際会
「よし、通っていいぞ」
国境を越えるというのは僕のいた世界より遥かに簡単で、やらなくてはいけないことは名簿に名前を書くだけだ。
「それにしても驚いたな。ウェルドが国王直々の命を受けていたなんて…」
「まぁこれでも一応、近衛兵団では名を挙げてたからな。努力の結果さ」
「努力…ね……」
彼のように努力が報われるタイプというのは、『努力できる能力』と『運』を持ち合わせてる者しかいない。
それの典型である彼や、彼のモデルとなった幼馴染のことを考えると、心の中に淀んだ塊が生まれた。
「さて、こっからは森だし、一応気をつけて進もうぜ」
妖精族の国の首都へ出るにはこの『白銀森』を抜ける必要があった。
文字通り、木々の葉が白銀で出来ている、目が眩むような森だ。
ここには普通の森はないのだろうか。
「キキッ!!」
「こいつが一番張り切ってんな」
ウェルドの言葉に「勿論だ」と返したいのか、リスは定位置からスルスルと降りると先頭を走りだした。
「わ、おい待て!!!」
そしてリスは公道からそれて、深い森の方へ走っていた。
「追いかけよう!!」
「うん」
僕達は言うが早いか、木々を避けながら見失わないようにリスを追いかけた。
♤♡♢♧
「はぁ…はぁ…」
「何処行ったよあいつ……」
流石に小動物は足が早い。
しかも木の上を移動されれば、いくら目がよく立って見失うのは必然だった。
「野生に帰りたかったのかな…」
自分で呟いておきながら少しだけ切なくなる。
昨日の夜は僕の枕を布団代わりにすやすや寝息を立てていたというのに、乙女心よりも心変わりが早いんじゃないのか。
「まぁあれも一応モンスターだしな…ありえなくはない――」
「フィーラ様いけません!!」
ウェルドが最後まで言い切らないうちに、誰かの声が少し奥の森から響いた。
「なんだ??」
ウェルドが声の聞こえた方向を睨むと、ちらりと二人ほどの人影が見える。
「行ってみよう」
僕の提案に、ウェルドは頷くだけで答え、声の方向へ急いだ。
♤♡♢♧
「何故なのバート…?こんなに可愛らしいじゃない」
「可愛い、可愛くないの以前にそれは魔物です!何をしてくるか解ったものじゃ――」
「でも甘えた目で見てくるのよ?」
「関係ありませんって…!さぁ、もう行きましょう。日が暮れてしまってはいけません」
「あああ!!やっと見つけた!!!」
声の方向へ行くと、探していたリスと共に、二人の男女がいた。
二人共やはり僕達と同じくらいの歳に見えるが、その姿は少し変わっていた。
先ほどの悲鳴のような声を上げた男性は茶色い髪を長く伸ばし、後ろで一つに結んでいる。
森の色よりも少し明るい黄緑色の目は、切れ長であるのに優しげだ。
手には弓を持っていて、すぐに弓使いだと解った。
女性の方は、陽の光に溶け込みそうな金色の髪を腰まで伸ばしていて、サラサラと彼女の動きに合わせて揺らめいていた。
青くぱっちりとした瞳はサファイアを連想させる。
踊り子なのか、薄い桃色をした透け地の衣装はアラビアンナイトの世界に出てきそうな衣装だった。
尖った耳さえなければ、二人共普通の人に見える。
…そしてまた、僕の知り合いによく似ていた。
「見つけた………?あなた方は、 人族の国の使いか何かか…?」
男は目だけを鋭くさせると、問答無用とばかりに弓を構えた。
「うわっ?!ちょ、ま、穏便に行こうぜ?な?」
「お答え願いたい…国の使いの者か?」
「バ、バート…!!」
慌てるウェルドに再度問いかけるバートと呼ばれている男を、隣にいる少女が必死に止めようとしていた。
――あぁ、会話などしたくなかったけれど、これは止めに入らなきゃ殺されるな
半ば諦めながら、僕は口を開いた。
「…ねぇ、落ち着きなよ。確かに僕の隣にいる奴は国の使いだけど、僕たちが用あるのは君たちじゃなくて、そこにいるリスなんだから」
「え……?」
「キキッ!!」
僕がそう言うと、ポカンとした青年の隣をリスは悪びれもせずに通り過ぎ、僕の頭によじ登った。
「お前、今日はおやつ抜きだからな」
「キキッ?!!キッ!キッ!」
器用に僕の目の前に顔を持ってくると、リスはクリクリとした丸い目で「それだけはやめて」と懇願する。
「あ、あのぅ……」
声をかけづらそうに話しかけてきた少女に、僕は目線だけで「何だ」と返す。
「そ、その子、多分遊びたかっただけだと思うの…だから、その…許してあげて?」
そう頼んでくる真っ直ぐな少女の目を、僕はきちんと見れなかった。
見たく、なかった。
「…まぁ、考えとくよ」
素っ気なくそう返すと、彼女はホッとした様子で微笑んだ。
「………失礼をお許し下さい」
「あ、いや、別に大丈夫さ!誰だって誤解あるしさ?」
女二人の様子を見て危険ではないと判断したのか、男は弓をおろした。
「あぁ、そうだ、その姿、エルフだよな?」
「?…そうですが、何か………?」
せっかく下ろした弓を、ウェルドの問で男は再び構えかける。
「そんな構えないでくれって!俺たち、『不幸のドラゴン』について調べてんだ」
「「不幸のドラゴン?!!」」
いきなり大人しそうな二人が声を上げるので、僕もウェルドも少し気圧された。
「そ、そうそう。何か知らないか?多分フェアリーよりエルフの方が、こういうの詳しいだろう?」
「………調べて…調べたら…どうするんですか……?」
青年に代わって、少女がウェルドに問いかけた。
「え、どうするって…そりゃあ最後には退治るつもりだけど…」
「「それはダメです!!!!」」
何処までこの二人は息がぴったりなのか。
いっそ調べたくなる。
「な、なんでダメなんだ…?」
既に何処かたじたじになっているウェルドに青年が答えかけた時だった。
「おい!!!いたぞ!!!」
「覚悟しろ!!!」
「?!フィーラ様、行きますよ」
「え?でもまだ説明――キャッ?!」
フィーラと呼ばれた少女が言い切る前に、青年は少女の手を引いて、森の奥へと風のように消えていった。
「な、なんだったんだ…………」
半ば呆然と、僕とウェルドはその後ろ姿を見つめることしかできなかった。