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A-9. 銃使い、休業中 その3

ジョイスといい、ラゥガンといい、セイジのせいで面倒な目にあってますね。

 どうにかセイジから話を聞き出したラゥガン。今ここにいるセイジは幽霊のようなもので、体は診療所にあるらしい。その話を聞いたラゥガンは、先に診療所へ寄ることにした。

『確かに直接見なければ、セイジがギルド証を持っていない、ということもわからないのか』

「そういうこった」

 小声でラゥガンは答える。このセイジの言葉は、ラゥガンにしか届かない。そのため端から見ればラゥガンの独り言にしか見えないのだ。

 どうしてこんな事になっているのだろう、ラゥガンがそう考えているうちに診療所に着いた。狩人ギルドが経営しているこの診療所だが冒険者も利用している。連携を取るためにラゥガンも結構な頻度でこの診療所へ来ている。

「ラゥガン、来たのか」

「ああ、セイジがここにいるって聞いてな。一応様子を見に来たんだ」

 受付に行けばすぐにガガダーラへ取り次がれ、セイジのいる部屋へと案内される。ドアを開けたラゥガンは固まる。静けさ、何もかもが凍り付いた、命が終わった地――そんな光景が見えたような気がした。異世界というものがあるとしたら、こういうものだろうか。そう彼に思わせる何かがそこにはあった。

『どうした? ただセイジが転がっているだけなのだが』

 ラゥガンは、今彼にしか聞こえないセイジの声によって正気に戻った。確かに寝台にはセイジが眠っている。そして、ラゥガンの横にもセイジはいる。ああ、本人には分からないのだろうなと、ラゥガンは結論づけた。そして、ラゥガンと同じように止まっていたガガダーラへ声をかける。

「おいおい、本当に大丈夫なのか? レンの話だと無事とかいう話だったが」

「こ、こりゃあ予想外じゃな。ここまで濃い死の気を放つ(もん)は初めて見たぞ。医術士の話では、体の内側が破壊されていたが、急速に治ってきていると聞いたぞ」

 ちらりとラゥガンは横で立っている方のセイジを見る。説明しろと目が語る。

『魔力が漏れ出ないように、表面近くだけ先に治した。完全な修復は魔力が足りず出来ないが』

 アイテムボックスにある丸薬があれば治せる。そうセイジが言うので、彼は早々に診療所を後にすることにした。

 ただ、この空気ではお通夜のようになってしまうと、話を変えるためギルド証をセイジが所持していないとラゥガンはガガダーラに話してしまった。ギルド証は身分証明でもある。ラゥガンはガガダーラからセイジのギルド証を持ってきて欲しいと言われてしまい、宿屋からまた診療所へ行くことになってしまった。そのため少々うんざりした顔で、彼は宿屋へ赴いた。

「セイジさん!? あれ?」

 宿に入るとすぐに彼女は顔を出した。カーラだ。思わずラゥガンはセイジの方を見る、しかしセイジは首を振る。カーラもセイジに気づいていないようだ。診療所でもそうだったが、本当にラゥガン以外には見えていないようだ。

「ラゥガンさん、どうしたんですか?」

「診療所でセイジの様子を見に行ったんだが、ギルド証を付けてなかったようでな。取りに来たんだ」

「あー、とりあえず入ってください」

 カーラは気まずそうに答え、ラゥガンをセイジが使用していた部屋へ案内する。ドアの先に見えた光景にラゥガンは閉口した。アイテムボックスが出た状態で、物が散乱している。

「あ、ギルドのおっさん。何かようか?」

 レンが近くにある物をアイテムボックスに放り込んでいる。どうやら整理中らしい。

 なぜ、セイジが準備不足の状態で外へ出ることになったのか。それはアイテムの整理中にレン達が無理矢理連れ出したからだ。そう、この場はセイジの持ち物が無造作に置かれた状態になっているのだ。

「……手伝おうか?」

「すみません、お願いします」

「ギルドのおっちゃん、ありがとう」

 セイジのギルド証を回収するには、この散らばった物を片付けないと行けない。ラゥガンは片付けに志願するのだった。これはどこにしまっている。適当にとりあえず入れればいいんじゃないのか。そんな話をしている三人を余所に、セイジはアイテムボックスに手を突っ込む。一瞬ラゥガンから声が漏れそうになる。しかしそんな事をしたら二人は疑問に思うだろう。どうにか言葉を飲み込んだのだった。

『すまない。必要な物を取ったら、先に行く』

 丸薬とやらが見つかったのだろう。そう言うなりセイジは消えてしまった。ラゥガンはガシガシと首を掻き、ため息を一つつく。そして目の前に転がっているタグをアイテムボックスへ放り込んだのだった。


 『それ』には思い出したい記憶があった。『それ』には思い出しようがない記憶があった。彼女が泣いた事を覚えている。覚えていないのですね、と彼女が泣いた。『それ』が覚えていないのは当たり前のことなのに。思い出したいと願ってはならなかった。『それ』は森の緑によって色を変える、彼女の輝く銀髪が好きだった。響く歌声に目を細める。いつか、彼女の願いを叶えたいと思ってしまった。

 『それ』を継いではならなかった。願いを叶えるには『それ』を継ぐしかなかった。継いではならないと、他でもない自分自身が警鐘を鳴らす。だが終わりの日。最期ならばいいのではないかと、そう思ってしまったのだ。

 ああ、もうどこにもいないのだ。思い出したいと嘆く獣は。継いだ獣は消えた。思い出してはならない事を、思い出し消えたのだ。そして、記憶を取り戻した『それ』は問う。

 ――ここにいる、わたしはだあれ?


 飛び起きようとしたセイジは、力の入らないその体によって寝台へ戻された。ゆっくりと腕を上げ手の甲を見る。大きく筋張った、皺のある手。男の手だ。獣の手ではない。ちゃんと、セイジの姿をしている。そのことに酷く安堵したのだった。

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