11.涙は異世界の地に
「眠ってしまったようです」
ティアが近くに寄ってきたアロンに言った。
「そうか。間に合ってよかった」
アロンも安心したように返し二人で“道”の端にシュウを移動させた。
「ティア。君も魔術の連続で疲れただろう。
休んでいろ。
ゴブリン達の処理をしてくる」
そう言い、ゴブリンと呼んだ小人を一箇所に集めた。
ティアは道の端で寝ているシュウの頭を少し持ち上げ、座った自分の太腿に乗せた。
「本当。間に合ってよかった・・・」
眠っているシュウの顔を見つめながら呟き、側に置かれた自分の布袋から清潔な布と水筒を取り出し、水筒の水で布を湿らせ、汗と土で汚れたシュウの顔を拭いていった。
心地よい風が髪を撫でるのを感じ、シュウは目を開けた。
「あっもう気が付かれました?」
女性の声がして、焦点の合っていなかった目がシュウを覗き込む目と合った。
頭の下の柔らかな感触と覗き込む女性の体勢から膝枕をしてもらっている事に気づき、
「あっ、すみません!」
慌てて体を起こした。
「うっ!?」
体を起こした時、ふっと力が抜けるようにふらついて右手をついた。
左手は肩の筋が張っているような違和感があった。
「まだ、安静にしてください。
傷は治癒しましたが、失った血と体力は戻せませんから」
女性は慌てて起き上がろうとして手をついたシュウの背に手を添え、ゆっくり座るように促した。
側に置いていた水筒の栓を開けシュウに渡した。
「まだ、君が眠ってから二十分も経ってないんです。
その水を飲んで落ち着いてください。
それから体のどこかに傷が残ってないか確かめてみてください」
女性に言われるがまま、水筒から水を飲み、体に異常がないか確認していった。
異常は頭が少しふらつくのと左肩の違和感ぐらいに思えた。
「頭が少しフラフラするのと、左肩が少し変な感じがします」
シュウは体に感じたことを女性に伝えた。
「フラフラするのは、血が出てしまっているからですね。
左肩は矢が刺さった傷を体が治そうとしているせいだと思います。
もう一度、治癒術をかけておきますね」
そう言って、左肩に巻かれた布を取り、小さくなっている傷口に手をかざして呪文を唱えた。
「ヒール」
光によって傷口はさらに小さくなっていき、わからなくなった。
(おぉ~これが魔法!さっきも見たけど、そんな場合じゃなかったからな)
「はいっ。これでしばらく無理に動かしたりしなければ、変な感じっていうのも無くなると思います」
肩の傷を治してから、湿らせた布で残っていた血を拭きつつ女性は微笑みながら言った。
そんな女性に照れながらシュウは、
「助けてもらって本当にありがとうございました。
怪我も治していただいて・・・
僕は、シュウと言います」
再度お礼を言い、自分の名前を告げた。
「これはご丁寧に。私はティアリスです」
ティアリスは軽くお辞儀をして、シュウに柔らかな笑顔を見せた。
彼女は金色の髪に美人というよりもまだかわいいといった顔立ちをして、白いゆったりとしたローブを着ていた。
「俺はアロンだ」
後ろから声がして振り向くとアロンと名乗ったであろう人物を見てシュウは驚いて固まった。
アロンの見た目は普通の人ではなかった。
シュウよりも頭一つ高そうな背に体には、布地の服の上から鉄でできた胸当てや手甲とブーツ、腰には鞘に収まった長剣を佩いていた。
しかし、服の隙間から見える部分は少ないが、人なら肌が見える部分には青みがかった灰色の毛で覆われており、顔は狼の顔をしていた。
「・・・シュウは狼人族、半人ハーフヒューマン族を見るのは初めてか?」
少し寂しそうな表情になった気がするアロンが尋ねてきた。
「は、はい。すみません。助けていただいたのに驚くなんて失礼ですね」
「気にしなくていい。誰も最初は同じような反応をする。
逃げないだけマシなんだ」
言って今度は優しく笑ったようだった。
(すみません。体がうまく動かなくて逃げれなかっただけなんです)
シュウは心の中の声をそっと封印した。
「アロンさんは優しい方なので大丈夫ですよ。
ゴブリンの処理はできたのですか?」
ティアリスが前半はシュウに、後半をアロンに向け尋ねた。
「ああ、獣人・・・特にゴブリンからは素材があまり取れんからな。
獣人からは目ぼしい装備と魔石を頂くくらいだ。
今の奴らは動物の牙や貝で作られた首飾りを着けていたが、珍しい素材でもないからそんなに金にならんだろう。
魔石は・・・」
アロンがティアリスに向けて説明を続けていたが、横で聞いていたシュウは耳に入ってきた単語が引っかかった。
「・・・ゴブリン?」
それは元の世界のゲームに登場するポピュラーなモンスターだ。
異世界に召喚された事はシンから聞かされたが、この世界は元の世界と同じか近い世界だとどこか他人事のように感じていた。
だが、ここに来て、命を狙って襲ってきたモンスターや傷を癒す魔法、目の前にいる狼人族を見て
異世界にいる現実を突きつけられた気分だった。
シュウの気がつかないうちに涙が頬を伝っていた。
ゴブリンに襲われ命に危険が迫った時でも泣かなかったシュウだったが、知らない世界に一人で来てしまったこと、元の世界に戻る方法があるのかもわからないことの心細さと不安が溢れ、自然と頬を濡らした。
「なるほど~。これからしっかりと学ばないと・・・。
それで、シュウさん・・・?
って、ど、どうしました?だ、大丈夫ですか?」
アロンの説明を真剣に聞いていたティアリスは俯いて静かにしていたシュウに目を向け、シュウが泣いている事に驚いて尋ねた。
「えっ!?あ、あれ?なんでだろ?」
シュウはそこで自分が泣いている事に気づいた。
自分がなぜ泣いているのかわからず、手で涙を拭うが次々と目から溢れてくる。
「ど、どこかまだ痛いんですか?治癒術かけますか?み、水飲みます?何か食べますか?」
心配と突然の涙で気が動転しあたふたするティアリス。
横で見た目怖いアロンもどうしていいかわからないようで、何か食べるなら狩ってくるぞ。と、周りをキョロキョロとしている。
「い、いえ。大丈夫です。何でもありません」
二人の気遣いを申し訳なく思い、シュウは言ったが、
「何でもなくない!何で、あなたは泣いているの?」
と、ティアリスはシュウに訊ねるのを止めなかった。
「・・・わからない。
けど、さっきのモンスター・・・
ゴブリンを見て、思ったよりも遠くに来てしまったんだなと感じた・・・のかな?」
俯きつつ止まらない涙を拭いながら、自分の気持ちを整理しようと思った事を口にした。
そして、不意に頭が少し引かれ、暖かい感触に包まれた。
ティアリスがシュウの頭を両手で引き寄せ、優しく抱き抱えた。
「えっ!?」
驚くシュウに耳元でティアリスが囁いた。
「大丈夫。あなたがどこから来られたのかわかりませんが、ここにいます。
ちゃんと立ってます。ちゃんと生きてます。目を開けて起きてます。
私たちもいます。一人じゃありません」
それを聞いたシュウは、
「・・・僕は・・・僕は・・・ううぅ」
ティアリスの腕の中、無意識のうちに嗚咽が漏れた。
そんなシュウをティアリスは片手を頭から背中に下ろし優しく擦った。
ティアリスの言葉を聞いたアロンが複雑な表情をしていたが、気づく者はいなかった。




