A-1. 銃使い、森に発生する その2
何も考えず書いてたせいで、どこで区切るのか迷います。
少女は先導しながら、時折ちらりとセイジを見る。右斜め後ろを歩くセイジを見てはまた少女は前を向くのを繰り返した。
「不思議な人だなぁ……」
小さく漏れ出た少女の独り言には気づかなかったようで、セイジは変わらぬまま彼女について行く。熊に追いかけられていたとき、少女がセイジの方へ向かったのは偶然ではなかった。
今まで感じたことの無い妙な寒気、そういったものを僅かに感じたのだ。その異様な何かに獣も恐れるのではないか、そして身を隠すことが出来るのではないかと考え、彼女はセイジの方へ走ったのだ。
寒気は未だに感じている。どうやらセイジから発せられているらしいと、少女は理解した。
「あの、セイジさん」
「どうし……」
セイジの言葉が途切れたのに気づき、少女は振り返る。そこには顔の上半分を押さえるセイジと、ちょうど押さえている箇所に当たりそうな位置にある太い枝があった。声も出ないくらい、強く打ち付けたようだ。
大丈夫ですかと、そう尋ねようとした彼女の声は音にならなかった。今まで感じていた寒さの比ではないもの――さらに温度が下がるような――そんな感覚に襲われたのだ。思わず口を閉じる。そのまま口を開けていれば、悲鳴を上げたかもしれない。
「ここは……、君は?」
困惑、この言葉がにじみ出る声色。尋ねるセイジに少女は慌てて答えようとする。
「えっと、森です。私はカーンラッチェです。あの、頭打ったとか、ですか?」
「カーンラッチェか、そうか」
差し込む強い日差しがより寒さを主張する。何か納得したように、セイジは頷く。だが少女は聞くことが出来なかった。コレはここにあってはいけないものだ。恐怖で体が竦んでいた。
どれだけ時がたっただろうか。強い寒気はもうない。セイジが軽く頭を振り口を開いた。
「すまない、もう大丈夫だ。カーラ」
ほぅと、カーラと呼ばれた少女は息を吐いた。セイジの名を聞いた後、すぐに少女は自身の名――カーンラッチェという名――を名乗り、普段はカーラと呼ばれていることを彼に伝えていた。先ほどの初対面の反応ではない。元に戻ったのだと、彼女は緊張を解いたのだった。
「痛くない、ですか?」
「ああ、もう痛みもない。考え事をしながら歩くものではないな」
「考え事ですか」
「ああ……」
もう少しで思い出せそうだったのだがという、その言葉を出すのをセイジはやめた。その言葉を発したら、荒唐無稽なセイジの状況までも口に出てしまいそうだったのだ。伝えても信じてもらえないような状況に置かれていることが、セイジに躊躇させた。
セイジの今の姿は、ゲームで作成したキャラクターの姿であった。ホワイトドラゴンズ、そのゲームは現実の姿とはかけ離れた人物になることが出来、体感できるというのをウリとしているVRMMOというジャンルのものだ。
ただ、セイジの知るVRゲームは『五感のうち、二つ以上再現してはならない』という決まり事があった。ホワイトドラゴンズでは『聴覚』を再現していたため、グラフィックは絵画調のような細かい部分を簡略化した表示だった。今セイジの目に映る手の『産毛』や『細かい皺』は見えなかった筈なのだ。ちなみに、『触覚(痛覚含む)』と『嗅覚』は全面的に禁止されている。VRゲーム黎明期に、痛みを完全再現したゲームでトラウマを負う子供が出たり、悪臭を完全再現したゾンビゲームで救急車に何人も運ばれたからであろう。
そう、セイジはVRゲームをしていないも関わらず、セイジの姿をしているのだ。
(そもそも、最後に残る記憶がゲームしてないんだけどなぁ)
心の中で呟いた。セイジの最後の記憶が正しければ、半年に一度の健康診断の検査中だったはずだ。ゲームをしていたらゲームの世界に来てしまいました、という状況ではないはずなのだ。
(どうしようかなぁ、これから)
セイジは斜め前に歩く少女を見る。ゲームの記憶上にない服装をしている。現実でも見たことがないし、そうだとしても人種的に言葉が通じるのがおかしい。
セイジにとって幸いなのは、良くも悪くもゲームの姿と戦闘能力を保有していそうだということだ。まあ、セイジは週に二、三度ログインするかどうか怪しいライトゲーマーと呼ばれる類いで、レベルも低くどこまで役に立つのかわからないのだが。
そんなセイジにとって、カーラと出会ったのは非常に幸運なことだった。なにせセイジは、現実の世界では道の整備されていない森を歩いたことなどないのだ。しかも方向音痴でゲーム中もよく迷子になり町へ帰れず、死に戻りを選ぶほどだ。下手をすれば飢え死にしていたかもしれない。
(しかし、何を思いだそうとしてたかな)
頭を打った原因となった、先ほどまで何を考えていたのかをセイジはすっかり忘れてしまっていた。たいしたことは考えていないだろうと、セイジには歩く速度を速めた。慣れた足取りで進むカーラに遅れないようにするためだ。カーラには小さい自分にあわせてゆっくりと進んでいると誤解をしていたようだが。
「私の家は宿屋を経営しているんです。もしリーウィの町で宿を探すなら、是非! 来てくださいね」
黙って歩くことに飽きてきたのか、カーラはセイジに声をかけた。
「リーウィの町?」
「私たちが向かっている町ですよ、一日と半分くらいでつきますね」
「森で一人で過ごしたのか?」
先ほど獣に襲われていたことをセイジは思い出す。戦う力をもっていなさそうな少女が日帰り出来ないような場所にいるのはおかしいと、そう感じたのだ。
「護衛は雇っていたんです。ただ、今回は初めての人でして」
カーラ曰く、いつも依頼を受けてくれていた冒険者が隣の町に拠点を移すことになったそうだ。それで、たまたま来ていた人物に頼んだところハズレを引いてしまったという話だ。しかも、質の悪いことに、森で一夜明けた後、カーラを残して荷物と共に消えていたそうだ。
「なんと言えば良いか、災難だったな」
「依頼未達の手続きしますし、その人は罰金を払うか冒険者資格を剥奪されるかのどちらかですけどね」
だから自分は特にやり返す必要は無いと、あっけらかんと言うカーラにセイジは黙り込む。冒険者と名乗らない方が良かったかもしれないと思ったからだ。この世界がゲームとは違う可能性がある以上、ゲームと同じように名乗ってしまったのは失敗だと判断したのだ。
(しっかりルールを教えてもらわないとなぁ、依頼のやりとりしてるってことは連絡できる場所があるんだろうし)
やることが一つ出来たとセイジは頬をかいた。