人嫌いと人喰い
日曜日。
朝8時頃で、既に日が昇ってはいたのだけれど、どうやら日光を直接浴びない限り…つまりは、僕は室内にいれば身の安全は保証されているらしかった。死体の部分が腐敗する様子も特にはなかった。
「おはよーっ」
相変わらずの元気な声が部屋に響き、パーカー姿のポニテ少女、井上が食べ物やら何やらを色々持ってきてくれた。
彼女はどうにも背が高く、座っている状態で見上げると一層迫力があるというか、威圧感があるというか…。
まぁ、それでも良いやつなのには変わらないし、話すと面白いし、笑うと可愛いんだよな。
「おはよう、井上」
僕はいつも通りの調子で挨拶を返してみた。
「食べ物と着替え持ってきたよ。制服のままじゃ動きにくいだろうしさ。それから…」
僕は井上が持ってきてくれた物資に関する説明を一通り聞いてから、買ってきてくれたパンを食べようとしたのだけれど。
「井上?」
僕は訝しげに問うた。
「うん?」
井上は何でもなさそうに反応した。悪意はないらしい。
「これ、僕のなの?」
アンパンと牛乳。
僕のためにわざわざ労力を割いて色々買ってきてくれたので、文句をつけたくはなかったし、文句をつけるつもりだって毛頭無かったのだが、何だろう、このチョイス…。
「そうだよ、カズくんにはこういうの必要でしょーっ」
へへへ、と笑いながら伸びをして、ゆっくり答えた。
「僕は張り込み捜査の刑事でも何でもねぇよ!」
どんなイメージを持たれてるんだ。
まぁ、嫌いじゃないからいいや。
「「いただきます」」
うわ。
甘い。
めっちゃ甘い。そして美味しい。
パンよりご飯派だった僕だけれど、このアンパンはめちゃくちゃうまかった。
アンパンマンのアニメで空腹を訴えてたモブキャラは、皆こんな気持ちだったんだろうか…。
それにしても井上、よく運動するタイプだからなのか、食事が早く、既に漫画を読んでいる。
ここの建物、やけにボロボロだけれど、なぜか書物だけは品揃えが良かった。
ジャンルも見事に多種多様で、ライトノベル、古典文学、SF、アクション系、推理ものなど…。
爻の趣味と本人の口から聞いていたけれど、どつやらかなりの濫読派のようだった。
井上は井上でマイペースに漫画だけ(純文学作品とかは苦手らしい)を漁っていたが、それにしても美しい顔立ちだった。
白い肌は透き通るようであったし、艶やかな黒髪が靡いていて、身体全身がスラリと綺麗なラインを描いている。
あとは胸。
大きいのはそうなんだけれど。
なんだろう、なんか…
今までに女子との交流が無さすぎたせいで、こういう生で見る巨乳に耐性が無い。
対人経験値を積んでおくべきだったか、ちくしょう…。
そんな感じで井上を眺めていると、向こうも僕の視線に気がついたらしく、顔を赤らめながら、「え、何っ!?私何か変かなっ!?」と焦っていた。
うーん。
可愛い。
それからしばらく閑談を楽しんだが、向こうも気を遣ってくれたのか、件の──「マンイーターとしての僕」の話題には触れようとしなかったし、いつもと何ら変わりなく接してくれた。
それが非常に嬉しくて、ありがたかったのだ。
午後5時頃には、井上が帰宅せんとして、僕の住まう借家アパートを去った。
──その3時間くらい後の事だろうか。
その時僕はなんだか眠くて、ソファーで眠っていたのだが、いつの間にやら帰宅していた爻に叩き起され、そのまま耳を疑う話をされた。
「1人目のマンイーター…文字通り人喰いの怪物、<出雲>が井上さんを人質にとってしまった…」
結局のところ、約束として確立できたのは、同日の22時、このアパートの近くの大公園にての決戦らしい。
決戦という大仰な言葉を用いたところで、まだ一人目なのだが…。
場所が大公園というのは、そもそもこのアパート周辺が人目につきにくく、かつ夜なので、他者の干渉のリスクが低いのと──なるべく広い方が良い、といった爻の計らいらしい。
あとは、まぁ、公園なのだから、砂が多量にある。
砂鉄を扱う僕的には、結構良い場所なんじゃないのか、なんて思えたりもした。
身長は190cmとかなりの大柄の男で、髪の毛の尖った短髪。
常に漆黒のスーツを纏い、眼鏡をかけていて知的な雰囲気を漂わせているが、文字通りのカニバリストである。
そして大きな鋏を使う。勿論、"武器"として。
大まかではあるが、これが、僕が爻から聞いた出雲の特徴だった。
アパートを出て、5分ほど歩いたところにその公園はあった。
大浦公園。
僕も『夜の國』の住人──怪物であるためなのか、夜の風景には目が慣れていた。というか、これも一種の恩恵なのだろうか?
暗闇の中でもしっかりと目が利いていた。
そしてそこに、ソイツはいた。
「お友達は預かってるぜ、怪物クン?」
妙に甲高い、鳥のような声。
しかししっかりと根底に迫力のこもったような声で僕を挑発した。
そしてそこには、大木の幹に縄で縛られている井上がいた。腕も足も体も、しっかりと縛り付けられていたが、無論、口も縛られているため喋ることすら許していなかった。
「…その呼び方じゃ、怪物ランドの王子様じゃねぇか。僕は狼男やドラキュラやフランケンみたいな仲間を従えているわけじゃない。一人だ。」
そう、独りだ。
「出雲ッ…………!」
僕は目一杯、ありったけの力を込めて地を踏み、出雲に駆け寄ったのだった。
1人目のマンイーター、出雲との決戦開始です