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Back Together  作者: 天野屋 遥か
6/6

Back Together6


「退院おめでとう」


今日はとうとう妹が病院を出る日。


「ありがとう!綺麗~!」


退院祝いに買った花束を差し出せば、大切な人は笑顔でそれを受け取る。

主治医の先生や看護師さん達への挨拶を終えて、荷物を持って外へ向かった。

私服のコイツを見るのはいつぶりだろう。

楽しそうに俺の前を歩いていく。


「お兄ちゃん!早く~!」


いつか沈んだ顔で座っていたベンチも、軽やかな足取りで通り過ぎて行く。

纏っているシフォンの素材のスカートも嬉しそうにふわふわと揺れていた。



そして、俺達は電車に乗って、二人で住むために新しく引っ越したマンションを目指す。



「そういえば、新しい仕事はどうなの?」


並んで座って揺られていると、陽菜が口を開いた。


「何とかやってるよ。2年も夜の仕事してたけど、意外に朝はちゃんと起きれて働けてるし」


「そっか…」


歯茎を覗かせると安心したように胸に手を当てる妹。


そう、俺はホストを辞めた。


あの日、ヤクザにボコボコに殴られて半殺しにされて、そのまま病院送りになった。


全く茶番だよな。

俺まで入院するなんて。


そして1週間くらい入院している間に色々考えて、辞めるという結論に至った。

どうせ、長くは続けられない仕事だと思ってたし。


普段、質素な生活して金は溜めこんでたから自分の入院費くらいは何とかなったし、妹の治療費もまだ払う事は出来ていた。


けれど、それに甘んじてる場合じゃないってのは痛いほど分かってたから、すぐに就職活動を始めた。

それでも中々見つからなくて困ってた時に、大学時代の後輩が起業したって聞いて、頼み込んでその会社に転職したんだ。

毎日休む間もなく、パソコンに向かい合って作業したり、めんどくさい会議にも居眠りせずに参加して、営業で外も回ったりとちゃんとサラリーマンってヤツをしてる。



電車を降りて、駅のスーパーで食料品を二人で少しだけ買う。

その後、青空の下で道を歩いていると妹が急に立ち止まった。

病院を出た時は楽しそうで口数も多かったのに、段々と喋らなり表情も暗くなっていたからおかしいと思ってたんだよ。


「お兄ちゃん…あのさ…」


「どうした!?体調悪いのか?」


「違う…」


心配のあまり詰め寄ると、コイツは首を横に振った。



「ありがとう…」



不意に差し出されたその一言が心に響く。


「宙お兄ちゃん、今までちゃんとお礼を言えなくてごめんなさい」


いきなり頭を下げる陽菜。

そうだ、いつも何か真剣な話をする時だけは妹は俺の名前を呼ぶ。

どうやら、謝るタイミングを窺っていたらしい。


「お兄ちゃんのおかげでここまでよくなったんだよ。なのに、いつも泣き事ばっかでお兄ちゃんを困らせて迷惑かけて…」


愛する女の瞳がみるみる潤んでいく。


「ミノル君からホストのお仕事の事聞いたときにあんなに酷い事言ってごめんね…お兄ちゃんは必死で私のために働いてくれてたのに…」


とうとう涙が雫となって溢れ始める。


「いいんだよ…気にするな。俺達は”家族”なんだから」


そのまま泣きじゃくる彼女を抱きしめる。

背中には黒い手袋をした左手を回して、右手でなだめる様に頭を撫でた。


「それに私のせいで左の小指が…」


「これはお前のせいじゃない」


指先を失ったあの日から、左手はずっと黒い革の手袋で隠している。

皆には”酷い火傷の痕を隠すため”と説明してあった。


「いいか。血が繋がってなくてもお前は俺の妹だ。お前も同じ様に俺を兄貴と思ってくれてるなら、俺のためにも病気をきちんと治す事だけ考えろ」


そう言って腕の力を強める。



俺がずっとお前を守っていくから-----



伝えたこの言葉の意味を分かっているだろうか。


けれど、まだ病気は完治した訳じゃない。

これからも通院を続けなければならない、そんな妹に急いで自分の本心を今すぐ伝えるつもりはなかった。



「ほら、いつまでもこんな道の真ん中で泣いてると皆にブサイクな顔見られるぞ!」


「も~!いいところでなんでそんな事言うの!?」


さっきまでの深刻さと打って変わった俺のいつもの軽口にむくれる妹は、いつもの明るさを取り戻していた。


「さっさと行くぞ!」


「お兄ちゃん、新しい家はどんな感じなの?」


「そりゃ着いてからのお楽しみだよ。もちろん、お前の部屋もちゃんと用意してあるから安心しろ」


「そうなんだ!わくわくする~!」


涙をぬぐって微笑む妹。



「ねぇ、お兄ちゃん。手袋外して?」


そっと繋がった手。

欠けてしまった指先さえ温もりを感じる様な、そんな優しさと温かさに溢れている。


「私の前だけは、隠す必要なんてないよ」


その言葉に救われた。



もし、許されるなら…


お前の病気が治ったら…


いつか、この気持ちを伝えてもいいだろうか…



言えない想いを胸に秘めたまま、俺達は歩幅を合わせて家路へ着いた。



― fin ―


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