」
「俺がいるだろ………。」
「だって隠すのってさ、コソコソしてるみたいで嫌じゃない?私は自分に自信を持って生きてる女だからね、そこら辺は大丈夫なのっ」
咲は胸を張った。
やめろ、そんな状態で胸を張るな……。
別に誇らしげなだけであって、「胸を張る」にそういう胸部を強調するとか邪な意味は元からないけれど。
「それに」
咲は続ける。
「別に私の身体を見たところで、カズくんは欲情したり淫らな妄想に耽ったりする事はないもんねー?」
にやり、と妖艶な微笑を浮かべてこちらを向いた。
「……………………うん、まあ、たしかに?別に僕はいつもお前に感謝してるんだ、女子高生と言えど同級生と言えど、恩のある人に対してそんな下劣な妄想に走る事は無いさ、安心しろよ。」
大嘘だった。冷や汗かきまくってたし。めちゃくちゃ動揺したし。
──違う。
こんな普段みたいな、益体のない、楽しい会話をしている場合じゃない。
僕は告げなければならない。こいつともう関われない、いや関わりたくないということを。
誠志郎さんの事を告げる必要までは無いにしろ、それでも僕にはお前と関わっちゃいけない理由がある。
当初は「もう僕になんか構うな、お前なんて嫌いだぜ」と、どす黒い気分で辛辣な言葉を投げかけるつもりだった。それで縁を断ち切るつもりだったけれど、やはり憚られてしまう。辛い。それこそ、身を焼かれるような苦痛だった。
なのでどうしようもないヘタレな僕は、別の質問を投げかけてみる。
『第参問目』
「なあ、お前さ──。」
「怪物絡みの件、どうして僕にここまで親切にしてくれるんだよ──。」
怖くはないのか?
「?」
どうしてそんなことを聞くのか、と彼女は僕に問う。
「お前、出雲に攫われたりした事だってあっただろ……なのにどうしてそれ以来も、ここまで献身的なんだって言ってるんだよ。」
「別に怖くないよ、カズくんの為だもんっ」
快活に、いつも通りに笑う彼女に対して、僕は初めて、心の底からムカついた──そして。
「ふざけんなよ!」
僕の怒声が、部屋中に響き渡る。
「え…………?」
咲は心底動揺している。狼狽している。混乱している。困惑している。
でもそれでいい。このまま上手く行けば、僕はこいつと、縁を切れる。
「お前、本当に癪に障るやつだぜ」
「お節介がうざってえんだ、お前の優しさなんて、最初から必要ねえんだよ。余計な事に首を突っ込むな──。」
僕は続ける。
「お前は、人間なんだから」
部屋に静寂が走った。
両者、沈黙。
その後に咲が口を開いて、
「ごめんね、ありがとう」
と言って、咲は力無く笑ったまま部屋を去った。
あいつは最後に、僕にお礼を言ったのか?
なんで?
顔が火照って熱い。咲の胸を見たからとかじゃない。胸の内を見たからだ。
咲の心を──優しさを、見たからだ。
僕は涙が止まらなくなった。どうしようもない辛さに耐えることは出来なかった。悲痛と苦痛に塗れたこの状況で、僕は赤子のように泣き喚き続けた。
でも、これでいい。
これで心置きなく、3人目のマンイーター、「蜜」との決戦に赴ける。
深夜まで休むことなく泣き喚き続けた後は、結局、日付が変わって午前2時。
僕は大浦大公園にいつもの如く出向くのだった。
これからの細かい展開が思い浮かばない。
僕、ピンチ──!