不和
俺はわざわざ朝っぱらに早起きして、目的地とされる彼女の家まで"跳ぶ"。
人通りのない裏路地を疾風のように駆けて、"井上"という表札が掲げられた大きな一軒家の前までやってきた。
全くやれやれ、表裏の存在とはいえど、自分の対極の存在の失敗の後始末は骨が折れるぜ。
まあ和成自身とか井上嬢からしたら俺は裏の存在だけれど、俺から──鎌田 爻の視点から見れば、俺自身こそが表であいつらこそが裏なんだ、自分の失態とも言えなくもないかもしれない。正直なところ、そこはよく分からない。
和成を"表の存在"だなんて定義づけてるのはこいつらと──。
後は、"今これを読んでいるそこのお前"くらいかな。
俺は深呼吸をし、彼女の家のドアノブに手を伸ばす。
ここでインターホンを押さずにドアを開けようとするのは、些か非常識であること自体は心得ているのだが、鎌田 爻たりえる者としては"常識"で定められた狭い枠に収まるわけにはいかない、そんな信念を貫徹していた。それも精神論だし、結局は閑談につきるため、詳しくは記すまい。
──俺たちは、"一体じゃない表裏"。
──僕たちは、"一体じゃない表裏"。
いつだったか爻に言われたそんな言葉を思い出しつつ、咲の身体を抱きしめ続ける。
不思議と今だけは、いくら年頃の女体に抱きつこうが何をしようが、"食欲"は湧かなかった。
食欲減退。
いやはや、僕の場合に限れば、これはとても良いことなのだった。
しばらくそのままの体勢でいると、咲が僕の肩を軽く叩いて「それでね」と優しく囁く。
「うん?」
「爻さんから伝言を頼まれたの。今日でもないし明日でもない、日の変わり目。境界線。深夜0時。"いつものとこに"──って。」
いつものとこ。
大浦大公園。
「分かった、ありがとう。」
僕は口元をキュッと引き締めて、力強く笑ってみせる。
その後僕は最も人間らしい一時を咲と一緒に過ごした。
ご飯を一緒に食べたり、"友達"らしく遊んだりして、雑談に華を咲かせ、もう"何をしても面白い"感じのテンションになってしまい、二人で大笑いしあったのだ。
23時40分。
何だかんだ楽しい時と言うのがあっという間に過ぎてしまうのは、この世で無情な神の仕打ちの一つだと、そう思ってから家を発つ。
咲はそんな僕を無言で見送った。とても優しくて、とても悲しい眼差しで。
僕は夜の街を──。
夜の國を、駆ける。
地を「とん、とん、とん」と蹴り鳴らし、空を切り裂く。
僕を睨むような冷たい風を受けて、大浦大公園に到達。
「やあ、待ちかねたぜ?」
「ああ、待たせたな。」
僕たちはある程度距離を置いて、というか広大な公園の土地の端と端にお互いが位置してから、会話を続ける。
「俺が何を言いたいか、分かって来たのかな?」
「………さあな、検討もつかないぜ」
木々が揺れる。
「"人間"にさ──。本当は表裏なんて概念、無いんだよ。全て皆等しく、かのメビウスの輪よろしく表裏は統一されている。分離することなんて有り得ないのさ。」
爻は続ける。
「もし表裏が分離したら。一体では無くなったら。戻す方法はただ一つさ。理不尽でも不条理でも不公平でも不可思議でも、この選択をとるしかないのさ──俺らは。」
「つまり──」
爻が続けようとした言葉を、僕が遮る。
「つまり、どちらかがどちらかを──殺す。」
「…………………………………………………………………………。」
「…………………………………………………………………………。」
沈黙。
爻がようやく、再び口を開く。
「ご名答。大正解だぜ、鎌田 和成クン。そして君には、俺を倒さなければいけない理由があるはずだ。」
「理由なんてねえよ、僕にあるのは──責任だ。」
僕には薄々勘づいていたことがある。
勘づいていたというより、在り来りすぎて、また荒唐無稽すぎて、その選択肢を無意識のうちに無いものとして考えていたのだろう。
やれやれ、とんだ徒労だったぜ。
僕はその事実を、今ここで、はっきりと声に出した。
「四人目のマンイーター『怪物狩り』は────。」
「鎌田 爻、お前だッ!」
「鎌田 爻、この俺だッ!」
二人の台詞が同時に周囲に反響する。
それと同時に、お互いの足が地を蹴った。
僕は、『鉄血』を握りしめて。
爻は────────。
最終章。




