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#7 束の間の休息

 ひとまずヘレナの部屋に戻る。さっぱりするための入浴だったはずなのに、もう疲れ切っている……。


「紗矢ちゃん大丈夫?」

「う、うぅ……」


 幸いお湯を飲んだり溺れたりしてはいなかったけれど、まともに息ができない状況で全身四十度程度のお湯にしばらく沈められたのだ、すっかりのぼせてしまっている。


「どうしたの和泉さん!」

「オクトパスの攻撃に遭っちゃったんだ。溺れてはいないけれど、しばらくは安静にさせないと」

「紗矢、具合大丈夫? 返事できる?」

「うぅ~」


 どうもちょっと辛そうに見える……。ともかく紗矢ちゃんをソファの上に寝かせて、安静にさせることにした。


「水とかないかな……」


 こういう時に二葉さんでも呼べれば……! そういう呼び出すようなものは、さっき部屋を探った感じだと見当たらなかった。こういう時は水分補給が一番よさそうなのに……。


 苛つきのような気持ちを感じていると、唐突に部屋の扉は開かれた。


「何かありましたか!?」

「二葉さん!」


 幸い食事を運ぶワゴンと一緒に二葉さんは来ている。そのワゴンには冷水を入れたピッチャーも見えた。





 紗矢ちゃんに無事冷えた水を飲ませると、異常に上がった体温も少し収まったのか、苦しさが和らいで落ち着いたような様子を見せた。


「一体何が……」

「オクトパスに襲われたのよ。お湯に沈められて」


 まあ、と二葉さんは口を抑えて悲痛な表情を見せた。


「……っ。オクトパス様、こんな手荒な真似を……」

「アイツは魔女よ。それも、タガが外れた」

「二葉さん、あの魔女の正体を知らなかったの?」

「いえ、その……」


 ちょっと言いよどんだ後、二葉さんは再び言葉を続ける。


「まさか……こんな諍いが……と思うと、……」


 どうも二葉さんもショックを受けているらしい、悲しそうな顔で黙り込んでしまった。こちらも問いただす気も無くなってしまったので、話題を変えることにする。


「ねえシェリー、よく私たちのピンチに気付いたね」

「え? いや、晴香ちゃんたち、やたら遅かったから……」


 そうなんだ。手元に時計がないからそれは計りようがなかったけれど、きっと待たせてしまったんだろう。


「楽しそうだったら、私たちももう一回お風呂入っちゃおうって」

「あ、なるほど」


(どうもシェリーをときどき仲間外れ……じゃないけれど、どこかタイミングがずれてしまうことがあるな……)


 どこかでそんなことを思いながら、彼女とまた楽しい時間を作ってあげなくちゃ、と思い立った。


「ねえシェリー、どっかのタイミングで、この水族館の中で一緒に散歩でもしない?」

「え!?」


 そう言うとぱあっとシェリーは顔を輝かせた。


「いいの!?」

「どっか時間が空いたらね、約束」

「うん!」


 きっと彼女の中でも、私や他の皆と一緒にワイワイする時間が足りてないんじゃないかな?


「……晴香、悪いけれど、ここは危険な場所なのよ」

「だから、『タイミング次第』だよ」

「……?」


 そのタイミングというのはまだ分からないけれど、ともかくシェリーと遊ぶのは決定事項だ。


「フワァ……」


 気の抜けるようなあくび、その主はヘレナだ。


「ヘレナ、シェリーの言う事は聞いてくれるの?」

「うん。最初はあんな狂犬みたいだったけれど、お世話してあげたら懐いちゃった」


 ちら、とヘレナのほうを見ると、なるほど、最初会った時の獣のような目は……いや、いまだ獣の目と言ったほうがいいかもしれない。ワンちゃんという名の。鋭さはどこか鳴りを潜めて、ご主人様やそのご友人を見て安心しているような……目の気がする。


「……私にも懐くかな?」


 そっと、そのつぶらな瞳に惹かれて私は彼女に手を伸ばした。すると瞬く間にヘレナはその牙を見せた。


「痛っ!!」


 容赦なく噛みつかれた私の右手に、くっきり歯形がついてしまった。


「大丈夫!? 晴香ちゃん血出てない!?」

「う、うんそこまでは流石に」


 ヘレナが人だからか、それともそんなに力が入ってなかったからか(めちゃくちゃ痛かったけれど)、血は出てなかった。アザは出来そうだけれど……。


「ヘレナ、めっ!!」

「ウッ!?」


 シェリーが叱ると、ヘレナは目を一瞬見開いた後、すぐに目尻が下がってちょっと悲し気な表情になった。


「ホントに犬みたいだ……」

「そうだね。……この子、元々犬みたいだったのかな?」

「どうだろうね」


 犬のようにふるまって、社会でまっとうに暮らせるか、と言われたら私には想像がつかない。紗矢ちゃんが言っていたように「あとから」こんな犬みたいな感じになっちゃったのかな。でもそしたらどうしてそうなったんだろう。頭を打ってあんな風に……なるかなぁ?


「でも犬にしては、あんな大鉈をぶん回せるんだよねぇ……」

「そうだねぇ……」


 他愛もない会話をシェリーと続けていると、ヘレナの元に紫塔さんが近づくのが見えた。


「……」

「グルル……」


 紫塔さんが近づくなり、ヘレナは警戒するようなそぶりを見せる。


「魔女同士だからかな?」


 そういう同族嫌悪みたいな感覚が、お互いにあるのだろうか。紫塔さんの眼光も鋭いし、ヘレナの口元も牙を見せるかのように歪に開いている。


「ケンカはやめようよ、紫塔さん。シェリー、ヘレナを宥められる?」


 シェリーに言うと、すぐにヘレナの元に行って、なにか話しかけている。すると、ヘレナは手に持っていた大鉈を降ろして、表情も少し柔らかくなった。


「……どうも落ち着かないわね。やっぱり」

「紫塔さん……そのうち仲良くなれるよ。さっきも一緒にオクトパスをやっつけたじゃん!」

「……そうだといいのだけれど」


 紫塔さんはどこか居心地の悪そうに、腕をさすりながら横目でヘレナを見る。目線が合って、ヘレナはまた唸りだしたけれど、シェリーが叱るとすぐやめた。





 お喋りも落ち着いたので、また紗矢ちゃんのところへ向かうと、紗矢ちゃんはソファで眠っていた。疲れてしまったのかもしれない。


「寝ちゃったね」

「仕方ありません。あの感じ、軽い脱水症状も引き起こしていたみたいですから」


 二葉さんから見ても紗矢ちゃんは無事じゃなかったみたいだ。しばらくは探索も出来なさそうだ。なによりも紗矢ちゃんの身体のことが大事だ!


「とりあえずはここまでね」


 紫塔さんも床に座り込んだ。すると私もシェリーもつられたように座る。


「うん。……紫塔さん、聞いてもいい?」


 オクトパスと戦った時から引っかかっていることを、彼女に聞いてみることにした。


「なにかしら?」

「紫塔さん、あの時紗矢ちゃんの言葉を鵜呑みにしたよね」


 『私のことはいい!』と言った紗矢ちゃん。それに対して一度紫塔さんは紗矢ちゃんを叱ったけれど、その後、オクトパスとのやりとりで絶対に揺るがないような意思をもって、紗矢ちゃんが溺れそうになろうがアイツの提案を蹴り続けた。


「紫塔さん、頑固だよね」

「っ……」


 あまり見たことないような顔をする。ちょっと顔を赤らめたかのようなその表情は、私が知る限りは「恥ずかしい」っていうのと一致する。


「あのままアイツとの問答が続いたら、どうなってたかなって……不安になっちゃって」

「……私も、ちょっと頭に血が上っていたかもしれないわ。『紗矢を切り捨てろ』とか、言われたからかしら……」


 あぁ、やっぱりそうか。私だってそんなこと言われたら、絶対怒るもの。


「でもね、それだけじゃないわ。恐らくアイツの提案を飲んだ瞬間、ロクなことにはならない……そう感じたのよ」

「魔力的な感覚?」

「それも含めて」


 ……どうしたって、かなりマズい状況だったわけだ。ギリギリ、シェリーが大浴場に来てくれたから、打破できたけれど……。


「やっぱり、今の状況、かなりマズいわよね」


 それは分かっている。分かっているけれど……。


「今の手札じゃ、ここを打破するのは厳しい。……だから、ここで何かを掴まなくてはならないわね」


 紫塔さんの目線がヘレナに向く。ヘレナはあくびをして、ウトウトしている。ごはんの後だからかな?


「……つまり……新しい、仲間?」

「そうね。それが一番近い答えになるでしょう」


 仲間、か。うん、なんとなく私たち四人だけでは(魔女一人、一般人三人ということからも)ここを出るのは困難というのは分かっていた。


「おそらく、ヘレナのように他の魔女もこの建物の中に閉じ込められているのかもしれないと、私は踏んでいるわ」

「……なるほど」


 他の魔女、か……。みんながみんな、紫塔さんのように優しくて、ヘレナのように素直だったらいいけれど……。


「幸い、色々知ってそうな人なら、そこにいるわね」


 熊耳のメイドさんは神妙な顔をしているけれど、さっきほどじゃない。彼女の人柄を見るに、こっちの仲間に出来ない、ということはなさそうだ。


 でも問題は彼女を取り巻く『環境』だ。


 彼女はオクトパスに雇われた人間だ。つまり主従関係がそこにある。彼女がオクトパスに逆らった瞬間、何をされるかわからない。


 それに二葉さんは魔女じゃないと言っていた。だから戦うとなったらまず彼女は無力だろう。……そんな悲惨な目には遭わせたくないし。


「そうとなれば、晴香、シェリー」

「うん」

「はい」

「私たちも休憩よ」



 まずは紗矢ちゃんの体調が戻ることを待つことにした。急がば回れっていうし。

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