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#63 アフタートーク・憩いのひと時

 まだ浮上には早いらしく、船はいまだ海中を漂う。デッキで紫塔さんとのひと時も落ち着いてきたころに、誰かがやってきた。


「……プルート!?」

「……」


 ロリータ服の魔女が立っていた。驚いた。てっきり、死んでしまったものかと思っていたから……。


「プルート、怪我、大丈夫なの……?」


 腹部を貫通する槍が大丈夫なわけはないと思うんだけれど……。


「ええ」


 ただただ冷たい言い方に少し、背筋が寒くなる。


「プルート……あなたは、……」


 紫塔さんが少し言葉に詰まると、プルートの視線はやっとこちらを向く。


「外の世界で何がしたい?」


 それが場をつなぐための適当な質問というのはすぐにわかった。


「さあ。外界にいても指名手配されているもの。平和な日常はきっと手に入らないわね」


 ……少し複雑な気持ちになる。私たちも平和な日常が待っているとは言い難いけれど、少なくとも、警察は敵にはならない予定だ。


「プルート、あの……」


 やっぱりこのロリータ服の魔女の纏う雰囲気はどこか恐ろしい。油断すると大蛇に食べられてしまいそうな錯覚を受ける。


「……私がどこまで嘘をついていたか?」

「!」


 図星だった。私が聞きたかった質問の一つ。


「さあ、判らない。今の私はそれらが全て本当のことだと信じているもの。どれが自分で作った虚構なのかわからない。だから……苦しいのよ」

「……」

「シェリーちゃんに妹を重ねたけれど、妹の写真なんて一枚も持ってない。身体に力が入らないけれど槍なんか刺さってない。平和な家庭で育ったけれど気付けば肉親を手にかけてる。ただ……血の匂いがずっと、頭から離れない」


 私は言葉を失ってしまった。なんだか思ってたよりもずっと、私に理解できる人物ではなかったことに。


「お人形……お人形に自分の妄想を詰めこんで、虚構の思い出を作り上げる。昔よくやってたわ」


 ぞっとした。今、プルートが自身にやっていることのそれではないか。


「お人形なら、千切れた脚だって、縫い直して戻せたりするわよね」

「プルート……もうこの話やめない?」

「あら、何か気に障ったかしら」


 彼女自身は全く気にしてない素振りに見えるけれど、私はもうこの話を聞きたくなかった。


「そういえば外で何をしたいかって話だったわね。うーん、もし許されるなら……手芸屋さんに行きたいわ。久々に生地やら糸やら見に行きたいもの」

「もしかして、水族館の部屋にあった人形って……」

「自作よ」


 なるほど。やっぱりそういう趣味があったんだ。


「……あの丸眼鏡に言って、コーヒーでも頂こうかしら。なんだか最近(せわ)しなかった気もするし」


 そう言うと、プルートはデッキを去る。足取りは軽やかだった。


「……どうするのかしらね、彼女」

「さあ……」


 プルートの今後に明るい将来は見えない。正直私もあまり関わりたいとは思えなかった。だけれど不幸にはなってほしくない、そんな自分勝手な思いも少し湧いていた。






「おや、あれは大渦ではないか?!」


 頭上から高らかに告げる声が聞こえて顔を向けると、スタイルのいい魔女がそこに立っていた。


「ヘレナ、おはよう」

「ああ、いい朝だ!」

「……やっぱ、なんか変な感じよね」


 うん。一言一句同じことを思った。


「何が変なんだい?」

「いや……前のヘレナはもう少し、犬っぽかったって言うか」

「そうなのか。うーむ、記憶があるような、ないような……」


 実際他の人格の時の記憶ってどうなんだろう。いやヘレナの場合は多重人格って感じでもないか。なんだかさっぱりわからない。


「まあなんでもいい。君たちに迷惑をかけてないのなら」


 大きな迷惑はなかった。犬のヘレナはわりとお利口だったはず。


「ヘレナ、どうして魂が分離されちゃったの?」

「おやおや、そんなことを聞きたいなんて、物好きさんだ!」


 そういうと、クルーザーの屋根からヘレナは降りてきた。


「私がオクトパスの美しさに負けたからさ」

「……ヘレナ、難しい言い方をするね」

「ギリギリのギリギリまで追い詰め王手をかけたその時、彼女は諦めず起死回生の攻撃をしてきたのさ。諦めずどこまでも策を探すそのハートが、あまりにも美しかったのさ」


 どうにも、粘り強く戦ってくれたことを評価しているみたいだ。


「そういやヘレナって強いよね。魂が欠けてた時も強かったし」

「それこそが、私の魔女としての力さ。人として最高の身体機能、それが私に与えられた魔法さ」

「フィジカル最強ってこと?」


 その通り、とヘレナはキメ顔で微笑む。


「っていうことは、これぞ魔法っていう不思議な能力はあまり使えない感じだったの?」

「そうともいえる」


 でもヘレナの戦闘能力はもう、人間がたどり着けるような物ではなかったと思う。


「人間の力というのは、意外と大きいものさ。ほら、イワシの大群だ」


 ヘレナが指さす方、大海の中に煌めく帯のような物が見えた。真横から海中を覗くっていうのも少し奇妙でワクワクが止まらなかった。






 海中ショーもひと段落すると、ヘレナはどこかへ行ってしまった。……あんな人だったんだ、ヘレナ。出会った時は戦闘狂なのかな、って思ってたけど、人って見かけによらないんだね。


「私たちも戻りましょうか。……そういえば、一人、本当に亡くなった魔女がいたわね」


 うん、この船の中で話すことができていない、ただ一人。本当は水蓮とも話がしたかったな、って。あの子、意外と面白い子だった気がするんだ。きっと楽しい話もできたと思うのに。


「レジーナって、ここにもコーヒーを作る道具持ってきてるのかな?」

「シェリーの船、そんなの常備されてたかしら?」


 なかった……ような気がするけれど。






 客室に戻ると、美味しそうなコーヒーの匂いが漂ってきた。きっとレジーナお手製のものだろう。美味しい一杯を期待して、彼女のところへ向かう。


「おや、ハルカにミオ。船旅は楽しんでいるか?」


 そう言うと、二つコーヒーカップを渡してきた。そこに注がれている栗色のコーヒーは美味しそうだ。


「うん。おかげさまでね」

「それはよかった」

「レジーナ、コーヒーを作る道具持ち込んだの?」

「いや、彼女と協力して作っている」


 そうレジーナが手で示すほうに、黄色いレインコートの立ち姿が見えて、一瞬、私は目を疑う。


「……え? あれ、水蓮……?」

「ああ。スイレンの魔法はなんとも便利でな」

「いやなんで生きてるの!?」

「聞こえてますわよ」


 そういって、レインコートはこちらに振り向いた。


「水蓮……無事だったんだね!」

「驚いたわね……私が見たとき、胸に槍が刺さっていた気がするけれど……」

「スイレンの奴、胸を刺された瞬間に自身の水分を冷凍状態にして、うまく凌いでいたらしい。どういう理屈か、私も一度では理解できなかったが、大した奴だよ」


 水蓮ってば、本当に死ぬことに対しては全力で抵抗するんだね。でも、なんか良かった。水蓮とはもう少し、話をしてみたいと思っていたから。


「マスター、お砂糖頂戴」

「ああ、たくさん話をするといい」


 砂糖を受け取り、水蓮のいるテーブルに私たちは座る。


「まあ、私も暇つぶしをしたくってよ」


 水蓮も乗り気だ。いっぱいお喋りしなくちゃ。

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