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非日常ナイトメア  作者: しろくろん
序章
1/2

#1

ーーこうして、私は、人の手及ばぬ奇怪な事件に巻き込まれることとなってしまったのである。

前々から欲しがっていた『非日常』がすんなりと手に入ってしまったことについて、興奮冷めやらぬ思いを抱いていたが、その時の私は、前言撤回せざるを得なくなるとういうことを、まだ知らなかった。






そう締めくくり、私はノートを閉じた。握っていたシャープペンシルをその脇に転がし、端々が捲れている厚紙の表紙をまじまじと見つめる。

タイトルをいれられるそこにはまだ何も書き込んでいないが、というか、中身を書き込んだはいいものの、タイトルが思い付き過ぎて決まっていないので、空白のままなのだ。意味深長なタイトルにするか、長たらしい、文のようなタイトルにするか、候補を立てて、消して、立てては、迷っている。

でもタイトルで足踏みをしていたら先に進めない。だから私は、無記入のままにしておいたのだ。

そんな、誰に説明しているでもない、どこか偉ぶったセリフを妄想していると、聞き馴染みのある声が私を現実に引き戻す。

「やあ、ミョウガセンセ! 執筆捗ってるかね?」

戯けた口調でそう言ったのは、クラスメイトのシズクだ。彼女は私の小説の唯一の読者であり、批評家でもある。

「うーん、まあまあかな?」

「おお! それはそれは、読者のこのシズクさんもワクワクしますなぁ! なんてったって、この前まで『全然ダメ』って、シャーペン持つだけで青い顔をしていたのに、よくぞ復帰なさった、センセ!」

「止してってば、センセだなんて。 私は趣味で作文してるだけだよ」

「良いじゃない、将来作家になるんでしょ? 今のうち、センセ慣れしといたほうが良いさ!」

「センセ慣れって何よ……」

シズクは本気で私を応援してくれる。作家になりたい、という夢は、小学生までは、父も母も学校の先生も応援してくれたものだが、高校生になった今、作家になりたいという夢を鼻で笑う大人のほうが多くなってしまった。

そして、いつまでも妄想の世界を書き出すのに忙しい娘を、両親は何処か心配している様にも思える。

それでも私が折れずに居られるのは、彼女のお陰と言っても過言ではない。

「前作はスランプもあったけど、今まで以上に陳腐な言い回しの多様で情景が一切入って来なかったし、伏線の回収もズルズルですごい退屈なものだったけど……今回のはマシになっていることを期待してるよ!」

この様な心を全力で折りに掛かってくる、甘味料一切不使用のスパイシーな物言いも、彼女の良さと言ってもいい。 ただ、心が折れかけたことが無い訳では無いが。

そこで、一限目開始を告げる鐘が鳴った。

シズクを含め立っていたクラスメイト達がばたばたと席に座り、引き戸を開けて教師が教室に入ってきた。

それでは教科書の六十七ページをーー

私は執筆ノートを机の中に入れた。


*


放課後。

シズクと最近読んだ本について語らいながら、夕焼けの中を家に向かってややゆっくりと歩いていた。

「それでさ、その謎の人物が見たっていう夢のお陰で、災難を逃れたっていうオチで」

「予知夢だった訳かあ」

「これがノンフィクションだったら、すごい話じゃない?」

「私らが生きるこの現実で、身体から某鼠のように電気を発したり、何もない空間に炎を出現させたりは出来ないでしょうに」

「でも、予知夢ならあり得そうじゃないかな?」

「予知夢ねえ……」

定期テストの問題が分かる予知夢なら見たいものだ、とシズクは笑った。

世の中には摩訶不思議な伝説が多々ある。過去に迷い込んだとか、未来人とか、サイキックとか。どれも誰が言い出したのか不確かで、殆どあり得ない内容なのに、何処か現実味があって、興味をそそる。

シズクは小説の世界を限りなくファンタジーとし、現実と一線を引いている。私は。

「もしもだよ? もしも、そういう不思議な力が現実にあったら、現実はもっと刺激的になると思うのよ」

「んな、死傷者絶えない世界なんて御免だけどね」

返す言葉がない。

「そういやミョウガセンセ、途中経過でいいから作品を見せておくれよ」

「ええ? 本当に途中だけど」

「構わないさ」

「仕方ないなあ」

と言いつつ内心にやける自分がいた。

手提げの口を大きく開け、教科書とノートの隙間を探る。探る?

「あれ?」

探らなくたって、白いページが多いにしてはやけにぼろいノートはすぐ目に入るし触れば分かる。だがその空間にみっしりと詰まっているのは教科書とただのノートだった。

「どうしたんだねミョウガセンセ。 まさか」

そのまさか。

「わ、忘れてきたァ!!」

悲鳴にも似た叫び声を上げて、手提げの口も閉じずに踵を返し、走り出す。

シズクの「先に帰るよぉ」という言葉も気付かず聞こえないままに、私は一目散に学校へ向かった。


*


息絶え絶えに靴を履き替え、階段を駆け上がり、渡り廊下を疾走した。通り過ぎていく教室を横目に見ると、まだぽつりぽつりと生徒が残っている。

漸く辿り着いた我が教室、引き戸を勢い良く開けた。ぱしんと軽い音が鳴ったが、『ほぼ』空っぽな教室に響くには十分な大きさだった。

そして、視線。顔を上げると、見慣れない、おそらく上級生の生徒が教室の真ん中あたりの机に集まっており、此方を見つめていた。

夕方の鮮やかなオレンジ色の手前、二人、同じ顔。もう一人は、ガスマスク。囲まれるように鎮座している生徒は、血に飢えた獣のような目つきをしていた。

視線に戸惑いわたわたしている私を他所に、

「誰もいないんじゃあ無かったのか」

「今まではいなかったけど、今はそうじゃないね」

「今までも僕らがいたからいなくはないと思うなあ」

と話し出した。ガスマスクの人物は携帯を弄っている。

やっと自分の使命を思い出した私は、硬直から抜け出す。さあ、忘れ物を回収しないと。しかしここでまた問題が発生した。

あの目付きの異常に悪い生徒が座っている座席、そここそ私の座席なのだ。

しかし彼等は談笑しており、避ける素振りはない。当たり前だ。私の座席だと知らないから。

微妙な距離まで近付いて、私は「あのう」と弱々しく声を発する。

真っ先にそれに気が付いたのは事もあろうか眼光鋭い真ん中の生徒。

「あ?」

顰めた顔は目付きも相俟ってますます形相を強く彩る。反射的に謝ってしまった。私は何ひとつ悪くないのに。

「あ? じゃないでしょ。 桐ちゃんたら……御免ねえ、何かご用?」

同じ顔二人の片割れは見ず知らずの私に助け舟を出してくれた。ゆったりとした口調に少し緊張が解ける。

「そ、そこ……」

「……ああ、ここ、お前の席だな? 忘れもんか、さっさと取って、あと帰れ」

彼はがたりと椅子から立ち上がって、脇に避けた。

私は何故か無意味な謝罪を繰り返しながら、机の中にあったノートを掴んでそのまま教室から逃げるように脱出した。一刻も早く抜け出したい一心で昇降口まで駆け抜けた。

ぜえぜえ息を切らしていて、私はある事が引っかかった。

ーーここ、お前の席だな?

私は何も言っていない。しかし彼は何か確信してーーまるでそこが私の席であると知っていてーー立ち上がったように見えた。

そう考えると実に奇妙だ。

「まあ、あの場面なら、気がつかなくもないよね」

そう考えると実になんともない。

数ある可能性の中で、突飛なものを私達は即座に排除する。そうでなければ揺れてしまうから。となると、シズクは、基盤の揺れを防ぐ為にあそこまでフィクションの線引きをしっかりしているのだろうか。

また、偉そうな見聞を脳内につらつらと述べながら、私はそそくさと帰路についた。


*


「ねえ、桐ちゃん、観てたのかい?」

「ああ」

「やっぱりあの子が件の女の子で?」

「多分な」

少々眼光鋭い点を除けば、整った風貌の少年は殆どの区別のつかない二つの顔に囲まれていた。

>日付とか時刻は分かんない?

手元のスマートフォンに、そんなメッセージが届く。目の前に座る容貌の知れない少女からのものだ。

「分かるわけないだろ。 時計を見たなら兎も角、分かるのは夕方過ぎ頃ってところだ。 憶測でしかないが」

あくび交じりに声で返答する。

「今日、ってことは有り得るかなあ?」

ほぼ同じ顔の片割れ、比較的おっとりした少年は、おっとりとした口調で彼に尋ねた。彼はそれを即座に否定する。

「や、無い。 観たのは別々だったし、もう片方の彼奴は見える限り制服じゃない」

新しいメッセージが届く。

>じゃあ休日の可能性が高し?

「そうなるだろうね」

同じ顔の片割れ、こちらはしゃきんとした少年で、容貌が似ていながらおっとりした少年と性格は似ても似つかない。

「まァ俺が出来るのはここまでってこった。 後は宜しく」

「まったく部長は非力だから、肉弾戦じゃさっぱりだ」

「でも、桐ちゃんのお陰でやって来れた訳だし……一番体力使うの、結局桐ちゃんじゃない?」

>体力が無いことに変わりはないわ

「この前の体力測定散々だったし」

「おお、そういえば、そうだったねえ」

「ボロクソ言いやがって、お前等」

少年は不服そうに眉を顰める。

会話の内容は得体が知れないが、彼等は誰が見ても下校中の学生達で、なんらおかしい部分はない。むしろこれを学生と言わずなんと言い表せよう、そんな見た目だ。

「兎に角、次の休みまで気を抜くなよ」

揶揄いに夢中な三人に呆れ、少年は適当に切り上げた。


*


私はお風呂を済ませベッドの上で仰向けになっていた。いつもなら睡魔に負けるまで本を読みふけるのだが、今日はそんな事をする気にはなれなかった。

あの四人が網膜に焼き付いて離れない。瞼を閉じると、夕方の強烈なオレンジ色と共に、教室が鮮やかに蘇る。

彼等は一体なんだったんだろう。

それともあれは夢だった?

でも、夢であったはずはない。私は確かにノートを忘れて、教室に戻ったのだ。

そこにあったのは。

私が心の底から求める、非日常。

あの場面は、まるでいつもの日々から切り離されて忘れ去られてしまったような、異世界であった。部屋と廊下の空気の違いは明白で、馴染んだ教室も、見た目が同じなだけの違うものに思えた。

もう一度彼等に会いたい。

私はそう思った。

またあの非日常に触れたい。

それは単なる錯覚でしかないのだが。

シズクがこれを聞いたらきっと笑い転げるだろう。

あそこにいた四人が物の怪の類でなければ、おそらく同じ学校で且つ上級生だと思われる。

明日、シズクに聞いてみよう。彼女はリアリスト風だけれど噂の類に妙に詳しい面もある。

私は瞼を閉じた。強烈なオレンジ、影絵の四人、肌を撫でる異質感。全てがはっきり思い出される。

私はあの空間で完全なる部外者だった。一刻も早く抜け出さなければこの異質感に飲み込まれてしまう。しかしその恐怖が、今では何故か期待感に変貌を遂げていた。鼓動が小刻みに、大きくなるのを感じる。

それは、新しい本に出会い、その世界にのめり込んでいく感覚とよく似ていた。

私の中のもう一度会いたいという願いは益々膨らんで止まる処を知らない。

出来ることならもう一度、叶うのなら何度でも。



ーーあの非日常に、飛び込みたい。

異能力モノって良いですよね。忙しい時に限って捗ります。ところでコレ、一応空想科学の設定にしてありますが、仮設定ということで今の処お願いします。

(7/29追記:色々あって結局ローファンタジーにしました。すみません)

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