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#56 正式契約

「久しいな、美央のご友人」


 渋い男性の声が響く。でも周りを見てもラボラスを見ているものはいない。どうにも私だけに姿と声が認識できているみたいだ。


「吾輩が貸した力はどうだったか?」

「すごく良かった。でも、あの指輪はすぐに壊れちゃったんだ!」


 ラボラスとのやりとりは、声で出さずに頭で念じたことが響いていく。私が誰もいない空間に声を発することはない。


「ああそうだろう。吾輩は君の力を見極めるべく、その力に期限をつけたのだ」

「お願い、もう一度、期限なしで力を貸して!」

「……いいのか? 期限なしということは、君の永遠と契約を交わすと言う事。そうなれば、君は命の全て、吾輩、そして美央に捧げるということになるぞ。もう一度考えたまえ」


 答えは決まっている。それはこのオクトパスに追い詰められている状況だから渋々決めた事じゃない。


「構わない。もうそうするって決めてたから」

「……おかしな人間だ。君は普通の人間として生きる道も残っていた筈なのに」

「紫塔さんが幸せになる未来を掴むためだよ」

「ふっ、その意気やよし」


 すると、ラボラスの右手に、青い炎が浮かびだす。その中にある指輪は、私が前回つけていた厳ついデザインではなかった。


「正式な契約となるのだ。形も整えておいた方がいいだろう」


 青い炎は私の目の前まで近づいた。同時に、その中の指輪の形もはっきり見えた。普通の、煌びやかな指輪だ。アクセサリーとしても違和感のない見た目だけど、何か底知れない力を感じることもできた。


「私からはこれを君に与えることはできぬ」

「えっ?」

「吾輩の正統なる後継者。彼女と契約を交わすのだ」


 ラボラスがその名を呼ぶと、紫塔さんがこちらをチラッと見た。何か察したのか、オクトパスとの言い合いにひと段落させたのち、こっちを向く。納得していないオクトパスはまだ続けようとするが、それをヘレナの奇襲が襲い掛かり、オクトパスはその応戦をせざるを得なくなった。


「紫塔さん」

「……晴香」


 紫塔さんが青い炎から指輪をつまみ取ると青い炎は消えた。と同時に、周囲に赤い世界が広がる。この感覚は久しぶりだ。紫塔さんの魔法の世界だ。


「ラボラス、これは?」

「君が望んでいる魔法だろう、美央。少しだけでも話し合うといい」


 赤い世界に染まった周囲は、時が止まったように動かない。


「……本当にいいのね、晴香。私のような世界の外れ者に、一生を捧げる覚悟がある?」

「ある」

「そう言うと思っていたわ。再三言っていたのに、考えが絶対に変わらない。なら……私と添い遂げなさい、多知晴香。私も貴女と――全てを共にしましょう」


 紫塔さんの手に取られた指輪。私が右手を差し出すと、彼女は、私の中指に指輪をはめ込んだ。その瞬間、身体の中に蘇る、魔力の感覚。それは以前よりもずっと強く、熱い力を感じた。


「晴香……」


 紫塔さんが漏らした少し暗い声と、視線。思わず私は彼女の手を包み込んだ。大丈夫だ、私が選んだ道。これは私が、紫塔さんを幸せにしたいから選んだ道だ。決して、紫塔さんの運命に巻き込まれてしまったから選んだ道じゃない。





「ヘレナっ!」


 赤い世界が元に戻り、シェリーの悲鳴が聞こえた。見るとガス欠になったヘレナが、力強く部屋の壁に叩きつけられたのが見えた。よし、今なら大丈夫だ。


「オクトパス!」


 今にもヘレナにとどめを刺そうとしていたオクトパスの手が止まった。


「……あんたは? なに、その魔力は」


 ヴァサーゴの魔女は、その手の槍を、こちらに向ける。同時に空いたもう一方の腕にも槍が生成された。


「どうやって魔力を得たのか知らないけれど、はっきり言って、目ざわり。美央のご友人だろうが、邪魔だから」

「……紫塔さんにとって、どっちがお邪魔か。はっきりさせてやる!」


 今の身体の魔力で分かる。アイツを出し抜ける力があるかもしれない、と。


「マガイモノ。私が求めているのはそんなもんじゃないわ」


 オクトパスの槍が頭を下げた。その瞬間、相手は目の前まで、一瞬で近づいていた。でも、それは――。


「っ!?」


 自分でも信じられなかったけれど、ものすごくスローに捉えることができたのだ。


「やあっ!」


 右手に力を込めて、魔力の弾を放つと、オクトパスの無防備な背中に直撃する。オクトパスは数歩下がって、こっちに向き直る。


「……驚いたわ。まさか、そんなバカげた力が出せてしまうなんてね」


 私だって驚いている。みんなが苦戦していた筈のヴァサーゴの魔女に今、私の手で一発食らわせることができたのだ。


「どうやら力の源は……美央から貰った指輪のようね?」


 見抜かれた。……というよりも、以前との違いを見ればそれを疑うのは普通の事だったのかもしれない。


「もし――私がその指輪をはめたら、美央と繋がることが、できるのかしら?」


 恍惚とした表情を見せた魔女に、寒気がした。そんなことをしたら、紫塔さんがどうなってしまうかわからない。指輪を奪われないように、こいつには勝つしかない!


「ハルカ……!」


 レジーナの声が聞こえた。彼女は依然、槍で床に固定されている。でも彼女が指したのは、さっきまで自分の振るっていた剣だった。


「ありがとう」


 それを取り、私はヴァサーゴの魔女に向ける。丁度武器は欲しかったのだ。魔力を弾にして直接当てるよりも、きっと消耗は激しくないはずだ。


「ハァ……」


 オクトパスが息を吐く。その視線は、戦いのために理性を削った、獣の物に見えた。


 一瞬にしてオクトパスが姿を消したと思うと、部屋の壁を経由して、私の背後に潜り込もうとしていたのだ。それに反応して、私は剣を振る。


 そのとき、空間に一枚の光る壁が見えた。瞬時に感じ取った、これは隔離魔法の壁だ。さすがにそれを打ち壊す準備は出来ていない。剣の軌道を修正して、どうにか身を引いた。


「まさか……私の隔離魔法が見えるのね?」

「見えるとも」

「生意気。どうやらアンタにはとっておきを使う必要があるみたい」


 そういうと、オクトパスの握っていた槍が消えて、新たに、何か強い魔力を迸らせる物体を生成したのだ。


「私の隔離魔法は『守る』だけじゃないのよ」


 やがてその物体は、剣の形を現した。透き通った刃、そこから漏れている恐ろしい魔力量。とっておきと呼んだからには、何かヤバいものを感じる。


「全員……この虚数空間の塵にしてやるわ!」

「っ! やばい……皆、逃げろ!!」


 そう苦しく叫んだのはレジーナだった。オクトパスの剣から、振動するような音とともに、まばゆい光が散らばった。


「隔離剣、全てを破壊し尽くしなさい!」


 オクトパスがそれを一振りすると、ログハウスの壁、床に亀裂が走る。そこから覗くのは、虚数空間の海と同じ光景。つまりそれに触れれば、存在として狂いが生じて、虚数空間の塵となる。


「あッははははは!!」


 二振り、三振りとオクトパスは戯れるように隔離剣を振るう。そのたびにあらゆるところに、虚数空間の果ての亀裂が走る。


「やめろぉ!」


 私も持っている剣で応戦しようとしたところ、隔離剣の光に触れたレジーナの剣はすぐさま塵になって消えてしまった。


「晴香! 思い切り魔力をぶつけなさい!!」


 紫塔さんの声がする。その声に、力強い勇気を貰えた。右手から走り出す魔力の螺旋。凝縮したエネルギーが、オクトパスの隔離剣とぶつかり合う。


「くっ……邪魔をしないで!」

「アンタを止める! 皆をやらせない!」


 ここでこの魔女を破らなきゃ、一巻の終わりだ。魔力をありったけ込めて、私はオクトパスの剣を壊すことにした。

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