邂逅
「はぁ…」
我ながら、よくもまぁここまで厄介な失態をしでかしてくれたものだ。
「覚悟を決めろ…ってことか」
僕はそう呟いて無い唾を飲み込みながら、僕を囲むモンスターたちの一匹に銃の照準を合わせた。
……頭に白いリスを乗せながら。
♤♡♢♧
状況を説明するためにも、これを読んでいる方々には時間を巻き戻って貰わなくてはいけない。
僕は数刻ほど、あれからずっと歩き続けていた。
しかし、景色は変われど、この視界的に喧しい草原から出ることはできず、心の片隅で焦りが生まれ始めていた。
───それに……
非現実的なものとは別のことにも、僕は違和感を覚えていた。
人がいないのだ。
まだ日も登っていて、下手に暑くもなく、寒くもないこの気候なら、日向ぼっこや散歩をしている誰かに会ったっておかしくはない筈なのだ。
でもいなかった。
それどころか小鳥も、動物も、虫すらいない。
陽気な景色とその違和感が混ざり、それは『嫌な予感』というものに変わり始めていた。
もしや自分が目を覚ました場所は、所謂『未開の地』というやつで、人は疎か生き物すら住めない何かがあるのではないか?いやむしろ、この世界自体、この異様な草原しかないのか?他に生き物は何も存在しないで、ただポツリとここに僕だけが落とされたか?
───独りを望みはしたけど、どうせそうならもっと静かで落ち着いていて暗い場所がいい…
思わず肺に溜まった大きな空気の塊を吐き出した、ちょうどその時だった。
ガサッ
自分の後方で、不意に音がした。
急いでその場で振り返ると、大きいふわっとした尻尾が見えた。
訝しげに近づいてみると、兎ほどの大きさのリスだった。
シマリスのようなそれは、尻尾だけが異様に大きく、白い毛並みに青い縞模様を持ち、つぶらな縞模様と同じ青色の瞳をこちらに向けていた。
「かっ…………」
───可愛い………!!!!
僕だってこんなんだが実は一応性別は女であり、可愛い物にはそれなりに反応する。
同じ年頃の女子がはしゃぐようなネズミーランドのキャラクターグッズに大金を叩いたり、特定の二次元キャラに命と云う名の金を際限無く渡したりなどは断じてしないが、本を読む上で好きなキャラクターは普通に良いと思うし、自分の書くキャラクターだってそりゃ可愛いことこの上ないし沢山愛情は注いでいる。
動物だって例外ではない──が、これはなんと言うか……反則だ。
一目惚れというものを一切信じていなかった僕だが、この感覚を知ってしまった以上は訂正しなければならない。
一目惚れに感謝。
僕が柄でも無いというのにその場でしゃがんでリスに手を差し出すと、リスもリスで警戒する様子はまるで見せず、すぐに手から肩に移動してきた。
見た目からは想像すらできない、文字通り空気のようなその子の軽さに肩を揺らしてしまうほど驚く。
しかしこの時の感動を説明しろというなら、もうどんな至高の絶景を見るよりも心が舞い踊るような───
ガサササッ
ザザッザザッ
「ん…?」
再び草むらから発せられる音に、我に返るように辺りを見渡した。
さっきのリスのような軽い音でもないし、複数の音が聞こえた筈だ。
「キキッ!!」
耳元ではリスが尾を上にピンと張り、威嚇するような鳴き声を上げている。
正直、めちゃくちゃ擽ったいが、流石にじゃれている場合じゃないというのはすぐ判る。
姿すら見えないが、本能が危険を察知した。
───…とりあえず、もう少し低い草がある所に移動しよう
そうすれば敵も見える筈……そう思った刹那に、黒い影がいきなり草むらから飛び出した。
「?!!」
見ればチーターよりも少し躰が小さく、灰色でヒョウ柄を持つ生き物だった。
勿論、人生の中で一度も見た事などない生き物だが、飛びかかってきた時に光が反射した金の牙は、もう相手にするべきでは無いと判断するには十分な材料だった。
「ちっ…!!面倒くさいな…!!」
すれすれのところを半身だけずらして回避すると、時々後ろを振り向くようにしながら僕は全力疾走で逃げ出した。
───これってゲームでいう、チュートリアル的な感じの場面になるはずじゃないのか?!
世の中の厳しさを教えてやろうということなのだろうか?
だが残念なことにそんなもん、今はこれっぽっちも求めていない。
「っ?!」
ふと視線を前に戻すと、数メートル先の草むらが揺れた。
───回りこまれた…?!
急いで方向を変えると、その先でも何かが近づいてくる音が聞こえる。
───これは…………
これは知っている。
何の動物だったか忘れたが、このようにチームワーク良く獲物を囲む肉食獣がいたはずだ。
自分がやられる日が来るだなんて微塵も考えたことが無かったが、いざとなると頭は働かなくなるものだ。
「くそっ…!!」
正に言葉の通り、四方をまれてしまった僕たちは、ただジリジリと詰め寄られながら焦りに呑まれていくしかない。
「っ………」
思考が麻痺するのを感じながら、僕は震える手で銃を引き抜いた──
♤♡♢♧
──そして最初の場面に至る。
「……来るなら来い。手加減はできないからな……」
ガンゲームの経験こそあるものの、そんなもの実戦で使えるわけもなく、ただただその時が来るのを待たなくてはいけないこの状況は、拷問以外の何ものでもない。
しかも相手は高い草に隠れて姿が見えない。
それが余計に焦れったい。
ザザザザザザッ!!!
───なっ……?!
背後から今までよりも大きな音が近づいて来るのが判った。
───まだいるのか!くそっ!!
まずは大物からやるべきか──そう思って拳銃を構えた刹那、それはいきなり草むらから姿を現した。
「はああっ!!!!」
巨大な剣を手にした人影は、僕の目の前にいたモンスターを草ごと切り捨てると、そのままの勢いで僕をひとっ跳びで飛び越えた。
「は……?」
唖然としたまま彼を視線で追うと、その直線上にいたモンスターもたった一振りで消滅させる。
モンスターが消えるときに発せられる光で目が眩んでいると、急に頭にいたリスが騒ぎ出した。
「ちょっ、何事──」
髪を引っ張られる方向に目をやると、仲間がやられたことで焦ったモンスターが、僕に飛びかかってきていた。
「なっ…?!」
反射的に銃を構えると、よく狙いも定めないまま闇雲に銃を撃った。
三発撃ったうちの一つは当たったらしく、「キャインッ」というどこか情けない声の後、獣はその場で光と共に四散した。
「よぉガンナーの姉ちゃん!危なかったな!」
声をかけられて振り向くと、もう最期の一体も片付けたのか、大剣を肩に担ぎながらニッコリと笑いかけてくる人物がいた。
「しょうっ──?!!!」
言いかけて急いで塞ぐ口を、僕と同じくらいの歳であろう少年は不思議そうに見つめた。
背丈は一七〇よりも上くらいだろうか。
赤と青のオッドアイは人を吸い込みそうな不思議な魅力があり、サラサラと風が撫でる色の濃い金髪の髪は、太陽の光を跳ね返している。
僕と同じようにRPG風の格好をした彼は、風景と変わりなく何処か現実離れしていた。
外套を靡かせながら優しく微笑みかけてくるその男を見れば、余りの眩しさに堕ちない者はいないだろう。
「ん?どうした?」
でも僕は堕ちない。
元々クソ腹立つ幼馴染のお陰で耐性はついていた。
だが原因はそこじゃない。
───ホントにいるのかよ…こんな………
「あぁ悪い、俺はウェルド。人族出身だ。よろしく!」
差し出された手を半ば呆然と握り返した。
──その男の顔も、声も何もかもが……幼馴染・翔馬にソックリだった。