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夜の國  作者: 帝
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嫌悪、厭世、自虐、破滅。

出雲との死闘を終えたものの、どうやら勘違いをしていたことがあった。

出雲が僕に「人喰い(カニバリズム)」を喰らった後、彼の姿は霧散した。僕はそれを、「出雲が純血のマンイーターであるが故」と解釈していたのだが、どうにも違うようだ。

爻に確認をしたところ、怪物だろうと斬られれば出血はするし、死骸は朝日に当てられるか、或いは長時間経過すれば消滅はするけれど、霧散なんてケースはないらしい。

──どうやらその霧散。霧になる、というのは、ソイツが能力で逃走しただけなんじゃないか。

そう言われたのだ。


「出雲はまだ、生きているのか?」

僕はベッドの上で独りでそう呟いて見たが、いくら思考したところで答えは見つかるはずもない。

知らないことが多すぎるから。


結局、井上の「好きなご飯作ってあげる」っていうのは、まぁ僕は好き嫌いも特にないからなんでも良かったんだけれど、それでは井上の気持ちを蔑ろにしてしまうような気がしたため、無難に豚肉の生姜焼きを作ってもらった。



その次の日の事である。

井上は学校があるので今現在はここにいない。

爻もどこかに姿を眩ませている。大方次に戦う事になる奴と話をつけに向かったのだろう。


こうなると特にすることもなく(本はほとんど読破してしまった)、僕はただひたすらに頭の中で鎖のように絡まり続ける疑問を一つ一つ解こうと試みる。


大きな疑問が、僕の心に蟠っていた。

昨夜、井上は僕の夜ご飯として、豚肉の生姜焼きを作ってくれていたのだが、その際、何やら調理器具で指を怪我してしまったらしい。

料理で負う怪我としては比較的深刻なもので、出血も幾分か多量だった。

それでも日常生活は普通に送れるほどのものなので、特に心配はないのだが──。


その時わずかに、井上の血の匂いが部屋に充満していた。

何故だ?

血の匂い、ましてや他人の血液なのに、そうもハッキリ感じるものなのだろうか。

一度、「人喰いの化物として、人間の血液に敏感になっているのではないか」という仮説を立ててはみた。

つまり、食料として人間を見てしまっているのではないか、ということだ。


でも実際、井上を食べたいなんて思っているはずもないし、それを考えるのはとても気分が悪いものなので、僕は即座にその仮説を崩した。



…やっぱ、嫌な気分だなあ。

次に戦う相手は──確か「復讐者(リベンジャー)」の異名を持っていたな。

たしか名前は…「八代」。

復讐者ねえ。

過去に何か、怪物としての因縁でもあったのだろうか。

あるいは、元々は人間で、怪物になってしまったがために、迫害を受けてしまった──とか。

それなら。



同じ立場、境遇にありそうだ、少しは自分の苦悩や葛藤に塗れたこの気持ちも分かってくれるのではないか、なんて少し嬉しくなってしまった。

そんなわけないだろうが。

煩雑な気持ちを振り払うかのように、僕は白い布地に覆われた広大なベッドの上で寝返りを打った。


………………………。

壁際に、僕がここに来た時に着ていた学生服がかかっている。

白いワイシャツに、青いブレザーに、赤のネクタイ。

人間だった頃を思い出す。

僕がまだ、人間だった頃。


何の特技も趣味もなく、ただ適当に生きている自分が嫌だった。

友達もおらず、大切な人もおらず。

僕を苦労して産んでくれた親に対して冒涜的な、侮蔑的な思考方向であることを承知した上で、「自分の生まれてきた意味は何か」なんて漠然としたことを何度も考えた。


漠然としたことを考えているせいで、釈然としない答えしか浮かばなかったけれど。


そんなことを思い出した。

人間だった頃のことを。

自分嫌いだった頃のことを。

非生産的で愚劣で最低で最悪で無価値で傲慢で劣悪で醜悪な自分のことを。


そのうち考える事が億劫になって、また同時に命がすごく邪魔に感じた。


故に、僕は顬に爪を立て、ひたすらに掻き毟る。

手を動かしている間は、そんな益体もないことを考えずとも済むのだろう、と。

これもまた僕らしい、浅はかな考え方だ。

怪物として怪力を得たからか、豆腐にでも触れるかの如く、指がズブズブ頭に沈んでいく。

そのまま下に振り下ろす。


肉が千切れ、大量の鮮血が溢れ出る。

痛い。けれどなぜか安心する。

肉が破れ、多量に鮮血が溢れ出る。

安心する。だがしかし、とても痛い。


何度も何度も同じことを繰り返していたが、それでも傷口は瞬時に回復する。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁッ──!!!」


僕は意味もなく咆哮する。

いや、意味はあったのかもしれないけれど、それでも価値はなかった。


手には既に乾燥していて、赤黒くなった血が張り付いている。しかしまたそこに新たに流れ出る血液を浴びる。


結局同じことを繰り返し続けて、疲れ果てた時。

どうやら僕は泣いていたらしく、目の下が赤く腫れ、とても無様な姿だった。


携帯が鳴る。

『鎌田 爻』の名前の元に、彼の電話番号が表示され、さらにその下には『着信』『着信拒否』という2つのパネルが点滅していた。


僕は何用かと思い、虚ろな目で虚ろな思考のまま携帯を手に取って、『着信』を押した。


「………………………なんだよ」

僕はぶっきらぼうに爻に問う。

「復讐者と話がついたよ。今日の、23時。大浦公園に来てくれ。それと──」

スムーズに用件を伝えた爻は、その後に一拍置いて、


「怪物であり、異形とはいえ、奴らは人間とほぼ同義だ。それこそ人外として、人間離れした力を持っていれど、彼らにも意思があるし、自我があるし、人格もある。その点においては人間と同義なんだ。」


「………それで?」


「つまりは、だ──和也クン。」


「人殺しを躊躇うな。」

声のトーンを落とし、迫力のある声で静かに告げた。


そして爻は続ける。

「迷いを捨てろ」



そこで電話は一方的に切られた。

時計は現在、午後6時を告げている。

……そろそろ井上が、学校から帰ってくる頃かな。

僕はそうして、布団からようやく起き上がったのだ。

ほとんど地の文になってしまいました。ごめんね。

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