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#59 復活

「がはっ……ぐっ」


 槍は真っすぐ私の胸から引き抜かれ、私の胸からは血が噴水のように吹き出す。


「晴香! 晴香ぁ!」

「晴香さん……嫌、そんな……!」


 たった一突き。それが私の急所を撃ち抜き、この戦いは終わり――。


「あっけないわね。何を苦戦していたのかしら、私」

「……ぁ」


 声が出ない。声を出すための力が出ない。力を出すための息ができない。赤い沼が足元に広がっていく。もう無理だろう。諦めたかのように、私の脳はその光景を冷静に見ていた。やがて視界が滲み、歪み、焦点が合わなくなり、平衡感覚も音もなくなって、赤い沼の中に私は崩れ落ちた。





 悔やむ時間すら無かった。一瞬の出来事は、私や紫塔さん、二葉さんの気持ちのつけ入る隙も与えなかった。ただ「死」という事実を突きつけられることが、こんなに簡単だったなんて。







 でも待ってほしい。今暗闇の中で思考を巡らせているこの私はなんだ? 死んだんじゃないのか? 考えても分からない。ただ、今私は目を閉じている。閉じているということは――開くことができる?


 ゆっくり、目を開ける。そこに、私が見たことのある、異形の骸骨が待っていた。


「……どうやら、君は肉体との繋がりを失ったらしいな」

「え?」


 手元を見ようとして気付く。ない。手が、足が。ただ視界だけが私の感覚としてある。


「君は今、美央からもらった指輪とどうにか魂だけは繋がれた状態だ」

「そんな……」

「肉体とのつながりを断たれた今、君が現実世界で干渉できることはない」


 死ぬ前の状況を思い出す。あそこには、殺す決意をしたオクトパスと二葉さん、そして閉じ込められた紫塔さんがいる。もたもたしていたら、二葉さんは殺されてしまうだろう。


「どうにかならない? 二葉さんが殺されちゃう!」

「――全く、今の若人は礼儀というのを知らないものか」


 流石に無礼だったか。気安く話しかけすぎたかもしれない。


「す、すみません……」

「構わぬ。美央のご友人だ、多少は大目に見てやろう」


 見た目に反して結構優しいのだろうか?


「単刀直入に、吾輩が君をここに呼びだしたのは話がしたかったからだ」

「話、って……?」

「吾輩の血を引く、美央。このままでは、美央はヴァサーゴの子孫に捕まり、(けが)され、大いに悪い未来が待ち構えているだろう。奴は協力を持ちかけているが、信用できるとは思えぬ」


 それは、私にもわかる。紫塔さんの意思を無視した一方的な関係だ。


「吾輩は美央を助けたい。だが今の吾輩の在り方からして、現実に干渉するのは困難――ゆえに」


 ラボラスは一息入れて、言葉を続けた。


「吾輩の力を託そう、多知晴香。君は誓ったな。『美央を幸せにする』と」

「……! はい!」

「明快な返事、良きことだ。魔法……君はその可能性をどこまで見る?」

「……不可能を、可能に?」

「ふ、ふっふっふ……」


 急にラボラスは笑い出す。流石にお馬鹿な回答だったかもしれない、と恥ずかしさがこみ上げそうなところで、ラボラスの笑い声は止まった。


「如何にも。魔法はその(すべ)だ。では、更に問おう。今魔法を頼るべき、不可能な事項とはなんだ?」

「……」


 この状況で唯一好転するための事。それは――。


「私が……生き返ること?」

「左様。魔力とは第二の生命エネルギー。それを転用する。今君にそのエネルギーはない。だが……吾輩にはある」

「!」


 骸骨の眼の空洞。だけれどその中に、確かに力強い熱のようなものを感じた。


「今の吾輩には、それが精一杯だ。何せ、数千年の眠りから目覚めたばかりだからな」


 骸骨が拳をこちらに向けてくる。……グータッチだろうか? でも、今の私にそれが出来る腕はない。


「解るとも、君の意思など」


 ……ともかくやろうとする意思が大事みたいだ。私はラボラスへ近づき、グータッチのつもりで、その拳に触れた。温もりなどない。ないはずなのに、なぜか優しい熱を感じた。


「君と、美央。二人なら、この窮地を乗り越えられるだろう――」


 視界は光に満ちて、骸骨と語る夢は幕切れを迎える。次に目を開くときは――。







 目をあけると、視界が半分真っ赤に染まっている。もう半分に、二葉さんに詰め寄るオクトパスの姿が見えた。


 どうやら本当に、現実に戻ったみたいだ。身体の状態は……異常なし。痛み一つない。塞がっていた右目の視界も、戻っている。


 立ち上がって、剣を握る。


「あら……?」

「オクトパス。まだ終わってない」

「……死人が生き返ったというの?」


 まだ余裕そうな言動だ。オクトパスはその両手に槍を二本呼びだす。


「なら、また殺してあげるだけよ。覚悟なさい」


 その瞬間、頭の中に流れ込んできた、あの骸骨からのメッセージ。




『膨大な魔力と、それを使いこなす一つの術を君に授ける。吾輩の得手とする魔法の一つだ――。』


 やり方はもう身体に刻まれていた。指を鳴らす。これでその魔法は発動した。


「? 生き返った嬉しさのあまり、陽気に指でも鳴らしたというの?」

「――そうかもしれない」


 奴はまだ気付いていない。自分が術中にハマったことを。


「死になさいッ!!」


 奴が勢いよく飛翔し、こちらに飛んでくる。





 ――そう奴は錯覚している。





「……晴香、あなた……!」


 紫塔さんにも見えているんだろう。奴のマヌケな姿が。


「はあっ!」


 オクトパスの槍。立派な槍が空を切る。私から二歩も三歩も離れた、何もない空間を。


「……外した? そんな移動をしたところで!」


 またオクトパスの槍は空を切る。あろうことか、今度は私に背を向けて、槍を勢いよく振るう。紫塔さんも、そして見ていた二葉さんも何かが変だと気付き始めたみたいだ。


「! すばしっこい奴!」


 ……ここまで、私は一歩も動いてはいない。ぐるぐると動いているのはオクトパスだけだ。


 奴が今見ているのは誤った私との距離。奴と私の間の距離は今、『私が決めている』。そしてそれは奴には正しく見えていない。その結果、オクトパスはただそこにとどまってグルグル回るように槍を振るっているのだ。


「オクトパス。どうやら勝負は決したみたいだ」


 剣を握った。それにありったけの力を込める。炎のような、魔力の奔流が渦巻く。


「……! まさか……」

「気付いた? 私は動いてなんかいない。もしアンタが私に向かって一瞬で近づいたというのなら――それはまやかしだよ」

「! しまっ……」


 近づいて、私はオクトパスに一太刀を浴びせた。剣は魔女を切り裂き、その身に致命傷を与えた。


「あ、がっ……」


 魔力の炎は、切り裂いた傷口を更に焼いた。オクトパスへのダメージを確実なものにしたのだった。


 オクトパスは崩れ落ちる、その寸前にどうにか片膝でそれを耐えた。


「こ、この私が……負ける……!? こんな、魔女もどきの人間に……!?」

「オクトパス。アンタの負けだ。降参してほしい」

「……嫌よ。アンタみたいなまがい物に屈するなんて、死んでも嫌……!」

「……」


 オクトパス。心の奥底で、彼女を憐れむ気持ちがあった。彼女がどこかで、人間を信じる気持ちを表に出す事が出来ていたら。二葉さんに気持ちを伝えることができていたのなら。誰かを信じる事が出来ていたのなら。――。


「終わりだ!」


 もう一振り、剣を振るう。私は私のために、紫塔さんのために――。






 剣筋は止まる。腕のようななにかに握られ、止められたのだ。


「……!」

「――いい気になりおって。オクトパス、見損なったぞ。我が子孫として、恥さらしを演じるつもりか?」

「……っ」


 それは悪魔・ヴァサーゴによる抵抗。オクトパスの傷から流れる血は少なくない。もしかしたらもう受け答えもままならない状況かもしれない。


「貴様が悪魔の力を継いだように――こちらも同じ芸当は出来る。オクトパス、貴様の全てを頂くぞ」

「……。……好きに、しなさい」

「別れを告げろ。今からお前の全ては、我の物だ――」


 ヴァサーゴの身体が、とぐろを巻くようにオクトパスを包み込む。私は握られた剣に魔力を込めるけど、ヴァサーゴの執念とも言える力強さに、ビクともしない。


「オクトパス様!」


 二葉さんが、悪魔に包まれていくオクトパスへ叫んだ。オクトパスの身体が完全にヴァサーゴに取り込まれた、そのときに。




 バキン!




 小気味いい音とともに、私の剣を離さなかったヴァサーゴの腕が切り飛ばされた。


「……なんだ!? 貴様ではないな……!」


 その通り、私は何もしていない。別の誰かの攻撃だ。でも今の一撃は、どこかで見覚えがあった。そう、全てを切り裂くような、究極の一撃。そんな物を撃てるのは、一人しか知らない。


「ヘレナ?」

「ああ、そうとも」


 落ち着いた声のする方を見る。そこに立っていたのは、フードを被った、長髪長身の女だった。知っている姿、でもその佇まいはまるで見覚えがない。別人のようで……そういえばさっき喋った気がするけど……?


「多知晴香。切り抜けよう。私たち皆で、ここを出るために」

「……ホントにヘレナなの?」


 私の知っているヘレナは猫背で、髪で顔が隠れてて、とにかく人っぽくなかった。それが今、しゃんと背を伸ばして、両手に大きすぎる鉈を二本持っているのだ。その顔は理性の無かったそれではなく、まるで聖人と言われても頷いてしまうような、朗らかな笑みを浮かべていた。


「……ヘレナだと!? お前、魂を砕いたはずだぞ!!」

「その通り。でも何の因果か……魂はまた一つに集うことができた。となれば――最高の身体能力を有した肉体とセットなら、負ける筋は一つとない」


 ヘレナは大鉈の一本を、ヴァサーゴに向けた。


「お前を討てば、この戦いは終わる。始めよう、最初で最後の聖戦を」


 どこか大げさな物言いは、今のヘレナの言葉としては相応しい口調だった。心強い味方が来たのなら……きっと負けないだろう。

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