表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/64

#60 チェックメイト

「ええい……! 貴様ら全員、捻りつぶせばいいだけの話!」


 オクトパスと同化したヴァサーゴの姿は、半人半妖、人ではない怪物の姿になっていた。


「その姿を私に見せたことは無かったね、オクトパス。だがその肉体で出来ることなど、手に取るようにわかる」

「偉そうな口を利く!」


 生えた尻尾に、隔離剣と同じ意匠が見て取れた。あそこからも注意しないといけない。


「人間や出来損ないの魔女ごときが、我に勝てるわけがない!」

「なら来たまえ。悪魔など、長い時間の中で淘汰された弱い存在だ!」


 先に動いたのはヴァサーゴの方だった。奴の残像すら生む速さで飛んでくる攻撃は、もう人の及ぶ領域じゃない。だけどそれを、ヘレナは最低限な動きで躱し続ける。


(なんだあの動き……!?)


 思わず見入るくらい洗練された動き。柔らかさを活かした回避は感心すらしてしまう。


「ふむ、なんとも直線的。君は、人のできる動きを半分も理解していない」


 その瞬間、ヘレナの目が光った。握られた番いの大鉈が閃くと、ヴァサーゴの身体に傷が走った。


「ぐあっ!?」

「前回から何も学んでいないようだね。いや、オクトパスではないか、今の君は」


 今の私の目から見ても、ヘレナの動きは無駄が無かった。機械なのではと思うくらいだ。以前のヘレナの動きは放つ一撃に対して無駄がなかったけれど、それが今は身のこなし含めた全ての動作で無駄がない。


「来たまえヴァサーゴ。体術で私に勝つことはできないのだから」

「調子に乗るな!」


 オクトパスの周囲の空中に魔法陣が展開される。そこから出てくる複数の隔離剣に、私は身構える。飛んでくる!


 しかし、それは飛んでは来ない。そのすべてに魔力が注がれ、魔法陣に固定されたまま光り始めた。これは――!


 隔離剣の光は全てを切り裂く。隔離壁が斬撃となって飛んでくるからだ。それが、無数の光線に分散して飛んでくるとしたら……?


 周囲のあらゆるものが、鋭い斬撃の前に散り散りになっていく。オクトパスが用意した脱出に使うであろうこの空間も、ズタズタになっていく。


「くっ!」


 そして、斬撃のひとつが戦っていない二人のところにも飛んでいく。紫塔さんにはオクトパスの張った隔離壁があるけど、二葉さんには――。


「ううっ!」


 身体のあちこちに傷が出来ている。致命傷になりそうなものは今のところ無さそうだけど、時間の問題だ。


「二葉さん!」


私が駆け寄ろうとすると、斬撃の奔流が目の前を通り過ぎる。これじゃ、二葉さんを避難させることすらできない……!


「晴香さん! 私のことはいいです! アイツを倒してください! あなたなら、きっとやれますから!」

「……うん!」


 速攻でカタをつけるのが最適解に思えた。なら、迷わずやるしかない。


「ほうら! 斬撃の嵐になすすべも無かろう!」

「ん? 私たちはまだ、何もしていないだけだ」

「できないのだろう!」

「否――手はいくらだってあるとも。多知晴香、君もそう思わないかい?」

「……うん!」

「よろしい。私たちは気が合うみたいだ」


 フルネーム呼びは少し堅苦しいという感想を飲み込みつつ、私もヘレナも各々の武器を構える。こんな斬撃の雨が何だ。狙いも定まっていないそんな物に、引っかかるわけもない。


「行こう」


 ヘレナがゆっくり駆けだしていく。飛んでくる斬撃などお構いなしに、ぐんぐんとヴァサーゴの元へと近づく。


「ここまで来たって、一つと当たりゃしない。無駄だらけだ」

「何故だ! 何故当たらん!?」

「当てる気のない攻撃など、そよ風と同様」


 ヘレナの大鉈の一つが、素早く動く。一筋の軌道、それはヴァサーゴの残った腕を切り落とす一撃だった。


「くっ……だが、我がその程度で!」

「お喋りが過ぎる」


 今度はもう一方の大鉈が動いたかもしれない。確信できなかったのはその動きがあまりにも速すぎたからだ。文字通り目にもとまらぬ速さで振るわれていた。


「ぐおおっ!」


 ヴァサーゴの胴体を一太刀に切り裂くその攻撃は、どう見ても致命傷になるものだった。


「……お前は素のオクトパスよりも無粋で、華がない。せっかく駆けつけたというのに」

「貴様なんぞに……!」


 ヴァサーゴの傷口が燃え上がったかと思えば、そこには切り裂かれた筈の肌や身体の部位が、新たに再生されていた。


「調子に乗るな、混血の雑種が!」

「……オクトパス、君に敬意を払う時が来たようだ」


 そう言うと、ヘレナは跳び上がり、光を放ち続ける隔離剣の一つを切り落とし、魔法陣からもぎ取り手に取った。


「私の魂を分かったのは、こんな剣だったはずだ」

「どういうつもりだ!」

「ならば、オクトパスとお前を分離させることだって……できるだろう」

「!!」


 残った隔離剣たちの角度が変わり、斬撃の嵐はヘレナを包み込む様に襲う。その中でも、ヘレナに攻撃が当たることはなかった。


「オクトパス、待っていたまえ」

「貴様ぁ!」


 瞬間、ヘレナの動きは動作を見せずにヴァサーゴの肉体に隔離剣を刺したのだ。


「ぐうおおおおっ!!!」


 斬撃の光たちが、ヴァサーゴを切り裂く。血も大量に、その身体から吹き出していく。






 ヘレナの隔離剣が砕けた。同時に、他の隔離剣たちも動きを止めた。


「オクトパス……」


 そこにいたのは、人の身体に戻ったオクトパスと、合体前のヴァサーゴの姿だった。


「ん、ぐうっ……!」


 どうにか気合いで、オクトパスは立ち上がろうとする。そこにヘレナが手を差し伸べたところ、オクトパスは素早くその手を叩いた。


「いらないわよ……雑種の助けなんて……」

「オクトパス。あの醜悪な怪物はなんだい?」

「私の中の悪魔……勘違いしないで。アイツは私と、意気投合した存在よっ!」


 オクトパスはボロボロの身体で、なおも槍を呼びだして、ヘレナに応戦する。きっとさっきよりも強く戦えないだろうその相手に、ヘレナは満面の笑みを浮かべた。


「ああ……なんて美しいんだオクトパス! 身体は万全でなくとも、君の意思、美しく輝いている……!」

「煩い……! はあっ……はあっ……」


 もう息をするのも辛そうなオクトパス、だけれどその槍は不思議とブレていない。そんな彼女に向かって、ヘレナも武器を構えた。


「君の精一杯を出すといい! その美しさをたたえる一撃を!」

「……はあっ、……ふぅ……」


 仰々しく褒めるヘレナに対して、息を整えるオクトパス。さっきまでの暴力的な魔力は感じない、だけれど刀のように洗練された魔力がそこに宿っていた。


「……何を勝手なことをしている、オクトパス!」

「――」


 オクトパスはヴァサーゴに答えない。全ての集中力を、目の前の魔女に向けているのだ。


『……ヴァサーゴ。聞こえるか』


 そう私の口が発した。驚いた。これは私の意図じゃない。ラボラスの物だった。


「……グラシャ=ラボラス! 貴様か!」

『覚えていたのだな。太古のことを。吾輩の子孫を陥れようとしたことを――悔いるがいい』


 私の身体に魔力が満ちていく。もうこれを止められるものは何もない。


『行け、晴香――心のままに』


 従う。私はこいつを討つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ