無反応の意味すること
――敵アジト前
今はひたすら、前方の港を見つめている。
そこから船が出てくる様子はまだない。
トムの船は港に対して垂直に向き、いつでも大砲を放てる体制になっていた。
「トムさん。どうですか?」
部下の一人がトムに話しかける。
「いや、まだ何も動きがない」
トムは双眼鏡を外しながらいった。
「トムさーん」
見張りの一人から声が聞こえる。船の上の方からだ。
「まだ誰も解放されてないみたいですー!キロックさんからの船からの旗命令は依然ありませーん!」
「了解」
トムは大きな声で返事をした。
「トムさん。おかしくはありませんかね」
部下の一人がまた話しかける。
「船長たちが潜入したんだから、ドンパチの音が聞こえてもいいはずなのにそれすら聞こえない。……逃げてくる海賊の一人も見えない。……何か変じゃありませんか?」
トムはうむ、とうなずく。
「俺もそれは気になっていた。……だが、だからといって行動ができるわけではない。もうしばらく様子を見よう」
そう言った時だった。
「トムさん!」
もう一人の見張りが双眼鏡を構えながら叫ぶ。
「港から向かって左……島のかげから……軍艦です!」
「なにぃ!?」
トムは慌てて双眼鏡を構える。左……島の影から……軍艦……!!
「海軍ですかい!?」
部下の一人がきく。
「いや違う……」
トムはすぐに旗を確認した。
「シンバ海賊団……ザジだ!!」
その瞬間、見張りの部下が大きく鐘を打ち鳴らした。甲板が大きく揺れ動く。
「慌てるなみんな!」
トムが大きな声を出して制止した。
「いいか。こういった時にこそ統制のとれた行動が必要だ。
……ジャック!」
「はい!」
ジャックは大きな声をあげて返事をした。
「お前は旗を使ってこのことをキロックさんに伝えるんだ」
トムは次に見張りの方を見上げる。
「バルジ!」
「はい!」
「お前は見張りを続けろ。他からもくるかもしれん」
「了解!」
トムは甲板へと顔を向ける。
「残りのみんなは大砲の準備だ。……今もう一隻の船は、救助のため戦闘に参加できない。
やつらの標的がキロックさんの方へそれないよう、全力で暴れるんだ!いいな!」
「了解!」
その一言を最後に先ほどまで静かだった船上はばたばたとあわただしくなる。
「目標、敵軍艦!」
それを合図に船は少し左回頭した。軍艦と海賊船……。戦力の差は圧倒的だったが、なんとしてでも止める必要があった。
「大砲放てー!」
それを合図に海賊船から十数の砲弾が放たれる。
弾は様々な斜線を描いて軍艦へと命中する。
しかし、爆炎は見えども軍艦への傷はこれっぽっちも見えなかった。
「トムさん!」
「うろたえるなジャック」
トムは声を出して制止する。
「大砲、ありったけぶっ放せ!間髪入れるな!」
砲弾と軍艦。当たりはするが、効果がない。
ドン!
その時、大きな音が鳴り響いた。それと同時に船にすさまじい衝撃と轟音が襲い掛かった。
「命中!命中!左舷後方に命中!我が船の脇腹が吹き飛ばされました!」
「奴ら……進路方向にも大砲が打てるのか……」
見ると帆先の下から煙が上がっていた。どうやらあそこからのようだ。
海賊船はその一撃にうねり、向きが変わっていた。沈みはしないが、体制を立て直すのが難しい。
ドン!
さらにもう一発、敵の大砲が火をふいた。またものすごい轟音だった。
しかし、先ほどのは まぐれ当たりだったようだ。今度は少し遠くに船を超えるほどの水柱が現れた。
「トムさん旗命令です!」
見張りの一人、バルジが声をあげる。
「キロックさんの船から……『お嬢さんの国民、兵士の保護を開始』……だそうです」
「おーし!」
トムはニッと笑い、皆を奮い立たせた。
「みんな!もう少しでここから離脱だ!もう少し、食らいつけ!」
船から「オー!」と歓声が上がる。もう一度船体を立て直し、砲撃を再開した。
しかし……
「トムさん!」
バルジが再び声をあげる。
「どうした?」
「新手です!軍艦後方に敵海賊船一隻、現れました!」
「なにぃ!?」
トムの船は航行が難しく、キロックの船は保護を開始したところ……、どちらも満足に戦えない。
軍艦を潰せたとしても、後ろの一隻を倒せるほどの力は残っていないだろう……。
トム……いや、トムの船の乗組員全員が、その場に立ち尽くしてしまった。