真相
「じゃあさ、まず何でドラゴンを退治して欲しくないのかを教えてよ?」
僕の問に、少女はいきなり慌てだす。
「え、えっと〜…えっとそれは…それは…」
何かを思い出そうとしている仕草を見せているが、先程のは勢いだけだったのか?
そんなことで大丈夫なのか。龍の巫女の少女。
「フィーラ様…私が説明しますから……」
恐らく予想済みだったのだろう。
苦笑したバートは素早く選手交代を申し出ると、早速説明を始めた。
「まず大前提として言えることですね。…結論から言えば『不幸のドラゴン』というものはいないということです」
「ちょっと待った?!」
ウェルドが即、待ったをかける。
「『不幸のドラゴン』が存在しない?それって、不幸を司る妖精のアイデンティティに関わるんじゃねぇの?!不幸のドラゴンを管理してるからこそのエルフだろう?!」
正直僕も混乱している。
正直、エルフがどうこうというのはどうでもいい。
しかし、『不幸のドラゴン』は僕の絵本で完全な悪役であり、無くてはならない存在とあるはずだ。
───でもそれが存在しない…?どうなっているんだ?
「まぁ確かに、我々の二つ名に恥じる事実ではありますが…それが真実です」
バートは困ったような笑みを浮かべながら、冷静に話を続けた。
「しかし、ドラゴンを管理していたのは本当です。龍の巫女を使い、私達は、私達も知らないところで、ずっと龍の恩恵を受け続けていました。………十五年前までは」
「十五年前?ドラゴンが逃げたのはつい一週間前くらいじゃなかったか?」
追加される情報に、青年を除く三人の頭にはてなマークが浮かび始めていく。
…いやちょっと待て、何故そこで竜の巫女が首を傾げている。
「逃げたのは確かに八日前のことになりますが、恩恵自体はもう、十五年前から途切れていました。龍の巫女の支えを、ドラゴン自らが拒んだからです」
「拒んだ?拒むと…どうなるんだ?」
「ドラゴンは龍の巫女の支えがなければ、その力を行使できません。また、命を繋ぐこともできません。彼の寿命は本来、数百年前に尽きていなくてはいけないんです」
「何だそれ………」
もはや整理しきれない事実の量に、ウェルドの思考は完全停止をしていた。
「ねぇその『ドラゴンの恩恵』と『巫女の支え』って…なんなの?余りいいものな予感がしないんだけど」
「鋭いですね。少なくとも、『巫女の支え』については人道の範囲を超えています」
青年は少女を一瞥した後、再び視線を僕に戻した。
「簡単に説明しましょう。まず、ドラゴンの本当の力は『願いを叶える力』です」
「願いを…叶える……?」
いよいよ方向がおかしい。
そんなもの、僕の絵本に存在しなかった。
大事なことだから同じことを言うが、ドラゴンは紛う方なき悪役であり、逆に彼がいなければ、あの絵本の話は成立しない話なのだ。
「彼は寿命を超えて、歴代のエルフの首長たちの『願い』を叶え続けてきました。しかし、彼の体は既に限界を超えているため、願いを叶えるための『代償』を必要としていた…」
「それが『龍の巫女の支え』…ということ?」
「察しが良くて助かります。その通りです。エルフの首長たちは代償として、就任直後必ず、『自分の娘』をドラゴンに捧げてきたのです。またそれが、エルフとドラゴンとの誓約にもなっています」
「ふぅん…誓約、ね…」
ゆっくりと飲み込みながら、僕は更に質問を重ねる。
「それで、その支えっていうのは?」
「……一言で言えば『命』です。彼は人を器ごと食べることで、器に宿る『魂』を自分の命に変換し、生き長らえていました。そして、巫女を一人食べることで、願いを一つだけ叶えられた…」
「「…………………………」」
言葉を失った。
人を食べる?
いや、いかにもそれらしいが……
「俺、龍の巫女はその生涯をかけてドラゴンに使えるとしか聞いたことねぇけど…」
「エルフの平民と他国の者が知るドラゴンの情報は、ほぼ偽りと言っても過言ではありませんから……」
ウェルドに至っては呆然と言った体である。
「僕はドラゴンとかの基本的な情報を殆ど知らないけど…メンシュではどんな風に言われてたの?」
僕の問いかけに、ウェルドは「あ、あぁ…」とまだ困惑を抑えられない様子で説明を始めた。
「まず、ドラゴンそのものが全ての不幸を統べる存在っていう話だった。それをエルフが封印してくれているから、ニンフェではここ数百年、でかい争いが起きていないって話だった。それに、史実的にも、ドラゴンが封印されたと思われる年から、年々全世界で争いが減ってるっていう資料もある」
「ふぅん………封印された時期も曖昧なのにそんな資料が信じられてきたのか…」
というか何だその詳しく見せて適当な説明は。
僕ならもっとマシなものを広められるぞ。
…多分だけど。
「いや、その資料が全て信じられないものというわけではありません」
「は?」
「どういうことだ」という目線を向ける僕に青年は困ったように笑う。
「ドラゴンが封印されたのは、約五百年前です。これは、ニンフェの大きな図書館にある、多くの資料がそう語っています。そして彼の言うように、五百年から今にかけて、争いが減っているのもまた事実です」
「……………………」
「しかしそれは、ドラゴンが当時の首長の願いを叶えたにすぎません。『ニンフェが争いごとに巻き込まれない世の中』を当時の首長が願ったからこそ、この国での争いは減り、その周辺国の争いも自然と減っていったのです」
「ふぅん…なるほどね…」
曖昧なところもあるが、全否定もできない。
なんと面倒臭いのだ。
「しかし、ドラゴンが死んでしまえば、今まで叶えてきた願いは全て消えてしまいます。それを防ぐために、村長たちは竜の巫女を捧げ続けてきました。…全ては、ドラゴンを死なせないために」
青年は呆れたような溜息を一つ吐いた。
そこに映る瞳の色の複雑さに、僕はもう、何も言うことができなかった。