B-1. 銃使いの初回 その1
Bはゲームでの話です。
「……これで一通りの説明は以上ですね。わからなければギルドの端末のヘルプをご利用ください」
絵画調の世界の中で女性が微笑む。まるで生きているかのように滑らかに話し、表情を変える。AIの技術の進みはゲームのあり方をより現実的に変えた。そこに感動はあるかもしれない。ただし、女性の目の前にいるその人物は違ったようで、表情一つ変えなかった。
「すまない。覚えられそうにないのだが」
「わからないことがあれば、都度確認でいいですよ」
その人物の名はセイジ。このゲーム、ホワイトドラゴンズをたった今始めたプレイヤーである。
「最後に。初心者の方は戦闘訓練を行うのがおすすめです。このアリュゼアの町では東門の近くにあります。受けますか?」
「ああ、頼む」
「はい。ではギルド入り口前の妖精に声をおかけください。道案内をしてくれますよ」
ニコニコと笑う女性に軽く礼を言い、セイジはプレイヤーとしての第一歩――チュートリアルに向けて歩き始めた。
(結構時間かかったなー)
時間がかかった理由の大半はキャラメイクだ。このゲームはどんな姿にもできる(スライムやスケルトンのような人外も含む)という特徴があり、なんとなく凝ってしまったのだ。
「あ、『異界種』の新人さんだね、こっちだよ~」
上方にある絵の標識通りに移動し、入り口にたどり着いたセイジ。そこに手のひらに乗せられそうな大きさの、羽の生えた小人が飛んできた。先ほど説明にあった妖精のようだ。妖精はセイジの肩に止まり、耳元で早く早くと急かす。
「戦闘訓練とやらをやる場所に案内してくれ」
「はーい、ギルド出てしばらくはまっすぐね」
セイジの帽子があまり見ないものなのか、つばを引っ張ったり曲げたりしつつ妖精は答える。
今のセイジの衣装はスーツと中折れハットといった、若干浮いた姿をしている。
ホワイトドラゴンズの正式サービス開始から半年、新規獲得のために『防御力のない好きな衣装を三つ作成』という追加得点があり、セイジはその得点でこの衣装を作成したのだ。
最終的にへこみの部分が気に入ったのか帽子の上に乗った妖精を連れ、セイジはギルドの外へ出たのだった。
セイジは頭の上にいる妖精に意識を向ける。出店がいくつもある通りに出てから、そわそわとしているのだ。
「何かあったか?」
「えーっと、あっちにあるお豆のお店ね、甘くてね、妖精たちの好物なの」
妖精は目の前に降りて、ある方角を指さした。それを聞いたセイジはそちらの方へ歩みを変えることにした。
(買い物のチュートリアルかな?)
別にそういうことではないのだが、セイジはこれもチュートリアルと受け取ったようだ。
「いらっしゃい。妖精を連れているということは豆かな?」
「ああ、二袋欲しい」
「二袋かい?」
怪訝な顔をしながらも、店主は指でつまめるほどの小袋を二つセイジに渡した。
「買い物は初めてなのだが、どうすればいい?」
「冒険者ならギルド証の指輪に手をかざし、金額を言えばいい。異界種用の表記もあるから金額はわかると思うが、二つで30センだ」
「わかった、30セン。これでいいか?」
「丁度30セン、まいどあり」
セイジは購入した豆の入った小袋を一つ、妖精に手渡した。
「いいの? くれるならもらっちゃうよ」
「ああ、いい」
「ありがとー!」
喜ぶ妖精を眺め、セイジはもう一つの小袋を開け、一つ豆を口に放り入れる。そして、何とも言えない表情を浮かべた。
「……味覚がないとは聞いていたが、食感もわからないのだな」
「異界種はそういうものって聞いてるよ」
自身の顔の四分の一の大きさの豆に齧りついていた妖精が顔を上げ、セイジに答えた。店主が二袋買うと言ったセイジに疑問を持ったのも、プレイヤーが通常の食事を不要としているからだろう。
「さすがに残りも食べる気がしないな。貰ってくれるか?」
「返してって言われても返さないよ、いい?」
「ああ」
「わーい」
妖精は小袋を二つ抱え、嬉しそうに飛び回る。
セイジは気づいていない。妖精はセイジの頭の上――正確には帽子のへこみ部分だが――を気に入っていた。そして、今豆を食べている。妖精の案内により鍛錬所に着く頃には、セイジの帽子の上は豆のカスが転がることになる。
「ここが鍛錬所ね」
「案内ありがとう」
「えへへ、豆ありがとねー」
バイバイと手を振りながら去って行く妖精をセイジはしばらく眺めていた。そして、背後にある建物へ振り返り中へと入った。
「よお、ギルドから話は聞いてるぜ。新人はこっちだ」
入り口のカウンターにいた職員が声をかけ、セイジは的がいくつもある庭へと案内された。
このゲームは攻撃などのアクションに補正がかかるようになっており、運動が苦手な者でも問題なく遊べるようになっている。逆に武道に精通した者が思うように体を動かすことが出来ないという難点もあるのだが、運動神経のないセイジにとってはありがたい話だった。
武器を出現させ的へ向けて撃つ。補正のおかげで的には当たったが、中心からはかなり離れていた。
(早撃ちとか百発百中とかできるようになったらいいなー)
雑念を浮かべつつ何度も何度もセイジは同じ操作を繰り返す。練習用の弾が切れてからは、構え撃つ直前までを繰り返すセイジ。
「熱心に練習するやつは珍しいな」
一息ついたセイジは背後から聞こえた声の方へ向いた。先ほど案内をしてくれた職員だ。
「珍しいのか?」
「大体が軽く動いてすぐに外へ出てくぞ。実践した方が早いんだとよ」
そういうものかと、セイジは納得したのだった。そして、あまり場所を占有するべきではないだろうと鍛錬所を後にしたのだった。