NOISE
後日談。
やっぱり、八代──もとい井上 誠志郎とは似たような境遇にあれど、根底が大きく異なったため、僕は彼を理解出来なかった。
いや、恐らく理解は出来たと思う。それでも、僕は彼の言葉を認めるわけにはいかなかった。
そして、咲に関して。
幼き頃、父親が怪物になってしまった事件だって、何も無かったものとして、平穏無事な日々を過ごしていたのだろう。それでも彼女は父親の事を忘れはしなかったし、出来なかっただろうけれど、少なくとも、そういうのとは無縁な存在でいることができたはずなのだ。
僕にさえ、出会わなければ。
僕が最初に、咲に電話して、怪物の件を話した時。
彼女はどんな気持ちだっただろう。
………………泣いていたのだろうか。
僕だったら辛さのあまり多少は取り乱してしまうだろうし、見えない因果を恨むのだろう。
いくら健気な咲とはいえ、やるせない気持ちになってしまうだろう。
だったら、僕に出来ることは。
もう二度と、彼女と関わらない事じゃないだろうか。
同級生なのだから、全ての縁を切る事は難しいけれど、金輪際会話をしないってことくらいは可能だろう。
思い立った僕は、その時頬を伝っていた涙に気づくこともなく、携帯から咲の電話番号やらアドレスやらを全て削除して、無気力なまま、僕の住まうアパートへと帰った。
深夜0時30分。
………小腹が空いたな。
でも、何も"食べるもの"もないし、いいや。
鬱屈した気分を晴らしたくて、爻の本棚から適当に本を取り出して読む。
…ライトノベルか。
タイトルは「HELD」。
バトル物だけれど、戦闘描写が克明で、また細部まで描かれていたため、僕のお気に入りの本の一つだった。
半分くらいまで読み進めていると、爻から電話がかかってくる。僕は読んでいるページに栞を挟んでから、ゆっくり「着信」のパネルを押した。
「もしもし、夜分遅くに申し訳ないね。まぁ君の場合、夜遅くこそが活動が活発になれる時間帯なんだから、別に罪の意識なんてないけどさ。」
……何だこいつ。鼻につくやつだな。
苛つきをあえて顕にするように僕は言う。
「何の用だよ」
「ははは、そう怒るなよ。僕だって用件無しに電話するようなヤツじゃない。」
さて、と一拍置いて、爻は続ける。
「今君が生きているって事は、恐らく踏ん切りがついたのだろうね──。人間としての意識を捨てたわけだ。君はもう完璧な怪物。それはつまり──。」
爻はそれを知っていたのか。まぁ、「迷いを捨てろ」って見透かしたようにわざわざ戦闘に向かう前に告げたくらいだし?別に不自然ではないな。
「つまり?」
意味深長な物言いをする爻に、結論を催促するように僕は返す。
しかし。
「それは………つまり…………君は……………てしまうと言うことさ。」
急に砂嵐がかかったかのようにノイズが混じり、、電話の音声が聞き取りづらくなった。
そのうち「ブツッ」という音が鳴り、通信は完璧に途絶えたのだ。
「?」
この僕のなんと愚かしいことだろうか。
その状況を、当時の僕は、不思議に思いながらも、不自然には思わなかった。
頭の中に疑問符を浮かべつつも、栞を抜き取ってから読書を再開する。
結局40分くらい経って読書も終盤シーンに差しかかったあたりで、スマホのメッセージアプリの方に、『悪い、さっきは電波の届かないところに入っちまってね』と爻からの着信。
そのまま僕は、『お前今どこにいるんだ?』とメッセージを返すが、それへの返信は、なぜか届くことは無かった。
釈然としないなあ。代わりに愕然とするような事実を突きつけられるよりマシだし、唖然とするような言葉をかけられるよりもマシだし、呆然とするような話を持ち出されるよりはマシだけれど。
そもそもこの「怪物」の話事態がその全てに該当していて、かつ漠然としたものなのだから今更どうということはないけれどさ。
釈然としないのに、愕然とするし唖然とするし呆然とするような、漠然とした話。
結局気づけば、本は既に読み終えてしまっていた。
午前1時20分。
気分転換に外に出てみると、ビルの明かりとかも殆どが既に消えていた。
僕にははっきり見えても、本来のところは真っ暗闇であろう空間が渺茫に広がっている。
冷たい夜風が首筋をさらりと撫でて気持ちが良い。
僕は夜が好きだけれど、今となっては夜でしか主な活動は出来ないのを考えると、なんだか変な気分だった。
少しだけ、視界が眩んだ。立ちくらみだった。
「……………っ」
ここ数日は2人のマンイーターと戦闘を繰り広げ、またろくに睡眠もとっていなかったため、体が疲弊しきっている。
いくら若干の飲まず食わず眠らずで無理が出来る体とはいえ、さすがにそろそろ眠らないとまずいと判断したため、僕は部屋に戻って明かりを消し、就寝準備にとりかかる。
別に消灯をした所で夜でも目の利く僕の視界は殆ど変化しないけれど、それでも節電というやつだ、消した方が良いだろう。
やがて準備を終え、憔悴しきった疲労困憊のその身をベッドの上に投げる。
「…それじゃあ、お休み。」
僕は誰に言うでもなく、一人でその言葉を呟いた。午前3時45分のことであった。
この時僕は重大すぎる、悲痛すぎる、明瞭すぎる、残酷すぎる真実に、まだ気づいていなかった。
──つまりは、本を全て読み終えても、最後の一ページだけ、気づかずに読み飛ばしてしまっていたのと同じように。
あと1話くらい戦闘じゃない話が展開され、後に2~3話程度の戦闘シーンを挟みます。よろしくね。