戦闘前
船は夜の中を静かに進んでいた。
「すまなかった」
船長室に入った船長はリラに背を向けて謝った。
「……急にどうしたんですか?」
リラは少し戸惑ったような顔をする。
「その服の事だ。……俺は不安なお嬢さんを励まそうとみんなに服を頼んだのだが……やはり心配なのだな」
リラは少し下を向いた。手は服をぎゅっと握りしめている。
「いえ……大丈夫です。みなさんの心遣いにはとても感謝しています。私に気を使っていただいて…………」
その言葉を最後にリラの口からはすすり泣く声しか聞こえなくなった。
船長はリラを抱き寄せ、背中を優しくなでた。
「船長、今後の展開についてですが……!!」
船長室に入ってきたキロックは、その状況を見てハッと息を飲む。
船長は人差し指を鼻先に持っていき、静かに、とジェスチャーをした。
キロックは二回ほどうなずくと、静かに歩き、ココアを入れる準備を始める。
「……もう大丈夫です」
リラは目頭を指で拭った。少しだが、落ち着いたらしい。
船長はリラを静かに自分の椅子へと座らせた。
「……すいません。突然取り乱してしまって」
リラはまだ声が震えている。船長は船長椅子と向かい合う場所に小さい椅子を持ってきて腰かけた。
キロックが静かにココアを置く。
「……やっぱり、どうしてもお父様の事が心配で…………もしかしたら今、ひどい目に合わされているんじゃないかと思うと心が苦しくなって……」
その言葉に船長は少し下を向く。
「捕らえられた者たちは奴隷としてどこかに売り飛ばすという情報を得ている。商品になる者達に手荒な真似はしないはずだ。」
「奴隷……?」
その単語に、リラは敏感に反応した。顔は少しこわばっている。
「大丈夫だ。取引の予定はあさってらしい。つまり、今夜近くまで行き、朝奇襲をしかけてもまだ余裕がある。奴隷商人の船が着くころには、すべてが片付いているはずだ」
船長はリラの方をしっかり向くと、目を見ながら言った。
「約束しよう、リラ。王様は俺たちが責任をもって助けよう。だからどうか安心してほしい」
船長の真剣な表情に最初はリラも驚いていたようだが、すぐに軽く笑って見せた。
「はい!私は力になれないかもしれませんが、もしあれば言ってくださいね」
少しずつ太陽が顔を出す。
日の光を浴びると同時に、甲板は少しずつ騒がしくなっていった。
船長室に出入りする人は増え、二つの船は旗で連絡を取り合っていた。
「後十分で作戦開始の時間になりやす」
キロックは船長に伝えた。その声はどこか緊張している。
「うむ」というと船長は船の先へと歩き、進路の先を見つめた。
もうすでに敵のアジトとなっている島がそこにはあった。
「船長」
少年のラングが話しかける。
「今回はぼくもお供したい。今まで船長は、『海賊の仕事なんてやるもんじゃない』って言ってたけど、今回のこれは救出作戦だ。ぼくも一緒に戦いたい」
ラングは真剣にこちらを見つめる。
その目を見た船長は静かに口を開く。
「お前には今回、大事な任務を与えよう」
ラングはキッと命令を待った。
「ラングは姫を守れ。……必ずこの船に敵は乗り込んでくる。その時に俺たちが姫の身を心配しなくてもいいように、全力で守るんだ」
その言葉にラングは元気よく「はい!」と返事をした。
「頼んだぞ」
船長がそういうと、ラングはリラのいる船長室へと走って行った。