観取
この男、やはり幼馴染に似ている。
勿論、髪や眼の色は絶対に違うけれど、顔立ち、背丈、声は、ここまで似るようなことがあるのかと疑うほどだ。
それに、この男が名乗った名前…ウェルドという名にも、聞き覚えがある。
でもそんな奴、僕の知っている世の中で出逢うような訳がないし、ゲームでもそんな名前のキャラクターは聞いたことがなかった。
「…で、ガンナーの姉ちゃんの名前は?」
その言葉でやっと我に返った僕は、一瞬挙動不審に見えただろうか?
しかし気にせず、スラリと答える。
「僕はシオン。…助かったよ。ありがとう」
「シオン…ね、オッケー覚えた。…くくっ」
いきなり笑い出した彼を訝しげに見つめると、彼は「ごめんごめん」と謝った。
「いや、女の子…なんだよな?僕っていうから、ギャップ?がさ」
───あぁ、そのことか
「別に第一人称なんて自由だろう?何か文句でも?」
「ないない!ありだと思う…ははっ!」
なんかこうも笑われると癇に障る。
だが命を助けられた手前、これ以上失礼なことを言うのもどうなのだとも思う。
「そいつ、かわいいな。ペットか?」
「キッ!!」
そこまで言われてやっとリスの存在を思い出した。
この子が軽すぎるのが悪い。可愛いから許すけど。
「いや、この子のことは、草むらで見つけたばかりだよ。自分から寄ってきてくれたんだ」
「へぇ?」とリスの瞳の奥を見ようとするように、ジッと見つめられたリスは、隠れようと器用に尻尾を顔のところまで持っていく。
「恥ずかしがり屋なんだな。それとも俺の目が怖かったかな」
少し寂しげな笑顔をチラリと見せると、やっとリスから目を逸らした。
まぁ確かにそのオッドアイで迫られたらちょっと怖いかもしれない。
「ところで、シオンちゃんは此処に何でいたんだ?修行か?」
「その呼び方やめろ…吐き気がする。呼び捨てで構わない」
学校へ行くと、キャピキャピ系女子が僕をそう呼んでいた。
元々ちゃん付けされることを嫌っていた僕は、その呼び方に嫌悪感すら覚えていた。
ちゃん なんてつけるようなキャラでも無いのだ。僕は。
それに相手が知っている顔と似ていたのだから、余計にそう思われた。
「ははは!分かった分かった。じゃあシオン、何で君は此処に?」
「………………………何となく。散歩ついでに」
「よく分かんないまま気付けばここにいました」などと言えるわけがない。
流石にいきなり『イタイ子』認定されるのは勘弁だ。
「散歩って………え、シオンって何処住んでんの?」
「え?あ〜……こっからもっとずっと先…かな…」
家なぞ知らないだなんてもっと言えるわけがない。
「じゃあ知らずに飛び込んだのか…?此処のジュエル草原、魔物が狂暴化しててさ、人が近寄んねぇんだ」
だから人を見なかったのか。
それなら納得だ。
ていうか随分センスのない名前だな。
だが………
「じゃあ何であんたは此処に来たのさ? 」
そんなに危険な場所と知っていれば、近づく必要も無いだろうに。
……いや、来てくれなかったら今頃自分の体はただの肉片になっているのだろうから来てくれたのはありがたかったのだが。
「ん?あぁ、此処って妖精族の国との国境への近道なんだ。急ぎの旅だからさ。利用できるもんは利用しちゃおうと思ってな」
ニンフェの国…?聞いたこともない。
やっぱりここは異世界なのか……?
「あぁ、そうだ、シオンは何か知らないか?『不幸のドラゴン』について」
僕はその単語に固まった。
「ふ……『不幸のドラゴン』……?」
「そうそう」
その単語は聞いたことがある──否、知っている。それも、とてもよく知っている。
そしてその単語を聞いた瞬間に、『自分の記憶』と『この世界』が繋がった。
「まさか此処…まさかな…」
「ん?どうした?」
「…何でもない」
確証がない。
本当に、まだ何の確証もないんだ。
「んー、そっか。あ、じゃあ俺、先を急ぐから、またな!魔物には気をつけろよ!」
そう言って立ち去ろうとしたウェルドの腕を、僕は慌てて捕まえた。
何度も言うように確証はない。
でも、もし彼が僕の知っている彼ならば、僕は彼についていくべきだ。
「僕も連れて行って…!!……足は引っ張らない…と思う」
頭は停止して、ただ口だけがそう動いていた。