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空想郷回顧録  作者: 眞汐 あこや
現実の章
3/12

契機

 ブランコと滑り台だけがある少し大きな公園は、気持ちのいい孤独感を味わえて、少し嵌ってしまいそうな気がした。


公園全体が見える、嫌に小さなブランコに座り、僕は息で白い雲を作りながら空を見上げていた。


空にはもう星が出ていて、僕は空に描かれた(星座)を無意識の中でなぞった。


「…………………」


全く、昔の人の想像力というのは凄い。


僕にはとてもあれを双子やら牡牛に見立てたりすることなんてできない。


…あぁ、北斗七星ひしゃくはなんとなく分かるけど。


「…綺麗…だなぁ…」


月を始めとした星々は、自分たちの存在をこれでもかというほど主張する。


だからと言って、決して互いの主張を害することはない。


個々としてきちんと全員が生きている。


なんとも絶妙だ。


そして………こういうことを考える時が、僕は一番心が安らいだ。


「はぁ…………星になりたいな…」


ちなみにこの後には()(かっこ)が付き、その中には「色んな意味で」という言葉が入る。


色んな意味とは何だって?それくらい自分で考えなよ。


「スゥ…………………ハァァ………」


目を閉じたまま何度か深い息をする。


そうすると、深い海の底や、今の空のような真っ暗な世界に、不思議と溶け込めるような気がした。


───あぁ、もうこのまま意識も何も手放したい………


何処か遠い処へ飛んでいけるような感覚に浸り始めた時だった。


「んぁ?!紫苑?紫苑じゃねぇか!」


何とも悲しいことに、せっかく無の世界に入りかけたところを、僕の意識は無理矢理浮上させられた。


…いや、この場合墜落させられた…か?


「……お前か」


僕が首だけ回して声の方を見ると、案の定、癖のある焦げ茶の髪を掻きながら突っ立っている男がいた。


成瀬なるせ 翔馬しょうま……僕の幼馴染であり、今、僕がこの世で一番会いたくない奴の一人だ。


「なんだよその嫌そうな態度?!久々に会ったってのによ」


不服そうに顔を顰める彼を置いて、僕はブランコから立ち上がり、そのまま出口に向かった。


「なぁ!そう避けんなよ!!」


翔馬に腕を掴まれると、僕は渾身の力を込めて彼を睨みつけた。


「…放せよ」


「断る。話があるんだ」


「興味無い」


「強制だ」


「君に僕の行動を強制させられるほどの権力が何処にあるの?」


「減らず口は相変わらずだな」


呆れたような口調の彼は、僕の手首を掴んだまま放そうとしない。


「お前さ、部活来いよ。サクもあっぴも、心配してる」


出された二人の名に、僕は心の中で数匹の苦虫を噛み潰した。


「行くも何も、今月中には退部届を出すよ。お構いなく」


「はぁ?!!退部届って…お前…」


「まぁ唯一ベース弾ける奴が消えて大変だとは思うけどさ、僕もう、楽器やるつもりないから」


そう言って掴んできた手を振り払おうとした時、この翔馬(馬鹿)は僕の心に土足で踏み込んだ。


「お前さ、やっぱ、変わった。來奈が死んでから」


「…!!」


來奈あいつの名前が出てきた途端、反射的に僕は相手を睨みつけ、腕を振り払った。


お前に何が分かる───……なんて、口が裂けても言えなかった。


だって、僕に理解者がいない事はとっくの昔に知っていたことだから。


だから代わりに「何も知らねぇくせに」と吐き捨てて、そのまま出口へ足早に向かった。


「あ、おいっ───」


すぐに翔馬に腕を掴まれた気がする。


でも、僕はそんなこと、全く気にも留めなかった。


「──誰だ…………?」


車道を挟んだ向かい側。


白い男の子がいた。


いや、男なのかも正直曖昧だ。


存在自体が朧気で、まるであるのに無い、実態を持つ空気の様な、何とも言えない彼の存在感。


僕はいつの間にか、それに取り憑かれていた。


視力は良いはずなのに、透けてもいないのに、彼から目を離せば、きっとそこから消えてしまう。そんな気がする。


僕に気がついたのか、彼は僕を見るとニッコリと笑った。


背丈からしてきっと同じくらいの歳だろうに、格好が明らかにおかしい。


一枚の布を上手く巻きつけているように見えるその服は、古代ローマの人々が着ていたトーガとかいう服に似ている。


そして何よりも彼の頭に生えている二本の角のようなものがその存在が、一際、彼の異端さを物語っている。


「…………………」


長髪は緩く結ばれていて、その色は月からもらった銀をそのまま写し出していた。


靴も履いていなくて、布からちらりと見える素肌や不足は、本当に真っ白な雪を連想させる。


そしてその肌の所々には、グラデーションのかかった水色の鱗がついている。

気味悪く思うのが普通なはずなのに、僕にはどうしてもそれが醜いものには見えない。


そして何よりも、澄んだ湖のような水色の瞳は、一目見れば二度と視線を離すことを許さない。


一目惚れとはまた違うが、僕と彼だけを世界から隔絶したような、異様な空間に僕は包まれていた。


───おいで───


不意に頭で、彼の声が響いた気がした。


───こっち、おいで───


最後の言葉はこんな言葉だったか。


吸い寄せられるように、僕は彼の方向へ駆け出していた。


それからのことはよく覚えていない。


ただ、横からの眩しい人工的な明かりと、翔馬と喧しいクラクションの絶叫が、嫌に頭にこびりついた。

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