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#57 最終ラウンドは、ここから

 私が作った魔力の螺旋は輪郭の曖昧な槍になり、オクトパスの剣とぶつかる。そのたびに、魔力の欠片たちが散って、形が崩れる。でも彼女の剣にぶつかって消し飛ぶことはなかった。


「悪あがきねぇ! さっさと消えてしまいなさいよ!」


 隔離剣から飛び散る魔力の光。それに触れると虚数空間には亀裂が入り、私には傷が出来る。今だって、火花のように細かい魔力が腕に刺さって、そのたびに痛む。


「ぐうっ!」


 オクトパスの力は強い。さっきまで肌で感じていた魔力よりも、恐ろしく増大している。だけどここで負けるわけには行かない。


「お邪魔よ! アンタが、純血の私に勝てるわけないでしょうが!!」

「やってみなくちゃ、分からない!」

「言うだけはタダね!!」


 さらに、隔離剣の輝きは増していく。その中で、一筋の光が、私の目を貫いた。


「ううあっ!」


 右目。隔離剣の光は私の目を切り裂いたのだ。


「晴香!」


 そんな紫塔さんの声が聞こえた後、オクトパスの恐ろしい力は、私を大きく吹き飛ばす。ログハウスに並んでいた本棚を破壊するような勢いでぶつかった。


「くっ……」


 本来だったら立てないくらいの痛みだったろう。でも、今は魔力がみなぎっているからか、そこまで痛みは感じない。失われた右目の視界だけが深手になっている。


「ここで全部消し飛ばしてやるわ! 美央、ここを出る準備をしなさい!」

「嫌よ!」

「きっとあなたは、私と来るしかなくなるわ。ここにいる皆、私が片付けてしまうもの!」

「……晴香」


 突然、紫塔さんは祈るように手を組んだ。その時、どくん、と身体の中の魔力が熱を帯びた。




 私も力を合わせる。さあ――一緒に、アイツを倒しましょう。




 頭の中に響く、彼女の声。手に宿る魔力の螺旋が、輪郭を鮮明にする。


「剣……?」


 剣。青く光る刃が、その力をたたえている。これなら、あの隔離剣にぶつけても、壊れない気がする。


「まだ向かってくるのね? もうこの空間は形を崩すというのに!」


 見ればこの虚数空間はヒビだらけで、崩れてしまいそうなのは感覚的に分かった。


「その前に倒す!」

「無駄よッ!」


 巨大な光を纏った隔離剣が、私に向かって振るわれる。周囲一帯が光に包まれる。もしかしたら、私は良くても、このログハウスにいる仲間たち全員が、消し飛んでしまうかもしれない。そう思ったとき。


「ぐっ!?」


 突如、オクトパスの腕が逸れる。90度曲がった剣筋がログハウスの半分を消し飛ばしてしまった。


「……はるっちは一人じゃないって!」


 紗矢ちゃんが息を切らして、片膝をついている。どうやら彼女はヘレナの大鉈を、オクトパスに向かって放り投げたらしい。


「……生意気な女がもう一人……!」

「はるっち、あとは頼む……!」


 最期を悟ったかのような言葉に、頷くわけには行かない。気を逸らしたオクトパスに剣を振りかぶると、瞬時に生まれた隔離魔法の壁がそれを邪魔する。


「死んでもらっちゃ困るよ紗矢ちゃん! まだまだ頑張って貰うからね!」

「……ごめんって」

「煩いぞ!」


 紗矢ちゃんの元へ飛ばされるオクトパスの槍。しまった! 内心思ったけれど、驚いたことに紗矢ちゃんはそれを間一髪で避けた。


「ここで負けるわけには、行かないもんね!」

「サヤ……頼みがある……」


 どうやらレジーナと紗矢ちゃんで何か策を練るらしい。その間、私がこの魔女の相手をしよう。


「はあああっ!!」


 魔法の壁は、私が剣に力を籠めると、少しずつ、火花を散らして切り裂かれていく。


「……っ!」


 完全に斬り下ろした壁は、形を保てなくなって、霧散していく。


「上等じゃない。でもマガイモノね。だって……」


 すると、オクトパスは自身の手を咬み、血を流した。


「私には、ヴァサーゴの血がある。あなたにはない。ただの気持ちだけの空虚な力よ!」


 オクトパスの手から流れ出る赤い血は、重力を無視して空へと浮かんでいく。


「なんだ……!?」


 浮遊していく血液は、薄い線となり、一つの魔法陣を描いた。


「繋がるのよ。血を通じて私も、ご先祖様と」

「!!」


 魔法陣は赤く発光し、その向こうに、異形の存在が少し見えた。ラボラスとは違う、赤い鬼のような怪物だった。


「――ええ、承知したわ、ヴァサーゴ。私の目的、それは『美央の確保』」

「っ!」


 気付いたときには遅かった。隔離壁に紫塔さんが囲われる。


「さようならよ! この空間ももう持たないでしょう」

「紫塔さん!」

「晴香!」


 紫塔さんを囲んだ隔離魔法の箱はオクトパスの意思で動き、奴の魔法陣を潜ると姿を消していった。


「盛大に! この空間を破壊する!」


 オクトパスも魔法陣の向こうへと消えていく。すると、スイッチが入ったかのように、その魔法陣から、幾つもの小型の魔法陣に分かれ、そこから何かが現われる。


「隔離剣……!?」


 隔離剣が無数に現われ、そして雨のように降り注ぐ。そんなものが雨のように降れば、この空間は間違いなく消し飛ぶ!


「……くそっ!」


 今の私は魔力はある。だけれど、この空間を脱する術は知らない。そのすべてをどうにか地面とぶつかる前に叩き壊すか……!? いや、間に合わない!


「はるっち!」

「紗矢ちゃん!」


 声のする方を見ると、床にれっきとしたこの空間の出口が広がっていた。どうやらレジーナが頑張って開通してくれたらしい。


「皆潜れぇ! ミス二葉も!」


 物陰でうずくまっていた二葉さんも、その声に従って出口を潜る。


「シェリー!」

「はっ……!」


 シェリーの足元に、虚数空間の亀裂が走る。一瞬、シェリーは立ち止まった。


「シェリー!!」


 私は叫ぶ。もう彼女の頭上には、幾つもの隔離剣が注いでいたからだ。

 必死に、シェリーを抱えるように、私は出口に転がり込む。だけどもう当たる。これはもう私が身代わりに受けるしかない。



「ガウッ!」


 そこに、ヘレナの長髪がひらめいた。ヘレナの100%の高速移動。その先にあったのは、私たちを貫かんとする隔離剣の刃先だった。






 気が付くと、プルートの血にまみれた、水族館の廊下に出た。辺りを確かめる。虚数空間に居たメンバーは皆そこにいた。プルートもどうにか回収できたみたいだ。……胸を貫かれ、動かなくなった水蓮も。


「……ヘレナ」


 ヘレナの背中に刺さる、隔離剣。私が剣で払うと、容易く壊れ、霧散する。


「ヘレナ……ヘレナ……?」


 口から血を流したヘレナは目覚めない。シェリーが何度も声をかけ続ける。


「どうして……」

「こんなのって……」


 紗矢ちゃんの泣きそうな声が聞こえた。





 魔女たちはみんな、力尽きつつあった。水蓮は心臓を撃たれ、プルートは失血して、ヘレナは動かなくなり、そしてレジーナももう動けない。


「はぁ、はぁ……くっ……」


 レジーナはかろうじて、話すことはできるみたいだ。


「レジーナ……」

「くそっ……私たちが、優勢と思っていたが……」


 そのはずだった。でも、あのヴァサーゴの魔女は想像よりはるかに上手だったのだ。





 ごとん、と廊下に轟音が走った。なにか水族館自体が発した音のように思えた。


「奴め、始めたな。水族館の解体を……」


 そうだろう。もう奴の手元に、目的の紫塔さんはいるのだ。そしてこちらの戦力は壊滅させたのだ、やらない理由がない。


「負けちまったのか、私たちは……」

「……」


 認めたくはない。でも今の状況をみるともう、そうとしか思えなかった。


「……ごめん、皆。私が、ケリをつけられなかったせいで」


 つい謝っていた。あの場でオクトパスを倒すことができたのは、私だけだった。


「ハ、なんの謝罪だ。どうして魔女歴一日の君が全てを背負う?」

「だって……」

「勘違いするなハルカ。……最終ラウンドは、ここからだぞ」

「……えっ?」

「やっこさん、私の空間を破壊する際に、一つ大きなミスをしでかしたんだ」


 ……どういうことだろう?

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