22.新しい一歩
ルーツの所に依頼と剣術の訓練に通って二週間が過ぎようとしていた。
その間にシュウは一日の半分はルーツの所で訓練し、後の半分は他の依頼を受けていた。
お陰でブランジリの地理に詳しくなり、知り合いも増えた。
そして、その依頼先で様々な事を学ぶことができた。
字の読み書きもリームやビアンゼに夕食後に教わったり、冒険者ギルドではサーシャに、依頼で出会った学者や錬金術師(この世界には錬金術があったのだ)が進んで教えてくれた。
そして、日課となりつつあるルーツの依頼である薪を割り、剣術の訓練に移る準備をしていた時の事だった。
「剣や他の身のこなしが形になりつつある。
そろそろ、街の外の依頼を受けてみろ。
戦わなくてもいい。
俺が教えた冒険者の心構えを街の外で感じ取って欲しい。
街門の中と外の雰囲気の違いが今ならわかるはずだ。
それに、他の依頼でもいろいろ聞いて回っているのだろう?
それらを無駄にしないように、身に付け、生きた知識としろ」
と、新たな指示がでた。
「え?もうですか?
まだ全然ルーツさんに敵わないですし、外のモンスターと出会っても大丈夫でしょうか?」
この二週間、ルーツの所で剣の型や動きを教えてもらい、実践さながらの手合せをしたが、現役を退いたはずのルーツから一本も取ることができていなかった。
「お前は戦いの中でも常に相手を見て、考え、動けている。
俺の動きも最初よりは付いてこれているはずだ。
だが、それは俺の動きに慣れてきただけでもある。
他の者、モンスター達は全く違うぞ。
先も言ったように戦わなくてもいい。
“見て”こい。
それだけでも、お前には価値があるだろう。
それに心配せずとも、俺とかなりの間打ち合えるようになったんだ。
そこらの冒険者よりも戦える保証をしてやる」
ルーツはシュウにニヤリと笑って見せた。
冒険者となって毎日依頼を受けていたが、全て街の中だった。
そして、それを知った冒険者はシュウの事を腰抜け冒険者や雑用冒険者等と揶揄していた。
シュウ自身はあまり気にしていなかったが、それを聞いたサーシャを始めとしたギルド員達は声のした方に非難めいた目を向けた。
「本当ですかね?
他の冒険者のような雰囲気が僕にあるように思えないんですが」
ギルドにいる冒険者達のようにギラギラとした雰囲気がシュウにはなかった。
それを聞いたルーツはガハハと笑いながら。
「そんなこと気にするな。
あんな無駄に剣気を撒き散らしている奴らなんて放っておけ。
自分の修業が足りずに依頼を満足にこなせず、他人の成功を妬んでいるような奴がそうなりやすい。
そんな奴に限って住民クエストを蔑ろにする。
大丈夫だ。
お前の基本はここに来た時からできていた。
過去にここの剣ではないものを学んでいたのだろう?
お前から聞いたゴブリンに襲われた時は、武器もなく、突然の事だった。
恐怖で体が付いて来なかっただろう。
だが、もう違うだろう。
武器が無くても戦える術、不意を突かれないようにする気配の察知術、俺の剣気への恐怖への対処、戦いの中での身のこなしを俺が教えてやった。
何度倒されてもお前は起き上がってきた。
俺以上に強えモンスターなんぞいくらでもいる。
そんなやつに今すぐ挑めとは言わん。
まずは外の空気を吸ってこい。
初めて見るモノにはいつも通り、よく“見ろ”。
そして考えろ。
活路はその先にある。
最後まで諦めるな。
お前にはできると俺は信じている」
この街に来る直前のゴブリンとの戦いで少なからず街の外に恐怖心を持っていたことを見抜かれてしまっていた。
ルーツの依頼やその他の住民クエストを受けていたのもそのためで、ギルドの冒険者達が言っていた「腰抜け」も外れてはなかったのだ。
けれど、この二週間で様々なことをルーツや街の人々から学んだ。
今なら冷静に戦えればあのゴブリン達でも負ける気がしない。
「わかりました。
冒険者ギルドに行って、街の外のクエストを受けてきます」
シュウは真っ直ぐルーツの目を見て告げた。
「うむ。いい剣気だ。
行ってきなさい。
何度も言うが、実戦をしろとは言わん。
採集のような依頼で十分だ。
お前なら様々な事を感じ取れるだろう」
ルーツもシュウの目を見て真剣に応えた。
「はい。わかりました」
「くれぐれも無茶はするな。
自分の命をまず第一に考えろ。
これをお前に預けよう」
ルーツはそう言って、腰に下げていた剣を外し、鞘ごとシュウに差し出した。
「あくまで護身用と考えろ。
自分で進んで戦えとは言わん。
自分や周りの者が危険になった時に使え」
シュウは差し出された剣を受け取った。
いつも訓練で使っていたのは木剣だったので、本物の剣を持つのは初めてだった。
剣は両刃の小剣だ。
短めの剣だがずっしりとくる重さがあった。
「どんないい武器でも最初は重さに戸惑うだろう。
慣れるまでは肌身離さず持つことだ」
小剣を見つめるシュウにルーツは語りかけた。
「はい。ありがとうございます。
あの、明日からは…?」
シュウはルーツの依頼で数日通う契約をしていた。
そして、契約日数はまだ残っていた。
「それはいつも通りだ。
まあ、大ケガをして来れないようならギルドから連絡が来ることになっている。
そうならないように注意して行ってきなさい。
まだまだ未熟なのは変わらん。
こちらはこれからもみっちりしごいてやるつもりだからな」
ルーツはまたニヤリと笑った。
「はい、よろしくお願いします。
では、行ってきます!」
そう言って、シュウは冒険者ギルドに向かうため駆けだした。
残ったルーツはシュウが門を抜け、見えなくなってもその場に佇んでいた。
「さて、あとはそちらに任せて大丈夫か?」
ルーツが誰ともなしに独り言を言うと、家の陰から一人の男が現れた。
「ああ。任せてくれ。
と、言っても、君が釘を刺してるから、あの子は簡単なクエストを選ぶだろう。
素直でいい子だからね」
陰から現れた男はルーツの横に並び、先程出て行った少年を見るかのように門を見つめた。
「ただ、悪かった。まだ訓練の途中だっただろう?」
男はどこにでもいそうな服装で帽子を目深にかぶり、影で顔を隠していた。
「それは心配いらん。
あいつにも言ったが、すでにそこらの同ランク、Eランクの冒険者よりも戦えるだろう」
「さすが、君が直接鍛えているだけのことはある。
他の新米冒険者も見習ってほしいよ。
自分の実力もよく理解せずに討伐依頼ばかりに目を向ける」
男はお手上げといったように両手をあげる。
「俺やお前も初めはそうだったではないか」
そんな男にルーツは腕を組みながら答えた。
「それにシュウは別格だな。
俺が訓練せずとも強くなっただろう。
俺やお前を超えていく資質がある」
「君がそこまで言うなんて珍しいね。
後はあの子が力の使い道を誤らない事か」
「うむ。だがどうした?
お前から奴に外を見せてほしいと連絡があった時は驚いたぞ」
ルーツが目だけを動かし男を見た。
「ああ。また皆さんに集まってもらって改めて報告しようと思うが、君には先に伝えておこうと思う」
「ふむ。お前がそこまでするということは余程のことか」
「国の動きがきな臭くなってきた。
ここにもすぐ伝わってくるだろうが、勇者召喚が行われた」
その言葉を聞くとルーツは目を見開き、顔ごと男に向けた。
「それは本当か!
と言うことは、また国は戦争を始めるつもりか…」
「まだ勇者が呼ばれたばかりだから、時間はあるだろうが戦争は確実だろう…」
ルーツが思ったよりも深刻な状況になっていたようだった。
「あの子が国に目を付けられぬように全力は尽くすが、どう事が運んでもいいよう、実力をつけてほしかったんだ」
ルーツに見つめられながらも、男は門を見つめたまま語った。
「そのような状況なら致し方あるまい。
こちらもあいつの実力が少しでも上がるよう努めよう。
それから、皆には俺から連絡をいれよう」
「いつもすまない」
「ああ。気にするな。
お前が好きに動けないのは皆知っている。
押し付けたのは俺達だからな」
「変わってくれてもいいのだがな?
いつでも譲るぞ」
「いう程簡単ではないだろうに」
そして、ルーツはまた門に向き直った。
「修行の工程をいくらか早めねばな…」
そこに、
「あらあら、男性お二人が恐い顔をして立っておられたら、お客様が入りづらいですわ」
そう言って、音も立てずにルーツの住宅から女性が出て来て、二人の後ろに立っていた。
「あなた、マルクさん。お茶をお持ちしましたわ」
女性は白いワンピースにカーディガンを羽織り、長い金髪を腰まで結っていた。
手にはトレイを持ち、湯気の立つカップとお茶請けの菓子が載っていた。
「流石ですな。全く気配を感じませんでしたよ。
フランさん」
突然現れたようにも感じるフランの登場にも一切驚いた様子もなくマルクは答えた。
「人のお家に気配を消して入ってくるお方には言われたくないですわ」
フランは悪びれた様子もなく、マルクに返した。
「お二人ともお茶が冷めないうちにどうぞ。
あ、冷たい方がよかったかしら?」
フランはお茶の載ったトレイを二人に向けつつ言った。
「いや、お構いなく。いただきます」
マルクはトレイからカップを受け取り一口啜った。
「シュウさんならきっと大丈夫ですわ。
ほら、あなたもお茶をお飲みになってくださいな」
フランは残ったカップをルーツに向けつつ首を傾げた。
「ああ」
ルーツは腕を組んで門をじっと見つめながら返事をした。
「もう、あなたったら!
シュウさんならあなたが心配せずとも大丈夫ですわ。
マルクさん、聞いてくださいな。
シュウさんが来られるようになってから、この人ずっと楽しそうにしていらして。
ご指導なら私も参加したいですわ」
「「辞めておけ(ください)」」
フランの言葉に門を見つめていたルーツと茶を飲んでいたマルクが同時に声をあげた。
「もう~ズルいですわ~」
そんな二人の言葉にぷぅと頬を膨らませるフランだった。




