悩める古道具屋 -ネタを漁る鴉たち-
天狗の新聞と言う奴は、どうにも厄介である。新聞に取り上げられたからといって、必ずしもそれがプラスの方向に行くとは限らない。むしろ、迷惑な事になる事が多いような気がする。全部が全部とは言わないが、誤解を与えるような内容や、露骨なプライバシーの侵害といった記事が書かれている事はとても多い。
中にはろくに裏付け調査をしていない事が明らかだったり、完全な捏造である事すらあるのだから。最も、天狗たちからすれば、新聞を売るために色々面白おかしく書いてやる、という魂胆なのだろうが・・・書かれる方からすれば非常に気分が悪い。大半の人は迷惑しているという、その自覚はあるのか?いや、恐らくは無さそうだ。
「ちょっと待ってくださいよ店長、事実を書いただけで迷惑ってのは納得できませんって」
「・・・まったく、しょうがないな。君は何もわかってないようだけど―」
僕は大きな溜息を吐くと、目の前の鴉天狗の少年に語り始めたのだが―
「確かにあの品物の件は事実―」
―それはすぐに中断される事となる。
―カランカラン
「はーいどうも、清く正しい文々。新聞でーす。今日もしゅざ・・・あれ」
店内に入ってきた文は、僕の前に座る少年の顔に目を向ける。
「どったの?」
文はきょとんとした表情を浮かべながら少年に質問した。
「あー、文。この前の香霖堂の記事の事で店長が怒ってる」
少年は参ったという表情のまま、文の方に顔を向ける。
「えー、何か問題あったっけ?」
「問題大ありだからこうして話をさせてもらってるんだよ」
僕は文に向けて厳しい視線を送る。
「しょうがないな、もう。いいよ迅六、後は私が店主さんと話つけとくから」
文はやれやれといったように肩をすくめ、僕の近くに歩み寄る。
「店主さん、苦情は私が聞きますんで。それじゃ彼は他にやらないといけないことがあるんで、帰してもいいですよね?」
「ちょっと待った。僕が話したいのは彼であって―」
僕は慌てて彼の方を見たが、その前に文が仁王立ちで立ち塞がった。
「それは承知の上ですよ。ほら、迅六、早く行っちゃって」
「悪い、後は頼んだ」
文にそう言われた鴉天狗の少年・岡村迅六は立ち上がると、そそくさと扉の方へ足を進める。
「いいって事よ、気にしなくていいよ」
「ごめんな、来週の件はわしの奢りにしといてやる」
「オッケー」
文は迅六にウインクすると、大空へと飛び立つ小柄なその背中を見送った。
「・・・」
僕は黙って、文の顔をじっと見据えた。
「店主さん、納得がいかないのはわかりますが、こっちの事情もありますから」
文はそう言うと、来客用の椅子に腰掛ける。
「あいつはあっちこっちをビュンビュン飛び回るのが性に合ってるんですよ。少しでも幻想郷中を回って、いろんな情報を手に入れたい、ってね」
文は僕に笑顔を向けながら言う。
「では、話は私が聞きましょう」
「・・・まったく」
僕は盛大に溜息を付いた。
「蜥蜴の尻尾切りって感じで、嫌な感じだよ」
「なんですかそれは。曲がりなりにも、文々。新聞の編集責任者はこの私、射命丸文ですよ」
文は誇らしげに胸を張るポーズをして見せる。
「確かに記事を書いたのは迅六でしたけど、それにゴーサインを出したのは私ですからね。はい、文句は私に言って下さいな」
やれやれ、結局こうなるのか。彼女には今まで散々煮え湯を飲まされてきた。ゴシップ記事のせいで店の酷い噂が立ったり、変な印象を植え付けられてしまった事は何度もあった。その度に僕は必ずと言っていい程彼女に抗議はするのだが―。大抵はのらりくらりと交わされたり、なんとなく有耶無耶にして誤魔化されてしまう事になる。うん、ここは一つビシッと言っておかねば。
「えーっと、例の香霖堂の記事の件でしたね。実は今、それ関連の品を持ってるんですけど」
文は数枚の紙を取り出すと、僕の前に広げて見せた。
「はい、これ。河童の技術者数人の証言がここにちゃんとあります。これで、あの品物が如何に危険な物かは理解していただけると思います」
文は紙を指さしながら言う。
「えっと、それから、こっちは鈴奈庵から借りた外来本ですけど―」
文は一冊の本を取り出し、捲ったページを僕に向かって見せ付けた。何人もの犠牲者が出たという、痛ましい事件が載っている。
「ほら、これ見てください。『使用されたのはプラスチック爆弾、通称C4と断定』とあります」
文は僕に向かって真剣な目つきを見せている。
「こんな危険なものなんですよ。にも関わらず、あなたはその品物を手放さずに店に置いたままにしてありますね。貴重なコレクションにしたいのかは知りませんが―」
「誤解だよ、誤解」
僕は文の言葉を途中で遮った。
「確かに、君の説明通り、それは危険な品物であることはわかった。というか、僕は最初からわかっていたけどね」
「むむ、今の言葉、本当ですか」
文が身を乗り出すようにして僕の顔をじっと見る。
「最初から危険な品物である事はわかっていたのに、なんで処分しようとも、手放そうとも思わなかったんですか?まさか―」
「話は最後まで聞いてほしいな」
僕はムッとした表情を文の顔に向ける。
「激しい爆発を起こすものだと言う事はわかっていたよ。もしかしたら、花火にでも使うのかもしれないと思ってね。ただ、まさかそれが誰かを傷つけるものだとは思わなかったんだ。外来本のこの記事のようにね」
「ふーん・・・」
「爆発なんかは、弾幕ごっこでもたまにあるからね。ただ、ここまでの威力とは知らなかったよ」
僕の釈明に、文は答えあぐねているようであった。いつもなら、ここで容赦なくツッコミを入れて来たり、なんとなく自分の方は間違っていないような方向に持っていきたがるはずである。
「そういうことでしたか。いやー、てっきり店主さんが幻想郷で下剋上でも起こすかと思って・・・」
「はあ?」
僕は呆れ顔で文の顔を見つめる。
「まあ、流石にそれはないですよね。ただ、そういう危険なものは置いておかないほうが吉ですよ。誰かに盗まれたりして、悪用されたらそれこそ一大事ですから」
「ああ、それなら心配ないよ」
僕は文に向かってきっぱりと言い放った。
「え?どういうことですか?」
「河童の技術者の話を聞いたって言ったね?その中にどうやらにとりは居ないようだね」
「ああ、はい。そうですけど」
文は僕の質問に首を傾げながら答える。
「確かににとりには聞いてませんよ。でもそれが何か―」
「実は、僕はもうすでににとりに聞いているんだよ、この爆発物の事をね」
「え、それは初耳です」
文は僕の言葉を聞き、驚愕の表情を見せる。
「危険な品物だと判明したから、その専門家なら詳しいだろうと思ってすぐに相談したんだ。何でも、このC4とやらは他に部品が無いと作動しないらしい。その部品に関しても、今の河童の技術では不透明、だそうだよ。月の技術力程なら、可能かもしれないけど」
僕の言葉に文は驚きを隠せない様子だった。
「そうだったんですか・・・」
「なのに、だよ」
僕は文の目をジッと見つめながら言う。
「僕の『大爆発を起こすもの』という鑑定結果を聞いただけで、彼は先走った行動に出たんだ。あれはそのままでは作動しないから安全なのにも関わらず、それを知らずに『香霖堂で危険な品物を置いている』と、要約すればそういう記事を書いたんだ」
僕の真剣な説明に、文は無言のまま聞き入っている。
「あれから大変だったんだよ。僕はしばらく新聞を読まずに溜めてたから記事については知らなかった。店に訪れたお客さんに言われて初めて気付いたんだよ。最も、その直後に魔理沙が『天狗の新聞記事で大変な事になってるぞ』って教えてくれたけど。ただ、野次馬や抗議に訪れる人は後を絶たなくてね」
「そうですか―」
「にとりにもまたわざわざ来てもらって、どうにか収拾は付けたんだけどね。僕たちの説明にどうにも納得していない人も何人かいたようだし―」
僕は額に片手を当てると、やれやれという仕草で首を振った。
「貴重なお得意様何人かの心証が悪くなったのは、かなりの痛手だよ」
「・・・」
「何か他にも怪しい物を置いているんじゃないかって勘ぐった人も中には―」
「ご、ごめんなさい」
ふいに文が僕に向かって頭を垂れた。
「その、それは―こちらが、悪いですね」
文は暗い表情で力なく答える。が、すぐに笑顔を見せて、
「いやー、結構あいつ、動作は俊敏なんですが早とちり多いし、空回りすることも多々あってですね―」
「言い訳は結構」
僕は文にぴしゃりと言った。
「そもそも、ゴーサインを出したのは他ならぬ君だろう。いいかい、裏付けを取らずに断片的な情報や、個人の推測で記事を書かれると困るんだ。まあ、これ今に始まったことじゃないけどね」
「うう、すみませんでした。ちゃんと後日の新聞にはお詫びと訂正を―」
「文」
僕はもう一度彼女の顔をしっかりと見据えた。
「僕が言っているのは、何度も同じような事を行っていながら、君たち天狗には反省や後悔の色が余り見えないのが気になるんだよ」
「いやいや、私はちゃんと―」
慌てて喋る文に、僕は「待った」といった感じで手を突き付ける。
「そういう上辺だけの謝罪の言葉はいつも聞いた。ただ、何回も繰り返されると、こっちとしては本当にそう思っているのか、疑問に思ってしまうんだ」
僕の言葉に、文は茫然とした表情を浮かべている。
「それから、彼の事だけど」
僕は更に言葉を続けた。
「あの品物をここに持ち込んだ彼は、本当に嬉しそうだったよ。貴重な外の世界の品物をまさか自分が発見できるなんて、って子供のようにはしゃいでいた。ただ、僕の能力を通して見たあの品物は例の通りだった」
「・・・」
文は黙って僕の話を聞いている。
「驚いた彼は、慌ててすぐにそれを処分するように僕に提案した。まあ、それは当然といえば当然だと思う。しかし僕はそうはしなかった。商売をしている身としては、危険なものとはいえ簡単に手放す事はなるべく避けたかったからね。ただ、そのまま置いておくわけにはいかない。そこでにとりを呼んで品物について詳しい事を聞こうと思ったんだけど・・・」
「それを待たずして、記事を書いたんですね。迅六は」
文は暗い表情で呟く。
「そうだね。彼としては、僕が何故その品物の危険性を知りながら、手放そうとしないのか納得出来ない部分もあったんだと思う。彼は品物の写真を撮って、不満そうに出ていったよ」
「そして、他の河童の証言や外来本の出来事を元に、あの記事が書かれたと言う事ですか―」
文は顔を上げて僕の方を見たが、暗い表情は崩さぬままだ。
「そのせいで、僕は大変な迷惑を被ったというわけだ。ただ―」
僕は目線を床に落とし、言葉を続ける。
「彼がすぐにここを出ていこうとした時に、全力で引き留めるべきだった。そこは完全に僕の失敗だ」
「え・・・」
文が目を丸くした。
「まだ品物について完全に把握したわけじゃなかったからね。完全な結論が出てからでも遅くは無いと僕は思っていたんだ。ただ、彼はそれを良しとせず、僕に不信感を抱いたまま出ていってしまった。彼なりの正義感というものもあったんだろう。何かあってからじゃ遅いとね」
「そうですね、あいつなら」
文はギュッと拳を握りしめながら言う。
「店主さんの言う事を聞かずに、さっさと出ていく姿が簡単に想像できますよ。はは、何馬鹿やってんのよ、もう」
瞬きをする文の瞳が、微かに潤んでいるように見える。
「彼は出ていく時に、こんな事を言っていた。『事実を書くのがわしらブンヤの仕事です。危険な物が香霖堂にあると、遠慮なく書かせて貰います』ってね。確かにそれは完全に間違っているわけじゃなかった、ただ彼は[[rb:逸 > はや]]り過ぎたんだ」
「はは、何だかあいつらしいなぁ」
文は微笑しながら、ポロリと本音のような言葉を呟いた。
「だから、もう一度彼とはちゃんと話はしたいんだ。それにこれは君たちだけじゃなく、新聞を作っている天狗皆にも出来れば知ってほしい事なんだけどね・・・」
僕は顔の前で手を組みと、軽く目を閉じた。
「今まで天狗の新聞で、嫌な思いをした人は多いはずだから」
「・・・店主さん」
文が僕の顔を真剣な表情で見つめた。
「今までの話、そうですね、迅六と直接話した後のも含めて、まとめさせて貰ってもよろしいでしょうか」
「文・・・」
僕も思わず、文の顔を真剣な目で見つめた。
「やっぱり、あんまり良くない事ですからね。今まで抗議や苦情はいくつも受けてきましたけど、その後改善する兆しが無かったという事も含めて・・・今回の件はちょっと、考えなければいけないな、と思いまして」
真剣な表情で語る文は、いつもの生き生きとした明るい新聞記者の顔を取り戻し始めていた。
「そうだね、その意気だよ」
「はい、あの、今回は本当にすみませんでした。あとで編集部のみんなにも改めて通達しておかないと・・・いや、今からのがいいですね、お詫び記事も間に合わなくなるし」
「ははは、いつもの君らしくなってきたな」
「え?」
僕の言葉に、射命丸は目が点になる。
「いや、途中落ち込んで涙ぐんでいる君を見ると若干可哀想になって・・・」
「泣いてませんよ、失礼ですね!」
文は思わず大声で僕に言う。
「うんうん、それが本来の君らしいよ」
天狗の新聞と言う奴は、中々面白いものがある。新聞は溜めていたものをまとめ読みする派の僕だが、幻想郷の様々な話題が取り上げられており、思わず読み込んでしまう記事もたくさんある。新聞に取り上げられた事で、注目を浴びた人物や店は数多い。良くも悪くも、人々に多大な影響を与えるのが天狗の新聞であり、それが一種の魅力なのである。今回の件はかなり迷惑だったが、それでも過去に香霖堂が何回も取り上げられた際は、普段はまず来ないような人々が店に訪れたことで、いつもなら出来ない事や様々な事を学ぶきっかけに繋がった。
天狗たちからすれば、こんな面白い出来事が、こんな驚愕の事実があるのだと言う事を一人でも多くの人に伝えたい、という魂胆なのだろう。たまに新聞記事に、香霖堂がとんでもない店だと書かれる事もあるが、どういうわけかその逆も然り、素晴らしき古道具屋であると取り上げられる事もある。新聞によって見方が変わる不思議な店、僕の香霖堂は今日も来る者を拒まず、絶賛営業中である。・・・さて、本日はまともな買い物客は来るかな。