VS八代 後編
八代の構えた怜悧な樹刀は、一直線に僕の腹部を貫通した。
腹部から尋常ではない量の血が溢れ出て、口の中にも血の味が広がる。
めちゃくちゃ痛てぇよ、ちくしょう…。
「ぐうううぅっ…………!!」
正直言って、呼吸をするのさえ苦しいが、僕は口を動かそうともがく。
そして精一杯、ゆっくり、音を発する。
「……お前の境遇は、やっぱり僕とは似ていない──大違いだぜ。」
「お前は違くても、僕には怪物になって良かったと思える事が、一つだけ、あったよ。たった一つだけだが、その一つで僕は充分だ。」
訝しげに眉間を動かしつつ、八代は僕に問う。
「ほう、聞いてやろう。言ってみろ。」
「僕には、恩人がいる。」
他人にはとてつもなく無関心で興味がなく。
自分の事をとんでもなく嫌っているこの僕にも気さくに接してくれて。
人間でなくなってしまっても変わらずに接してくれて。
手助けまでしてくれて。
僕の無事を、本気で願ってくれていた恩人が。
「僕は、その恩人を、同じ人喰いの怪物から救ったことがあるぜ…。その時は本当に心の底から────生きていて良かったと、そう思ったよ。」
勿論、僕が化物になってしまったが故に、彼女を危険に晒してしまったが為、「おあいこ」どころじゃなく、100パーセント僕に落ち度があったのだろう。
それでも。
僕がアイツを、助けたんだ。
「僕はそういう意味で、この力に感謝しているんだ。お前とは、やはり違う。」
腹部の出血は未だ止まらない。
八代は僕の話を一通り聞き終えて、ゆっくりその意味を反芻してから、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうか──。やはりお前に私の事は、分からんか…。」
「ならば消えろォッ!!!」
その咆哮と共に、奴の腕が、大剣が、再び振られた。
刀身が僕の身に触れる寸前に、ありったけの声で、怪物の肺活量で、僕は叫ぶ。
「だから僕は、アイツのためなら、」
「『自分』を捨てる。」
──この時、僕は直感で理解した。
あの時の爻の、「迷いを捨てろ」という言葉は…。
「人殺しを躊躇うな」という言葉の意味は、てっきり僕は八代を殺す事を躊躇うな、という意味だったのかと思っていたが、たぶん、「人間である僕を、人間でありたいと思う僕を"殺す"事を躊躇うな」という意味なのではなかろうか。
──迷いはもう無い。
──僕はもう、完全なる化物、『マンイーター』だ。
そう叫んだ瞬間、何かに反発するかのように、八代の振り下ろした刀剣は弾かれた。
ふと目を見やると、腹部から溢れていた夥しい量の血液は、一箇所に集中してから、生き物のように蠢いて変化した。
──一本の、刀剣へと。
理解と言うか、確信に近いものがあった。
僕の能力は砂鉄に反応するわけではなかったのだ。
「鉄分」そのものに反応していたのだろう。
そして恐らく、その力を最も強く引き出せるのが──血液。
僕自身の血で創り出された日本刀、名前はそのまま読んで字の如く──『鉄血』だ。
僕はそのまま、八代に向かって走り出す。
無数に僕に襲いかかる、ヤツに召喚された巨木の幹を軽々と躱しつつ、その巨大な体躯に飛びかかる。
「ぐおおおおおおおおッ──!!」
僕は、それこそまさに怪物の如し咆哮を上げながら、八代の喉に『鉄血』を突き刺したのだ。
勝負は決した。
血を噴出しながら八代は地に倒れ、霞む目で僕に尋ねた。
「少年よ──。お前の名を教えて欲しい。私の永年の苦悩を、いとも容易く振り払った、お前の名を──。」
僕は少しだけ逡巡して、「鎌田 和成」と名乗ったのだ。
すると。
「そうか、ありがとう…。私の名は………。」
「?」
八代じゃないのか?
「私の、『本当の名前』は……。」
本当の名前?
人間だった頃の、名前?
「井上 誠志郎だ」
そう言って、八代──いや、井上は、物言わぬ肉塊となったのだ。
相当な負傷を負ったせいか、さほど時間もかからず塵となって散っていった。
ん?
井上──?
そういえば、やつには娘がいたそうだな。
「……………………!」
僕はようやく気づいた。ヤツは──井上 誠志郎は、井上 咲の父親だったのだ。
少し前、咲と話していた時、「私には父親がいないの」という言葉を聞いたことがあった。
気まずい雰囲気があって、あまりそれを追求する事はしたくなかったのでその話題はそこでやめたのだが。
咲は、マンイーターの存在そのものは昔から知っていたのだ。
その恐るべき力を持った自分の父を忌避し、何事も無かったように長い間過ごしてきたはずなのに。
あろうことか、再び化物に出会ってしまったのだ。
この僕に。
戦闘シーン書くの楽しいっすね。
鉄分云々の知識に関してはガバガバなの許して