作戦の準備
船長は船に戻ると部下の統率と情報の獲得に追われた。だが、さすが船長である。てきぱきと適格な指示を出し、夜には作戦予定とその準備が完了してしまった。
「さすがですね船長」
キロックが紅茶を運びながら言う。船長はそれを手に取り、軽くすすった。
「これもみんなのがんばりのおかげだ。それより……」
船長は開け放たれた船長室の扉を見る。
その先に見える甲板では、仲間たちがわいわいと騒いでいた。
「決戦前夜だというのに大丈夫か……?大分酒が入っているように見えるが……」
キロックは手元にあったボトルを船長に見せた。
「大丈夫ですぜ船長。これは酔わない酒らしいです。そのほかにはジュースなんかがありやすぜ」
そういうとキロックはボトルに入った飲み物を飲み干した。
「それならいいが……そういえばリラの様子はどうだ?」
船長は紅茶を片手に甲板の方に目を移す。
見るとそこには楽しそうに仲間たちとはしゃぐリラの姿があった。
「あれから大分打ち解けたみたいでございやす。ラングが選んできた海賊の衣装が大層気に入られたようで」
「ふむ、そうか」
キロックの言葉を受け、船長は部屋を出た。甲板の中心にはリラが居り、それを中心にして輪が広がっている。十歳の少年が選んだ服とはいかほどのものか。船長は興味を示した。
「船長。あまり凝視するのは行儀がよくありませんぜ」
キロックは新しいボトルを二本持ち、そのうちの一本を船長に手渡す。
リラは女海賊の衣装を格好よく着こなしていた。普段は着る機会もない服を楽しんでいるように見えたが、その表情はどこか悲しげだった。
船長は少し心配になった。
「あ!船長!」
甲板にいた怪力トムがこちらに向かって手を振る。
それに呼応するかのように、甲板にいる仲間たちが一斉に船長を呼び出した。
「船長!どうです!?この海賊服は!」
ラングがリラの方に手をやった。リラはニッと笑った。
「……ああ、とてもよく似合っている」
その言葉に仲間たちは「オォー」と歓声を上げた。ところどころからは拍手やヤジも聞こえてくる。
「みんな、聞いてくれ」
船長の一言に、仲間たちはぐっと息を飲んだ。
「俺たちはこれからシンバ海賊団のアジトへと乗り込む。……敵は新入りだが、最近よく名を挙げている人物だ。油断はできない……。みんな、絶対に隙を見せるな!いいな!」
「オー!」という威勢の良い声が上がる。
「出港準備!」
船長の言葉を受け、海賊達は一斉に動き始める。ある者は食器を片付け、ある者は帆を張り、またある者は火薬を大砲へと運び出した。
「トム」
船長の呼ぶ声にトムは素早く反応する。
「へい。なんでしょう」
「今回の作戦は二船で行う。よって、もう一つの船の指揮を任せる。部下を引き連れ、出航準備を始めてくれ」
「了解しました!」
怪力トムは威勢の良い声をあげると、部下を三十名ほど引き連れ、新しく調達した二つ目の船へと移っていった。
彼らの息の合った行動により出航準備は瞬く間に完了し、五分後には二隻そろって港を離れていた。
夜遅い出航の中、二つの船の灯りだけが、海の上に浮かび上がっていた。