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#58 断ち切られた迷い

「あいつはな、確かに私の空間をぶっ壊した、木っ端みじんに。もう一度あの虚数空間に行ったところで、もう足の踏み場一つ残っていないだろう」


 それは簡単に想像できた。隔離剣の雨によって全て粉砕されてしまった。


「だがあの空間の管理者は私のままだ。どのように現実と虚数空間を繋ぎ、どのように出ていくか。それを決めていたのも私だ。虚数空間のパラメータというのは私には手に取るようにわかる。従って――奴がどこへ逃げたのか、すぐに分かってしまった」

「そうなの?」

「ああ。……やつはこの水族館の上層だ。恐らく切り離して脱出でも出来る仕掛けなんだろう。ルートとしては……ああ、直通がいいだろう。真上だ」


 直通……? まっすぐ行け、って意味なのかな?


「ハルカ……君のその強い魔力は、あの天井を叩き割れるか?」

「そういう直通?」

「ああ。もう奴はここを離れる寸前だ、時間がない。思い切りやってくれ」


 そうだ、いまオクトパスを逃がしたら、もう何もかも失ってしまう。


 手に持っている剣はどこも傷がない。あれだけオクトパスの剣とぶつかりあったとは思えなかった。それに思い切り魔力をこめると、剣は青い光を放つ。


「はるっちやっちゃえ!」

「……ふぅ」


 息を整えて、天井を目掛けて剣を振るうと、刀身が大きく伸びて、私の想像していた以上の威力を見せた。一筋の亀裂が天井に走ると、天井はガラガラと大きく崩れだした。幸い、瓦礫は私たちから少し離れた所へ落ちて行った。


「どうだ、見えるか……?」


 目を凝らす。土埃が邪魔で剣で振り払うと、空いた天井のその先が見えた。そこから覗いていたのは、魔法陣を幾つも浮かべて何かを準備しているオクトパスだった。


「オクトパス!!」


 息も絶え絶えなレジーナの代わりに、私が叫んだ。でも叫ばなくとも、相手はこちらに気付いていた。


「最後の最後まで邪魔を……! でももう終わりよ!」


 再び水族館からの轟音。それと同時に、壁のあちらこちらから、海水が入り込んできた。


「あっ……!」

「ハルカ、心配するな。こっちは、私たちで何とか切り抜けてやる。助手もいる」

「うん、はるっち、こっちは任せて! なんとか出来る!」


 ……紗矢ちゃんの声に迷いはない。信じることしか出来ない。


「……お願いね、晴香ちゃん」


 友人たちに背中を押され、私は上層まで跳んで行こうとする。そこに。


「晴香さん! 私を連れて行ってくれませんか!」

「ミス二葉! 死ぬぞ!?」


 熊耳のメイドが声を上げる。


「レジーナ、二葉さんも連れて帰ってくるから。連れてくね!」


 私は二葉さんを抱えて、天井へ跳ぶ。


「死ぬなよ……!」


 戦友の粗削りな励まし。ありがとうレジーナ、ここまで私たちに協力してくれて。






 海水に沈んでいく水族館を横目に、上層へたどり着くと、縛られた紫塔さん、魔法陣を展開し続けているオクトパス、そして虚数空間で見たヴァサーゴの悪魔らしき存在が居座っていた。


「晴香……!」

「アンタ……往生際悪いわね。……」


 私に悪態をついた後、オクトパスの視線は流れるようにメイドのほうへ向けられた。


「オクトパス様。……本当に、ここを離れてしまうのですか?」

「何を今更。もう私の目的は果たしたわ。また魔女の厳選が必要になったら、水族館なんてすぐに作ってやるわよ」

「オクトパス様……」

「何よ。メイドの癖に、私の意思に文句があるとでも?」

「……メイドとして、あなたの友人としてお願いです」

「……メイド、あなたを友人だなんて思っていないわ。メイドはメイド」

「私を討ちなさい、オクトパス」


 二葉さんは、懐からナイフを取り出し、それをオクトパスに渡す。


「何のつもり?」

「あなたの選択に、私は同意できない。あなたなら、反対意見は押しつぶす。それを、私に向けて実行しなさい」


 オクトパスの表情が固まる。


「その程度の意思の強さでは、この先、あなたは簡単に折れてしまう」

「……何を言ってるのよメイド」

「私は、あなたを嫌いになれない。だからせめて、あなたの手で決別をしてほしいのです」

「……あんたねぇ、そんなことをわざわざ頼みに来たの!?」

「はい。ここできっちり、形として決別したのなら、私はもう悔いはありません」


 飛躍した二葉さんの行動は予想が出来ない。二葉さんの中にあるオクトパスとの絆。それを試そうというのだろうか?


「簡単でしょう、そのナイフで私の心臓を貫く。あるいは首でもいいでしょう。急所を突けば、私は簡単に死ぬ。普通の人間ですから」

「……なんでそんな面倒なことをさせるわけ!?」

「――迷っている、ということは向き合っている……そういうことですね? 無視する、そもそもこのやりとりを潰すということだって出来るはずなのに。あなたは私と向き合おうとしている」

「……っ、うるさいうるさい! この期に及んで、面倒をかけないでちょうだい!」

「……討てない。そうではありませんか?」

「違う! 違う!!」


 半ば怒りに任せて、オクトパスはナイフを二葉さんに向ける。震えるその刃は、オクトパスの本心が隠しきれていなかった。


「さあ、三歩も歩けば、その刃は私を突ける。来なさい」


 オクトパスの呼吸が乱れ、目線も揺れている。


「馬鹿なことを言わないで……!」

「人間が憎い――魔女である自分を虐げてきた人間が憎い。それを示すだけの、簡単な三歩です」


 しかしオクトパスはいつまで経っても、震えるナイフを握ったまま動かない。ただ乱れていく呼吸だけが聞こえた。


「……ぐ、っ」


 やがてオクトパスの目尻に涙が見えたその時。


「――何をやっている、我が子孫」

「……ヴァサーゴ」


 ヴァサーゴの声は見た目とは裏腹に、女の声だった。


「我の前で、みっともない茶番を続ける気か?」

「分かってる……分かってるのに……!」


 呻くように、苦しむ様にオクトパスは言葉を吐き出す。


「なら――我が手伝ってやろう。なに、お前は我に誓ったではないか」

「っ! やめて……これは私がケリをつけること……!」

「背中を押すだけだとも。お前は誓ったのだ。『魔法使いによる、魔法使いの為の世界を作る』と」


 ヴァサーゴはオクトパスを後ろから抱擁した。すると、ヴァサーゴの身体は透き通っていき、魔力の宿った光たちとともにオクトパスの中に入り込んだ。


「っ……あ、ああああっ!」


 ……ヤバい、そう思ったのはオクトパスから尋常じゃない魔力を感じたからだ。さっき戦った時と比較にならない、まるで空気がすべて鉄になってのしかかってくるような、そんな重圧を感じた。


「……オクトパス様?」

「はあっ……はあっ……」


 その身体から(ほとばし)る危険なオーラと、視線。まともに相手をしたら負けるのは分かった。


「んんん……ぐうぅっ……」


 握っていたナイフの柄。それが握力で潰れてしまっている。それを、オクトパスはなんと自分の首に突きつける。


「う、うううっ……!」

「オクトパス様! どうなされたのですか!?」

「二葉さん離れて! もうアイツはさっきまでのオクトパスじゃない!」

「オクトパス様! あなたは、自分の意思で、そのナイフを……!?」

「ウオアアアアア!!」


 空気の振動とともに、何かが私の横を掠めた。その直後、後ろで壁が崩れる音がした。


「ウウゥ…………は、ははは……殺してやるとも、メイド」


 オクトパスはその手にあったナイフはどこへやら、さっき戦った時に見た槍を取りだした。違ったのは、その槍から感じる魔力が、空気伝いで肌が焼けるかと思うくらい恐ろしく強かったことだ。


 オクトパスは堂々と二葉さんとの距離を縮める。もう槍は届くであろう距離に入る。迷いも何もなく、オクトパスは槍を、二葉さんの胸目掛けて突く。


 金属を弾く音が響く。二葉さんが死ぬところをただただ見ている私じゃない。


「……あなたから、殺しましょうか」


 次の瞬間、目の前にいたはずのオクトパスの姿がなかった。


「……ぐっ!?」


 背中に違和感を感じた。熱い何かが、背中から突いて出てくる。


「晴香!」

「晴香さん!」




 ――槍は、私の心臓を貫いていた。

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