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#62 元の世界へ

 客室の扉をあけると、まずシェリーの姿が目に入った。


「あ! 晴香ちゃん!」


 目を輝かせて、私の元へ親友は駆けてくる。


「シェリー、ただいま」

「おかえりなさい……!」


 寂しかったのかもしれない。シェリーがぐりぐり私の胸に顔を押し付けてくる。可愛い奴め、今はいっぱい、好きにしてやるか。


「みおっちも、おかえり……って、寝てる?」

「疲れちゃったみたい。寝かせてあげよう」


 ベッドに紫塔さんを寝かせると、それはもうすごく、安らかな顔で寝息を立て始めた。もう全て終わったんだ。色んなものから解放されたのだ。


「……で、ヘレナちゃん、それ……」

「ん? ああ……オクトパス。四ノ宮二葉が弔いたいらしい」


 『しのみやふたば』、そう呼ばれた熊耳のメイドはうつむきがちに頷く。


「二葉さん……」

「せめて……私の手で、あの世まで見送ってあげたいのです。貴女は独りではなかったと……教えてあげなくちゃ」


 私たちにとっては、水族館に幽閉し、紫塔さんを拐おうとした敵だった。だけど、二葉さんにとってはそうではなかった。


「四ノ宮二葉、あなたの好きにすると良い。きっと、オクトパスも喜ぶだろう」


 そういえばみんなの事をフルネームで呼ぶのに、オクトパスはオクトパスなんだ。なんでだろう。


「ねえヘレナ、どうしてオクトパスはオクトパスとだけ呼ぶの?」

「私は彼女の『オクトパス』以外の名前を知らない。私の前では彼女はオクトパスであり、それ以外ではないのだ」


 そうか。そういえばそうかも。





 そういえば、と気づいたことがあった。


「二葉さん、もしかしたら紫塔さんもオクトパスを見送りたいって言うかも」

「そうなんですか?」


 「純血」という繋がりでオクトパスは紫塔さんと仲良くなろうとした。紫塔さんも、なにか感じることがあるような気がしたのだ。


「では、紫塔さまが目覚めてから……ですね」


 二葉さんの微笑を、私は見逃さなかった。





「一通り話したか? ハルカ」

「まあ、最低限は」

「それならいい。これからここを脱する計画について話そうと思う」


 丁度良かった、聞きたかったのだ。こうしてまた別の虚数空間に逃げることが出来ても、私たちのゴールはここじゃないのだ。


「水族館が崩壊する中で、保存してあったこの船が目に入った。丁度この人数が乗れて、なおかつ海上に出た際にも困らないからな」

「これ、私たちが嵐で遭難した時の船だよ」

「つくづく、君たちには助けられるな」


 ほう、とレジーナはニヒルな笑みを浮かべた。


「コイツで外に出るとして……問題は元の世界に戻った時、出てくるのは深海であろうと言う事だ」

「深海!?」

「水深三千メートル……というのが私の推測だ。そんな中でこの船が出たところで、水圧ですぐに潰されるのがオチだ」

「その……出口の位置を修正できないの?」

「できない。そういう仕様として作ってしまったからだ」


 ……困ったな。これではここで老後まで暮らすことを考えなくちゃいけない。


「だが心配はいらない。――私が『魔法構築』したからだ」


 ……! 構築、それがレジーナ独自の魔法だ。


「どんな魔法?」

「オクトパスにあやかり、隔離魔法だ」


 どうしてだろう? 敵だった魔女の魔法を使おうだなんて。


「オクトパスが作った水族館。あれがどうやって作られたものか、解るかハルカ?」

「……莫大な予算と工事?」


 レジーナは首を横に振った。


「あれこそが隔離魔法で作られた代物さ」

「……え!?」


 流石に驚いた。あれ、隔離壁みたいにシンプルな内装じゃなかったぞ?


「おそらく、時間をかければディテールの細かいデザインにできるんだろう。……ともかく、その水族館が水圧で潰れることはなかっただろう?」


 確かに……。そう言われたら、オクトパスの隔離魔法を真似るのが一番ベストな気がする。


「だから開発した。一年半かけて」


 一年半か……。とてもじゃないけど気が遠くなる。


「ただし使うのはとてもシンプルに船と周囲の空気を含んだ空間だけ囲う隔離壁だけだ。それ以上必要ないだろう?」


 うん。ともかくそれで海上に出るのが一番の目標だ。


「だから……何も案ずることはない。この虚数空間から出て、一晩か二晩過ごせば、海上につく」


 ……さすがレジーナだ、と拍手すると彼女は随分怪訝そうな顔でこっちを見てきた。


「レジーナちゃん、質問いい?」

「サヤ、どうした」

「レジーナちゃん、体調大丈夫? 途中で隔離壁が魔力切れとかならない?」


 なかなか鋭い質問をする。そうなると私たちは一巻の終わりだ。


「心配ないとも。ご覧の通り、脚以外は元気だ。それに、構築した魔法を運用するのは、そこまで消耗も激しくないさ」


 隅々まで徹底して安心できそうだ。


「じゃあ、準備ができたらすぐさま出発しよう」


 そうして、話し合いは終わった。






 客室の一つに入ってベッドに飛び込む。色々あったな、と思いながら今日を振り返る。あれ、今日……今何時なんだろう。そうして時計を探すけれど、どうにも見当たらない。まあいいか。なんだか疲れた。それに、色んなことが終わったという安心感から、私の身体から力という力が抜けていく。ああ……疲れた。






 目を覚ます。窓から外を見ると、そこには虚数空間の夜空ではなく、真っ青な深海が見えた。どうやら上手く出られたみたいだ。


 デッキに向かうと、紫塔さんが立っていた。


「おはよう晴香。しばらくぶりね」

「おはよう、身体は大丈夫?」


 うーん、と首を傾げた後、「まだ怠いわね」と紫塔さんは少し笑う。、


「……私たち、水族館から出られたのね」

「うん。脱出の手引きは、レジーナや紗矢ちゃんが進めてくれてたみたい」

「頭が上がらないわね」


 隔離壁の外は夜空のように真っ青な世界が広がる。時々浮かんでいる魚たちがそこは海だと教えてくれている。


「そういえば紫塔さん、オクトパスのことなんだけど」

「ええ、聞いているわ。私も見送ることにするわ」

「やっぱり」

「……きっと、何か一つ噛み合っていれば、彼女はこんな結末は迎えなかったと思うの。それに――」


 少し間をおいて、紫塔さんは静かに続けた。


「私も、あんな孤独な結末になっていたかもしれないって、思ったから」

「……」


 私たちの間で、言葉が途切れた。何も言えない空気になったからか、はたまたその沈黙こそが、やりとりの中で一番必要な言語だったからなのか。


「晴香、指輪みせて」


 紫塔さんにつけてもらった指輪。それは今だって、私の指で輝いている。


「……綺麗ね」


 ……なんだか照れる。いや、私のことを言ったわけじゃないはず。


「紫塔さん、どうして中指なの?」

「結婚指輪じゃないでしょ」


 そうだけど……。


「もし結婚するときに、改めて薬指を使えばいいでしょう?」

「……。私たちの事?」

「……は?」


 素っ頓狂な声を出した後、紫塔さんは固まり、急に下を向いた。


「あれ、紫塔さんもしかして想像しちゃった?」

「してないわよ!!」


 大きな声で紫塔さんは反論してくる。赤い、耳まで赤い。


「はははっ、紫塔さんそんなビジョンあったんだ!」

「してない! してないってばぁ!!」


 鬼の形相で私に掴みかかろうとしてくる紫塔さんから逃げる。


「なんで逃げるのよ!」

「なんでだろうねぇ? あっはは!」


 あー……すっごく可愛いなぁ。こんな紫塔さんが見れるなんて。そんなボケた追いかけっこはしばらく続いた。

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