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#8 優しいメイドとの交渉

 すぅすぅと寝息を立てる紗矢ちゃんを横目に、私たちは部屋の窓の水槽を通る魚たちを見ていた。水族館と名づけられるだけの建物ではある。でもこの建物が一体どこにあるのか知らない。私たちの船が転覆した後、いつの間にかいた場所なのだ。どこか知らない島なのか? 知らない国なのか? 分からないことばかりだ。


「二葉さんありがとう。紗矢ちゃん体調良くなったみたい」

「いいえ、私に出来ることをやったまでです」


 二葉さんは淑やかに私たちに頭を下げる。メイド喫茶出身のメイドとは思えない上品さを感じる……。


「そう言えばあなた、昼食配送の仕事は終わったの?」

「ええ、その帰りでこの部屋に異常が出たと連絡が来たので」


 連絡? その手段が知りたい。そう思ったのは紫塔さんも同じだったみたいだ。


「どうやって知ったのかしら? 何か携帯のようなものを持っている、とか?」

「私の執務室で各部屋の状況をモニタリングしているのですが、それが異常を示すとほら、これに」


 そう言って二葉さんが取り出したのは……なんだろう、これ。ガラケー……なのかな? ちょっと厚い板に番号ボタンを敷き詰めて、おまけみたいな画面がついて、頭には伸びる角みたいなのがついている。家用電話の子機みたいなこれは……。


「? あなた……えっと、名前なんでしたっけ」

「私は晴香。多知晴香」

「晴香さん、もしかしてこれが分かりませんか?」


 うなずくと二葉さんは目を見開いた。驚いたのかもしれない。


「え……今の若い子って、これ分かんない……?」


 メイドの顔が引きつっている。そんなにショックなことなの……?


「美央さんは……あ、そこの金髪のあなたも!」


 紫塔さんもシェリーも二葉さんが持っている電話のようなものをまじまじと見つめる。けれど、二人の顔は曇ったままだ。


「ええ……」


 相当ショックだったのか、困惑の声を二葉さんは漏らした。


「これはガラケーですよ!」

「……でもなんか画面ちっちゃいよ?」

「初代ガラケーです! どうです、ミニサイズなのが可愛いでしょう?」

「ガラケー? これが……」


 小さな画面には確かに文字が映っている。けれどこれって白黒? 初代ガラケーっていったいいつの時代の代物だっけ……?


「あー……ジェネレーションギャップがこんなところで……」

「二葉さん……何歳?」

「誤解しないでください!? 多分、あなたたちが思っているよりは若いですよ?」


 それは間違いない気がした。大体二十代かな……と睨んでいるけれど、もしかしたら二葉さんの化粧技術がすさまじくて実は三十代でした、と言われてもそれはそれで納得できそう。それより上はないと思う。


「二十五歳?」


 それとなく、無難と思う数字を言ってみる。


「うっ!!」


 それはそれはもう、衝撃が走ったという顔で二葉さんは顔をこわばらせた。


「……ショックです……それはもうアラサーじゃないですか……」

「当てて見せましょうか? あなたの年齢」


 紫塔さんがすまし顔でメイドに言い放つ。雰囲気はかなり当たりそうなものを感じる。


「二十七」

「なんで上げたんですか!? 今の私の反応見てました!?」


 紫塔さん……それは、ボケなのか……? 紫塔さんがボケを……? 考えたこともなかった。


「……あなたはどう思う?」

「さんじゅう」

「もういいです……」


 シェリーの回答で完全に心が折れたのか、二葉さんは膝をついてしまった。


「うぅ、ううぅ……」


 泣くような素振りで二葉さんは顔を抑えている。……たぶん本当に泣いてはいない。


「あー……紫塔さん、なんで数字上げたの?」

「え? そう思えた……からよ? どうして?」


 ――天然かよ……。ビックリしてしまった。そんな一面があるとは思っていなかった。


「シェリー。とどめ刺しちゃだめでしょ?」

「いや、これはちゃんと理由があって、ガラケーって二十世紀の代物じゃない」


 熊耳のメイドから鼻をすする音が聞こえた。嗚咽も。……無邪気に人の心を破壊してはいけない。


「シェリー、なおさら駄目だよ……」

「うーん、見た目で判断できなかったから考えただけなのに……」


 ……紫塔さんも、シェリーも悪意がなかった。ないからこそ残酷さが一層際立っている気がした。


「ごめんなさい二葉さん、私たち悪意はなかったんです。もしかして、お酒が飲めない年齢とか……?」

「うぅ……」


 嗚咽を抑えつつ、二葉さんは続ける。


「ハタチですよぉ……最近やっとこさお酒が飲めるようになったのに……えぐえぐ」


 あ……これはホントに申し訳ないことをしてしまった。やっぱりレディの年齢を探るのは良くない。


「本当にごめんなさい……」

「いいんです……最近のオトナの人、すごく若く見えますからね……」


 精一杯のフォローも、ちょっと心が痛かった……。




 ちょっとして二葉さんが落ち着いた後、彼女はあのガラケーについて語ってくれた。


「このガラケーに、通信が飛んでくるような仕様になっているんです」

「……大元は何? 高性能なコンピュータでも用意しているのかしら?」

「その通りです」


 メイドさんはにこやかに答えた。……はっと気付いたことがある。


「もしかして、そこから外部に連絡出来たりする!?」

「あ……」


 とここで二葉さんは何かバツが悪そうに、笑みが萎れた。


「それは……オクトパス様から『しない・させない』ようにされているんです」


 なるほど……流石にそういうところはオクトパスは目を光らせている、ということか。


 未だにあのオクトパスという魔女がどういう実力なのかが見えない。こんな水族館を作ってしまうくらいには魔法の力がとんでもない一方、紫塔さんにはフラれ続けているのはちょっとかっこ悪い。悪い奴のような気がするけれど、そのくせ紗矢ちゃんを始末しなかったように邪悪百パーセントという感じにも思えない。気に入らないのは確か。




「二葉さんもここから脱走しようと思ったことがあるんですか?」

「ありますよ、何回か。でもそのたびにオクトパス様の抜け目のなさに絶望して、今はここでの生活の満足度を上げようとしている所です」


 へぇ……こう従順そうなこの人でも、そんな経験があるんだ。


「それは外の世界に未練があったから……ですか?」

「はい、オクトパス様と契約を交わした後、すぐにここに連れてこられてしまって。同僚にお別れの挨拶をすることもできないまま、バックレみたいな感じでメイド喫茶を離れてしまったんですよ」


 ありゃりゃ。それは嫌だな。


「借りていたアパートにも、荷物が置きっぱなしですし……」

「ほとんど強制だったんだ」

「そうですね……でもまあ、ここで長くやっていくうちに、だんだんと『まあいいか』みたいな気持ちにもなってきましたし」

「二葉……あなたも、囚われている――って立場なのかしら?」


 紫塔さんの言葉は、鋭さをもって、私たちの会話に割って入った。


「はっ……言われてみれば……!」


 はっ、って言った……? もしかしてあんまり自覚がなかったのか!?


「あなたが幸せそうなら、別にいいんじゃないかしら」

「……? うーん……」


 二葉さんは自分が幸せなのかどうかという自問自答を、頭の中で繰り広げているかのような絶妙な表情で困っていた。そっとしておこう……。




「晴香、どうもここから外部に連絡する手段はないわ、とはいえ、なんだか気にならない? 二葉のコンピュータ」

「うん、すごく。そんなものがあったら、脱出とは言えなくても、なにかここを出るためのヒントが手に入りそうな気がするね」

「決まりね。シェリー、あなたはどう思う?」

「うん、いいと思う。けれど、オクトパスにバレたりしたら、ちょっと嫌な予感がする」


 それは考えておいた方がいいシナリオだと思う。もしあの魔女に見つかってしまった場合、どうなってしまうのか。奴は私たちに危害を加えてくるだろうか。


「用心することに越したことはないわね。ねえ二葉」


 紫塔さんが声をかけると、困り顔で何か考え込んでいた二葉さんは振り向いた。


「今度、二葉の部屋に案内してほしいのだけれど」

「それは、どうしてですか?」

「脱出のためのヒントが、あなたのコンピュータにあるんじゃないかって思ったのよ」

「……残念ですが、それは出来ないご相談です」


 ……やっぱりそこは、オクトパスとの主従関係に基づく回答しか得られない、か。まあ、しょうがない。


「オクトパス様にバレたら、きっと私たち、タダじゃ済みませんよ。コンピュータで館内の情報が分かる……そしてそれは、オクトパス様も見ている情報です」


 ああ、なるほど。どういう行動をしているか、というのはアイツにも筒抜けということか。……もしかしたら、こんなやり取りも聞かれているのかもしれない。


「オクトパスとの主従関係で許可できないっていうんじゃないんだ」

「そこは、別に」


 いいんだ……。


「ふむ……じゃあ、アイツにバレないように、あなたの部屋に忍び込む……とか、なにかアイツの裏をかいて行動する必要があるわけね」

「それが出来たら、チャンスがあるかもしれませんね」

「ちなみに場所を教えてくれたりは……」

「それはホントに契約で禁止されてるのでダメです!」


 あー……つまり、私たちはまず、



 ・二葉さんの部屋の位置を特定し

 ・二葉さんの部屋へオクトパスにばれないよう忍び込み

 ・部屋のコンピュータにアクセスする



 ということを、こなさなくちゃいけないわけだ。そのどれにもヒントはない。


「……わかったわ。二葉、ありがとう」

「? どうしてお礼を?」

「親切にお話してくれたからよ。あと、紗矢の手当のことも」

「いいんですよ、別に」


 二葉さんはちょっと照れながら、胸を張る。かっこいい立ち姿に、アンバランスな熊耳が目立ってイマイチ締まりがなかった。

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