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夜の國  作者: 帝
16/19

不和

俺はわざわざ朝っぱらに早起きして、目的地とされる彼女の家まで"跳ぶ"。

人通りのない裏路地を疾風のように駆けて、"井上"という表札が掲げられた大きな一軒家の前までやってきた。

全くやれやれ、表裏の存在とはいえど、自分の対極の存在の失敗の後始末は骨が折れるぜ。

まあ和成自身とか井上嬢からしたら俺は裏の存在だけれど、俺から──鎌田 爻の視点から見れば、俺自身こそが表であいつらこそが裏なんだ、自分の失態とも言えなくもないかもしれない。正直なところ、そこはよく分からない。


和成を"表の存在"だなんて定義づけてるのはこいつらと──。

後は、"今これを読んでいるそこのお前"くらいかな。

俺は深呼吸をし、彼女の家のドアノブに手を伸ばす。

ここでインターホンを押さずにドアを開けようとするのは、些か非常識であること自体は心得ているのだが、鎌田 爻たりえる者としては"常識"で定められた狭い枠に収まるわけにはいかない、そんな信念を貫徹していた。それも精神論だし、結局は閑談につきるため、詳しくは記すまい。


──俺たちは、"一体じゃない表裏"。











──僕たちは、"一体じゃない表裏"。

いつだったか爻に言われたそんな言葉を思い出しつつ、咲の身体を抱きしめ続ける。

不思議と今だけは、いくら年頃の女体に抱きつこうが何をしようが、"食欲"は湧かなかった。

食欲減退。

いやはや、僕の場合に限れば、これはとても良いことなのだった。

しばらくそのままの体勢でいると、咲が僕の肩を軽く叩いて「それでね」と優しく囁く。

「うん?」

「爻さんから伝言を頼まれたの。今日でもないし明日でもない、日の変わり目。境界線。深夜0時。"いつものとこに"──って。」

いつものとこ。

大浦大公園。

「分かった、ありがとう。」

僕は口元をキュッと引き締めて、力強く笑ってみせる。


その後僕は最も人間らしい一時を咲と一緒に過ごした。

ご飯を一緒に食べたり、"友達"らしく遊んだりして、雑談に華を咲かせ、もう"何をしても面白い"感じのテンションになってしまい、二人で大笑いしあったのだ。


23時40分。

何だかんだ楽しい時と言うのがあっという間に過ぎてしまうのは、この世で無情な神の仕打ちの一つだと、そう思ってから家を発つ。

咲はそんな僕を無言で見送った。とても優しくて、とても悲しい眼差しで。


僕は夜の街を──。

夜の國を、駆ける。

地を「とん、とん、とん」と蹴り鳴らし、空を切り裂く。

僕を睨むような冷たい風を受けて、大浦大公園に到達。


「やあ、待ちかねたぜ?」

「ああ、待たせたな。」


僕たちはある程度距離を置いて、というか広大な公園の土地の端と端にお互いが位置してから、会話を続ける。

「俺が何を言いたいか、分かって来たのかな?」

「………さあな、検討もつかないぜ」


木々が揺れる。


「"人間"にさ──。本当は表裏なんて概念、無いんだよ。全て皆等しく、かのメビウスの輪よろしく表裏は統一されている。分離することなんて有り得ないのさ。」

爻は続ける。

「もし表裏が分離したら。一体では無くなったら。戻す方法はただ一つさ。理不尽でも不条理でも不公平でも不可思議でも、この選択をとるしかないのさ──俺らは。」

「つまり──」

爻が続けようとした言葉を、僕が遮る。

「つまり、どちらかがどちらかを──殺す。」


「…………………………………………………………………………。」

「…………………………………………………………………………。」

沈黙。


爻がようやく、再び口を開く。

「ご名答。大正解だぜ、鎌田 和成クン。そして君には、俺を倒さなければいけない理由があるはずだ。」


「理由なんてねえよ、僕にあるのは──責任だ。」

僕には薄々勘づいていたことがある。

勘づいていたというより、在り来りすぎて、また荒唐無稽すぎて、その選択肢を無意識のうちに無いものとして考えていたのだろう。

やれやれ、とんだ徒労だったぜ。


僕はその事実を、今ここで、はっきりと声に出した。

「四人目のマンイーター『怪物狩り』は────。」



「鎌田 爻、お前だッ!」

「鎌田 爻、この俺だッ!」


二人の台詞が同時に周囲に反響する。

それと同時に、お互いの足が地を蹴った。

僕は、『鉄血』を握りしめて。

爻は────────。

最終章。

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