A-5. 奇妙な持ち込み品 その1
新章突入。まだ事態が動く前ですが。
セイジがリーウィの町へ来てから三週間が経過した。相も変わらずカーラの父親が営む宿屋——微睡む白狼亭という——の二階角部屋にいる。狩人ギルドの手伝いや時々あるという町人の護衛という稼ぐ手段も出来たことにより、ちゃんと宿代は払っている。
昼過ぎごろ、むくれた顔でカーラはドアの前にいた。片足に怪我を負ってから走れなくなったという父、そのため隣町への買い物や掃除はカーラの仕事だ。
カーラが不機嫌な理由はセイジがよく床に物を転がしているからだ。落としにくい汚れがついているわけではない。ただ、机ではなく床に物を置きがちなのだ。それを避けて掃除しなければならないカーラにとっては、ただ面倒なだけだ。
初めて会った時、カーラは自身の命を救ったセイジに対し、少し憧れのようなものを抱いていた。理想を投影していた、といえばいいだろうか。ゲームのキャラクターとして作られたこともあり、少々歳を取っているが顔だけは良いのだ。セイジの暮らしぶりを見るまでは、セイジのことを格好いい男だとカーラは思っていた。
「セイジさん、入りますよ」
軽くノックをして、カーラはドアを開ける。ノックをしても返事がいつも来ないため、気にせず開けるようになってしまっていた。
「え?」
寝台の上に女性がいた。閑古鳥が鳴いているとまでは言わないが、時期が時期なのでこの宿に泊まっているのはセイジ以外にいない。
「カーラ、すまないが今片付けるから掃除は少し待ってくれ」
女性が彼女に向け言葉を紡ぐのを、意思のように固まったまま聞いていた。動かないカーラを見て小首を傾げる女性。さらりと流れるのは枯れ葉色の髪。濁った紅茶色の瞳。そして、僅かに感じる寒気。
「セイジさん、ですか?」
女性はカーラの反応の原因に気づいたようだ。おもむろに左人差し指に嵌めた指を外した。瞬間、突風が起こりカーラは思わず目を閉じる。風が止み見た物は、彼女のよく知るセイジの姿であった。
場所は変わって冒険者ギルド。カーラに引っ張られセイジはラゥガンに会いに来ていた。セイジが先ほどまで嵌めていた指輪を転がし模様を確認しながら、彼は呆れた声色で喋った。
「話に出ちゃあいたが、ただの指輪だな」
「指輪はトリガーだ。『異界種』は複数の姿をとることができる。メリットは色々な姿になれること、デメリットは能力は姿ごとになっていることか」
ホワイトドラゴンズというゲームは一アカウントにつき、キャラクターを五つまで作成・管理可能であった。視覚でのリアルさはなかったが、キャラメイクに対して運営はかなり力を入れていた。女性用、男性用の装備や、装備品としては一つだが性別で姿が変わるものがあったため、セイジは女性の姿も作成したのだ。
セイジはそれ以外にも、全武器を一度以上触って見たいという理由で頻繁にキャラを作成しては削除しており、記憶上では現時点で四つの姿がある。
なぜ、指輪で姿を変える仕様なのかというと、没入感を台無しにしたくはなく、極力ログインとログアウトを行なわないようにしたい、という運営の拘りがあったからだ。
ちなみに今までその姿になっっていなかったのは、荷物整理するまで忘れていたからだ。セイジという男の姿で周りに関わっている以上、現実で女性だったとしても今更変えるのは難しそうだ。
ラゥガンは他のギルドからの情報共有で、姿を変えられることを知っていたが実際に見るのとは違う。とりあえず変えられる姿一通り見せてみろとセイジに女性に姿を変える指輪を返し、催促した。セイジは返して貰った指輪を嵌める。すぐさま二十代後半くらいの女性の姿だ。次に別の指輪を取り出し変えた。いつものセイジと変わらぬ容姿になる。
「服しか変わってねーじゃねぇか」
「私がリュエンドクライムに来てすぐの頃は、同じ姿も選べたんだ」
そう言って最後の指輪に交換する。今度も容姿はほぼセイジとは変わらない。しかし髪の色と目の色が逆になっていた。そう、セイジはキャラメイクが途中から面倒になり、使い回していたのだ。それを眺めていたカーラが一言呟く。
「セイジさん、服買いましょう。女性の」
今セイジが来ている服は男性用。指輪を嵌めると服装も同時に変わるようになっていた。そう、スーツ姿に難色を示したカーラがビキニアーマーに近い露出の高い鎧を許容できなかったのだ。
「カオリンさん、こっちですよ。これも似合うと思うんですけど、どうです?」
カーラが指輪で女性の姿になっているセイジを上機嫌で連れ回す。カオリンとは今の姿のキャラクター名だ。例に漏れず美形に作っていたことが、彼女の琴線に触れたのだろうか。カーラは張り切ってセイジの衣装を見繕っていた。
セイジは遠い目をしている。現実のセイジの性別は女性である。だが、女性らしい女性とは言えなかった。子供の頃から服は母親が買うのに任せていた。かわいいよりも格好いい、派手な物よりも無地を好むセイジは、おしゃれからほど遠い存在であった。まあ、セイジが今のおっさんの姿で馴染めるのも、元々女性らしさがない故だろう。
今は装飾品を取り扱う出店に二人はいる。セイジの印象は民族衣装にありそうなもの、語彙があればもう少しましな表現が出来たであろう。
「カオリンさんはどういうのが好みですか?」
「光り物自体は好きなんだが、邪魔でどうせつけないからな」
現実でのセイジは肌が弱く、かゆくなってしまうため付ける気がしなかったのだ。仕事の方も女性特有の華美さは求められていなかったため、買って満足したらしまうだけであった。
ふと何かが気になり、セイジは吸い寄せられるようにペンダントや首飾りがある一帯に向かう。カーラもセイジの見つめる一点を注視した。そこにあるのは硬貨くらいの大きさの石を紐で巻き付けた首飾りだった。宝石ではないのだろう、原石のように凹凸が激しく磨かれてすらいないのだから。
「その色、セイジさんとおんなじですね」
ぼんやりと見つめカーラは声を漏らした。暗い暗い紅茶色。まさしくセイジの瞳の色であった。
その日、セイジはその首飾りと、ブレスレットを購入した。ブレスレットはカーラにプレゼントするため購入したものだ。嬉しそうにブレスレットを眺めるカーラの様子を、表情には出してないがほっこりとした様子でセイジは見つめるのだった。




