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† 転性遊戯 † ~ TenSei ☆ Yu-gi ~ リメイク版

作者: 天爛

「勝負だっ」


 学校から家に帰り自分の部屋に入った瞬間、悪友・槙助太まき すけたが言い放った。


「よう、助太。その姿を拝むのは久しぶりだな。もう戻っていたのか」


 どこから入って来たかは聞かない。めんどくさいし。


「まあな。アレから1週間。ほんと~うにっ、長かった」


 助太はこの1週間の出来事を思い浮かべているのか、目を閉じてしみじみしている。

 だが、そんな感慨を無視するように吹いた風が、窓のカーテンをはためかした。やっぱり開けっ放しになっていたらしい。今後からはきちんと閉めてから学校行こう。うん。


「って、そんな事はどうでもいい。再戦だ。リベンジだ。今度こそ絶対に負けん」

「……なぁ、争いは何も生まないぞ? いや違うか、新たな争いは生むか。ともかく争いが争いを生むこの負の輪廻。いっちょ、ここいらで終わりにしないか?」


 俺は淡い期待を込めて助太を諭す。


「勝ち逃げは許さん。お前に勝つまでは絶対にっ、俺はやめんからなっ」


 ふぅ、やっぱりな。こいつは昔からすごく負けず嫌いなんだ。そのクセ勝負事には空っきし弱い。ここいらで負けてやってもいいんだが……


「やってもいいが、たまには他のゲームにしないか」

「却下だ。TS☆ファイトで受けた借りはTS☆ファイトで返す。それが俺の流儀っ」


 やはり交渉決裂。長い付き合いで分かっていた事だったが、非常に残念だ。

 ちなみにTS☆ファイト。最近話題のTCGトレーディング・カード・ゲームのひとつで、可愛いイラストと、女の子に変身したりさせたりして戦うという変わった世界観のお陰かマイナーながらもコアな人気がある。相手をTSさせたり、様々なハプニングを起こしたりする事で、精神的ダメージを与え、初期値で30点ある相手の精神力を0にするというのが目的のカードゲームだ。


「ルールはオフィシャル・ルールでいいな」


 せめてオフィシャル・ルールなら負けてやっても俺に害はないから……


「はぁ? 何を言っている。真のTS☆ファイターならダークサイト・ルールだろ」


 ふぅ。わかっていた、わかってはいたが、やっぱりか……。俺は深いため息をつく。

 オフィシャル・ルールは読んで字の如く公式のルール。勝っても負けても変な罰ゲームとかはない。対してダークサイト・ルールは、俗に言う闇のゲーム。負けたら普通ではあり得ない罰ゲームが待っている。だから、ダークサイト・ルールでやるならば俺も手加減するわけにはいかない。

 そう思いつつ、押入れに仕舞っていた折りたたみ式テーブルを広げると、待っていましたとばかりにカードの束、つまりデッキを取り出す助太。

 おれは横目でそのデッキに使われているスリーブ|(カードが傷つかないように守るもの)を確認する。助太はデッキの種類によってスリーブを変えているから、スリーブを見ればどんなデッキなのか大体分かる。いま取り出したのはおそらくインパクト系の魔法デッキだろう。

 俺は自分のデッキケースを確認し、助太のデッキと相性のいいデッキを選ぶ。悪く思うなよ、助太。ダークサイト・ルールである以上、俺も負けるわけにいかないからな。このチャーム系の科学デッキで行かせて貰うぞ。



 お互いにデッキをシャッフルし、手札を6枚引く。手札を確認するとキャラクター・カードがちゃんとある。これがないとゲームにならないからな。一安心だ。

 残りのデッキから1枚取りを裏向きのまま、自分の目の前に置く。このカードは|PL≪プレイヤー≫キャラと呼ばれる、プレイヤーの分身を表す物だ。

 準備が済んだ所で、助太に声を掛けた。助太のほうも準備を終えていた。


「で、どっちが先手だ?」

「お前が決めていいぞ、泰斗。こっちから勝負を挑んだんだしな」

「お前って、変なことにフェアだな。んじゃ、遠慮なしで先手を貰うわ」

 

 

「第1ターンだから、ドローはなしっと」


 ターンの開始には手札を1枚引くこと(ドロー)が出来るのだが先手・後手で有利不利がないように先手の最初のターン、つまり第1ターンのみ飛ばされる。


「で、メインフェイズに協力者として《ポンコツ女子高生》を配置してこのターンは終わりだ」


 協力者と言うのはいろいろなカードを使うのに必要なエネルギーみたいなもので、プレイヤーはこの協力者に協力してもらうことでキャラクターの巻き込まれるハプニングなどを表す、様々なカードを使うことが出来るんだ。メインフェイズにはその協力者として手札のキャラ・カードを1ターンに1枚だけ配置できる。もちろん、メインフェイズで他にも出来る事はあるのだが、ドローと同じ理由で第1ターンではそれらを行う事は出来ない。

 テーブルに置いたカードからそのキャラをデフォルメしたホログラムが表示される。《ポンコツ女子高生》から現れたのは頭にネジ巻きがついたザ・ドジっ娘といった体の少女だ。



「じゃあ、俺の番だな。ワンドロー。協力者に《先代魔法少女な母》を配置。でエンドだ」


 《先代魔法少女な母》か。このカードが入っていると言うことは、やはりインパクト系魔法デッキという読みに間違いはないようだ。

 助太が手早くカードを引き、カードを1枚場に出す。助太の場にアダルティな空気を纏う妖艶なお姉さんが現れた。この容姿で母というのは信じられないな。……決してホログラフに睨まれたから言ってるわけじゃないからな?



「つぎはこっちの番だな。ワンドロー。メインで協力者に《猫耳科学少女》を配置して……」


 猫耳白衣な少女が現れたのを確認し、一旦手札を確認する。《性転換薬》と《科学部部員♀》があるし、使うのに必要な協力者の数も充分。TSする事はできる。けど、ちょっと威力に欠ける。もう1ターン様子を見るか……


「ターン終了だ」

「どうした。悩んでいたみたいだか、事故りでもしたか? 別に投了してもいいんだぜ?」


 事故る。つまり手札にロクな手がない状態のことだが、もちろんそんな事はないし投了なんてもっての外だ。


「誰がするか」


 投了すれば罰ゲームを受けなくて済むのなら喜んでするが、闇のゲームはそんなに甘くない。



「そうか。なら俺のターン。ワンドロー」


 助太の目が光る。どうやらいいカードが来たようだ。


「おっし、速攻だ。協力者に《青魔導少女》を配置」


 某大作RPGに出てきそうな青いロープを纏った少女が登場する。


「《先代魔法少女な母》と《青魔導少女》、PLキャラの協力を得て……」


 手札から2枚のカード、《魔法少女誤任命》と《見習い魔法少女》を出す。


「《魔法少女誤任命》でお前を《見習い魔法少女》にTSさせる。合計で5点の衝撃っ」

 《魔法少女誤任命》のようなTS効果を持つエフェクトカードと、手札のキャラクターカードを一緒に出す事で、PLキャラクターをそのキャラクターに変身(TS)させる。TSで与えるダメージは、使用した2枚のカードに書かれている衝撃と言う値の合計だから、今回の場合だと《魔法少女誤任命》が3点で《見習い魔法少女》が2点だから計5点だ。

 ちなみに相手のPLキャラ自身に限らず、協力者や自身のTSキャラをTSさせたりもできる。自分自身をTSさせて意味はあるのか?と思うかもしれない。が、それがある。というか、俺が今使っているチャーム系と呼ばれるデッキがそれを利用して戦う物だ。

 まあ、その話は後でするとして、ともかく、これで俺の残り精神力25点だ。


「これで、こっちは終わりだ」


 助太の終了宣言と共に、俺の体は変調を来たす。

 ドクン。来やがった。『闇のゲーム』が『闇のゲーム』たる例の、アレが。

 ドクン。ドクン。鼓動が高まり、急激なめまいに襲われる。

 ドクン。ドクン。ドクン。体中に一瞬だが電撃が走った感覚に襲われる。

 そして数秒も経たぬ間に、暴れだした心臓は収まった。

 思わず閉じてた目を恐る恐る開けると、自身の手のひらを確かめてみた。予想通り、俺の日焼けした大きな手は、白く小さい物になっていた。握っては開いてを何度か繰り返す。自分の物とはにわかに信じがたいが、その手は間違いなく自分の手だった。


「見るか?」


 助太がそう言いながら手鏡を差し出す。手回しがいいなぁ、おい。

 まあ確かめるまでもあるまい。手だけでなく自分の体も小さな女の子になっているのだろう。

 そう、PLキャラに対してのTSやカードの効果が一部、プレイヤー自身に反映される。それがダークサイトルールが『闇のゲーム』と呼ばれる所以のひとつだ。



「では、こっちの番」


 わかっていた事だか声も声変わり前の少女のものとなっていた。


「ドロー」


 現状、助太の残り精神力が30なのに対して、俺は25。しかも俺だけがTS状態だ。一見して俺の不利。だが、TS☆ファイトはここから、TSさせて ―― TSしてからが真骨頂なんだ。そもそも相手にダメージを与える手段の殆どが、1人以上のプレイヤーがTSした後だ。『TSしてからが真骨頂』 確かにその通りだと思う。


「メインに《科学部部員♀》を配置」


 科学部の少女と言えば誰でも思いつきそうなそんな少女を登場させて。


「そして……、攻撃だ」


 TSキャラには魅力と言う数値が存在する。攻撃を行うと相手にこの数値分のダメージを与える事ができる。ちなみにTS前には魅力と言う数値自体がないため、攻撃することは出来ない。


「《魔法少女誤任命》で《見習い魔法少女》にTSしているから2点、そして……」


 ちなみに説明書には「相手を萌えさせて精神的ダメージを与える」と書かれている。つまり『攻撃』とは『相手を萌えさせる為の行為』だからする方も自己嫌悪に襲われる。だから、攻撃側も1点だけだか、ダメージを受けなければならない。


「俺も自己嫌悪で1点ダメージ。これで俺が残り24点、お前が28点だな」

「そうだな。だけど、まだこっちの方が精神力残っている。追いつく前に俺の勝ちだ」

「それはどうかな。っと、このターンはこれで終わりな」


 俺はターン終了を表明する。

 そう、わざとTSされたり自分自身でTSしたりして攻撃でダメージを与えていくのが、俺の使っているチャーム系と呼ばれるデッキの戦い方だ。助太の使っているインパクト系デッキはその逆。相手をTSさせて、攻撃以外でダメージを与える戦略のデッキだ。



「しかし、その喋り方、外見に合わないな。ワンドロー。協力者に《自称・霊感少女》を配置」


 助太は前髪で目元を隠した根暗そうな少女を登場させ、にやりと笑う。少し嫌な予感がした。


「仕方ない。おれがその喋り方を直してやるよ。《先代魔法少女な母》と《青魔導少女》の協力で、《話し方指南》を使う」


 《話し方指南》。相手に2点のダメージを与えるハプニングカード。相手がTSしていれば自身がTSしてなくても使える、《先代暗黒魔法少女》と同じくインパクト系のデッキには必ず入っているといってもいいカードのひとつだ。

 そして、この《話し方指南》もプレイヤーに影響を与えるカードのひとつだったりする。カード名から容易に想像できるだろう。そう、使われたプレイヤーの口調をTSしているキャラクターにあった物へと強制的に変えてしまうのだ。


「くっ。ちょっと待ってくれ」


 このゲームには相手の行動に[割込]んで使えるカードがある。主に相手の行動を無効化するものだが、今、俺の手札にも《話し方指南》を無効化する事が出来るカードがある。が、そのカードを使うには自己嫌悪でのダメージ2点を喰らわないといけない。つまり、実質無意味。

 口調変化を防ぐ為だけに使うのは……勿体無いよなぁ


「ちっ、しゃあない。[割込]はしないでおくわ」

「本当はそんなカード持ってないだけだったりしてな」

「好きなように言え」

「……まあいい。なら、ターンエンドだ」


 その宣言と共に俺の体に電気が走り、おれの中の何かが変わった気配がした。

 まあ仕方ない。今使ってしまうとあとでもっと強いのが来た時に防げなくなる。ゲームが終わるまでの我慢だ。勝ちたいなら大局を見なければならない。目先の不利に目を奪われてしまったら勝てるものも勝てない。そう自分に言い聞かせる。

 ゲームが終われば、勝ちさえすれば元に戻れる。逆に負けてしまえばその後、数日間この姿やこの口調で過ごさないといけないが……

 いや、ここで弱気になったらいけないな。



「じゃあ、あたしの番だね」


 意識しなくとも言いたいことが少女っぽい口調に変換されて口から出る。


「ドローして、メインフェイズ入るよ? えっと、まず協力者に『年代:学生』のカードが3枚あるから《ロボ研の華》を出せるよね」


 キャラクターカードには年代や性別、属性などいろいろな情報が設定されている。《科学部部員♀》なら年代は『学生』、性別は『女』、属性は『MOB』『科学』の2つ。

 で、俺が場に出している《ポンコツ女子高生》《猫耳科学少女》《科学部部員♀》は3人とも年代が『学生』をだから、協力者にするには『学生』が3人必要な《ロボ研の華》を出せるって訳だ。

 ちなみに《ロボ研の華》から現れたのは薄汚れた作業着を着た美少女で、男ばかりのロボット研究部に所属する紅一点という設定らしい。


「で、《猫耳科学少女》に協力してもらって《無意識の行動》を使ってから攻撃するよ? えっとそっちに2点ダメージで、あたしは《無意識の行動》の効果で自己嫌悪ダメージが1点減っているからダメージなしっと。これであたしの番はおわりだよ」


 これで24対26。うん。まだ大丈夫だ。



「じゃあ、俺のターン。まずワンドロー。協力者に『属性:オカルト』を持つ《自称・霊感少女》がいるから《幽霊図書委員》を配置できる。これでこっちも『学生』が三人。次の俺のターンにはこっちも部長クラスの奴を出すぜ」


 『部長クラス』というのは単に、協力者として出すのに、学生が3人以上先に出ている必要のある強力カード達の通称だ。別に全部が全部『属性:部長』を持つ訳ではないが同じ条件を持つ多くのカードが『属性:部長』を持つからそう呼ばれている。だから、さっき俺が出した《ロボ研の華》なんかも部長クラスと呼ばれている。

 《幽霊図書委員》からは黒くて長いストレートヘアをした古臭いセーラー服を着た少女が現れた。


「そんなのどっちでもいいからさっさと続きやってよぉ」

「わ、分かってるって。じゃあ《先代魔法少女な母》の特殊能力『強制着せ替え(魔法)』を使う。対象はもちろんお前。着せるドレスは《コスチューム(魔法少女)》だ」


 『強制着せ替え(魔法)』は通常自分のキャラにしかつけることの出来ないドレスカードを、『属性:魔法』のものに限り相手のキャラにも着せられるようにする特殊能力だ。

「うむぅ~、しょうがないけどコストは?」


 もちろん『強制着せ替え』は相手にもドレスを使えるようにするだけで、コストは変わらない。


「そうだな。じゃあ《青魔導少女》と《自称・霊感少女》が協力するって事で」

「わかった。えっと、あたしは『魔法』を持ってるから自己嫌悪で3点ダメージを受けて、魅力は+2でいいんだよね?」


 この様にドレスカードは付けたプレイヤーにダメージを与えつつ魅力を上げる。ある意味、諸刃の剣なカードだ。


「ああ。と言うことでお前の残り精神力は21」


 その宣言に対応して《先代魔法少女な母》が手をかざすとダブダブになっていた服も縮み、色も白やピンクへと変わっていく。変化が終わった俺の服は、セーラー服に似ており胸には大きなリボンが付いている。もろに魔法少女の服って感じに変わっていた。

 ……はぁ~。深くため息。まあ、アニメの変身シーンよろしく、全裸になるような事がなかっただけでもよかったと思うしかないか。


「最後に《幽霊図書委員》の特殊能力『これがお薦めですっ』を使い1枚ドローする。……ターンエンドだ」


 《幽霊図書委員》がどこからともなく本を取り出し、助太に差し出す。助太がそれを受け取ると1枚のカードになった。

 にしても、最近の魔法少女ってみんな、こんなに短いスカートなのか? 下手したら見えそうで恥しいんだが



「じゃ、あたしのターン。ドロー。えっと協力者に《機械仕掛けの妖精》さんを出して、」


 メタリックカラーな髪や幾何学的なデザインの羽をもつ小さな妖精が現れ、ふよふよと浮いている。

「《科学部部員♀》と《ポンコツ女子高生》の協力で、《確固たる意思》を使うね。これであたしにドレスをつけるときに必要な協力者+1だよ♪」

 その分ドレスを付けられた時の自己嫌悪(=ダメージ)も+1されるけどな。


「あと《猫耳科学少女》、《機械仕掛けの妖精》さんに手伝ってもらって《上目遣い》を使うね。普通なら2点のダメージだけど、あたしはいま『子供』になっているから更に+2点で4点ダメージだよ。自己嫌悪は元のままで1点。更に攻撃もするから、このターン合計で8点ダメージ与えて自己嫌悪が2点だね♪」

「くっ。19対20か。でもまだ1点こっちが上だ」

「すぐ追い抜いちゃうんだから。あっ、あたしの番はこれで終わりだよ」


 しかし、全キャラを協力させたのはまずかったかも知れない。協力したキャラは次の自分のターンまで協力できないからな。次のターンに何かされたら防げない。



「俺のターン。ドロー。協力者に部長クラスキャラ《小さな魔法使い》を配置。相手に協力できるキャラがいないうちに攻めさせて貰うぜ」


 配置された現れ、偉そうに胸を張るちびっ娘魔法少女(設定年齢17歳)と連動するかのように高らかにそう宣言する助太。くっ、やっぱり来るか……。


「まず、《小さな魔法使い》と《自称・霊感少女》の協力を得て《魔法封印》を使用」

 《魔法封印》は『属性:魔法』を持ってるキャラを対象にしか使えないが、いま俺は《見習い魔法少女》になってる為、条件は満たされてしまっている。

「『魔法』を条件とするカードに協力できなくし、3点の衝撃を与える」


 うっ、『魔法』が使えないのはどうって事はないが、3点ダメージは痛いな。


「それと《先代魔法少女な母》と《青魔導少女》が協力して《戸籍変更》を使用。2点の衝撃を与えて……そうだな、槙真下まき ました、つまり俺の妹ってことにする」


 《戸籍変更》はオフィシャル・ルールでは単にTS後のキャラに2点ダメージを与えるカードだか、ダークサイト・ルールだともうひとつの効果を持つ。それが、使われた側の ―― 最終的には負けた側のだが ―― 設定を変えられると言うもの。例えば俺がこのまま負けてしまった場合|(考えたくはないが)俺は助太の妹の真下と言う名前の女の子として過ごさないといけなくなるって訳だ。

 それは是非とも遠慮しときたいが、残念ながら協力できるキャラはもういない。ここは通すしかない。


「もちろんハプニングは使わないよな」

「うぅ、そうだけどぉ」


 と言うかしたくても出来ん。


「じゃあ、お前の残り精神力は14だ。さて、残りは《幽霊図書委員》。『これがお薦めですっ』で1枚ドローして、ターンエンドだ」


 くそっ、ますます負けられなくなってしまった。



「じゃあ、あたしの番。ドロー。えっと協力者に《科学の申し子》を配置するね?」


 とりあえず白衣を纏ったロりっ娘(こちらは外見通りの子供)を登場させて少し考える。

 どうするべきか。そろそろ手札も少なくなってきたし、ここで相手に手札アドバンテージを取られるのは辛い。ということはやはり《幽霊図書委員》を止めておかないとダメだよな。


「《機械仕掛けの妖精》さんの特殊能力『スタン・バイ・ミー』を《幽霊図書委員》に使っちゃう。次のターン《幽霊図書委員》は起きられないよ」


 『スタン・バイ・ミー』は相手が未協力状態なら協力済みにして、次のターンに起きられなく(協力可能にならなくする)効果を持つ能力だ。既に協力済みだったとしても起きられなく効果は有効だから、これから毎ターン宣言すれば相手《幽霊図書委員》の『これがお薦めですっ』を防げる。

 《機械仕掛けの妖精》から電撃が飛び、《幽霊図書委員》を麻痺させた。


「それで、もちろん攻撃もするよ。4点ダメージ。これでお兄ちゃんの残り精神力は16点だね♪」


 いままで助太のこと「そっち」と呼んでお茶を濁していたが、妹と言う設定が付いたせいで、いまは「お兄ちゃん」としか呼べなくなってしまっている。どうやら「そっち」と言う呼び方は妹として不適切と判断されてしまったらしい。

 思わず、頭を押える。


「はりゃ。と、とりあえずあたしの番は終わり。次はお、お兄ちゃんの番だよ」


 助太のことをお兄ちゃんと呼ばないといけなくなるとは……かなり辛い。実際の精神的に。



「おっし。じゃあ、お兄ちゃんの番だ。ドロー」


 俺にそれを強要している助太はノリノリだ。つうか、最初からこれを狙ってただろ。


「そうだな。まず協力者に《ショップ店員》を出す。……にしてもお前、じゃなくて真下はさっきから全然TSしてこないがホントに事故か?」


 話の間にショップ店員だけあっておしゃれな服を着たお姉さんが登場する。


「……うん。実はそうなの。さっきから全然TSイベント引けなくて」


 もちろん嘘だ。いくらでもTSさせる機会はいくらでもあったがわざとしなかった。その方が効果の上がる攻撃型イベントカードをいっぱい仕組んでいるからな。


「そうか……。じゃあ、攻撃は止めだ。《青魔導少女》《自称・霊感少女》《ショップ店員》が協力して《情報収集》。《情報収集》の効果で5枚ドローしてターンエンドだ」



「じゃあ、あたしの番だね。今度こそTSイベントカード引けるといいなぁ。ドロー。あぅ、またダメだった……。あっ、協力者ももう配置できない……。えっと、とりあえず《機械仕掛けの妖精》さん、《幽霊図書委員》のお姉ちゃんに『スタン・バイ・ミー』をお願いっ」

「すまんな、真下。それに[割込]だ」

「えっ」

「まず、《小さな魔法使い》と《先代魔法少女な母》が協力して《価値ある献身スケーブゴード》。『スタン・バイ・ミー』の対象を《青魔導少女》に変更する。とりあえずここで[割込]を使うか?」


 《小さな魔法使い》と《先代魔法少女な母》が《青魔導少女》を掴み、《幽霊図書委員》の前へ投げた。

 こっちも打ち消す事は出来るが、俺の第六感はここでは使うなといっている。


「ううん。いい」


 結果、『スタン・バイ・ミー』の電撃は《青魔導少女》が喰らうことになり、《青魔導少女》は麻痺しつつも《小さな魔法使い》と《先代魔法少女な母》に何やら文句を言っている。


「じゃあ《青魔導少女》は特殊能力『ラーニング』を持っているから『スタン・バイ・ミー』を覚えるよな?」


 そのタイミングで《青魔導少女》の身に着けたペンタントが光ラーニングが成功したことを示した。

 なるほど、そういうことか。《青魔導少女》は特殊能力『ラーニング』を持っていて自分を対象にした『属性:魔法』の効果を自分の特殊能力と使えるようになる。『スタン・バイ・ミー』は『属性:科学』の効果であると同時に『属性:魔法』の効果でもあるから『ラーニング』できる。つまり、3ターン後の相手のターンから《機械仕掛けの妖精》を封印されて、『これがお薦めですっ』が使えるようになることが確定してしまった。


「ず、ずるいよぉ」

「ははは、勝負は非情なんだ。俺は例え妹でも容赦はしない」


 まだ妹じゃねぇ。


「むぅ、いいもん。じゃあ攻撃して終わりっと。と言うことで残り12点になったお兄ちゃんの番だよ?」



「よし。じゃあ、ドロー。協力者に《甘口魔法少女》を配置」


 なにやら見るからに甘ったるい魔法少女の登場である。


「《先代魔法少女な母》が特殊能力『強制着替え(魔法)』。《ショップ店員》はドレスを使う場合1人で2人分協力してくれるから、《ショップ店員》と《小さな魔法使い》が協力して《コスチューム(魔法少女2ndフォーム)》に着せ替えさせる」


 《コスチューム(魔法少女2ndフォーム)》は《コスチューム(魔法少女)》の強化版だ。事前に《コスチューム(魔法少女)》を着ているキャラにしか着せられないが、同じ協力人数でより多くの衝撃を与える事が出来る。もちろん魅力もその分多いが。


「『属性:魔法』による補正と《確固たる意思》の補正を加えて5点ダメージ。魅力が4点から5点に上がるが次のターンで勝てるから無問題」


 ほう。残り2ターンで9点をどうにかできるのか。


「更に残りの4人の協力で《なりきり》を真下に使用するぜ。衝撃4点っ」

「えっ、《なりきり》? 確かにエフェクトカードだから問題なくあたしに使えるけど……」


 エフェクトカードはTS効果を持つ物の他にドレスカードの様に使った相手に、特殊な効果を与える物もある。ドレスカードとは違い、相手のキャラクターにも使えるから、もちろん俺に使える。だが《なりきり》は4ダメージを与えた後、ダメージを半分(端数切捨て)しか受けなくなるっていう効果だから、俺の残り精神力は5点になったとしても勝てなくなるはずだ。

 ……あっ、そうか。《正気に戻る》があるんだな。なら納得できる。《正気に戻る》の効果は、TS効果を持たないエフェクトカードをすべて破棄した後に、その時点の対象の魅力+破棄したカードの枚数分の自己嫌悪ダメージを与えると言うもの。《なりきり》の他に《確固たる意思》もエフェクトカードだから都合、5+2の7点ダメージを与える事になる。もし本当に持っているなら、次のターン、俺を倒すことが出来るって訳だ。

 ふぅ。第六感を信じてあのカード《白馬の王子様》を置いといて良かった。あのカードなら自己嫌悪ダメージ2点が確定だけど、ハプニングカードなら何でも、もちろん《正気に戻る》も打ち消せる。


「いいんだよ。これも作戦だから」


 俺がその作戦に気付いた上に対抗策を握っている事に気付かず、助太は素敵に不適な笑顔を浮かべた。こいつは不意打ちに弱いし、まあ、ここは調子に乗らせておくか。《なりきり》は敢えて受けてダメージを減らすのに使わせてもらえばいいか。


「えぇ~、なんだろ。真下こわいよ~」

「秘密だよ。っと、全員寝ちゃったからターンエンドだな」


 その終了宣言で、お…たしの服がいつの間にか新しいものに変わっていることに気付いた。《なりきり》に気を取られて気づいてなかったけど。《なりきり》に気を取られて気づいてなかったけど、この服、いままで着ていた物よりフリルが増えててとっても可愛いね。でも、よく考えるとこんな短いスカートで動き回っちゃうんだからテレビアニメの魔法少女ってすごいよね。



「あたしの番だね♪ ワンドロー。って、あれっ? 嘘……」


 あたしは、引いたカードを見て思わず驚きの声をあげちゃった。だって……


「ん? どうかしたか真下?」

「う、ううん。なんでもないの。お兄ちゃんは気にしないで」


 慌てて首を振る。って、あれ? ホントに慌てる必要なんてどこにもないよね。だって、あたしの第六感が外れちゃっただけで悪い事なんてこれっぽっちもないし。せっかく我慢していた《白馬の王子様》を使わなくてよくなっちゃっただけだし。でも、ちょっと残念かも……。


「じゃあ、いっくよ~。まずね、《科学部部員♀》と《機械仕掛けの妖精》さん、《ロボ研の華》に協力してもらって《お兄ちゃん大好き》を使っちゃうよ。あたしは『子供』だし、お兄ちゃんはまだTSしていないから有効だよね♪」

「げっ、6点ダメージ? もしかしてその為にわざとTSしなかったのか?!」

「あったり~♪ お兄ちゃん、油断大敵だよ?」

「くそっ、してやられた。で、でもまだだ。まだ勝てる。《お兄ちゃん大好き》のダメージを喰らえば俺の精神力は残り6点。攻撃されたとしても真下の魅力は5点。だから残り1点残る。で、真下は自己嫌悪ダメージがあるから、このターン耐えれば次のターンにアレを使って俺の勝ちだ」


 アレってもちろん《正気に戻る》のことだろうけど、そうは問屋が卸さないんだから♪


「えっと、じゃあ続きやっちゃっていい? えっとね、《猫耳科学少女》と《ポンコツ女子高生》が協力して……」

「えっ?」

「あれ? もしかしてこのまま攻撃すると思った? たんじゅ~ん♪ だから、お兄ちゃんってだ~いすき♪」


 その時、あたしの顔には悪戯な笑みが浮かんでいた、と思う。ううん、絶対浮かんでいる。だってお兄ちゃんってホントに単純なんだもん。


「じゃ、続けるね。《猫耳科学少女》と《ポンコツ女子高生》が協力して、さっき引いた《飛び級!?》をあたし自身につけるよ。これであたしの魅力が6になったから攻撃しちゃうと……」

「いやいやいや、ちょっとまて。さっきの《お兄ちゃん大好き》で自己嫌悪4点、《飛び級!?》で自己嫌悪1点。この時点で残り精神力0点だから真下の負けだぞ?」

「んふぅ~、違うよ? お兄ちゃん忘れているでしょ? あたし、いま《なりき》っているんだよ? だから《なりきり》の効果で自己嫌悪も半分なの」

「あっ……。えっ、と、ということは……?!」

「うん、《お兄ちゃん大好き》での自己嫌悪は4点じゃなくて2点、《飛び級!?》の1点は端数切捨てだから0点。つまりあたしが受けたのは2点だけ。残り精神力3点もあるから十分攻撃できるよね? と言うわけでぇ、こ・う・げ・き♪ 合計6点ダメージであたしの勝ちぃ♪」


 勝った。あたし、勝ったんだ。これで元に戻れる……



 ドクン。この姿に変身したときと同じように、あたしの鼓動が早まっていく。

 ドクン。ドクン。激しいめまいの中、なんとかお兄ちゃんの方を見るとお兄ちゃんも胸を押えて苦しんでいた。

 ドクン。ドクン。ドクン。お兄ちゃんの体が段々と縮んでいく。それと同時に服も縮み、あたし、いや、俺が着ていた魔法少女のコスチュームと同じ色に変わっていった。

 そこまで確認すると目を閉じる。そして心臓が落ち着いたのを見計らってからゆっくりと目をあげた。すると、助太が座っていた場所に魔法少女のコスチュームを着た少女が机にうつ伏せになるように倒れていた。確認するまでもない。間違いなく助太だ。どうやら気を失っているらしい。


「ふぅ」


 一息ついて考える。《なりきり》が適用されたまま勝負が終わってしまった。と言うことは助太は既に助太としての意識はなく1人の少女・槙真下になりきってる、というか思い込んでいるはずだ。

 このまま俺の家で目を覚まして変な勘違いされたら俺が困る。このまま隣の家、つまりは助太の、真下の家まで連れて行ったほうがいいだろう。世間的にも槙真下となっているのだからそれで問題はないはず。

 おばさんには待ちつかれたのか俺の部屋で寝ていたとでも言えば信じてくれるはずだ。たぶん。

 俺は静かにゆっくりと真下を抱きかかえる。


「軽いな」


 予想外の軽さに思わず声がでる。


「ううん」


 真下が起きてしまった。と思ったが、単に寝言だったようだ。ふぅ、助かった。

 って、なに慌ててるんだ俺は。

 ゆっくりと真下を起こさないように隣の家まで抱いて行く。おばさんにはさっき考えた内容で言い訳をする。いつもゴメンね、と言われた。

 おいおい、こいつはいつも俺の部屋に忍び込んでは待ちくたびれて寝ているって設定かよ。



 翌日。真下が俺を迎えに来た。

 おい、真下。お前、『年代:子供』だろ? よくて小学生じゃないか。 小学校は逆方向だろ。なのになぜ俺と一緒に登校する。

 俺はもちろんそこら辺を突っ込んだのだが、当の本人は「いいの、いいの♪」と音符つきで答えて至極当然だという顔をする。

 こらっ、手を繋ごうとするな。元・助太だと思うと気持ち悪くてしょうがない。って、泣くな。わかった。わかったから。手を繋いでやるから。だから泣くな。俺が変な目で見られる。

 えっ? アイス買ってくれないと許してあげない。別に許して貰いたくは……って、泣くなって。わかった。わかったから。また今度買ってやるから。


「えへっ、だからお兄ちゃんって大好き♪」


 あっ、やっぱ嘘な気だったんだな。ちゅうか、満面の笑みを浮かべながらそんな事を言うな。元・助太だと知っているからどう反応すればいいのか、めちゃくちゃ困る。



 キーンコーンカーンコーン。

 校門でやっと真下から解放された俺は、教室に入る。なんか今日は登校だけで疲れた。ショートホームルームまでちょっと寝よう。なんか周りで泰斗くんってあんな可愛い妹いたっけ、とか、いや奴は一人っ子だったはずだ、とか言っているが気にしたらダメだ。そう俺は寝るんだ。話しかけるんじゃねぇ。



 いつものショートホームルームが始まる時間より少し早めに来た先生がなにやら言っている。だが、俺は頭を起こすつもりはまったくない。このまま1時間目が始まるまでは寝たふりをしとこう。うん。


「え~と、急ですが転校生を紹介します」


 なるほど、転入生がいるから早めに来たのか。


「彼女は10歳だが、とても頭がいいので少しの間、体験入学生として一緒に学ぶ事になった」


 ……ま、まさかな。俺は嫌な予感に駆られ恐る恐る頭を上げた。そして残念なことに想像した通りの人物がいる事を確認してしまった。

 その人物と目が会うと相手は目を輝かせて大声で喜んだ。


「やった。お兄ちゃんと同じクラスなんだ♪」


 クラスメイト全員の視線が俺に突き刺さる。

 ……神様、俺、勝ったんよな? 何で勝ったはずの俺がこんな苦労しないといけないんだ?

 クラスメイト全員の視線が俺に突き刺さる。

 これって何の罰ゲーム? 俺、なんか悪い事した?

 それから数日、俺の苦難の日々は続いた。




 俺はもう絶対に、絶対にだ。助太とTS☆ファイトは絶対にしない! 絶対に……

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