#52 嵐の前の静けさ
ログハウスに戻り、そして眠る。どうやら他の皆も喋り疲れたのか、休息のムードは整っていた。不思議なのはベッドは人数分あったのに、空いたベッドが幾つか出来ていたことだった。
「うぅ……ぐすん」
私のベッドにはシェリーもいる。
「シェリー、頑張ったね」
ぐすぐす泣いているシェリー。その理由は一つだけだ。
「つかれた……」
「もう、抱え込まずに私にSOS出していいんだよ?」
「うそ。晴香ちゃん、絶対助け舟出すタイミングで様子見してたでしょ。意地悪!」
「うっ!」
図星。これに関してはもう言い逃れできない。
「晴香ちゃんのばか! もう!」
ベッドの中で、シェリーはそっぽを向くかと思っていたけれど、逆にずい、とこちらに寄ってきた。
「今日は一晩中、晴香ちゃんを抱き枕にして寝るから」
「ええっ」
この場合の「抱き枕」というのはなんの隠喩でもなく、本当に抱き枕のように、ハグで潰されそうになりながら一晩中過ごすと言う事だ。今までもやられたことのある、罰ゲームの一つだった。
「じゃあ今日は、晴香ちゃんをむぎゅむぎゅさせてもらうね」
「あー……」
こういうモードになったシェリーはまず折れることはない。私ができるのは圧迫感のある一夜をやり過ごすことだけだった。……実はそこまで嫌でもないけれど。
その日の夜はなんだかすごく、よく眠れた。私にとっては意外と心地のいいシェリーの圧迫感も大きかったけれど、皆が目覚めて、そして元気を取り戻した安堵感というのもあった。
目を覚ます。変わらず薄暗いログハウスの中。朝が訪れないというのはやっぱり奇妙だ。気がおかしくなるんじゃないか、と少しだけ思って、それ以上深くは考えない。
目の前には悪戯っ子の笑みを浮かべた紗矢ちゃんがいた。
「むふふ、むふふふふ……」
寒気のするような笑い声、私の目が紗矢ちゃんと合っても、彼女の笑い声は止まらなかった。
「なんてステキな夜を過ごしたんですか? はるっちぃ~?」
……彼女の笑みの理由がわかった。私を抱き枕にしている彼女だ。チラッと抱き着いている彼女の方を見ると、未だスヤスヤと寝息を立てている。絡まれている腕を解こうとすると、それを察知したかのようにすぐに腕を巻きなおしてくる。幸い寝ているからか、そのパワーは強くない。
「おお~眼福眼福、ここに神社を建てよう」
「紗矢ちゃん、どうして私たちの絡みを見てそこまで幸せそうなの?」
「いやもうなんか、言葉で言い表せない。見てるとこう、胸の中が、ぱあっと、幸せな何かで満たされてくんだよ」
なにそれ……全然意味わからないけど……。
「なんか、私たちを見てる時の紗矢ちゃん、……ヘンタイっぽい」
「ひっ!? え、うそ!?」
「だって目がもうヘンタイのそれだもん」
ああ……と紗矢ちゃんはしばらくうろたえていたけれど、すぐに持ち直す。
「ヘンタイでいいや」
「そこで開き直らないでよ」
まあ、別に紗矢ちゃんがただ幸せそうに見ているだけだっていうのなら……まだ、いいか、な……。
「ちょっとあっち行ってくれない? 私、二度寝したいんだ」
「それはそれは……。わかりましたよ、おやすみなさい」
そう言って異常者の目をした紗矢ちゃんは遠のいていく。しばらく離れた後、私は離れる様子のないシェリーを抱き返して、心地のいい柔らかさを堪能しつつ、もう一度眠気に身を任せた。
短い夢を見た。昔の七夕の思い出だ。シェリーと一緒に、祭りに行ったときだ。短冊に願い事を書いて、木に吊るす。私のあとにシェリーが吊るした。
「晴香ちゃん、何書いたの?」
妙に大人びたような声に顔を向けると、そこにいたのは現在よりもなんだか大人なシェリーの姿だった。
「しぇ……?」
「晴香ちゃん、私が書いたのはね……」
ふと抱き寄せられるような感じがして、目が覚めた。
再び目を覚ますと、また紗矢ちゃんがいた。でも顔が真っ赤で、鼻と口を抑えていた。
「これは……致死量……っ!!」
ふらふら、と紗矢ちゃんは力なく倒れ込んでしまった。流石に心配で目も覚めてしまった。
「むにゃぁ……」
胸元が濡れていることに気付いて目をやると、もう他の人にはお見せできないぐにゃぐにゃの寝顔で、ヨダレの泉を作ろうとするシェリーの顔があった。これ以上ヨダレの泉が広がったらヤバいので彼女を起こすことにした。恐らくもうそろそろ起きる予感もするし、問題ないはずだ。
起きると、もうみんな目を覚ましていた。というよりももう出発準備すらしている人だっていた。
「おはよう、シェリーちゃんとそのお友達。すごくすご~く幸せそうだったわね」
プルートの言い方はどっか冷たい。相変わらずその目は真意が伝わってこない。でも口元は笑っている。さらに分からない。そこに手元はヘレナの寝起き顔をつねっているから頭が混乱する。
「ようやく起きたか。皆同じタイミングで活動できそうだから、そろそろ出発を考えていたところだ。どうだ? ハルカ」
レジーナの言葉はフレンドリーな優しさを感じる。とりあえず服は着替えたいと伝えると「虚数空間を出れば解決する」とレジーナは楽観的な返答をしてきた。そういうもんなのかな? ともかく、私も行動開始なら今日だ、とレジーナへ頷いた。
「まったく、お寝坊さんですこと」
浅黒い肌、そして全身にタトゥーが張り巡らされた女の子が声をかけてきた。誰だ?
「スイレン、きっと君が合羽を脱いだところを、ハルカたちは知らない」
「あら、そうですのね」
「水蓮、そのタトゥーは……?」
「タトゥーは世界的に見れば、意外とポピュラーな趣味ですのよ」
「へぇ……」
意外、というか。タトゥーってなんだか怖いイメージがあった。それを、この臆病なお嬢様がやっているとは思ってなかった。
「……そういうことにしておこう」
レジーナの言葉は少し引っかかった。
「よし、皆さんお元気になったところで……!」
二葉さんの姿が見えた。ここ数日の姿と違って、完全に憑き物が落ちたような晴れやかな表情に、私も安心した。
「お料理と行きましょう。レジーナさん、ここに食材はありますか?」
「ない」
「え?」
「ない」
出鼻をくじかれて、二葉さんは固まってしまった。
「そのかわり、とっととここを出て、早く食事にありつこう。私も空腹だ」
きっとそれはここにいる全員が思っていることだと思う。
「待ち伏せを退けた後の案内は頼むぞ、ミス二葉」
そういうと、レジーナは床を叩いた。そこへ、どこまでも底が見えない大穴が開いた。
「じゃあ、行こう。準備の漏れはないな?」
皆頷いた。
「スイレン、頼んだ」
はいはい、とめんどくさそうに水蓮は穴の中へ飛び込んだ。続いてプルートも。それにならって、私もシェリーとともに穴に飛び込んだ。待ち伏せは怖いけど、どうにかなることを信じたい。