42.ラーニング
※注意
少しグロい表現が含まれます。
苦手な方はご注意願います。
クエストをギルドから受けたシュウは街の外に出てきた。
依頼はとあるはぐれモンスターの討伐だった。
場所はいつも向かう森の方ではなく、山の麓の草原だった。
ブランジリは街の周りが草原に覆われているため、東西南北どこも草原に変わりはない。
ただ、向かう方向によって動植物が異なる。
森に向かう草原は草の丈も高く、鳥や蜂といったモンスターが多いが、今向かっている山に続く草原は、草の丈は低く、大きいトカゲやモグラのようなモンスターがいるらしい。
あ、大きなウサギは草原に満遍なくいるようだった。
今回シュウが受けた依頼ははぐれモンスターのソイルアントの討伐。
はぐれモンスターと言っても、某なんちゃらクエストの素早いあいつではない。
アントと名がつくように蟻のようである。
一匹ではそれほど強くなく、Eランク対象のモンスターだ。
だが、地球の蟻を想像してもらえばわかる通り、この蟻も集団となると一気に難易度が高くなり、Cランクや規模が大きくなるとBランクの冒険者やアライアンスを組んで対処しなければならない厄介なモンスターなのだ。
アライアンスとはいくつかのパーティが組むことである。
そのソイルアントが集団からはぐれて草原で見られたとの情報が入り、その討伐依頼が来たとのことだった。
シュウはなぜサーシャがこの依頼を勧めたのか気になったので聞いてみた。
サーシャから勧めるというよりかは、受けてもらえないかという懇願を感じたからだった。
「実はこの以来は今朝入ってきたのですが、受け手がないんです。
集団では中堅以上の腕が求められて討伐すると報酬や名声が上がるのですが、一匹だと弱くて報酬もそれなりなので」
一匹だと簡単すぎて報酬も安くて誰も受けたがらないらしい。
そこで、サーシャはクエストをしっかり受けて対処してくれるとシュウにお願いしたのだった。
シュウもEランクに上がったばかりなので簡単なクエストはありがたかった。
そして、指定場所に向かいながらこのソイルアントについて考えていた。
一匹なら弱い。集団なら手強い。
偶然群れからはぐれた一匹ならいいのだが、偶然ではなかったら……
シュウはこのクエストは急いだほうがいいかもしれないと現地に急いだ。
目撃情報のあった場所まできた、相手は生き物なのでずっとそこにいるとは限らない。
丁度体が隠せるほどの岩があったので、身を隠しながら指定場所を覗き込んだ。
山側の草原の草の丈は低い。
その低い草をかき分け大きな蟻がウロウロしていた。
地球で見た蟻は大きくても二センチ程だっただろうが、今目の前にいる蟻は一メートル程ある。
蟻ってあんなに小さかったから見れるもんだったんだなと心から思った。
人と同じぐらいの大きさの昆虫ってマジで怖えぇ……。
体を覆うのは金属的な光を反射する甲殻、大きな体格を支える太く筋肉質に見える六本の脚、極めつけは口元にある挟めば岩でもかみ砕きそうな鋏のような大顎。
これほんとEランクのモンスターなんですか?と聞きたい。
ただ、目撃されたのは昨日のことらしいので、それからここを動いていないということになる。
シュウはもっと上位の冒険者を連れてきたい気持ちでいっぱいだが、それほど時間もかけていられない気がしてならなかった。
今回は、時間を掛けたくないので、魔術で先制することにした。
まだ気づかれてもいないし、周りを見渡しても人の気配もない。
それに、硬い甲殻に覆われているので弓だと余程うまく体の繋ぎ目に矢が刺さらないと傷を負わせそうになかった。
蟻だけに土属性に耐性がありそうだが、魔術書に載っている攻撃系魔術はストーンブレッドしかない。
そこで練り込む魔力を多くして、いつもは拳ぐらいの石が飛んでいくイメージを大きな岩が飛んでいくイメージにする。
ストーンブレッドの石が拳ぐらいのイメージなのはティアリスのストーンブレッドがそうだったためだが、魔力の量とイメージで大きくできるのではと試してみる。
左手に魔術書を広げ、右手を蟻に向けて唱える。
「ストーンブレッド!」
蟻に向かって隠れている岩の半分ほどの大きさの岩が飛んでいく。
だが、大きくなった分遅い!
速く飛ぶイメージもしとくんだった!
声に反応して蟻は体をこちらに向けた。
そして、自分に向かって飛んでくる岩に驚いたのか、一瞬硬直して横に逃げようとした。
ズズズ。
岩が地面を削って消え、その横にこちらに怒気をはらんだ複眼を向ける蟻が立っていた。
左の後ろ足二本が潰れて千切れている。
なんとかストーンブレッドは無駄にならなかったらしい。
もう隠れていても無駄だと、シュウは小剣を引き抜いて岩から飛び出し蟻に向かって駆けた。
蟻は後ろ足を失って思うように動けないようだった。
腹部を地面につけて、健全な前の両足を腕のように振ってシュウを近づけさせまいとしている。
シュウは腕の振りを掻い潜り、動かない足側に回り込んだ。
そのまま腹部に小剣を叩きつけた。
「くっ!?つぅっ」
やはり蟻の体を覆う甲殻は思った以上に硬かった。
蟻は腹部を引きずりながらも残った足でシュウを正面に捉え、腕を振り下ろしてくる。
シュウはバックステップで一旦距離を取る。
攻撃して逆に痺れた手ではあの大きく太い腕は受け止めきれない。
いや、手が痺れていなくても受け止めきれるかどうか……
地球で昆虫が人の大きさだとどうなるかという話を聞いた気がするが、実際見るとその話もあながち間違っていない気がする。
地球の普通の人間だったら太刀打ちできないだろう。
僕もちょっと前まではその普通の人間だったんだけどなぁ~。
そう心の中で呟き、痺れの取れてきた手で小剣を握り直し、剣気を全身に巡らせた。
今度も正面から突っ込む。
振り下ろされる右前足を避け、続けて振り下ろされた左前足を小剣で受け流す。
まともに受け止めるのは無理そうだが、剣気を巡らせた体と小剣で力を受け流すことはできることを確認。
そして、受け流した小剣を大きく振りかぶりながら再度蟻の左腹部に向けて駆け抜ける……。
ミスディレクション
駆け抜けると見せかけ体勢を低くして、逆側に抜ける。
蟻は目の前に振り上げられた小剣と先程の動きから再度左に回り込まれると思い、体の向きを変えようとしていた。
狙うは右の一番後ろ足の節!
シュウは硬い甲殻で覆われた足の繋ぎ目の節に狙いを定めて小剣を突き刺す。
どんなに硬い甲殻に覆われても動くためには繋ぎ目は甲殻で覆うことができない。
鎧を着た人間と同じである。
節に突き刺した小剣を走る勢いを利用して振り切った。
蟻の足が半ばから飛んで行った。
キィーーー!
蟻も痛みがあるのか、さらに怒ったのか鳴き声のような奇声を上げる。
蟻ってどこから声出すんだろうと悠長に考えている暇もなく、シュウは小剣を振り切った勢いそのままに駆け抜けて距離を開ける。
蟻は更に足を失ったことで体の向きを変えるのも時間がかかるようになった。
このまま残りの足も節を狙って後は少しずつでも弱らせていけば安全に勝てる。
だが、あの甲殻相手だとそれは時間がかかりすぎるように思える。
シュウの考えが正しければこの蟻一匹は少しでも早く倒しておきたい。
シュウは三度正面突破を試みる。
方向転換も素早い動きも減った足では儘ならない蟻は、再度正面からくるシュウに先程以上に健在な両前足を振り回してきた。
今度は振り下ろすだけでなく、横に払う攻撃も合わせてきた。
それをシュウは時に避け受け流すが、蟻も必死に抵抗をみせ、避けきれずに攻撃がかすってしまう。
シュウも小剣を叩きつけるが、やはり甲殻には正面からでは攻撃が通らない。
こちらの攻撃は当たるが通らず、あちらの攻撃はほぼ当たらないがかすっただけでも傷が増えていく。
押しているように見えて、こちらの方が分が悪いとシュウは感じていた。
蟻の前足による振り下ろしを小剣で受け流していたが、シュウは疲れもあり、小剣が弾かれてしまった。
「しまっ!」
弾かれてしまった驚きで声を上げてしまうが、蟻もその隙を逃さない。
両前足を一度にシュウ目掛けて振り下ろしてくる。
シュウは弾かれた体制で受け流すのは間に合わないので、必死に体を回避させる。
寸でのところで振り下ろしから回避に成功し、体勢を整えようと顔を上げると、蟻が大顎を広げ迫ってきていた。
この蟻を見て一番に目が行くであろう大顎を蟻は今まで一度も攻撃に使おうとしなかった。
硬い甲殻に覆われた体の弱点を自分でもわかっていたのだろう、体を繋ぐ節目という弱点。
とりわけ動物の行動の中心となる頭を支える首にも例外はなく節がある。
大顎を攻撃に用いれば、素早い動きを得意とするだろうこの人間に狙われると本能で悟っていたのか、ここまで最大の武器である大顎を使ってこなかった。
連続攻撃で体勢を崩したこの人間に自慢の大顎を使うなら今しかないと大顎を広げシュウに迫る。
不利な状況を耐え、形勢逆転の大顎で勝負に出た蟻。
だが、この攻撃を相手も待っていたとしたら……。
挟んだら引きちぎるまで放さないと言わんばかりに、大顎でシュウを噛みつく蟻。
ガギンッ!
蟻は前足を避けて体制を崩していたシュウを複眼でずっと見ていた。
だが閉じた大顎は空を切り、何も捕らえてはくれなかった。
そして、襲い掛かる横から首への衝撃。
キィ!?
必殺の一撃が空を切り、相手を見失い、弱点である節、しかもその中でも注意していた首へ攻撃されたことに驚きの余り、再度声を上げてしまう。
混乱している頭でもわかるのは、この一撃はもう取り返しのつかないダメージを自分に与えたことだった……
だが、それでも……。
シュウの目の前に大顎が迫ってくる。
小剣が弾かれ、そこに両前足を振り下ろされ、体勢が崩れてしまっている。
この大顎に捕らわれてしまえば、悲惨な結末は想像に難くない。
だが、この大顎による攻撃をシュウも待っていた。
蟻の後ろ側の足は三本失っており、動くのも前足を使わなければなならない。
今、その前足は振り下ろし攻撃によって、地面に突き立てられている。
その状態で蟻がシュウを大顎で捕えようとするには顔を前に突き出さなければならない。
たわんでいるものを切るよりも伸び切っているものに刃を入れた方が斬りやすい。
シュウは全身に巡らす剣気を一気に足に集め、地面を蹴った。
前転で顎を躱し、腰から左手で短剣を抜く。
……シモンの所で自分で打った短剣だ。
足に集めた剣気を再度全身に巡らせ、左手の短剣を蟻の首目掛けて突き出す。
思った通り頭の動きを阻害しないように、首は甲殻に覆われていない。
そして、伸び切った首には短剣が抵抗も感じずに突き刺さる。
蟻から驚いたような声が上がった。
このまま更に小剣で首を狙おうと小剣を構えようとした時、
ゾクッ!
気が付けば蟻がこちらを見ている。
背筋に悪寒が走る。
シュウは蟻から何かこちらに魔力のような流れを感じ、その場から飛びすさんだ。
一瞬後シュウが先程まで立っていた場所に深い穴ができていた。
(こいつ魔術使えるのか!?)
しかも、こっちの世界に来てトラウマ物の落とし穴のような魔術だ。
蟻は動くことを止めて、シュウを頭だけ動かし追ってくる。
再度、魔力の流れを感じ魔術が放たれようとしている。
シュウはこのままだといつか落とされてしまうと感じ、最後の勝負に出る。
落とされるが先か、止めを差すのが先か。
大きく迂回しながら蟻に向かう。
蟻は首に短剣がまだ刺さっているので、大きく首を振ることができない。
それでも、二度三度シュウの足元に落とし穴を作ってきた。
シュウは蟻の後ろに回り込みそのまま地面を蹴った。
腹部の甲殻を踏みつけ頭に迫る。
空中で剣気を小剣に集め、
片手剣基本剣技 バーニングブレード
小剣が赤く赤熱する。
それを、付き立つ短剣の反対側の首に叩き込む。
もう首は伸び切っていないので、斬りにくい。
だが、熱を帯びた刃と勢いで蟻の首を切り落とすことに成功した。
頭を失った蟻が力を失くし崩れ落ちる。
シュウは上手く着地すると、小剣を地面に突き立てた後、手を膝に着いた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
久しぶりに息をしたような気がする。
汗が止めどなく流れてくる。
息を整えるのにしばらくそのまま動けなかった。
そして、呼吸が整ってきてから改めて蟻を見る。
「絶対、Eランクって嘘でしょ。
どこが、一匹だと弱いんだよ。
ぜんぜんハが立たなかったよ」
この硬い甲殻を解体する気にもなれず、魔法鞄で全部持って帰ってギルドで解体してもらおうとまずは頭を袋を取り出して入れ、魔法鞄に入れた。
(そのまま頭が鞄に入っているのが気持ち悪かったから)
そして、体側の首にまだ刺さっていた短剣を回収し、体も布で簡単に巻き魔法鞄に突っ込んだ。
魔法鞄すごい便利。
(シュウはできるだけ自分で解体しているが、ギルドでも解体してもらえると知ってから、自分では無理そうな死体は持って帰るために、布を常備するようになった)
「ふぅさってっと」
周りを見渡し、小剣がまだ突き立てたままだったのを回収した。
硬い甲殻を叩いたがまだ刃こぼれはなかった。
自分の打った短剣はどうだろうと取り出して確認してみるが、こちらも無事だった。
短剣を仕舞いつつ、腰の辺りが何か温かい気がすることに気づいた。
思い当たるのは腰に留めている魔術書だ。
「あっ」
魔術書を開き、魔術一覧のページを開くと、
妨害魔術
・ピットフォール
魔術が増えていた。
思い当たるのは、蟻がこちらの足元に開けてきた落とし穴。
あれか……。
この世界に来るきっかけも落とし穴で来てからも落とし穴に落とされた。
「あ、これで今度は落とす側なのか」
それはそれで面白そうだと考えていた。
その時、
ゾクゾク!
また何か嫌な予感がする。
なんだ?まだなにか?
はっと思い立ち、戦いに集中するあまり使うのを忘れていた気配察知を使った。
ゾワゾワゾワ。
「うっ。
な、なんだこれ」
カシャカシャカシャカシャ。
何か得体の知れない音がする。
それも大量に。
周りを見渡してもそんな音を発するモノは見当たらない。
ふとあるとこで目が止まる。
「ま、まさか……」
それは、蟻がシュウの足元に作った落とし穴。
さっき覗いた時に、底が見えないくらい深く真っ暗だった。
この落とし穴。
シュウを落とすための物じゃなかったら……。
思い起こせば一日以上この周辺をウロウロしているだけだった大蟻。
一匹でいることが珍しい習性の蟻。
実は一匹ではなかったら……。
蟻は基本どこに巣を作るのか……。
そして、蟻はたしか巣から分かれる習性もあった気がする。
地球ではどうだったか忘れたが、冒険者やモンスターがたくさんいるこの世界だ。
その生態も進化し、斥候を地上に出している可能性もあるのではないか……。
そして、その地上から地下に空いた穴。
思えば似ているではないか……
新しい魔術を覚えた喜びは、それどころではない事態によってかき消された。
そうだ、ここに向かっている間も嫌な予感がしてたんだ。
そう、そして自分は間に合わなかったんだ。
続くよ……




