A-3. 銃使い、隣町へ行く その1
キリのよさの関係で短めです。
強い風が壁を叩くのを『それ』は窓から眺める。多くのものが眠る宵闇。休息が意味をなさない『それ』にとっては関係のないことであった。
(大気中の魔力濃度が低い。だが神が見放したにしては、末期的ではない。『私』がいることによる悪影響は直ちには起きない、といったところか)
歪み滅び行く世界を『それ』は眺める。
(手を、出すべきなのだろうか。この災厄は)
澱んだ昏い紅の瞳を、『それ』は閉じた。
目を覚ましたセイジは、堅い寝台にいた。カーラの父親が経営している宿屋の一室だ。昨日の出来事をセイジは振り返る。
どちらかと言えば町へ案内の分セイジの方が助かったのだが、カーラの危機を救い護衛したのは事実。カーラの父グランツはセイジを歓迎し、数日分ではあるが泊まる費用をなしとした。この世界のものではないセイジに支払い能力がない可能性を考慮したのかもしれない。
セイジは伸びをし、外へ向かう。ゲームでログインしてまず行うことは、鍛錬であった。顔を洗ったセイジは宿の庭に出て適当に武器を取り出し素振りを始めた。庭にはボロボロになった木の杭や的がいくつも置いてある。
使い慣れた短剣、銃使いとしてゲームを始めたのにセイジが銃を使う機会は高くなかった。ゲームで登場する銃はほぼ拳銃だけであった。
この銃という武器、ことごとくサプレッサーがついておらず大きな音が発生する。そのため、敵を呼び寄せてしまう、または目当ての敵が出てこなくなってしまうという欠陥があった。
この世界では銃を練習で撃つことはないであろうとセイジは思う。騒音で苦情が来そうだと思ったからだ。
鍛錬を始めたころは夜明け直前であったため、完全に周囲が明るくなってからセイジは借りた部屋へと戻った。
セイジはギルド証を起動させ、アイテムの入った箱を呼び出す。そして荷物を確認し始めた。
(タグホルダーにつけられるタグは十二個、何つけようかなー)
タグホルダーとはタグを固定する金具のことで、四つタグを嵌めるスロットがある。セイジは腰のベルトの左右、左太股とのベルトに装着している。
武器だけではなく、タグには銃弾や投げナイフなどの消耗品、治癒陣と呼ばれる回復魔法のようなものを発動するものも装備可能だ。
さて、セイジはゲームでは銃使いという職であり、装備できる主要武器も銃だ。他にはどの職業も装備可能な短剣と投擲武器、計三種の武器が装備可能だ。
(ゲームじゃないから装備条件とかないといいんだけどなー)
セイジはあるタグを取り出す。そのタグには片刃の斧の絵が彫られてある。ゲームでは装備不可の武器を出すことができない。ホワイトドラゴンズというゲームは複数のキャラが作成可能であった。そして、アイテムボックスは一アカウントに一つとなっていたため、装備できない武器を持っていても不思議ではない。
ゲームを始めてから半年、セイジは色々な職を試してみたくて何度もキャラを作成しては削除を繰り返した。なんとなく全職をコンプリートしてみたくなったのだ。そのため、全職業分の初期装備をセイジは持っている。
さて、セイジは斧を出現させることに成功した。装備できるということだ。
(そういえばゲームと違って職業欄なかったなぁ)
昨日見たギルド証の表示とは違う記憶にあるものをセイジは思い返してみる。
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セイジ
種族:異界種
Mジョブ:銃使い
Sジョブ:格闘家
レベル:17
体力 :★☆☆☆☆
魔力 :★★☆☆☆
腕力 :★★☆☆☆
器用さ :★★★★☆
素早さ :★★★★★
守備 :★☆☆☆☆
魔力効率:★★★★☆
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これがセイジの記憶にあるゲームでの表示だ。数値データをこのゲームはことごとく隠していた。こんな方法でリアルさを出しても不便なだけだろう。しかし、下手に数値が出てるとダメージ計算できて面倒臭そうだと考えているセイジにとって、大雑把に理解できるこの表示を気に入っていた。
ちなみに、RPGでは名称に差はあれどおなじみのHP・MPは体力・魔力となっている。しかし、最大値にあたる表記はあるが現在値表示がなく、どれだけダメージを負ったら死ぬのかが全くわからないという不親切さ全開の仕様になっている。
(何が出来て何が出来ないか、確かめる必要があるだろうな。ゲームのように死に放題ではないだろうから)
朝食を作っているのかよい香りが届き、セイジの腹の虫がなった。セイジは斧をタグに戻し部屋を出るのだった。




