夏はムヒと虫刺され
「うーん、やっぱたまには早起きしてみるもんだなぁ。気分最高だわ!」
爽やかな風が通り過ぎる通学路を歩きながら、わたしは大きく伸びをした。
六月。
中間テストも終わり、勉強からも少し解放されたこの月は、わたし…冬未にとってはまさに自由の月といっても過言ではない。
まあ、六月までは春太の花粉症にいっぱいいっぱいだったから、それからの解放感もあるのかもしれないけど…。
因みに私は帰宅部なので、部活動をしている人たちのように朝練登校などはない。
たまたま早起きしたから、たまには早めに学校に行ってみようか、という気になったのだ。
学校に着いて、教室に入るとやはりまだ誰もいなかった。誰もいない教室ってなんか新鮮。
さて何をしようかと一旦席に着いたら、同じタイミングでガラッと教室のドアが勢いよく開いた。
「おはよーっ…おっ、今日は朝早いんだな、冬未」
「おはよう。まあ今日はたまたまだよ。春太は朝練?ごくろっさん」
爽やかオーラをきらっきら放って教室に入ってきたのが、花粉症少年こと春太。ちなみにサッカー部。
むう、せっかく教室独り占めできると思ったのに…。
「そういえば、もうすぐ野外学習があるな!」
「あぁ、確かキャンプ場だかどっかでカレー作るんだっけ?」
「そうそう、それって確か四人班でやるみたいだからさ、いつもの四人で組んじゃわね?」
「おっ、いいねぇ!夏乃ちゃんも秋もきっと賛成すると思うな!」
そんなことを春太と駄弁っているとだんだんクラスメイトも集まってきて、
「おはよー、春太くん、冬未ちゃん」
童顔弟系男子、秋もやってきた。ちなみに部活は、週一で学ぶ暗器?暗記?…どっちだっけ、なんかそんな感じの同好会。
となると…。
「まだ夏乃が来てないな」
そう、少女マンガの主人公みたいな可愛さをもつ、実質の陸部である陸上を超える陸上部所属の夏乃ちゃんがまだ来ていないのだ。え?何か褒め過ぎじゃないかって?…だって本当のことだからね!
「夏乃ちゃん、いつもは僕よりも早く登校しているのにね…今日は学校お休みなのかな?」
「いや、夏乃ちゃんのことだから、『すまんな、ちょっと人類の未来を守ってきた』とか言いながら予鈴ギリで来るんじゃない?」
「いや、あいつそんなこと言う性格じゃないだろ…」
そんなことを話していたら、
ガラッ
と、ドアを開ける音がした。
「あっ、夏乃ちゃんだ!おはよ――」
そこに立っていた夏乃ちゃんにいつも通り声をかけようと思ったが、その声はぷつりと途切れてしまった。
なぜなら、いつも通り涼しい顔をしている夏乃ちゃんの右足が――真っ白な包帯にぐるぐる巻きにされていたのだから。
「かっ、かっ、夏乃ちゃん、どうしたのぉぉぉぉぉぉおおぉぉ!!!?」
「フユ、五月蝿い」
✚✚✚
「この包帯?あぁ、これはただの虫さされだ」
放課後。夏乃ちゃんは、一日中包帯のことが気になって授業もまともに受けていなかったわたしたちに、あっさりと答えた。
確かに包帯は軽く巻いてあるみたいだから、重傷のようではないみたい。
「だから、怪我じゃなくて虫さされだ」
「どっ、読心術!?」
「フユの思考は単純だからな」
…。
「にしてもさ、いくら虫さされでも、そんな包帯巻なんてする必要はないんじゃないか?」
「確かにちょっとくらい刺されても、ムヒ塗れば治る気がするけど…」
わたしに対するフォローは特にせず(酷い)、春太と秋が夏乃ちゃんに尋ねた。
「それに関しては…まあ、見てもらった方が早いか」
と、夏乃ちゃんはシュルシュルと包帯を解き始めた。
やっぱり可愛い人は何やっても可愛いな…と軽く嫉妬していたら、
「ほら、見てみろ」
いつの間にか包帯を解ききった夏乃ちゃんが、その右足をわたしたちに差し出した。
「「「っ……!!!」」」
その足を見た瞬間、わたしたちは言葉を失ってしまった。
夏乃ちゃんの右足には、蚊に刺された痕が大量にあった。その姿は、逆に刺されていないところはどこなのだろう?と思わせるほど。
「ちょ、夏乃ちゃん?僕のさっきの言葉、撤回してもいいかな…?」
「ああ、いいぞ」
「冷静過ぎんだろ、夏乃…」
確かにこれでは、包帯を巻かない方が悲惨だろうな…。
でも、これってアレだよね。夏乃ちゃんがこんなに困っているってことは、この前の春太の花粉症みたいに、なにか協力できるんじゃないかな!?
なので、私は夏乃ちゃんに、
「夏乃ちゃん!良かったら、わたしたちが夏乃ちゃんの虫さされ予防に協力するよ!」
と提案しようとしたのだが…。
「夏乃ちゃ「あぁ、今回の私のことに関して、お前たちに協力を仰ぐつもりはないから。刺されるのは毎年だし」
なん…だと?
✚✚✚
それから、わたしたち(春太、秋、わたし)は、どうにかして夏乃ちゃんに協力できないか必死に努力した。
けど…。
「なぁ、夏乃。喉乾かないか?実はおすすめの飲み物があって…」
「あぁ、ドクダミ茶のことか?大丈夫だ、私は毎日二リットルは飲んでいる」
「ねえ、夏乃ちゃん!お弁当、僕のおかずと少し交換しない?」
「別に構わないぞ。だが私とシュウの弁当、虫刺され対策に肉が控えめなのも、大葉やゴボウが多めに入れてあるのも似ているから、あまり意味がないと思うが…」
「あっ、あのね、夏乃ちゃん。明日の野外学習のときの虫除けで…」
「ん?その心配は無用だ。自家製のレモングラス油をつけていくから。ハーブは良いよな、良い香りで蚊を寄せ付けないなんて。ちなみに万が一刺されたことを考えて、ムヒは常に10本携帯してるから」
しっかり者の夏乃ちゃんは、そもそもわたしたちが調べたりしたことを既に実践していて当然か…。
✚✚✚
そんなこんなで翌日。
今日は野外学習。キャンプ場で料理をしたり自然の中で遊んだりする行事の日なのだ。
ちなみにスローガンは『自然と触れて、自分の中に眠る野性を呼び起こそう』…どういうこっちゃ。
そして、そんな自然の中には勿論奴がいる。
「蚊…」
夏乃ちゃんが今までで一番怖い顔をしながら、つぶやいた。
まあ、自然の中には虫なんてうじゃうじゃいるもんな…。
「まあ、大丈夫さ夏乃!お前いつもばっちり予防してんだろ?」
春太がそう励ますが…。
「ハル…実はな、今日は自家製レモングラス油をつけてくるの、忘れたんだ…」
!!!?
わたしと春太は驚愕した。なんと…あの夏乃ちゃんが、普段わたしが忘れ物をしたとき「忘れ物をするということは、自分に甘い証拠だ。今後は気をつけろよ」とか言ってた夏乃ちゃんがっ…!
「驚いているところ悪いが…今日シュウをまだ見ていないのだが、どうかしたのか?」
あぁ、そういえば夏乃ちゃんは携帯を持っていないから知らないのかな。
「あのね、今日秋は公欠なの」
「公欠って…週一で学ぶ暗器同好会のか?」
「うん、ってあれ?暗記同好会じゃなかったっけ?」
「秋が所属してる同好会って色々謎だよなぁ…」
そう三人で会話しながら、秋から送られてきたメールの文面を思い出す。
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201X年6月2Y日4:06
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件名:ごめんね!
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本文:
おはよう!
昨日言いそびれちゃったんだけど、
実は今日、僕の同好会で試合があ
って、学校を公欠するんだ(´△`)
みんなと野外学習したかったから
残念…。
野外学習ってなると、夏乃ちゃん
が危ない目にあうかもしれない
から、しっかりアー○ジェット
持って行ってね!(̀・ω・)b
それじゃ、僕の分も楽しんできて
ね~!
秋
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よし、こうなったら秋の為にも、夏乃ちゃんのことはわたしたちが守らねば!
✚✚✚
野外学習は、いたって平和に行われていた。…班別のカレー作りまでは。
「ちょ、こっち来るなよ。しっ、しっ!」
さっきから、野菜の皮をむいている夏乃ちゃんにやたらと蚊が寄ってきているようだ。
ときどき、パチン!と手を叩くような音もしているから、多分蚊を倒しながら作業をしているみたい。…カレーに混ぜないでよね?
あまりにも蚊を寄せつける夏乃ちゃんに、多分クラスメイトは助かっているだろうけど、わたしたちにとってはこれは危機だ。(同じ班だという意味で)
わたしは秋からのメールをもう一度、思い出し、春太に目を合わせる。
春太も、もう分かっているようだ。彼もわたしの方を見て、グッと拳を握りしめた。
そのころ夏乃ちゃんは、
「うぅ…もう来るなよー、もう私(の右足)には刺すところなんか無いじゃないか…」
今は夏服指定で、今回の野外学習も半袖半ズボンと服装が決まっている。なので、夏乃ちゃんの包帯巻にされた右足は隠せない。そして、蚊はなぜかその右足を狙ってくる。
夏乃ちゃんは、あまりにも蚊が寄ってくるのでもう大分弱ってしまったようだ。このままだと…!
「…っ!」
いきなり、大量の蚊が夏乃ちゃんに襲いかかってきた!
わたしたちの目にもはっきりと映るくらい大量だ!え、蚊って群れ作らないよね!?てかどっから来たの一体何がどうなって…。
って、こうしちゃいられない。このままだと、夏乃ちゃんが大変なことに!(めっちゃかゆくなる意味で)
「もう…駄目か」
ついに諦めてしまった夏乃ちゃんは、そのまま蚊の餌食に…。
「「そんなの駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」
わたしと春太は、その勢いのまま懐からアー○ジェットを取り出し…!
ブシュ―――――――――――――
✚✚✚
「いただきまーす!」
ようやく各班でカレーが完成し、クラスのみんなで食べ始める。
その中で、一班だけが調理場の隅で正座していた。
…わたしたちだ。
あの時、アー○ジェットを放った後、それによって倒れた蚊とアー○ジェットの粉末は、吸い込まれるようにわたしたちの作っていたカレーの中にIN(お食事中の方ごめんなさい)。もはや食べられるものではなくなってしまったのだ。
そうして食べ物を無駄にした反省として、今こうして正座をさせられているわけだ。
「いや~、にしても正座で反省なんて中学以来だよ。確か教頭先生のカツラをとっちゃった時だったけな…」
「何やらかしてんのよ、春太…」
でも、もう正座し始めてから30分は経っている。足が痺れて感覚が無くなっているわたしとは違って余裕そうな彼は、きっとそれ以外にも色々正座をする機会は多かったと思う。
「なあハル、フユ」
横一列に正座しているわたしたちの真ん中で微動だにしていなかった夏乃ちゃんが(もしかして夏乃ちゃんも…ってそれはないか)、真っ直ぐ前を向いたまま語り始めた。
「私は、今までもこの時期になぜか右足だけを蚊に刺されて、このように包帯を巻く状態になっていた。そんな私を見て、多くの人は私に『大丈夫?早く治るといいね』というような気づかいの言葉をかけた。だが、ハルやフユ、今ここにはいないがシュウ。お前たちは私のこの現状を見て、気づかう…いや、気づかうだけ(・・)の連中とは違って、私だけの問題だというのに、一緒に悩んで解決策を見出そうとした。そんな奴等はお前たちが初めてだ。春太の花粉症の時も私は凄く驚いたんだぞ、友人のことにここまで一生懸命になれるとは、と」
珍しく長く語る夏乃ちゃん。わたしと春太は何も言わずに夏乃ちゃんの言葉に耳を傾けた。
「今回、お前たちが私の虫刺されについてサポートしてきてくれたことは本当は嬉しかった。だが、私はお前たちに負担をかけたくなかったんだ。そんなこと今更、と思うかもしれないがな。しかし、それでお前たちに対して少し冷たくしてしまったかもしれない。すまないな」
「夏乃がドライなのはいつも通りだよ」
「…」
春太、そこは挟むべきとこじゃないよ…。
「まあ要するに、私が言いたいのはだな。…さっきは助けてくれてありがとう。私、みんなが友達で本当に良かった!…これからも仲良くしてくれる?」
いつもは口調が固い夏乃ちゃんが言ったその言葉。多分、それが夏乃ちゃんの本心のままの言葉だったのかもしれない。
そんな夏乃ちゃんに対して、春太とわたしは…。
「当ったり前だろ!俺たちは春夏秋冬揃っての俺たちで…えーっと?何かうまく言えない…」
「とにかく!私たちはこれからもずっと友達ってことだよ!秋だってきっとそう言うに違いないし!」
「…ありがとう」
こうして、夏乃ちゃんの虫刺され事件は解決…はしていないけれど、この一件を通してわたしたちの絆は、また一段と深まったことだろう。
「あ!そうだ、アー○ジェットを勧めてくれた秋に報告しなきゃ…って足が今頃しびれれれ!!?」
「…フユ、落ち着け」
✚✚✚
♪~♪♪~
「…お、メールだ。ちょっとゴメンね」
―なぜ電源を切らないんだ。
「だから、さっきも言ったじゃない。今日本当は野外学習があったんだよ。行きたかったなぁ」
―話が噛み合ってない気がする…。
「うーん、気のせいじゃない?…おー!なんとかなったみたいだね!やっぱりアレを持ってくように勧めて正解だったね!」
―お前の言ってることが全く理解できないんだが。
「いいよ、分からなくて。じゃ、そのもやもや引きずりながら続き始めましょうか?」
―お前、性格悪いな…。
「だって、この場で良いところとか甘いところ出しても死ぬだけでしょ?
だって、今僕たちコロシアイ(しあい)してるんだから」
―では、再開しようか。
「うん。僕も早く友達のところに帰りたいから、さっさと終わらせようか?」
Summer story is...end?
この度は『夏はムヒと虫刺され』を読んでいただき、ありがとうございます!
この作品は『春はティッシュと花粉症』の続編となっております。
相変わらずの無茶苦茶です。またしても自力で解決ならず。
まあ、これが彼ら彼女らなのでしょうが(笑)
そして、またよく分からない終わり方になってしまいました。
秋の同好会の謎がついに明らかに…なるかもしれない!
もしそのような機会が訪れましたら、「アー○ジェットの件の時こんなんしてたんか…」とか思いつつ読んでいただけたらと思います。
それでは、こんなムヒ臭いお話を読んでくれた全ての方に、感謝の気持ちをこめて。