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61/64

#61 決着

 ヴァサーゴは今、半身のオクトパスを失っている上に、ヘレナから受けた攻撃でかなり弱っている。


『晴香、奴は死に至らしめることは出来ない。だが魔力を尽かせ、眠りにつかせることは出来るだろう』


 それは悪魔同士だからこそわかる共通項なのかもしれない。とりあえず相手に白旗を上げさせることは出来そうだ。剣を構える。そこに、ラボラスの手も一緒に重なって見えた。


「くっ……なぜだ、なぜこうも上手くいかない!?」

「紫塔さんを、皆を困らせたからだ!」

「生意気な子供! お前も魔女にたぶらかされたのだろう! 哀れな人間だ!」

「違う! これは私が選んだことだ! 紫塔さんを幸せにする……そのために!」


 剣を振るう。ヴァサーゴが空中の魔法陣から赤黒い槍を出して、その柄で受け止める。


「馬鹿め! 魔女の手先、そして今は悪魔ラボラスの手先! お前の人生はもう終わり、全て魔女のために費やされるのだ!」

「それでいいんだ! 私の生き方は、私が決める!!」


 私の魔力に歯止めが利かない。だけど必要もなかった。ありったけの力を注ぐと、剣は青く光り、目も開けられないほど輝いた。


「眠れ、オクトパスの血の中で!!」

「このような屈辱……!」


 剣は黒槍を断ち、そしてヴァサーゴに届いた。ありったけ、海を真っ二つに割りそうな魔力の迸る剣。それは悪魔を切り裂いた。


「オオオオオ……」


 光とともに、ヴァサーゴの身体は透き通り、消えていく。


「……こっちは終わった。あっちは……!」


 背後で戦う二人の様子を見ると、ヘレナの前で膝を突くオクトパスの姿が見えた。


「……」

「多知晴香。……こちらも終わりだ」


 どうやら勝負は決したみたい。






「オクトパス様!」


 全ての戦いが終わり、まず駆けだしたのは二葉さんだった。オクトパスは膝をついて、虚ろな目を開いたまま動かない。……もしかして、死んでる?


「オクトパス様! オクトパス様ぁ!」

「……メイ、ド……」


 微かに聞こえたオクトパスの声は、もう風前の灯のようだった。


「オクトパス様。今、手当てを……!」

「……」


 オクトパスは力なく、二葉さんの胸の中に倒れ込む。もう終わった、それを体現するかのようだった。


「オクトパス様……?」

「……」


 目は微かに開かれたまま、息の音も聞こえない。


「……ぐすっ」


 二葉さんは、あふれる涙を止めることなく、ただただオクトパスを抱きしめる。……少しこの場を離れたほうがいいかもしれない。


「……晴香、終わったのね」


 隔離壁はいつの間にか消滅し、紫塔さんがフラフラとこちらに近づいてきた。疲れてるみたいだ。


「紫塔さん……うん。やっと」


 笑って見せたつもりだったけど、上手く笑えなかった。


「……。ありがとう、晴香」

「うん」


 私のそばまで近寄ると、紫塔さんも倒れ込む様に、私に身を預けてきた。慌てて受け止めて、気付く。すごい高熱を出している。


「紫塔さん、熱が……!」

「貴女に魔力をパスしていたのは、ラボラスだけじゃないのよ」

「……ありがと。紫塔さん。帰ろう」

「……そうしたいのは、山々だけど……」


 そう言って、紫塔さんは気を失ってしまった。元の疲労と、私への魔力のパスでもう限界だったのかもしれない。


「多知晴香」


 そこに、大鉈の魔女が寄ってきた。


「ヘレナ」

「ああ」

「フルネームで呼ぶの、やめてほしいな」

「おや。頭から終わりまで美しい名前を呼ぶ権利が、私にはない、と」


 その言い方は、ちょっと調子が狂う。


「じゃあいいよ」

「多知晴香、君のおかげでこの戦いは終結を迎えた。本当にありがとう」


 私のおかげだろうか。いや、まあ、そうだったかも。


「この後どうするんだ?」

「ここから出……あっ」


 思い出した。この水族館の中で、生き別れた仲間たち。元来た道を見ると、もう海水に沈んで、水族館につながってないようにすら見えた。


「……みんなを助けたかったけど……」

「そうか。なら、私が来た道でも戻ろうか」


 なにも悲しそうな素振りすら見せず、ヘレナは歩き出す。そういや彼女はどこから来たんだ? ヘレナは確か……レジーナたちと一緒だったはず。そこまで考えて、ハッと気づいた。同時に私も笑顔になった。


「紫塔さんや、二葉さんたちはどうしよう?」

「彼女たちも連れて行こう。向こうでいくらでも休むことはできるとも」






 ヘレナの案内した道は、瓦礫の道だった。ところどころ海水が浸水していて、どうにもこの先に安心できる場所が待っているとは思えなかった。


「ねえヘレナ、本当にこっちであってる?」

「合ってるさ。シェリー・アンカレジの匂いがするからな」

「え?」


 シェリーの名前が出たことに少し驚いた。でも以前のヘレナを一番かわいがっていたのはシェリーだったな。


「……」


 二葉さんが静かに私たちについてくる。きっと話す気分ではないのだろう。紫塔さんは私が背負い、オクトパスはヘレナが担いでいた。


「ここだ」

「ここ?」


 どう見ても瓦礫の壁だ。私は何も感じられないけれど、ヘレナは感じているらしい。


「離れててくれ」


 するとヘレナは、大鉈を一振り、オクトパスを背負ったままに振るった。すると、瓦礫の山は綺麗に割れてその先の道を示した。その奥に――。


「あれは……!」


 見覚えのある、楕円形の穴が見えた。






 穴を通って見えたのはログハウスではなかった。そこにあったのは、夜空に照らされる小さな砂浜と見覚えのあるクルーザーだった。


「これって……私たちが乗っていた船じゃん!」


 十人も立てないような小さな砂浜に降り立つ。しゃり、としっかり砂の感触がした。


「おや、そうなのかい? 立派な船で水族館まで来たと言うのか?」

「うん、これに乗ってる最中に嵐に遭って、気付いたら水族館にいたんだ」


 そう話をしていると、船の上から誰か出てくる。


「おーい! はるっちー! ヘレナちゃーん!」

「紗矢ちゃん! 無事だったんだね!」

「ふっ、安らぎのひと時と行こうか」


 船に乗ると、あの時別れた面々がそこにはいた。


「レジーナ! あそこから脱出できたんだね!」

「……おかげさまでな」


 急ごしらえの杖をついて、レジーナは私たちを迎えてくれた。槍で貫かれた足はまだ使えないみたいだ。


「おやおやレジーナ嬢、お労しい姿になって……」

「……果たしてこんな奴だったか、『軍神』ヘレナは……? いやこんな奴だったかもしれん」


 つくづく変な奴だった、ヘレナ……。


「他の皆は?」

「中の客室にいる。案内しよう」


 レジーナの杖はゆっくり進む。紗矢ちゃんが手助けしようとしたら、レジーナは「いい」と優しく断った。その緩い歩調は、なんだか再会を焦らされているような気がした。

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