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#64(終) 凪ぎゆく明日へ

「わたくしの生まれた場所には、悪魔の言い伝えがありましたわ。異能を司り、人々に災いをもたらす悪魔の伝承が」


 水蓮は昔話をしてくれた。


「私に異能が宿っていると発覚したあと、人々の手によって刻まれたのがこのタトゥーですの」


 はらり、とレインコートを脱ぐと、タンクトップ姿の水蓮の肌にはびっしりとタトゥーが敷き詰めるように刻まれていた。禍々しい印象の反面、よく見るとその模様は天使のようなデザインもあって、決して悪い意味で彫られたものではないのかもと思わせた。


「そうだったんだ……ごめんね、ちょっとタトゥー怖いって思って」

「仕方がありませんわ。大人しい人はタトゥーを入れようとは思いませんもの」

「水蓮、そのタトゥーにはどういう意味があるのかしら」

「いわば魔よけのタトゥーですわ。全身隅から隅まで、魔よけ、悪魔を封じるための紋様と。でも効果は一つもありませんでしたわ」


 水蓮がコーヒーを飲む。


「あ、それ私のコーヒー!」

「ぶっ!?」


 少し吹き出した水蓮は目を白黒させていた。


「もう……」

「申し訳なかったですわ……」


 お詫びとして水蓮がもう一杯コーヒーを淹れる。


「紗矢ちゃんとは仲良くしてる?」

「紗矢……まあ、悪いお人ではないというのは……」


 よかった、気になっていたんだ。


「でも……ちょっと、ぐいぐい来られると、身構えてしまうと言うか……」


 ははーん。水蓮は引っ込み思案なところがあるんだ。ちょっと可愛いな。


「……あの子の半裸がちらついて落ち着きませんわ」

「気にしすぎだって。紗矢ちゃん、水蓮ちゃんのこととても気に入ってるみたいだし」

「……まあ、暇潰しにまた相手して差し上げますの」


 水蓮は私へのお詫びのコーヒーをこちらに差し出す。お礼を言うと、すん、とクールな表情をたたえた。




 コーヒータイムでゆっくりしていたところに、レジーナが姿を表した。相変わらずケガした足を引きずっている。椅子を差し出すと彼女は笑みを浮かべて座った。


「楽しんでいるようだな。意気投合する魔女でもいたか?」

「なんか結構、皆面白い人ばっかりだなって」


 そう答えるとレジーナは豪快に笑った。なんか珍しいかも。


「そりゃよかったな。皆、各々の事情があって、ここにいる。それはそうと……もうそろそろ海上に出る準備をするんだな」

「あ、もうそんな時間?」

「ああ。もう十分海中の旅は楽しんだだろう? そろそろ、日の目を拝むさ」


 そういうレジーナの目は今まで見たときのどれよりも、期待に満ちていた。


「一体この海が地球のどこらへんなのかは流石にまだわからない。もしかしたら海上に出てからのほうが、漂流生活が長引くのかもしれないな」

「うわ、サバイバルってこと!?」


 想像できてなかった。その可能性は大いにあるよな……。


「まあ、その時は一緒に船旅でも楽しむとしよう」


 そうか~、延長戦という可能性か~……。


「それはそうと、君たちの目的地はなんだ? あのクルーザーから見るに、どこか目的地があったんじゃないのか?」

「あーそういえば」


 私たちにはちゃんとした最終目的地があったんだった。


「『聖域』のこと、レジーナに話したっけ」

「……そういえばなんか聞いた気もするな。謎の手紙に誘われてホイホイ海に出て遭難したんだっけか」

「意地悪!」


 冗句(ジョーク)だ、とレジーナはまた笑う。


「あの時はバカバカしい話だと思ったが、水族館を出た私からしても、地上は教会がひそんでいるし、そういうオアシスを求めるのも無理はないな」


 水族館に幽閉されていた日々で忘れていた。教会という魔女の敵を。魔女の力を継いでしまった今、私だって狙われる対象だ。


「どうやら、船を降りても私たちは離れられないような気がするな」

「そんな気がする」


 多分、彼女たちと組まないと、私たちが未来を切り開ける可能性は限りなく低い。


「まあいいだろう。地上に行ったって、私も友人がいるわけじゃない。他の魔女たちもそうなんじゃないか? ……海上に出てからおいおい決めよう」


 コーヒーカップを空にして、レジーナは満足そうに頷いた。


「さて、そろそろ浮上だ。ハルカ、ミオ、外に行くか?」

「もちろん。他の皆も誘っていくよ」

「了解した。魔女達にも声はかけて行こう」


 一旦分かれて皆を誘った後、またデッキに集まることにした。






 私のお誘いに反対する人は誰もいなかった。私の友達だもの。レジーナの魔女サイドも全員来た。そして。


「皆さん、おそろいですね」


 二葉さんも。


「久々のお天道様に、お祈りでもするか? ミス二葉」

「そうさせてもらいましょうかね」


 何を言ってるんだろうと思う反面、私も久々に見るお日様にただいまのハグをしたい気分ではあった。そんなことをしたら丸焼きになっちゃうけど。


「外の空気が恋しいね、みおっち」

「ええ、久々にね。日光浴でもしようかしら」

「紫塔さん、そんなアウトドアな趣味あったっけ」

「……空が恋しいね」


 海面が近づくにつれて、光が私たちを包み込んでくる。その眩しさに思わず目を瞑った。そして――。







 ふわっ、と潮のにおいが吹き込んできた。


「……外だ!」


 まばゆい夏の光、風。そのすべてが懐かしくて、待ち遠しくて、なんだかキラキラした、言いようのない気持ちがこみ上げてきた。


「……戻ってきたんだ、アタシたち」


 紗矢ちゃんの髪が揺れる。目がキラキラしてるのは気のせい?


「ええ。……蒸し暑いわね」

「夏だったよね、そういえば」

「焼けちゃう……」

「シェリー、日傘はどっか船にあったと思うよ」


 不思議な気持ちだ。海上に出た瞬間に、今まで絶たれていた元の世界との繋がりを感じて、私も、少し、目の奥が熱い。


「晴香。何泣いてるのよ」

「……紫塔さんだって」


 からかう彼女だって、目じりを濡らしている。


「おやおや、少年少女はとてもセンチメンタルなんだな。うらやましい」

「レジーナも泣いたら?」

「嫌だよ」


 流石に鼻で笑われちゃったけど、レジーナも海上で少し頬が緩んだのは見逃していないからね。


「おお! 日輪は我々を見捨ててはいなかったのだ!」


 ミュージカルみたいにヘレナが声を張り上げると、横の水蓮は耳を塞いでいた。


「急に大声を出さないでくださいまし!」




「……」


 ただ一人、プルートは夏の光に何を感じているかを口にしなかった。彼女のなかで渦巻くものは、そんなものではぬぐい去ることは出来ないのだろう。


「プルート」

「?」

「夏は嫌い?」

「どうかしらね」


 聞いても答えてはくれなかった。





 しばらくして、二葉さんがレジーナと話すのが見えた。表情が真剣だからきっと、オクトパスの弔い方について話してるんだろう。私も少し気になって近づくと、レジーナはこちらに手招きしてきた。


「ああ、ハルカ。そろそろオクトパスを送り出す準備をする。参加者はどのくらいだ?」

「私と、紫塔さんのふたり」


 シェリーと紗矢ちゃんは乗らなかった。あまりいい思い出もない相手だからだろう。


「こちらはヘレナとミス二葉だ。私は参加しない」


 レジーナも同じ理由だろう。


「送り方はミス二葉に任せる。なにか必要なものがあったら、用意はしてやる」


 そうしてレジーナは「奴を運んでくる」と控えていった。するとヘレナが、


「その身体で運搬は難しいだろう」


 そう言ってあとを追っていった。







 運ばれてきたオクトパスは、事切れた時よりも、身体も服装もきれいになっていた。顔つきもどこか穏やかで、とても戦いのなかで力尽きたようには見えなかった。


「ミス二葉、君が?」

「送り出すときくらい、綺麗にしてあげたかったですから」


 仰向けのオクトパスに寄り添うように、二葉さんは屈んで身体を寄せる。


「どうですか、オクトパス様。外はお好きでしたか……?」


 当然答えることはない。だけれど二葉さんにだけは彼女の声が聞こえているみたいに、しばらくやり取りは続いた。


 やがて二葉さんの気が済んだのか、立ち上がる。


「……送り出しましょう」

「待って」


 すると、紫塔さんが手を上げた。


「私も、話をしてみていいかしら」

「……きっと、喜んでくれます」


 「純血」の魔女として感じ取ったもの。水族館での衝突ですれ違ったこと。オクトパスが最後に見せかけた本心。きっと色んなことがあって、紫塔さんは語り掛けることを決めたんだ。


「――」


 潮風にとけて、紫塔さんがオクトパスに何を話しているのかはわからない。でも、その表情はきっと、紫塔さんも言えなかった心の中を話しているとわかった。





「紫塔さま……」

「ごめんなさい、少し喋りすぎたかも」

「いえ……最後ですから、悔いなく話してあげてください」

「ええ、もうそれだけ喋れたわ」


 そうして、紫塔さんも立ち上がる。そして、送り出す用意を始める。


「オクトパス様がなぜ海の中に住み処を構えたのか……人間を嫌って、離れたかったからなのかもしれませんね」

「オクトパスが安らげる場所は、この海の中なのかもしれないわね」


 彼女が眠るのにふさわしい場所。私が知っているオクトパスなどほんの少しだと思うけど、この海の中で眠りについてもらうのは悪くないと思った。


「……では、皆様、彼女を送り出します」


 二葉さんは軽くオクトパスを抱きかかえ、そして……。


「さようなら、オクトパス様。……キャサリン様」


 二葉さんは海へ、魔女の身体を静かに置いていくと少しずつ、オクトパスは海の中へと沈んでいく。


「……ううっ、ぐすっ……」


 二葉さんは崩れるように座り込み、嗚咽を漏らす。私たちは二葉さんを一人にして、その場から離れた。






「結局、レジーナも見届けてたね」

「あー……なんか、……人を弔うのって、好きとか嫌いとか、そういう次元の話じゃないのだなと、思ってしまった次第さ」


 そうか。レジーナは人の永遠の別れというのを、そう感じたんだ。


「さて、ようやくひとつ、終わったな。じゃあどこへ行く? 聖域とやらを探してみるか?」

「私たちはその予定だったけど」

「……私たち魔女だって、行く宛もない。君たちがよければ、同行でもしようか」


 あ、いいじゃんそれ。そっちのほうが心強いじゃん。


「いや待て、ミス二葉はどうするんだ?」


 そういえば。二葉さんは私たちみたく街を燃やしてないし、レジーナたちみたく魔女として教会に追われてもいない。彼女なら帰れる場所はあるんじゃないだろうか。


「あとでいいんじゃない? 二葉さん、今はご主人様との別れで精一杯だよ」

「……そうだな」






 もう日が暮れる。


 針路が定まるのは再び日が昇ってからだった。そして、二葉さんとは別れることになった。





 少し、休みたい。彼女のことを思い返したい。





 私たちにそれを拒む理由はなかった。教会のことはあったけど、上陸して彼女を帰す。


「元気でね、二葉さん」

「あなたたちこそ。無理、しないでくださいね」


 熊耳のカチューシャを外したメイドは(きびす)を返す。


「また会おうね、二葉さん!」


 子供じみたお願いかもしれない。それでも口にしていた。


「……ええ!」


 二葉さんは振り向いて、手を振ってくれた。




 ここからまた始まる。私たちの旅路。幸せをつかむ、苦難に満ちた旅路。紫塔さんが、そして皆が幸せになれるまでの旅路。


 夏に照らされた航路は、青く澄んでいた。



第二部 終

これにて「紫塔さん」第二部は終了となります。最後まで読んでいただきありがとうございました!

感想・コメントなどお気軽にお送りください。


第三部は構想中です。公開時期も未定なので気長にお待ちください。

第三部公開時は第二部のように新しいタイトルで公開する予定です。


それではまた会う日まで!

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